『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第38話:試製零号―闇の盾―(後編)

迷宮の回廊は、侵入者を拒む不気味な静寂に包まれていた。だがその静寂を、絶え間なく放たれる「漆黒の光」と、石壁が砕け散る轟音が暴力的に打ち消していく。

 

「――無駄だ! 誰も、誰も私には届かんッ!!」

 

かつて「光の盾」と呼ばれた男――試作零号:闇の盾は、溢れ出す憎悪を魔力に変え、掌から『漆黒の光弾』を連射していた。彼を包囲していた冒険者たちは、防具ごと肉体を腐食させられ、絶望の叫びを上げて次々と物言わぬ肉塊へ変じている。

 

「不浄だ……。裏切り者は、一人残らず掃除してやる……ッ!」

 

その殺戮の嵐の只中。

迷宮の奥から、不自然なほどに清浄な「白銀の輝き」が溢れ出した。

 

「……止まりなさい。迷える魂よ」

 

凛とした、けれどどこか慈悲に満ちた声。

立ち込める死臭と混沌の霧を割り、一人の女が静かに歩み寄る。

 

目隠しを施し、黄金の天秤の杖剣を携えた、至高神の愛し子。

後に魔神王を討つ六英雄の一人――若き日の剣の乙女である。

 

「……女。……至高神の司教か。クク、クハハハハッ!!」

 

闇の盾は、その「光」を見た瞬間に逆上し、喉をかきむしって嘲笑った。

 

「至高神の加護だと? 奇跡だと? 笑わせるな! 私は、神に全てを捧げた挙げ句、このザマだ! 裏切られ、捨てられ、泥を啜らされた私の前に、今更その『光』を晒しに来たというのか!!」

 

「…………」

 

剣の乙女は、何も答えない。

ただ、物理的な視界を捨てた彼女の「心眼」は、目の前の魔人の姿を捉えてはいなかった。

 

彼女に視えていたのは、ドロドロとした混沌の術式の下で、膝をつき、顔を覆って泣きじゃくる、一人の傷ついた聖騎士の魂。

 

「死ねッ!! その眩しすぎる欺瞞ごと、塵に還してやるッ!!」

 

彼が突き出した右拳から、絶望を圧縮した『漆黒の光弾』が連射される。着弾するたびに大地は腐食し、不浄な衝撃が周囲を飲み込んでいく。

 

だが、対峙する剣の乙女は、目隠しの下から放たれる「心眼」で、その攻撃の正体を見抜いていた。彼女は黄金の杖を掲げ、光弾の奔流を舞うような足取りで受け流す。

 

「……何て、悲しい。貴方は世界を、人々を憎んでいるのではない。ただ……世界を怖がっているだけなのですね」

 

「黙れッ! 貴様に何が分かる! 私がどれだけ尽くし、どれだけ無惨に捨てられたかをッ!!」

 

零号が吠える。だが、剣の乙女が放ったのは、断罪の雷ではなく、凍りついた魂を包み込むような、深くて静かな至高神の慈悲――『聖域』の輝きだった。

 

黄金の光が漆黒の魔力を霧散させ、零号の全身を優しく包み込む。

その瞬間、彼の脳裏を支配していた「憎悪の呪縛」が、春の雪解けのように消え去っていった。

 

「……暖かい。そうだ……私は、どうして……あんなにも大切な輝きを、忘れてしまっていたんだ……」

 

光の中に浮かび上がったのは、魔人の形相ではない。かつて誰かのために盾を構えた、一人の誇り高き聖騎士の顔だった。

 

「苦しかったのですね。……裏切られ、独り置き去りにされたその痛み。……貴方は十分に人々に尽くしてこられた。その献身を、至高神様は見ておられましたよ」

 

剣の乙女は、崩れ落ちる彼へと歩み寄り、その手を取った。

 

「もう……。もう、自由におなりください。貴方を縛る絶望は、いま、私が全て連れて行きますから」

 

「……あ、あぁ……」

 

聖騎士の瞳から、濁った闇が消え、一点の曇りもない涙が溢れ出した。

彼は、自分がどれほど「誰かの温もり」を欲していたかを、最期の瞬間に思い出したのだ。

 

「……ありがとう。聖女よ。……私の……盾を……今度は……誰かの……」

 

男は安らかな微笑みを浮かべ、光の粒子となって消えていった。

後に残されたのは、かつて彼が愛した世界の、澄み渡るような静寂だけだった。

 

司祭は、遠くからその光景を歯噛みしながら見つめていた。

自分の理論が否定された。絶望こそが最強であるはずなのに、あの女――一度はゴブリンに壊され汚泥に塗れたあの女が、「光」を纏って自分の作品を浄化したのだ。

 

「……笑わせるな、剣の乙女」

 

司祭は、光に包まれながら涙を流す彼女を、憎悪の籠もった瞳で呪った。

 

「せっかく丹精込めて育てた『絶望の苗床』を、こうも容易く『慈悲』という名の毒で台無しにされるとは。……これだから光の信徒は反吐が出る。死の淵にあってもなお、偽りの安らぎに縋るか」

 

司祭は、水晶の中に残る、消えゆく聖騎士の残影を呪うように睨みつけた。

 

「今回はお前の勝ちだ。……だが、次はこうはいかんぞ。……情愛も、慈悲も、光さえも届かぬ……。心の底から世界を『拒絶』し続ける、真の死神を完成させてやる」

 

この日、司祭の心には歪んだ執念が芽生えた。

いつか、あの剣の乙女を超越する存在を。

彼女の「光」でも溶かすことのできない、完全なる拒絶の化身を。

そして、彼女が信じる「救済」がどれほど脆いものであるかを証明するために、彼女と同じ傷を持つ、より「優れた素材」を待ち続けた。

 

それから十年。

地母神の神殿で治療を受ける女武闘家を見つけた時、司祭は狂喜した。

これこそが、あの日失った「真理」を取り戻すための最後の欠片であると。

 

「待っていろ。……お前が一生をかけて逃げ回っている『恐怖』。それをそのまま力に変えた娘の姿で……お前の目の前に送り届けてやる」

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