『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第94話:二人の小鬼殺し

爆風と共に弾け飛んだ館の扉。砂煙の向こうから現れたのは、返り血と泥に汚れながらも、その瞳に強い意志を宿した五人の冒険者たちだった。

 

一万九千九百九十九回。

死と再生の地獄をループし続け、精神も魔力も完全に摩耗しきったヴァンパイアロードは、這いつくばったまま、縋るような視線を彼らに向けた。

 

「ひっ、あ……あぁ……っ!!」

 

吸血鬼が顔を上げると、入り口の瓦礫を蹴散らして、鉄兜の男を先頭にした一党が踏み込んできた。彼はそれを「救いの手」と勘違いし、縋り付くように叫んだ。

 

「た、助けてくれるのか!? 冒険者! 頼む、あの死神を……あの狂った小娘を止めてくれ! 金ならいくらでもやる! 永遠の命の秘密だって教えてやる! だから、助けてくれぇっ!!」

 

かつて金等級をも食らった怪物の、あまりにも卑屈な命乞い。

一歩前に出た女神官は、その醜悪な叫びを、氷のような眼差しで一蹴した。

 

「……勘違いしないでください」

 

彼女の声は、静かだが、地母神の怒りを体現するかのように峻厳だった。

 

「私たちは、貴方を助けに来たのではありません。貴方がこれまで檻に閉じ込め、奪ってきた人たちの命の……その重みさえ、貴方は忘れてしまったのですか?」

 

「な……ッ!?」

 

「……全くだわ」

 

妖精弓手が、忌々しげに弓を引き絞る。

「百年間、この国の影で好き勝手に他人の命を吸い取り、自分の予備として貯え込んできた。……その報いが、たった一人の少女の『拒絶』だった。それだけの話じゃない。あんたが食べた二万人の命の中に、助けてなんて言わせる隙間があると思ってるの?」

 

「……真祖の王を自称するならば、最期までその誇りを貫くがよい」

 

蜥蜴僧侶が、抜刀したまま吸血鬼を冷徹に見下ろす。

「命を積み上げ、死を弄んだ果ての終着駅にございます。貴殿が歩んできた道は、ここで完全に断たれましたぞ」

 

「……フン、結局のところ、根っこは小鬼共と変わらんというわけじゃな」

 

鉱人道士が、吐き捨てるように髭を揺らした。

「追い詰められれば泣き喚き、強者には媚び、弱者は徹底的に弄ぶ。……図体が大きく、長生きなだけの不浄よ」

 

ヴァンパイアロードは、目の前の冒険者たちが自分を「救うべき対象」として一欠片も見ていない事実に、絶望に顔を歪ませた。

 

「な、何を……! 私は夜の支配者だぞ!!」

 

「……ゴブリンロードの方がまだ手強かった。奴は生き残るために策を弄し、群れを率いて抗った。……お前には、その執念すらない」

 

吸血鬼としての百年の自尊心が、その一言で粉々に砕け散った。一国の軍勢を恐怖させた真祖の王が、この男にとっては小鬼の王以下。それが、この場に漂う残酷な真実だった。

 

「 貴様らぁぁ……ッ!!」

 

吸血鬼の絶叫を、空間を切り裂く「拒絶」の震動が掻き消した。

女武闘家が、一党の出現に、臨界点間近の精神を激しく揺らしていた。フードの奥から、掠れた悲痛な声が漏れ出す。

 

「……どうして……逃げなかったんですか……ゴブリンスレイヤーさん。……神官ちゃん……」

 

黒い魔力の炎が、彼女の肢体を焼き、曼荼羅の瞳が限界を超えて発火する。

 

「来ないで……。そのゴブリンを掃除したら……次は……この世界全てが不浄になる……。私、止められない……! みんなを……消しちゃう……ッ!!」

 

女武闘家の瞳の曼荼羅――【不浄の指針】が、激しく、禍々しく明滅した。

 

『――あくまで立ち塞がるか。愚かなことだ』

 

脳髄を直接爪で立てるような、指針の冷徹な声。

 

『この街のゴブリンを根絶やしにしても……お前達2人だけは、依代のよしみで生かしてやっても良かった。だが、我らが聖戦を邪魔立てするというのなら、最早是非もあるまい』

 

