『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】 作:いっかず
ギルドの扉を開いた瞬間、押し寄せたのは熱気ではなく、凍り付くような沈黙と、幾重にも重なる嫌悪の視線だった。
カウンターの奥で、今にも泣き出しそうな顔をしていた受付嬢が、一行の姿を認めるなり駆け寄ってきた。
「ゴブリンスレイヤーさん! 無事だったんですね……でも、大変なことになっています!」
「……何があった」
「先日からこの街の裏路地で多発している、連続猟奇殺人事件です。……ゴブリンスレイヤーさん、信じられませんが、今、貴方がその最重要参考人として挙げられつつあります」
「はぁッ!? オルクボルグが人殺し!?」
妖精弓手が机を叩いて身を乗り出した。
「馬鹿言わないで! こいつの頭にあるのはゴブリンの殺し方だけでしょ! 人間を殺すなんて、この馬鹿には一文の得にもならないわよ!」
「そうです! ゴブリンスレイヤーさんは、巣穴の調査で私たちとずっと一緒にいました!」
女神官も必死に声を上げるが、受付嬢は震える手で一枚の被害報告書を差し出した。
「わかっています……! ですが、目撃証言が多すぎるんです。犯人は『貴方と同じ鉄兜』を被り、『ゴブリンを殺せ』とうわ言のように呟く謎の怪人物。そして何より、現場に残された遺体はどれも……内側から爆ぜたように、ぐしゃぐしゃに損壊しているんです」
その一言に、ゴブリンスレイヤーの鉄兜の奥で、赤い眼光が鋭く細められた。
「……あの巣穴を潰した存在と、同一人物か」
「かみきり丸のそっくりさんじゃと? 冗談じゃあないわい」
鉱人道士が不快げに髭を揺らす。
「よもや、小鬼殺し殿の模倣犯……。拙僧らの知らぬところで、その妄執を写し取った鏡が現れたというのですかな」
蜥蜴僧侶も、事態の異様さに長い舌を震わせた。
その時、酒場にいた冒険者たちから心ない声が飛んだ。
「いつかやると思ってたぜ」
「ゴブリン、ゴブリンって……ついに頭がイカれて、人間までゴブリンに見え始めたんだろ? 怪物に憑りつかれた奴の末路だな」
嘲笑と、本能的な恐怖。街の人々が向けていた視線の正体は、これだったのだ。
「……俺ではない」
短く、淡々とした否定。だが、その声は喧騒にかき消されるほどに無力だった。
「分かっています、私は信じています! ですが、ギルド上層部は……衛兵団からの強い圧力もあって、貴方の『冒険者資格の剥奪』、そして身柄の拘束を本格的に検討し始めています!」
受付嬢の悲痛な叫びが響く。
ギルドの酒場に満ちる刺すような視線。しかし、ゴブリンスレイヤーの鉄兜の奥にある瞳は、周囲の嘲笑ではなく、ただ一つの「不利益」だけを見据えていた。
「……このまま、訳の分からん冤罪で捕まれば。ゴブリンを殺せなくなる」
その言葉は、いつになく重い響きを持って響いた。彼にとって、名誉や地位はどうでもいい。だが、小鬼(ゴブリン)を殺す権利を奪われることだけは、何よりも許しがたい不条理だった。
「ゴブリンスレイヤーさん……。はい、行きましょう! 私たちで真犯人を捕まえましょう! そうすれば、誰も文句は言えません!」
女神官が、力強く杖を握りしめて宣言した。彼女の決意に応えるように、受付嬢がカウンターの下から一枚の地図を取り出し、手早く一点を指し示した。
「……分かりました。ギルド上層部や衛兵たちには、私が何とか理由をつけて時間を稼ぎます。今のうちに、真犯人の手がかりを掴んでください!」
受付嬢の瞳には、職務を超えた必死の願いが宿っていた。
「最新の犯行現場は、市街地北側の『裏路地』です。一時間ほど前に死体が発見されましたが、あまりの凄惨さに衛兵も立ち入りを躊躇っています。……犯人の通称は『死神』。尋常ではない相手です。どうか、どうかお気をつけて……!」
「――行くわよッ! のんびりしてたら、オルクボルグが檻の中に入れられちゃうわ!」
妖精弓手が、弾かれたように走り出した。それに続く蜥蜴僧侶が、重厚な声を響かせる。
「あの巣穴を更地にした理不尽な力が、いまこの街の中で牙を剥いている……。小鬼殺し殿、これは拙僧らの知る戦いとは、別次元の事態かもしれませぬな」
「ふむ……。死神、か。そんな物騒な力がこの街を彷徨っておるとは、酒も喉を通らんわい。偽物のせいでかみきり丸が汚名を着せられるのは、わしの髭が許さんぞ!」
鉱人道士が鼻息荒く杖を振るい、短い足で一行を追いかける。
夜の帳が降り始めた街の中。ゴブリンスレイヤーは、雨の匂いが混じり始めた風を吸い込み、低く告げた。
「……まずは、現場検証からだ」
一行は、光の届かない北の裏路地へと消えていった。
自分たちを「死神」として見る住民たちの視線を背に受けながら。