『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第88話:終焉の晩餐

崩れ落ちた正門から吹き込む夜風が、玉座の間に漂う死の霧を激しくかき乱した。

瓦礫の山を平然と踏み越え、一歩、また一歩と前進する死神。彼女の瞳の中の曼荼羅は、玉座の前で激昂する吸血鬼の「食欲」と「傲慢」を、逃れられぬ断罪の座標として固定していた。

 

「――やってくれたな、死神。貴様が街中で無差別に『拒絶』を撒き散らしてくれたおかげで、この街を私の永劫の食糧庫……家畜小屋にする計画が台無しだ」

 

吸血鬼は、自らの鋭い爪を眺め、冷酷に言葉を続ける。

 

「……あの忌々しい冒険者共が、地下賭博場を勝手に掃除してくれたおかげで、予定よりも随分と到着が早まったようだな」

 

ヴァンパイアロードは、砕けた椅子の肘掛けを指で叩き、苛立ちを隠さずに吐き捨てた。

 

「そしてついさっき……ネズミのように潜り込み、私の大事な『家畜』どもを盗み出しおった。……やはり貴様ら、最初から裏で組んでいたのか?」

 

その嘲笑混じりの糾弾に対し、女武闘家の喉が、幾重にも重なる「声」を響かせた。

 

『――ククク、勘違いするな、夜の王よ。ある意味では「掃除」という目的を共有する同志ではあるが……。奴らはただ、自分たちの不器用な正義感で勝手に動いているだけだ。……我らの目的は、あくまでお前という汚れを消し去ることにのみある』

 

指針の紋章が激しく火花を散らし、死神の掌に衝撃が収束していく。

女武闘家は、吸血鬼が放つ強大な魔力と、その奥に潜む底なしの「支配欲」を凝視していた。

彼女の壊れた認識の中で、目の前の怪物の姿が歪み、あの洞窟の記憶と重なっていく。

 

「……ゴブリン、見つけた」

 

その呟きを聴いた瞬間、ヴァンパイアロードの顔が怒りで引き攣った。

百年以上の時を生き、数多の英雄を屠ってきた誇り高き真祖。その自尊心が、下等な害獣の名を呼ばれたことで、爆発的な殺意へと変わる。

 

「……あははははッ!! ゴブリンだと!? 夜の支配者たる私をあの、知性も品性も持たぬ薄汚い雑魚共と一緒にするなッ!!」

 

吸血鬼の全身から、どす黒い魔力の衝撃波が放たれ、広間に残っていた窓ガラスが全て砕け散った。

 

「よかろう。……あのようなゴミ共を率いていた貴様にとって、真の『絶望』が何たるかをその身に刻んでやる。……処女でない女の血など私の口には合わんが、特別に最後の一滴まで吸い尽くしてやろうではないか!」

 

吸血鬼の姿が掻き消えた。

神速。

次の瞬間、彼は死神の正面至近距離に現れ、硬質化した爪をその喉元へと突き出した。

 

だが、女武闘家の瞳は、既に彼の「汚れ」の全軌道を捉えていた。

 

――――――ガギィィィィィィィィッ!!!

 

ヴァンパイアロードの漆黒の爪と、死神の放つ『拒絶掌』が真っ向から衝突した。空間が悲鳴を上げ、火花のような魔力の断片が周囲に飛び散る。

 

「……強い。こんな手応え、断罪試験以来ね」

 

女武闘家は、衝撃の反動で痺れる右腕を無造作に振り、感情の消えた瞳でヴァンパイアロードを見据えた。彼女の脳裏には、ケルベロスや冥王といった、司祭が用意した強敵たちの残像が過っていた。

 

『――ふん。依代よ、過大評価だ。あの邪竜の爪に比べれば、この程度の衝撃……そよ風のように軽いではないか。臆するな、この程度の不浄、まとめて無へと還せ』

 

衝撃の出力を一段階上げる。ヴァンパイアロードは、自分の筋力が押し戻される感覚に戦慄し、即座に距離を取った。

 

「クハハ! 物理の打撃だけが私の武ではないぞ! 食い尽くせ! 我が忠実なる眷属よ!!」

 

ヴァンパイアロードが腕を広げると、彼の影からドロドロとした闇が溢れ出した。そこから産み落とされたのは、三メートルを超える巨躯を持つ、三つの眼を持った巨大な魔狼の使い魔たち。

 

「グルゥォォォォォッ!!!」

 

死臭を撒き散らしながら魔狼が四方八方から飛びかかる。

だが、死神は動かない。ただ、足元の大地を軽く踏みしめる。

 

「――拒絶」

 

――――――――ドォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!

 

彼女を中心とした全方位への衝撃波。

飛びかかった魔狼たちは、彼女の肌に触れるどころか、その間合いに入った瞬間に、巨大なプレス機に押し潰されたかのように四散した。肉が弾け、骨が砕け、魔力の残滓が館の壁を削り取る。

 

「当たらねば意味はないぞ! 死神!!」

 

吸血鬼の姿が陽炎のように揺らめき、物理的な衝撃が届く直前で「霧」へと姿を変えた。

拒絶の波動が霧を通り抜ける。実体のない霧は、死神の背後で再び血肉を凝縮させ、実体へと戻る。

 

「数で押せぬなら、密度で貫くまでよ!」

 

吸血鬼が自らの腕を切り裂くと、溢れ出した鮮血が空中で硬質化し、数千の針となって展開された。

 

「――『紅葬弾』!!」

 

放たれた血の弾丸は、音速を超えて死神を襲う。

一発一発が鉄板を貫く威力を持ち、変幻自在の軌道を描きながら死神を包囲した。

 

「…………不快」

 

女武闘家は顔を上げ、飛来する無数の紅い閃光を見つめた。

不浄の指針が、その弾丸一本一本に込められた「害意」を検知し、彼女の掌へ破壊のエネルギーを充填する。

 

「……掃除、しなきゃ」

 

彼女の掌から放たれるのは、もはや単なる衝撃ではない。

空間そのものを震わせ、飛来する物質の存在意義を消去する「絶対的な拒否」。

 

館全体を揺るがす拒絶の爆発。

臨界点前日。

辺境の街で最も強大な二つの「絶望」が、ついに対等の殺意を以て激突した。

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