死神は一歩、踏み出した。

彼女の視界。

ゴブリンスレイヤーから放たれるのは、彼女と同じ地獄の底を這いずり、返り血で固まった「執念の色」。

女神官から放たれるのは、指針さえも検知を拒むほどに澄み切った、眩しすぎる「慈悲の光」。

 

それらが、死神の脳を、術式を、激しく焼き焦がす。

 

『目障りな光だ。……そして、目障りな同類よ』

 

指針の意志が、殺意を物理的な重圧へと変換していく。

 

『この四方世界に、「小鬼を殺す者」は我等のみで十分。未練を残し、日常に縋り、不浄を根絶できぬ不完全な「小鬼殺し」など、最早不要だ。我等こそが、完成された終焉なのだからな』

 

死神がゆっくりと掌を突き出す。

その先にあるのは、かつて自分を救い上げた背中と、かつて自分が守った笑顔。

それこそが、彼女を「人間」に繋ぎ止める最後の細い糸。

 

『ちょうどいい。……ここで全てを終わらせよう。依代の心にこびりついた、最後の未練……。あの男とあの娘、そしてこの不浄な街諸共、一分一厘残さず消し去ってくれるッ!!』

 

「……逃げ…て…ゴブリンスレイヤーさ…ん…神官…ちゃん…」

 

フードの奥から、掠れた、今にも消え入りそうな少女の声が漏れた。

だが、その瞬間、不浄の指針が強引に彼女の思考を上書きし、黒い衝撃が爆発した。

 

「――ゴブリン、掃除……ッ!!」

 

死神の右掌が、かつての仲間たちへと向けられる。

吸血鬼の最後の一機を、そして立ちはだかる銀等級の一党を、まとめて因果の彼方へ消し去るための、絶対的な衝撃が収束していく。

 

「――馬鹿が。身の程をわきまえろ、ドブネズミ共ッ!!」

 

吸血鬼の赤い瞳には、底知れぬ恐怖と、それを打ち消そうとする醜悪な傲慢さが混ざり合っていた。

 

「貴様らのような銀等級の……それも、ゴブリンを殺すしか能のないドブネズミ共が、あの化け物にどう立ち向かうというのだ! 物理も魔術も理さえも通用せんのだぞッ!!」

 

吸血鬼は、自らの震える右腕を見つめ、絶叫する。

 

「二万の命……! 二万人の悲鳴をストックし、不滅を誇ったこの私でさえ、丸一日かけて指一本、髪の毛一筋にさえ触れることができなかったのだ! 貴様のその薄汚いなまくら刀が、あの娘の『拒絶』に届くとでも思っているのか!!」

 

「…………」

 

ゴブリンスレイヤーは答えない。ただ、鉄兜の奥で一点を見つめている。

 

「一つの命しか持たぬ貴様らなど……。あの娘がその掌を向けた瞬間、悲鳴を上げる暇もなく、瞬きする間に塵になるだけだ! 救いなどない! ここにあるのは、神々に見捨てられた不浄な『ゴブリン』だけなのだよ!!」

 

吸血鬼の断末魔のような叫びを、冷たい風が通り過ぎていく。

一歩、前に出たのは女神官だった。彼女は吸血鬼の嘲笑を、恐怖を、そしてその「二万の命」という傲慢を、静かな眼差しで真っ向から見据えた。

 

「……命は、一つあれば十分です」

 

「……何だと?」

 

「あなたが二万回殺されても届かなかったのは、あなたが自分のことしか考えていなかったからです。……私たちは、戦いに来たのではありません。あの子に、武闘家さんに……『もう独りじゃない』って、伝えに来たんです」

 

女神官の言葉と共に、一党がそれぞれの武器を構え、円陣を組む。

吸血鬼を倒すためではなく、死神が放つ「絶望の衝撃」という名の暴風から、たった一人の少女を守り抜くために。

 

ゴブリンスレイヤーが、短剣を逆手に持ち替えた。

 

「……掃除の仕上げだ。貴様が二万回かけて理解できなかったことを、俺たちが一回で終わらせてやる」

 

空間が悲鳴を上げ、絶対的な拒絶の波動が6人を飲み込もうと解き放たれる。

救いたかった者と、救い出したい者。

鏡合わせの「小鬼殺し」たちの、宿命の激突が始まった。

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