『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第68話:銀の絆

雨に咽ぶ辺境の街、第二街区。

入り組んだ路地裏は、今や北方軍の精鋭と、街を守らんとする銀等級の冒険者たちが火花を散らす、音なき戦場と化していた。

 

「――っ、嘘でしょ!? 至近距離からの射撃を避けるなんて!」

 

妖精弓手が驚愕の声を上げる。放たれた必殺の矢は、黒装束の兵士がわずかに首を傾けただけで、その横を虚しく通り過ぎた。感情を殺し、殺気すら漏らさぬ北方軍第四師団・第一中隊。彼らには、熟練の冒険者が頼りとする「気配の読み」が一切通用しない。

 

「拙僧の竜牙兵も、連携を崩す前に磨り潰されましたな……! まるで、心を持たぬ鉄の機械と刃を交えているようですぞ」

 

蜥蜴僧侶がを竜牙刀を振るい、迫りくる刃を弾く。だが、一体を退けても即座に別の影が死角を突き、息つく暇も与えられない。

 

「ええい、業腹じゃ! 術を唱える暇すら与えてくれんとは……! 精霊たちに声をかける前に、喉元に刃が届きおるわい!」

 

鉱人道士が杖を短く持ち替え、乱戦に耐える。

ゴブリンスレイヤーと女神官と分断された1党は第1中隊の波状攻撃を前に、戦線は崩壊寸前まで追い詰められていた。

 

「――ここまでだ。排除を開始する」

 

第一中隊の兵士たちが、無機質な声と共に一斉に距離を詰める。万事休す。そう思われた刹那――。

 

「――よぉ、手間取ってるじゃねえか、耳長ッ!!」

 

闇を切り裂く一閃。

横合いから突き出された長槍が、兵士の喉元を正確に貫いた。

 

「遅かったわね、牛の歩みかと思ったわよ!」

「はっ、抜かせ! 街中の『掃除』に手間取ってな!」

 

現れたのは、槍使い。そしてその背後から、地を這うような重低音と共に巨大な刃が振り下ろされる。

 

「待たせたな。ここからは俺たちの番だ」

 

重戦士がその巨躯を盾に割り込み、大剣の一振りで兵士たちの包囲網を強引にこじ開けた。さらにその隣には、紫煙をくゆらせながら魔女が静かに佇んでいる。

 

「……遅れて、ごめん……。影が……多かった……から……」

 

「あんたたち……!」

妖精弓手の瞳に、希望の火が灯る。

 

重戦士が、目の前の第1中隊を見据えて目を細めた。

「……ゴブリンロードの時を思い出すな。あの時も、街の存亡を懸けて総力戦だった」

 

「フン、縁起でもないことを言うな」

 

女騎士が重厚な鎧を軋ませ、一歩前に出る。

「あの時は、苦労してチャンピオンを仕留めたというのに、報酬は小鬼一匹分の金貨しか出なかったのだからな! 今日はその分まで働かせてもらうぞ!」

 

「ははっ、違いない!」

槍使いが槍を回し、鋭い切っ先を沈黙の兵士たちに向けた。

 

「おい、北の暗殺者ども。俺たちは怪物退治のプロだが……仲間をコケにされた報復に関しては、それ以上にプロなんだわ。……覚悟しな」

 

最強の銀等級たちが一堂に会し、戦況は一気に逆転する。

沈黙の精鋭たちも、この「冒険者という名の暴力の結晶」を前に、防戦を余儀なくされた。

 

「……標的は既に西へ向かった。我らはここで、この不純物どもを足止めする」

 

第一中隊長が、感情のない瞳で軍刀を構え直す。

女神官を巡る「鍵」の争奪戦。

その裏側で、辺境の誇りを賭けた、意地と規律の真っ向勝負が始まった。

 

――ギルドの監視塔。受付嬢は、雨に濡れた窓から街のあちこちで上がる火の手と、金属がぶつかり合う音を、祈るような心地で見つめていた。

 

「……街に潜入した一個中隊との戦いは、槍使いさんたちの助太刀でなんとか拮抗しています。ですが、これ以上戦線が広がれば……」

 

受付嬢の言葉を遮るように、隣に立つ監督官が、北の街道の先を凝視した。その顔から、一切の血の気が引いていく。

 

「……残念だけど、善戦はこれまでね」

監督官が指し示した先。

雨音に紛れ、地響きさえも殺した「不自然な静寂」が、津波のように街の北門へと押し寄せていた。

 

「来たわ……。第二密偵連隊主力……一千四百」

 

――――ドォォォォォ、ドォォォォォ……。

 

地響き。それは魔獣の咆哮ではなく、完全に統制された千人規模の軍靴が、一糸乱れぬリズムで大地を叩く音だった。

霧の中から現れたのは、漆黒の外套に身を包んだ「虚無」の軍勢。その先頭に立つ男――第二密偵連隊長が、抜いた軍刀を街の中心部へと向けた。

 

「孤立した第一中隊を救援せよ。……周辺に展開する冒険者どもを排除し、速やかに司祭殿と合流。標的である『鍵』を確保する」

 

連隊長の声は、感情の起伏が一切ない、冷徹な機械のようだった。

 

「これより、辺境の街の全域を『戦略的制圧下』に置く。……死神を兵器へと戻すための障壁となるものは、一兵たりとも残すな」

 

「「「御意」」」

 

千四百の声が重なり、一つの巨大な「拒絶」となって街に響き渡る。

銀等級の奮戦によってようやく掴みかけていた希望が、圧倒的な軍隊という名の「数」によって、再び闇の中へと押し戻されようとしていた。

 

「……そんな。たった一個中隊、百人ですら手一杯なのに……。千人を超える主力をまともに相手にするなんて、無理です……!」

 

受付嬢は、手にした報告書を力なく落とした。

ギルドに残った戦力は、既に限界を超えている。街の自警団や下位の冒険者では、感情を捨てたこの殺人機械たちの前では、ただの案山子にすぎない。

 

絶望が街を飲み込もうとしたその時。

西の空に、北方軍の通信網を乱すような、不自然な「風のうねり」が走り抜けた。

 

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