『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第78話:火事場泥棒の食卓

臨界点まで、あと五日。

辺境の街は、避難を急ぐ人々の喧騒が消えた街区から順に、墓場のような静寂に浸食され始めていた。ゴブリンスレイヤー一党は、監督官から与えられた「断罪の記録」を頼りに、死神の行方を追って第一街区の廃屋へと足を踏み入れた。

 

「……今朝、また犠牲者が出たわ。第一街区の、避難が終わったはずの空き家よ」

 

妖精弓手が、鼻を突き抜ける不快な死臭に顔をしかめながら、中庭の惨状を指差した。石壁には、爆発的な衝撃によって叩きつけられた「肉の紋様」がこびりついている。

 

「……かの『鉄烏盗賊団』の残党ですな。かつて司祭が、死神を造り上げる最初の試験に選んだ者たちの生き残り……」

 

蜥蜴僧侶が、手元の記録と照らし合わせて静かに頷く。因縁という言葉では片付けられない、呪いの連鎖がそこにはあった。

 

「第一次試験の標的だった連中か。……あやつめ、律儀に過去の『掃除』の続きをやっておるのかのう」

 

鉱人道士が不快そうに髭を震わせる。石畳に刻まれた、あの滑らかな円形の更地。その破壊の跡を思い出し、喉を鳴らした。

 

「……街道の避難民が襲われた形跡はない。不浄の指針は、まだ街の外を向いていないな」

 

鉄兜の奥から、ゴブリンスレイヤーの冷徹な分析が響く。

 

「街周辺のゴブリンは絶滅した。だが、街の中に潜む『ゴブリン』共は、未だ避難せずに留まっているというわけだ」

 

「……信じられません。こんな状況になっても、まだ自分の欲望を優先して盗みを働くなんて……。どうして、自分たちが狙われるって分からないんですか!?」

 

女神官が、悲しげに拳を握りしめた。死神がすぐ側まで来ているというのに、それでも悪行を止められない人間の業に、彼女は言いようのない虚しさを感じていた。

 

「……いや、そうじゃないわ。」

 

彼女は、粉砕された死体の一部――不自然に肥大化した爪と、変色した牙を指し示した。

 

「見て。こいつら、殺される前からもう人間じゃなかったわ。……全員、屍食鬼(グール)に変えられている。自分の意志で残ったんじゃない……何者かによって、逃げられないように『番犬』にされていたのよ」

 

「っ……!? 屍食鬼……ですって?」

 

女神官の顔から血の気が引いた。死神の衝撃波で粉砕される前に、彼らは既に「人ならざるもの」へと変生させられていたというのか。

 

「……屍食鬼とはなんだ?」

 

鉄兜の奥から、事も無げに発せられたその問いに、妖精弓手は呆れたように天を仰いだ。

 

「はぁ……。あんたは本当に、どこまで行ってもぶれないわね、オルクボルグ。いい? 今はこの街の、ひいては世界の危機なのよ。ゴブリン以外の怪物にも少しは興味を持ちなさいよ。」

 

「拙僧がお答えしましょう」

 

蜥蜴僧侶が数珠を鳴らし、静かに死体へ一礼して口を開いた。

 

「屍食鬼……。それは、吸血鬼に血を吸われた犠牲者の成れの果てにございます。吸血鬼の呪いを受けた者が、純潔ならざる者――すなわち非童貞、非処女であった場合、知性を失い、この悍ましき怪物へと変じるのです」

 

「……そうじゃ。一度屍食鬼になれば、知能も自由意志も残りはせん」

 

鉱人道士が苦々しく付け加える。

 

「ただ『親』である吸血鬼に使役され、生きた人肉を食らうためだけに彷徨う……哀れな操り人形よ」

 

「……吸血鬼」

 

女神官の顔に、隠しきれない戦慄が走った。

 

「この街に、吸血鬼が潜んでいるんですか? 邪教団は壊滅して、北方軍は撤退したはずなのに……。どうして、今になってそんな怪物が……」

 

「奴らとは無関係だろう。……ただの火事場泥棒だ」

 

ゴブリンスレイヤーは立ち上がり、周囲の家々の「戸締まり」を確認するように視線を巡らせた。

 

「司祭が死に、あの娘が掃除を再開した。そのせいで街の住民が逃げ出し、この街から『獲物』が消えた。……自分の牧場を荒らされ、餌を失った怪物が、腹を立てて動き出したというわけだ」

 

鉄兜の覗き窓が、不気味に赤い光を宿す。

 

「そこで奴は、街に残った『ゴブリン』共……。避難もせず、悪意を溜め込んだ悪党どもを眷属に変え、死神を迎え撃つための『捨て駒』にしている。死神を消耗させ、隙が生まれた瞬間に、本体がその首を狙う魂胆だ。ゴブリンもよくやる、強い獲物を仕留めるためのやり方だ」

 

「でも……! 街にはまだ、逃げ遅れた住民の方がたくさん残っています! もしも武闘家さんの『掃除』に巻き込まれたり、吸血鬼の眷属に襲われたりしたら……!」

 

女神官の叫びが、無人の通りに虚しく響く。

死神が「悪」を消し去る一方で、吸血鬼は「悪」を怪物に変えて盾にする。

その最悪の衝突に、何の罪もない人々が飲み込まれようとしていた。

 

「……行くぞ」

 

ゴブリンスレイヤーは短剣を抜き、その刃を月光にかざした。

 

「……吸血鬼が『ゴブリン』を盾にするなら、その盾ごと粉砕して本体を引き摺り出すまでだ」

 

一党の足跡が、さらに深く、不浄が渦巻く街の深淵へと刻まれていく。

死神へのタイムリミットが刻まれる中、彼らは新たなる「不浄」との戦いへと身を投じた。

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