『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第37話:試製零号―闇の盾―(前編)

二十年前の邪竜事件が北方を焼き尽くしてから、十年の月日が流れた。

世界は魔神王の影に怯え、各地の英雄たちがその首を狙って深淵へと挑んでいた時代。

 

魔神王が座する「死の迷宮」の最奥。そこには、魔神の咆哮さえも届かぬほど静謐で、吐き気を催すほど濃密な混沌の魔力が淀む実験場があった。

 

かつての若き研究員は、いまや魔神王軍の主任研究者として、祭壇の上に一人の男を拘束していた。

 

司祭は、実験台に拘束された一人の男を見下ろし、恍惚とした表情で呟いた。

そこにいたのは、かつて辺境で「光の盾」と称えられ、民から絶大な信頼を寄せられていた銀等級の聖騎士であった。その白銀の鎧は仲間の刃によって無残に引き裂かれ、誇りであった大盾は金貨の袋と共に持ち去られていた。

 

「至高神よ……。何故、何故ですか……。私は……貴方のために、人々のために、全てを捧げてきたというのに……」

 

男は、震える手を天へ伸ばした。

だが、返ってくるのは静寂と、傷口を焼くような激痛だけ。一日に三度、仲間のために使い切った奇跡の残滓は、もはや彼自身の命を繋ぎ止めることさえ叶わなかった。

 

「――至高神は、相変わらず無慈悲だね」

 

司祭は、瀕死の聖騎士の前に屈み込み、その絶望に染まった瞳を覗き込んだ。その声は、冷たい雨のように静かで、残酷なまでに穏やかだった。

 

「あれほど人のために、不実な仲間のために戦ってきた君に対し、これほどまでに残酷な仕打ちをするのだから。……君が血を流している今も、君が救った人々は暖炉の前で笑い、君を刺した仲間たちは酒場で金貨を数えている」

 

「あ、ぁ……」

 

「誰も君のことなど考えてはいない。君の献身も、君の正義も、この世界にとっては『よくある使い捨ての美徳』に過ぎなかったのだよ」

 

司祭は、男の胸に刻まれた至高神の聖印を、汚泥を拭うように指でなぞった。

 

「だが、我らの神は慈悲深い。……君のその乾いた心に、新たな火を灯してあげよう。……憎んでもいいんだよ、聖騎士。君を裏切った仲間を、君を見捨てた神を、そして君の悲鳴を無視した世界そのものを」

 

「憎……む……。私が……神を……?」

 

「そうだ。その『憎しみ』こそが、君の魂を繋ぎ止める真実の糧となる。……祈りは君を救わなかったが、憎しみは君に『力』を与える」

 

司祭が黒い術式を男の心臓へと流し込む。

その瞬間、聖騎士の瞳から光が消え、濁った漆黒の闇が溢れ出した。

 

かつて「聖撃」を放った右拳には、もはや聖なる輝きは宿らない。代わりに、溢れ出したドロドロとした憎悪が、一発で城壁を穿つ『漆黒の光弾』へと凝縮されていった。

 

「……あ……ああああああああああああッ!!!」

 

迷宮の最下層に、光を捨てた男の咆哮が響き渡る。

 

「邪竜は『外側』からの暴力だった。だが、私の理論は違う。……人間の内側にある、決して癒えぬ傷跡。それを魔力へと直結させ、世界そのものを呪う『力』へと変換する。……これこそが、神の理を逆転させる究極の錬成だ」

 

一人の英雄が死に、世界を呪う盾――試製零号が産声を上げた。

 

司祭は、自らの手によって黒く染まりゆく聖騎士を見つめ、満足げに微笑んだ。

 

「素晴らしい。君を、記念すべき試作零号『闇の盾』と名付けよう。さあ、目覚めたまえ、闇の盾よ。君を捨てた世界に、君の絶望を見せてやるのだ」

 

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