『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第三章:「慈悲の鍵」争奪戦編
第47話:鏡の奥の予感


水の街、至高神の神殿。

夕刻の鐘が鳴り響く中、大司教――剣の乙女は、神像の前で静かに膝をついていた。

以前、辺境の小鬼殺しが残していった安らぎによって、彼女の心はかつてないほど穏やかであった。しかし、その静寂を破るように、神殿の回廊を急ぎ足で駆ける鉄靴の音が響く。

 

「――大司教様! 王都より、至急の親書を携えた王の使者が到着いたしました!」

 

入室してきた騎士の声は、ただならぬ緊迫感に満ちていた。

剣の乙女はゆっくりと立ち上がり、目隠しの下でわずかに眉をひそめる。

 

「……王都から? 国王陛下に何かあったのですか」

 

「北方です。……極寒の永久凍土にて沈黙を続けていた混沌の軍勢、北方軍が総攻勢を開始。国境の第一防衛線が突破されたとの報が入りました」

 

騎士が差し出した羊皮紙には、王の署名と共に、かつての英雄であり、現在は教会の頂点に立つ彼女への「召集」の命が記されていた。

 

『北方の雷鳴、四方世界を揺るがさんとす。至高神の愛し子よ、その叡智と光をもって王都を守護せよ』

 

「…………」

 

剣の乙女は、届けられた親書を指先でなぞった。

北方軍。組織化された十二万の混沌の軍勢。

王都は今、未曾有の危機に直面しようとしている。

 

「勇者様は……?」

 

「勇者様の一党は既に北へ向かわれましたが、敵の物量は王都軍の二倍以上。……陛下は、貴女様の持つ『看破』の力と、神聖魔法による民の鼓舞を必要としておられます。直ちに王都へお越しいただきたい、と」

 

「分かりました。……至高神様の御心のままに。すぐに出発の準備を」

 

彼女は毅然と答え、騎士を下がらせた。

しかし、一人残された大聖堂の中で、彼女は無意識に自らの胸元を抑えた。

 

(……この胸のざわつきは、何でしょう。ただの『戦争』の気配ではない……)

 

彼女の鋭敏すぎる感覚は、北からの軍靴の音とは別に、もっと不吉な、自分自身の過去を抉るような「粘りつくような執念」が動き出したのを感じ取っていた。

 

(……こんな時に、あの男のことを思い出すなんて)

 

彼女の脳裏をよぎったのは、十年前の魔神王との死闘の影。

救済を説く自分を「光の欺瞞」だと嘲笑い、絶望こそが魂の真理だと嘯いた、ある男の歪んだ貌だった。

 

(……いいえ。これは、単なる偶然とは思わない方がいい……)

 

背筋を伝う、氷のような戦慄。

それはかつてゴブリンに襲われた時の恐怖とは別の、自らの存在そのものを根底から否定されるような、鋭い予感だった。

 

「……司祭。貴方はまだ、私を……『光』を否定し足りないのですか」

 

彼女は無意識に、自らの胸元をきゅっと押さえた。

せっかく、あの辺境の「彼」が与えてくれた穏やかな眠り。ゴブリンの悪夢から解放され、ようやく一人の女性として前を向こうとしていたその矢先に、過去の亡霊が世界を飲み込もうとしている。

 

(もし、私の予感が正しいのなら……。あの男が、私と同じ地獄を知る誰かを、私の喉を裂くための『刃』に仕立て上げているのだとしたら)

 

それは、彼女にとって北方軍の十二万の軍勢よりも、恐ろしく、そして悲しい出来事だった。

 

「大司教様、馬車の準備が整いました」

 

騎士の声に、彼女はゆっくりと振り向いた。

目隠しの下、彼女の表情は再び、王都を守護する「大司教」の峻厳なそれへと戻っていた。

 

「ええ。行きましょう。……至高神様。どうか、迷える魂に……安らぎではなく、抗うための勇気を」

 

彼女は一歩、踏み出した。

鏡の奥で待ち構える「もう一人の自分」――死神との邂逅が、運命の盤面の上ですでに定まっていることを、彼女だけが、その鋭すぎる予感で看破していた

 

 

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