『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第51話:嵐の前の静寂 ―空白の三日間―

雨が降り続く辺境の街。路地裏での戦闘を経て、ゴブリンスレイヤーにかけられていた「連続殺人犯」の疑いは、ギルド監察官の報告と目撃証言によって事実上取り下げられていた。しかし、街に漂う空気は以前よりもさらに重く、冷え冷えとしたものに変わっていた。

 

「……オルクボルグの指名手配はようやく解かれたけど。街の連中の顔色はちっとも良くなってないわね」

 

妖精弓手が、人気の消えた大通りを歩きながら、忌々しげに弓の弦を弾いた。掲示板から剥がされたばかりの指名手配書が、風に吹かれて石畳を虚しく転がっていく。

 

「無理もない。あんな『天災』のような力を間近で見せつけられてはな。……あの娘が一度掌を振るえば、この街がいつ地図から消えてもおかしくない。誰もがそう直感して震えておるわい」

 

鉱人道士が、手入れを終えたばかりの杖を握り、苦々しく言った。あの路地裏で見た、空間を削り取るような衝撃。それは個人の武勇でどうにかなる領域を遥かに超えていた。

 

「拙僧も、彼の者の瞳に宿る曼荼羅を思い出すたび、魂が震える思いにございます。あれは法の外側にある混沌の色彩……。修行を積んだ身であっても、正気を保つのに必死でございました」

 

蜥蜴僧侶が静かに目を閉じ、数珠を爪で弾く。

 

「武闘家さん……一体、貴方に何があったんですか」

 

女神官の声は、震える吐息となって虚空に消えた。

その隣で、淡々と装備の確認をしていたゴブリンスレイヤーが、低く、短く応えた。

 

「……明日には、ギルドの調査の結果が出る。彼女が歩いた足跡が分かれば、やるべきことも決まる」

 

「…………はい」

 

女神官は、手に持った聖印を無意識に握りしめていた。かつての仲間が怪物に変えられたという残酷な現実。それを裏付けるための「三日間」という時間は、彼女にとって地獄のような永さだった。

 

その時、前方の路地の角から、大きな荷背負い箱を背負った一人の行商人がふらりと現れた。男は厚手の外套を深く被り、ひどく足取りが重い。

 

人通りがまばらになった角で、彼らは一台の小さな荷車を引く、みすぼらしい身なりの男とすれ違う。男は右半身を深くマントで覆い、足を引きずるようにして歩いていた。

 

「……あ。大丈夫ですか?」

 

荷車が石畳に引っかかり、よろめいた男に女神官が咄嗟に手を貸す。男は深く被った帽子の隙間から、穏やかだがどこか粘りつくような視線を向けた。

 

「……ああ、ありがとう。優しい娘さんだ。……少し前に、不慮の事故に遭いましてね。右半身が思うように動かず、難儀していたところだったのですよ」

 

「それは……。ご無理はなされますな。この街の坂道は体に障りますぞ」

 

蜥蜴僧侶が気遣うように声をかける。男は「かたじけない」と短く一礼した。その荷車には、この辺りでは見かけない毛皮や、寒冷地特有の香辛料が積まれている。

 

「へぇ、北方産の品なんて珍しいわね。この辺の商人は王都の品を喜ぶけど、あんた、ずいぶん遠くから来たのね」

 

妖精弓手が好奇心で耳をぴくつかせながら荷を覗き込む。

 

「……ふむ。北の酒でもあれば買ったんじゃがな。そんな怪我で、よくもまあ遠路はるばる歩いてきたもんじゃわい」

 

鉱人道士が酒袋を叩きながら、胡散臭そうに髭をひねる。男は力なく笑った。

 

「ええ。北の方は今、戦で騒がしいですからな。こうして南へ逃れてきたのですよ。……命懸けの旅でしたが、最近はこの辺りも、ゴブリンがいなくなったと聞きましてね。私のような手負いの身でも、安心して商売に励めるというものです。……お陰で、ようやく『目的』が果たせそうですよ」

 

「では、私はこれで。地母神の御加護があらんことを」

 

男はゆっくりと、影に溶け込むように人混みへと消えていった。一党がその背中を見送る中、ゴブリンスレイヤーだけは、男の姿が闇に消えるまで、一度も視線を外さなかった。

 

「……ゴブリンスレイヤーさん?」

 

「……あの男……行商人にしては、臭いが不自然だ」

 

「え? 香辛料のいい匂いがしてたじゃない」

 

妖精弓手が首を傾げるが、ゴブリンスレイヤーは首を横に振った。

 

「……香辛料や、荷物の臭いではない。その奥に……強い死臭が混じっている。……それも、死んでから時間の経った死体ではない。今まさに腐り落ち、魔力で無理やり繋ぎ止められている……生ける死肉の臭いだ」

 

ゴブリンスレイヤーは腰の短剣に手をかけ、一瞬、男の背を追おうとしたが、すぐにその手を離した。今はまだ、確証がない。それに、ギルドからの「真実」を待つ必要がある。

 

「……警戒を強める。奴はこの街に『仕事』で来たのではない。……何かを探しに来ている」

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