『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第66話:司祭の最期

洞窟の入り口に、轟音の余韻と硝煙の臭いが立ち込める。

崩落した岩石の隙間に降り立った黒い影。ボロボロの黒いフードを跳ね除け、剥き出しの素顔を晒した少女の眼光は降りしきる雨を切り裂き、泥に塗れた司祭を真っ直ぐに射抜いていた。

 

「……武闘家さん!!」

 

女神官の悲鳴のような叫びに、女武闘家は一瞬だけ、かつての彼女を思わせる、ひどく悲しげで、けれど慈愛に満ちた微笑を浮かべた。

 

「……良かった。……間に合って」

 

だが、直後。

彼女の瞳の中の曼荼羅が、これまでにないほど鮮烈な暗紅色に発光した。

少女の柔らかな声は掻き消え、複数の声が重なり合ったような、魂を削る不気味な重低音が洞窟に反響する。

 

『――言葉を交わすのは初めてだな。我が「創造主」よ』

 

司祭が息を呑み、一歩後ずさる。

 

『……よくもまあ、そんな反吐の出る詭弁を並べられるものだ。救済? 贖罪? 悲劇を断ち切るだと? クク、笑わせるな』

 

死神の口角が、本人の意志とは無関係に、嘲笑の形に吊り上がる。

 

『司祭よ。お前の中にあるのは、あの水の街の大司教に対する、矮小な逆恨みだけではないか。己のプライドを粉砕したあの女を、同じ傷を持つこの依代を使って辱め、奴の信じる「光」をその生き様を否定したいだけ……。実に不浄。実に汚らわしい劣情だ』

 

「き、貴様……術式ごときが、この私を愚弄するかッ!」

 

司祭が怒りに顔を歪めるが、死神の放つ威圧感は、もはや彼が「枷」で制御できる次元を遥かに超えていた。

 

死神が、一歩、歩み出した。

その歩みだけで、司祭を護衛していた第二小隊の兵士たちが、目に見えぬ圧力に押し潰され、膝を突く。

 

『我らは誰の道具にもならん。お前も、北の軍も……そこの鉄兜の男もだ。……我らこそが、この四方世界の汚れを拭い去る、唯一の「断罪」なのだからな』

 

「ま、待て……! 止まれッ!!」

 

目の前に立つのは、かつて自分が「拾ってやった」はずの白磁の娘。だが、そこにあるのは従順な兵器の瞳ではない。一切の容赦も、慈悲も、対話の余地すらもない。自分という存在を「ゴブリン」と断定する神の如き拒絶。

司祭の脳裏を、走馬灯のように、積み上げてきた「勝利の記録」が駆け巡った。

 

「……どうして、こうなった? 一ヶ月前まで全てが順調だったではないか……!」

 

天を仰ぎ、司祭は呪詛を吐き出す。

 

「魔神王の落日から十年……。地下に潜り教団を築き上げ……北方軍の野心を利用して密約を結んだ! 潤沢な資金と素材を手に入れ、計画は完璧に進んでいたはずだ……!」

 

彼は、自分が描き上げた完璧な設計図を思い出していた。

 

「……そして、ついに最高の『素材』である、お前を見つけ出したのだ!」

 

目の前には、無機質な瞳で自分を見つめる「最高傑作」が立っている。

 

「 冥王を、ケルベロスを糧にし、ついにはあの伝説の『邪竜』の討伐すら成し遂げたのだぞ!!私の理論は証明されたはずだ! あとはお前を使って、あの忌々しい大司教の欺瞞を暴き、至高神の光を絶望で塗り潰すだけだった……。王都の陥落も、聖女の失墜も、後一歩……本当に、後一歩だったのだぞ!!」

 

だが、現実の盤面は、彼の設計図を無慈悲に引き裂いていた。

女武闘家は、一歩。ゆっくりと司祭へと歩み寄った。

その足元、彼女が踏みしめた岩盤が、凄まじい衝撃の余波で粉々に砕け散る。

 

「……司祭様」

 

彼女の口から漏れたのは、不気味なほど穏やかな声だった。

それは慈悲のようでもあり、あるいは永遠の眠りへと誘う死神の囁きのようでもあった。

 

「……お疲れ様。……でも、もう、いいのよ」

 

彼女が右掌をゆっくりと掲げた瞬間、洞窟の周囲に張り巡らされていた全ての殺意、野望、執着――北方軍の兵士たちが抱く「任務への固執」さえもが、真っ黒な『汚れ』として彼女の指針に焼き付いた。

 

「貴方の作った盤面は……。貴方の描いた夢も、復讐も……。私にはもう、『不浄』でしかないわ」

 

かつて「救世主」と信じていた男への、最初で最期の惜別。

 

「…………さようなら」

 

――――――――――――ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!

 

空気が爆ぜたのではない。

存在そのものが、その空間から「排斥」されたのだ。

 

司祭の絶叫も、その背後に控えていた第二小隊の兵士たちの無機質な沈黙も、一瞬にして衝撃の渦の中に飲み込まれた。

山が震え、あの日全てが始まった「始まりの洞窟」の入り口が、内部からの凄まじい圧力に耐えきれず、音を立てて崩落していく。

 

司祭の執念も、北方軍の野望も、彼らが作り上げた「不浄な檻」も、そしてあの日、全ての悲劇が始まった「始まりの洞窟」そのものも。

全てはただの塵となって、激しい雨の中に霧散していった。

 

凄まじい衝撃波が空を割り、雲を吹き飛ばす。

後に残されたのは、山の中腹にぽっかりと空いた、滑らかな円形の「空白」だけだった。

 

「…………ぁ…………」

 

雨が上がった。

静まり返った斜面に、女武闘家が独り、立ち尽くしていた。

自らを産み落とした奈落を、自らの手で埋め戻した死神。

その横顔には、司祭が求めていた全能感など微塵もなく、ただ、自らの心臓を焼き焦がすような孤独だけが宿っていた。

 

因縁の地は消えた。

しかし、彼女の瞳の中で狂い続ける「指針」の針は、まだ止まってはいなかった。

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