『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第48話:崩れゆく双角

北方戦線、王都最終防衛線の目前。

空を覆い尽くす黒い翼と、大地を揺らす巨兵の足音が、防衛軍の兵士たちから戦意を奪い去ろうとしていたその時、戦場を真っ二つに割るような黄金の雷鳴が轟いた。

 

「――お待たせ! ここからは私たちが引き受けるね!」

 

眩い光の中から現れたのは、少女の面影を残す勇者。彼女が手にした聖剣を無造作に振り抜くと、第一師団が誇る「鉄甲トロール」の密集陣地が一瞬にして光の奔流に飲み込まれた。

 

「ガ、ギガァ……ッ!?」

 

盾も、魔鋼の装甲も、再生能力さえも意味をなさない。聖剣から放たれたのは物理的な斬撃ではなく、不浄なる存在を根源から消去する「理」の光。

一振りの残光だけで、一個中隊規模の巨兵たちが塵となって霧散した。

 

「……遅いな、勇者。既に陣形が食い破られかけている」

 

勇者の影から音もなく滑り出したのは、黒髪をなびかせた剣聖。

彼は迫りくるオーガの群れに対し、抜刀すら見せぬ速さで戦場を駆け抜ける。

 

「――天斬」

 

剣聖が通り過ぎた後、巨兵たちの身体が時間差で上下に泣き別れた。重厚な鎧ごと、その魂を両断する一閃。第一師団が信奉した「質量の暴力」は、彼の研ぎ澄まされた「技」の前では、ただの柔らかい粘土も同然であった。

 

一方、上空で第三師団のワイバーン旅団が、地上を焼こうと急降下を開始していた。

だが、その頭上から降り注いだのは、彼らが抱えていた爆弾よりも遥かに巨大な絶望だった。

 

「計算通り……。空を飛ぶものに、逃げ場はないわ」

 

本陣の中央で、賢者が冷静に杖を掲げる。彼女の周囲には幾何学模様の魔導回路が幾重にも展開され、空域全体を包囲していた。

 

「――『星の雨』」

 

賢者が呟くと同時に、雲を突き抜けて数千の光弾が雨のように降り注いだ。

それは飛竜の翼を正確に貫き、魔導爆弾の信管を空中で強制的に誘発させる。上空は一瞬にして紫の爆炎に包まれ、北方軍自慢の空中戦力は、王都の土を踏む前に「燃える肉片」となって雪原へと降り注いだ。

 

「な……なんなんだ、こいつらは……!」

敗走を始めた北方軍の兵士が、恐怖に震えながら叫ぶ。

 

「我らは十二万……! 巨兵も魔獣も翼竜も揃っているのだぞ!? なぜ、たった数人の小娘共に……ッ!!」

 

「――数とか、強さとか、関係ないよ」

 

勇者が聖剣を肩に担ぎ、ニコリと微笑む。その瞳には、北方軍司令が求めてやまなかった「神の寵愛」が、残酷なほどに満ち溢れていた。

 

「悪いことしようとする人は、私が全部やっつける。……それだけなんだから!」

 

勇者が再び地を蹴る。

一人が進むごとに、軍勢という名の壁が砂の城のように崩れていく。

 

北方の戦場を支配していたのは、もはや戦略でも武力でもなかった。

それは、神々の遊戯盤における「最強の駒」が振るう、あまりにも眩しく、一方的な浄化の嵐であった。

 

北方軍総本営。

かつては勝利への確信に満ちていた天幕内には、いまや重苦しい沈黙と、凍てつくような焦燥が渦巻いていた。

 

「――報告します! 第一師団、勇者一行の聖光を受け後退! 第三師団の翼竜部隊も、賢者の広域魔法により制空権を奪い返されました! 戦況、一向に好転いたしません!」

 

次々と舞い込む敗報。

椅子に深く腰掛けた北方軍司令は、自身の胸元の古傷が疼くのを感じ、歯を剥き出しにして机を叩きつけた。

 

「……勇者め! 数万の魔獣を揃え、魔導爆弾を雨と降らせても、奴ら一党を足止めすることすらできんというのかッ!」

 

司令の視線は、地図上の王都ではなく、不自然なほど静まり返った「南」の一点に向けられていた。

 

「司祭は一体何をやっているのだ! 作戦開始の期日はとうに過ぎているのだぞ! 南方から死神が王都を突かなければ、我が軍はここで勇者の光に磨り潰されるのを待つだけだ!」

 

本来の計画では、司祭が死神を南方で暴走させ、王都の戦力を南へ分散させるはずだった。だが、南からの「絶望の報せ」は、待てど暮らせど届かない。

 

そこへ、血相を変えた伝令兵が、転がるようにして天幕へと飛び込んできた。

 

「報、報告! 緊急事態発生!!」

 

「司祭か! 奴から連絡があったのか!?」

 

「いえ! 南方の隠密観測班より魔導通信……! 司祭殿の潜伏拠点……邪教団の本拠地が、『完全に消滅』したとのことです!」

 

「……何だと?」

 

軍議室にいた将帥たちが一斉に息を呑む。

 

「王都の騎士団が動いたのか? それともギルドの討伐隊か?」

 

「……いえ、違います! 観測された破壊の痕跡は、人族の魔法でも、勇者の聖光でもありません。……円形に抉れた石床、内側から粉砕された壁。……間違いありません。死神が、暴走したのです!!」

 

司令は、椅子から立ち上がるのも忘れ、愕然と天を仰いだ。

自分が王都攻略の「最終兵器」として期待していた駒が、主である司祭を食い破り、野に放たれた。

 

「……飼い犬に、手を噛まれたか……狂人め!」

 

司令はすぐさま、傍らに控える第四師団長へと鋭い軍令を下した。

 

「第四師団に通達! 直ちに第二密偵連隊を南方に派遣せよ! 何としても司祭を探し出し、生きていれば確保しろ!」

 

司令の眼光が、かつてないほどの危惧を帯びて光る。

 

「死神を再び『兵器』に戻すための術式――『枷』を嵌め直す術を知るのは、あの男一人だけだ! 奴を確保し、あの化け物を再び檻に繋ぎ止めろ! 死神が次に何を『ゴブリン』と見なすか分からんのだ! 枷なき死神がこの北へ牙を向けば、我ら十二万の軍勢とて、ただの『巣穴』として掃除される……ッ!!」

 

「御意! 第二密偵連隊、現時刻を以て出撃いたします!」

 

第四師団長が闇へと消える。

勇者の聖剣が北から迫り、制御を失った死神の足音が南から近づく。

一人の少女の絶望から始まった波紋は、いまや混沌の軍勢すらも恐怖に陥れ、世界の命運を懸けた「主導権」の奪い合いへと発展していた。

 

 

 

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