『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第42話:聖女への死刑宣告

邪竜が消失し、完璧な円形に削り取られた虚無のクレーター。その中央で、女武闘家は自らの掌を見つめたまま、微動だにせず立ち尽くしていた。もはや彼女から放たれる気配は、人間のものでも、魔物のものでもない。ただそこに在るだけで周囲を排斥する、絶対的な「境界線」そのものだった。

 

「――クク、クはははははッ!! 素晴らしい! 実に見事だッ!!」

 

静寂を切り裂いたのは、司祭の狂気的な歓喜の声だった。彼は砕けた観覧席の手摺りに身を乗り出し、両腕を広げて叫ぶ。

 

「見たか諸君! 神話の暴力が、ただの『嫌悪』に押し潰された! 物理も魔導も、二十年の恐怖さえも、彼女の掌一つで塵となったのだ! 新たなる『闇の英雄』の誕生だ!!」

 

その叫びに対し、北方軍の将帥たちは、応える言葉すら持たなかった。

 

「物理的な『質量』も、魔鋼の装甲も、竜の膂力も……。あの子の掌の前では、ただの不純物として処理されたというのか。我が師団の巨兵たちが、まるで砂細工のように思えてくるわ……」

第一師団長は、自慢の剛腕を力なく垂らし、初めて己の武勇を「無意味」だと悟った。

 

「……論理の完全な崩壊です」

 

第二師団長が、ひび割れた眼鏡を外し、白濁した視界の先にある「無」を見つめた。

「彼女はブレスを防御したのではない。自らの意志で、空間の定義を書き換えたのです。……魔術でも奇跡でもない、純粋なる『個』による世界の否定。我ら魔導の徒が積み上げてきた数千年の叡智は、彼女の『嫌だ』という一言に敗北したのだ……」

 

「……空の覇者が、地を這う少女に手も足も出ず、か」

 

第三師団長が、自嘲気味に天を仰いだ。

「我が迅雷旅団がどれほどの数で空を埋め尽くそうと、彼女の視界に入れば一瞬で羽虫のように叩き落とされるだろうな。……もはや、戦という概念そのものが死んだのだ」

 

影の中にいた第四師団長は、自らが用意した「滅竜の極毒」の起動スイッチを、力任せに握りつぶした。

 

「……毒を回す隙すら無かった。……影など、あの子がその気になれば、指先一つで灰にされるだろう。……司令。我々は、とんでもないものを産み落としてしまった」

 

将帥たちが恐怖に凍りつく中。

中央に座す北方軍司令だけが、ゆっくりと立ち上がった。

その瞳には、二十年前のトラウマを焼き払った、冷酷なまでの勝利への執念が宿っていた。

 

「…………十分だ」

 

司令の声は、凍土の風よりも冷たく響いた。

 

「これ以上の『力』の証明は必要ない。……全軍に告ぐ。王都侵攻作戦――『南北同時瓦解計画』を開始する。北からの侵攻で勇者を釘付けにし、南からこの死神を解き放つ。……至高神の光を、この純粋な絶望で飲み込んでやるのだ」

 

司令は、死神という名の「終末」を、ついに軍事作戦へと組み込んだ。

 

「「「…………御意ッ!!」」」

 

師団長たちが畏怖と共に跪く中、傍らにいた司祭が、優雅に法衣を翻した。

 

「クク……、おめでとうございます、司令閣下。……それでは私は、最後の仕上げ――『最終試験』の準備に移らせていただきます」

 

「……待て、司祭」

 

司令が呼び止める。その声には、疑念が混じっていた。

 

「最終試験だと? ……貴公は正気か。あの娘は、かつて我が軍を壊滅させたあの邪竜すらも討ち滅ぼしたのだぞ。これ以上、一体何をぶつけるつもりだ? ……聖剣を持った『勇者』でも連れてくるのか?」

 

司祭は立ち止まり、暗い通路の向こう側で最終試験を待つ「檻」を見据えて、歪んだ笑みを浮かべた。

 

「……まさか。勇者など、あの娘には眩しすぎる。私が最後に用意したのは、彼女の魂を真の死神へと羽化させるための、最も卑小で、最も醜悪な触媒……」

司祭の唇が、呪詛のようにその名を紡ぐ。

 

「この四方世界の悪意の象徴。ゴブリンですよ。」

 

「何だと?」

 

司令が聞き返すよりも早く、司祭は恭しく一礼し、軽やかな足取りで闘技場を後にした。

第一師団長が、吐き捨てるように毒づく。

 

「……ふん。狂人め。邪竜を葬った刃に対し、今更あんな雑魚をぶつけて、何の試験になるというのだ」

 

「……いや。戦闘力の試験ではないのだな」

 

司令は、去りゆく司祭の背中に、十年前から続く執念の正体を見た。

 

「司祭の狙いは、あの大司教――『剣の乙女』だ。魔神王を討ち、英雄と呼ばれながらも……未だに小鬼一匹の影に怯え、夜な夜な震え続けているあの女。その『克服できぬ弱さ』を、司祭は何よりも憎んでいる」

 

司令は、自らの古傷を強く押し当てた。

 

「恐怖に震える『聖女』に、恐怖を支配した『死神』を突きつける。……司祭はあの大司教に、これ以上ないほど残酷な、魂の完全敗北を突きつけようとしているのだ」

 

二十年越しの「掃除」の仕上げ。

一人の少女の人間性が、百匹の小鬼の悲鳴と共に消し飛ばされる「最終試験」の幕が、いま上がろうとしていた。

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