『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第77話:静かなる捕食者の苛立ち

辺境の街、第一街区。かつて富豪が住まうはずだった豪邸の広間に、腐敗した肉の臭いと、冷え切った殺意が充満していた。

 

そこに立ち塞がるのは、かつて「鉄烏盗賊団」の末端だった男たち。だが、その姿はもはや人間ではなかった。皮膚は青白く変色し、裂けた口からは絶えず濁った唾液が滴っている。彼らの瞳は理性を失い、獣のような紅い光を宿していた。

 

「――待っていたぞ……死神め」

 

リーダー格だった男が、骨の浮き出た指で自らの喉を掻きむしりながら、ひしゃげた声を出した。

 

「よくも……よくも俺たちのボスを……仲間たちを、あんなゴミみたいに消してくれたな……。仇だ。その肉も骨も、すべて喰らい尽くしてやるッ!!」」

 

不自然に膨れ上がった筋肉。彼らは、何者かから授かった「人外の力」――グールとしての強靭な肉体を誇示するように、四足獣のような姿勢で女武闘家を包囲した。

 

だが。

少女の瞳の中で、曼荼羅はピクリとも揺れなかった。

【不浄の指針】は、彼らが手に入れた「力」を、ゴミの上に塗りたくられた安物のメッキとしか見なしていない。

 

『――くくく。傑作だな、依代よ』

 

脳内に響く、指針の冷酷な嘲笑。

 

『盗賊を辞めて奴隷に転職か。ついでに人間も辞めてしまったらしいな。……いや、元よりゴブリン同然の魂だ。皮を脱いで、ようやく中身にふさわしい姿になったというわけか』

 

「…………掃除、しなきゃ」

 

女武闘家は、死角から飛びかかってくる三人のグールを、視界に入れぬまま掌で薙いだ。

 

「死ねッ! 死ねぇぇぇ!!」

 

男たちが爪を振り下ろす。だが、その指先が彼女の衣に触れることは二度とない。

 

――――ドォォォォォォォォォォォンッ!!!

 

グール特有の驚異的な再生能力さえ、その「拒絶」の前では意味をなさない。衝撃波は細胞の一つ一つ、魂の根源に至るまでを「存在しないもの」として消去していった。

 

「な……ッ!? 身体が……溶け――」

 

グール化したリーダーが絶叫を上げようとするが、彼の喉も、腕も、そして抱いていた復讐心さえも、物理的な「拒絶」の前に霧散していく。

 

『……奴隷の命など、何百積み上げても無意味だ。……掃除の邪魔だな』

 

女武闘家は、壁に残った不気味な赤い染みを見つめることもなく、静かに館を後にした。

彼らが縋った「新たな主」が誰であれ、死神の指針にとっては、掃除の手間が少し増えただけの些細な不純物でしかなかった。

 

「…………あと……四つ」

 

夜の風が、死臭を街の外へと運んでいく。

かつて夢見た「人を守る武」の残骸を、一滴の情けもなく踏みにじりながら、死神は次の標的へと歩みを進める。

 

――中央街区、避難勧告によって主を失ったはずの豪奢な貴族邸。その最奥、厚いカーテンで陽光を完全に遮断した一室に、冷たい苛立ちが満ちていた。

 

「――ちっ、役立たずめ」

 

闇の中から、硬質な爪が肘掛けを刻む音が響く。先ほど第一街区で「掃除」されたグールたちの末路を、放っていた使い魔を通じて感知した「影の主」が、忌々しげに吐き捨てた。

 

「北の戦乱と、突如として現れた『死神』の暴走。……この二つの巨大な混乱に乗じて、辺境の街をまるごと、誰にも邪魔されない私の『家畜小屋』にする計画だったというのに」

 

闇の中で、紅い双眸が不気味に蠢く。

彼にとって、人間とは守るべき隣人でも、倒すべき敵でもない。ただ喉を潤し、欲望を満たすための、鮮度の良い「資源」に過ぎない。

 

「あの死神……、余計な真似をしてくれたものだ。不浄の掃除だと? 奴が好き勝手に暴れ回ったせいで、私の大切な家畜どもが、恐怖に駆られて街から逃げ出してしまったではないか」

 

彼が望んでいたのは、緩やかな絶望の中での支配だった。

だが、女武闘家が撒き散らす「絶対的な拒絶」は、彼の支配権さえも上書きし、街の人口という名の『在庫』を劇的に減らしてしまった。

 

「……私の食卓を、泥だらけの足で踏み荒らす野良犬め。これ以上、獲物を減らされては堪らん」

 

影の主が立ち上がると、周囲の闇が物理的な質量を持って波打った。

 

「……予定を早めるしかない。残り三つの巣穴……私の血を分けた『番犬』どもが掃除されている間に、残った家畜を逃さぬよう、網を絞らねばならんな」

 

不気味な笑みが、影の輪郭を歪ませる。

死神が「不浄」を消し去ろうとする一方で、この捕食者は「不浄」をより濃く、より深く、自らの食卓に留めようとしていた。

 

「来い、死神よ。……お前が掃除を終えた後、最後に残った極上の滴りは、この私が美味しくいただいてやろう」

 

館の奥底へと消えていく影の笑い声。

一党がまだその存在すら掴めていない「第三の悪意」が、死神の足音を待ち構えていた。

 

臨界点まで、あと五日。

辺境の街の闇は、司祭が産み落とした絶望さえも飲み込み、より深く、より血生臭いものへと変質しようとしていた。

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