『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第69話:終焉の報告

辺境の街、第二街区。降りしきる雨の中、銀等級の冒険者たちと北方軍第1中隊の刃が火花を散らしていた。

 

「――はぁッ!!」

 

槍使いの電光石火の突きを、第1中隊長は軍刀の腹で紙一重に受け流す。感情を排したその瞳は、槍使いの次の呼吸さえも見切っているかのようだった。

 

「しぶとい連中だ! 痛みも恐怖も感じてねえのかよ!」

 

重戦士の大剣が背後から迫るが、中隊長は避けることなく、随行する二人の部下に目配せする。二人の兵士は盾も持たず、自らの肉体を囮にして重戦士の動きを封じようとした。自分の命を計算式の一行としか思っていない、狂気的な合理性。

 

「……《アラーネア(蜘蛛)……ファキオ(生成)……リガートゥル(束縛)》」

 

魔女の粘糸の呪文が発動し粘着性の糸が兵士達の動きを封じる。そこへ妖精弓手の放つ連射が、兵士たちの足を確実に射抜いていく。、

 

「……拙僧らとて、一歩も退くわけにはまいりませぬ!」

蜥蜴僧侶が新たに呼び出した竜牙兵が、北方軍の兵士たちと激しく刃を交える

 

「《呑めや歌えや酒の精(スピリット)。歌って踊って眠りこけ、酒呑む夢を見せとくれ》!!」

鉱人道士の放った『酩酊(ドランク)』。

通常の精神干渉とは異なり、肉体の感覚を強制的に弛緩させるその術に、感情を殺して「鉄」のようだった兵士たちの動きが、一瞬だけ泥のように崩れた。

 

「――今だ、畳み掛けろッ!!」

 

女騎士が盾を構え、陣形が崩れた隙を突こうとした、まさにその時。中隊長の懐にある通信用の魔導水晶が、耳を刺すような高音で鳴動した。

 

『――中隊長ッ!! 聞こえるか……!?』

 

水晶から漏れ出たのは、感情抑制訓練を受けたはずの精鋭の、理性をかなぐり捨てた「悲鳴」だった。

 

『――こちら第ニ小隊!! 『鍵』の確保に……ガッ、失敗……ッ!! 来た……ヤツが来たんだ!! 「掃除」が始まる……!!』

 

通信の向こうで、凄まじい「轟音」が響いた。それは爆発音というより、世界そのものが破裂したような、物理法則が崩壊する音だった。

 

『司祭殿が……消えた……!! 「枷」も……洞窟も……なにもかも…………。拒絶、され…………』

 

プツッ。

 

通信は、暴力的なまでの静寂によって断たれた。

同時に、中隊長の持つ魔導水晶が、内側からの圧力に耐えかねたように粉々に砕け散った。

 

「…………」

 

第一中隊長は、鉱人道士の術に抗いながら、ゆっくりと自らの剣を引いた。

 

「中隊長、今の報告は……」

「……任務は、潰えた」

 

中隊長は、目の前の銀等級たちを一度も見ることなく、軍人としての冷徹な声を発した。

 

「……作戦、終了だ……司祭殿は死亡。「枷」は消滅。……我らがこの街で流す血は、一滴残らず無意味となった」

 

中隊長は軍刀を鞘に収め、部下たちに右手を上げた。

 

「あの娘を繋ぎ止める術は、この世界から消失した。……もはや、この街を制圧する合理的理由は存在しない。……撤退だ。総員、速やかに街を離脱せよ」

 

「待ちなさいよ! まだ話は終わって――」

 

妖精弓手の放った矢が、退却の煙幕の中に吸い込まれる。

感情を殺した兵士たちは、司祭の死を知った瞬間、まるで糸の切れた人形のように、けれど迅速な軍隊の動作で、闇の中へと消えていった。

 

「……逃げた、のか?」

「……違うわ……」

 

魔女が、雨に濡れた顔を上げて、南の山を指差した。

 

「……終わったのよ……。あの男の……狂った……遊戯は……。……いま……全てが……灰になった……」

 

――辺境の街、北門前。

千四百の影が、まるで精密な時計仕掛けのように展開し、市街地への突入を開始しようとしたまさにその瞬間だった。連隊長の腰に下げられた、最高位の魔導通信水晶が不気味な黒光りを放ち、鳴動した。

 

「――全軍、停止」

 

連隊長の静かな制止により、突風のような進軍がピタリと止まる。水晶からは、第2街区で銀等級たちと死闘を繰り広げているはずの第1中隊長の、いつになく渇いた声が響いてきた。

 

『……連隊長。全ては、遅すぎました』

 

「申せ。状況を」

 

『……司祭殿と共に、神官の娘を確保すべく「始まりの洞窟」へ向かった、我が中隊・第2小隊との……最後の交信が入りました』

 

街全体を揺らしたあの「拒絶の雷鳴」の余波が、通信の向こう側から不気味なノイズとして入り込む。

 

『……司祭殿は、死神によって殺害されました。……死神を縛る唯一の術式「枷」諸共、あの洞窟で跡形もなく消滅です。……第2小隊、および同行していた兵員も、生存反応は皆無。全滅したと判断します』

 

「…………」

 

連隊長の周囲の空気が、さらに一段、温度を下げた。

感情抑制訓練を受けていようとも、この報告がもたらす戦略的絶望までは消し去ることはできない。

 

死神を再び「兵器」へ戻すための設計図も、設計者も、そして媒介となるはずだった枷も、この世から一瞬で消え去った。

それは、北方軍が描いていた「南北同時侵攻」という巨大な盤面が、根底から粉砕されたことを意味していた。

 

「……了解した。これ以上の市街戦は、我が軍にとって不利益な消耗でしかない」

 

連隊長は、市街地に突入しかけていた兵士たちへ向けて、淡々と、けれど重い軍令を下した。

 

「……突入を中止せよ。全大隊、現時刻をもって戦闘を中断。第一中隊の生存者を速やかに収容し、再編地点まで後退せよ」

 

「連隊長、しかし……!」

 

「司祭が死んだのだ。……我らに死神を制御する術はない。……これ以上この街に留まれば、我らもまた、臨界点を迎えるあの死神に『掃除』される。……北方軍司令部に直ちに連絡を。……南方の『双角』は折れた、とな」

 

連隊長は、赤い空が広がる南の山を一度だけ見据えた後、音もなく背を向けた。

 

千四百の軍勢が、街へ牙を剥く直前で「無」へと還り、闇へと敗走していく。

一人の少女の拒絶が、一国の野望を虚無へと突き落とした瞬間であった。

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