『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第6話:過去からの残影

街の北側、入り口すら腐りかけた裏通りの路地裏。そこは検視官すら顔を背ける「屠殺場」と化していた。

 

「……ひどいわね。本当にオルクボルグがこんなことをしたと思われてるなんて、趣味が悪すぎるわ」

 

妖精弓手が鼻を突き抜ける血臭に顔をしかめ、吐き捨てる。

石壁には、かつて人間だったものが赤い飛沫となってぶちまけられていた。切り裂かれたのではない。重圧によって、内側から爆ぜたような死に様だ。

 

「見てみろ、かみきり丸。あの巣穴の小鬼どもと同じじゃ。道具も呪文も使わず、ただひたすらに『存在』を握りつぶしたような跡よ」

 

鉱人道士が地面の亀裂を杖で指し示す。

蜥蜴僧侶も、その凄まじい破壊の痕跡に、長い舌を震わせた。

 

「拙僧の目から見ても、これは異常です。怨恨というにはあまりに無機質。まるで……汚れを拭い去るかのような、冷徹な暴力の気配を感じますな」

 

ゴブリンスレイヤーは一人、死体の山から少し離れたぬかるみの前で膝をついていた。

 

「……足跡が軽い。若い女だ。相当な武術の心得がある」

 

鉄兜の奥で、その視線が犯人の輪郭を捉えようと鋭さを増す。

 

「ゴブリンスレイヤーさん、犠牲者の身元が分かりました」

聞き込みを終えた女神官が、沈痛な面持ちで戻ってきた。

 

「犠牲者は皆、酒場の乱暴者や前科者……。犯人は悪意や劣情を持つ人『だけ』を狙っています」

 

女神官が、遺体の側に落ちていたナイフを拾い上げ、沈痛な面声で付け加えた。それは、被害者が直前まで誰かを脅そうとしていた証拠でもあった。

 

「じゃあ何? そいつは『ゴブリンを殺せ』って言いながら、ゴブリンみたいな人間を掃除してるって訳?」

 

妖精弓手が信じられないといった様子で肩をすくめる。

しかし、ゴブリンスレイヤーの返答は、凍りつくほどにドライだった。

 

「……奴にとっては、人間もゴブリンも変わらないということだ。ただ、殺すべき対象として映っている」

 

その時、ゴミ溜めの影で震えていた一人の孤児の少年が、一行に気づいて小さな声を漏らした。

 

「……お、お姉ちゃんが……」

 

女神官が慌てて駆け寄り、少年の目線に合わせて屈み込む。

 

「大丈夫ですよ。もう怖くありません。……その人は、どんな人でしたか?」

 

少年は、怯えた瞳で宙を見つめ、震える指先で自分の髪をなぞった。

 

「黒い髪を、こう……きゅって束ねたお姉ちゃん。……『ゴブリン、見つけた』って。そう言って、あいつらを……」

 

沈黙が路地裏を支配した。

少年の言葉に、女神官の肩が目に見えて震える。黒い髪、束ねた髪形、そして「ゴブリン」という言葉。それは、彼女の記憶の底に、消えない火傷のように残っている凄惨な光景を呼び起こした。

 

「……誰か、心当たりがあるのですかな? 神官殿。そして、小鬼殺し殿」

 

蜥蜴僧侶が、細長い瞳を二人に向ける。鋭い爬虫類の洞察力が、二人の反応から隠しきれない動揺を読み取っていた。

 

「黒髪を束ねた武闘家の娘……か。お主らの知り合いに、そんな力を持つ金等級の武闘家でもおるのか?」

 

鉱人道士が、改めて周囲の破壊痕を見つめながら髭をひねる。

「この威力、並の使い手では出せんぞ。それこそ、素手で竜を殴り倒すような英雄の類でなければのう」

 

「……ねえ。もしかして、私たちがオルクボルグと出会う前の話?」

 

妖精弓手が、不安げに女神官の顔を覗き込む。

女神官は唇を噛みしめ、溢れそうになる涙を必死に堪えていた。

脳裏をよぎるのは、カビと汚物にまみれた洞窟の臭い。仲間の悲鳴。そして、自分を庇って小鬼たちの群れに飲み込まれていった、あの快活な少女の背中。

 

「……あの娘に、こんな真似ができるとは思えん」

 

重苦しい沈黙を破ったのは、ゴブリンスレイヤーの、いつも通りの無機質な声だった。

 

「俺が知っているあの娘は、勇敢ではあったが、ただの白磁等級だった。これほどの衝撃波を放つ技も、ましてや人を殺めるような冷徹さも、あの時は持ち合わせていなかった」

 

鉄兜の奥で、彼は冷徹に事実を積み上げていく。

あれから数年も経っていない。普通の人間が、金等級を越えるような力をその短期間で得ることは、通常あり得ない。

 

「今の段階では……彼女が犯人である可能性は、極めて低い」

 

その言葉は、女神官を安心させるためのものではなく、あくまで戦術的な推論だった。

だが、女神官には分かっていた。

ゴブリンスレイヤーがわざわざ「今の段階では」と付け加えた理由。それは、彼自身も心のどこかで、あの惨劇が「何か」を生み出してしまったのではないかと疑っているからだ。

 

「……そうですね。あの子は、とても優しい人でした」

 

女神官は震える手で聖印を握りしめ、自分に言い聞かせるように呟いた。

「あんな残酷な殺し方をするなんて、あり得ません。……きっと、別の誰かなんです」

 

しかし、その願いを嘲笑うかのように、路地裏に吹き込む風は、鉄の混じった血の臭いを強く運んできた。

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