『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】 作:いっかず
かつては小鬼(ゴブリン)たちの悪臭と下卑た笑い声が満ちていたはずのその場所は、今や異様な静寂に包まれていた。
「……おかしいわ。狼も、入り口を守っているはずの歩哨もいないなんて」
妖精弓手が鼻をひそめながら、弓を構えて先頭を行く。だが、彼女が放つべき獲物はどこにもいなかった。
「……なんじゃあ、こりゃあ。一体何が起きたというんじゃ」
背後で松明を掲げた鉱人道士が、その光に照らされた光景に絶句し、声を震わせた。
そこにあったのは、凄惨という言葉すら生温い「殺戮の残滓」だった。
壁や天井に、まるで泥を投げつけたかのようにこびり付いたゴブリンの手足。
通路の真ん中には、屈強なはずのホブゴブリンが、上半身を跡形もなく消失させた状態で、立ったまま沈黙している。
その足元には、呪文を唱える暇もなかったであろうシャーマンの生首が、驚愕の表情を貼り付けたまま転がっていた。
「……凄まじい。これ程の規模の群れが、戦うことも、逃げることすらも叶わなかったようですな」
蜥蜴僧侶が死体の一つに触れ、その断面を観察して舌を鳴らした。
切り裂かれたのではない。潰されたのでもない。まるで、その場所から「存在を否定された」かのように、肉体が内側から弾け飛んでいる。
その死の静寂の中心に、一人の村娘が倒れていた。
「あ……良かった。無事だったんですね……!」
女神官が駆け寄り、彼女の肩に触れる。
驚くべきことに、周囲が肉片の海と化している中で、その村娘だけは返り血一滴浴びることなく、ただ深い眠りに落ちているかのように静かに命の火を繋ぎ止めていた。
しかし、彼女を抱きとめた女神官が目にしたのはさらなる絶望だった。
「ひっ……、あ……」
女神官が短く悲鳴を上げ、口元を両手で覆った。
そこに転がっていたのは、銀等級の冒険者ですら死闘を余儀なくされる上位種、ゴブリンチャンピオンの成れの果てだ。
かつての巨躯は、もはや原型を留めぬただの肉片と化し、広間全体を赤黒いペンキで塗り潰したかのように散乱していた。
「……ゴブリンスレイヤーさん、一体誰が、こんなことを」
震える声で問う女神官。
鉄兜の男は、一歩、また一歩と肉片の山へと近づき、床に刻まれた独特の「亀裂」を見つめた。
それは、円形に爆ぜた衝撃の跡。打撃とも、魔法とも違う、純粋な「拒絶」の痕跡。
「……ゴブリンではない」
ゴブリンスレイヤーは、血の海の中で低く、断定するように言った。
「ゴブリンを。……その存在ごと拒絶した『何か』が、ここにいた」
彼が見つめる先、暗い洞窟のさらに奥から、冷たい風が吹き抜けた。