しばらくして、秦と魏の決戦の地に風藍達は到着した。
「ここが……」
蛇甘平原。
乾いた風が草を撫で、遠くに無数の軍旗が揺れていた。
秦軍第四軍が、ここに集結する。
だが、その内側はまだ“軍”とは呼べぬほど、荒れている。
ここにいる徴収兵のほとんどが、これから隊の中へと組み込まれる。
その後、軍編成が行われ各千人隊が思い思いに陣を張るが、統制は完全ではない。
その中を、風藍は龍炎、周輝を従えて歩いていた。
風藍は周囲へ静かに視線を巡らせる。
歩兵達の疲弊。隊ごとの距離感。補給の位置。兵の空気。
「この第四軍は徴収兵がほとんどだから、まとまりが弱いね」
それだけで、戦場では命取りになる。
「風藍様。よく見ているんですね」
「周輝も見ておくべきだよ。まずは軍の形を把握しないと」
「いや、ですが。俺はまだ什長ですよ」
「什長でも百人将でも関係ないよ。上官として周囲を意識する事は大事なんだから」
「そ、そうですよね」
「藍様の仰る通りですね」
龍炎が、風藍の意見に賛成する。
「それに、どの千人将の隊が前に出るかで戦い方は大きく変わる」
「だから私も、この第四軍にはどんな千人将がいるのか知っておきたいところなんだよね」
「な、なるほど」
周輝が頷く。
「現に今の戦況だけど……」
風藍はすでに戦闘を繰り広げる遠くの陣を見ながら、小さく呟いた。
「やっぱり、前に出てる隊と後方で支える隊が噛み合ってない」
「風藍様?」
「私たち第四軍も、このまま無理に突撃を繰り返してたら、どこかで崩れる気がする」
「そ、それではせっかくの援軍も……」
龍炎が目を細める。
「落ち着け周輝」
「ですが、龍炎副長」
「……藍様は既に見えておられるのだ。この戦場での打開策が」
「え?」
「ですよね。藍様」
「うん、なんとなくだけどね」
風藍は苦笑した。
「では、風藍様はこれからどちらへ」
「うん、壁さんのところに行こうと思う」
「壁さん?」
「知り合いの隊長だよ」
「確かに。あの人なら、まともに話が通じるでしょうな」
龍炎が頷く。
「どうやら、千人将としてこの戦にも参加しているようですしね」
「うん、信くんが言ってた通りなら先に着いているはずなんだけど」
その時だった。
「ふざけるな!!」
怒号が響いた。
「な、なんだ?」
風藍たちは顔を上げる。
「今の声は壁さん?」
「なにやら只事ではなさそうですね」
少し先。
軍編成のために集められたいくつもの伍が並ぶ先頭に、複数の千人将が集まり、明らかに揉めていた。
風藍たちは声がする方へと向かう。
「だから言っているだろうが!!」
怒鳴り声の主は。
騎馬した一人の男。
甲冑に身を包み、兜を被る隊長格。
「あの男は……」
「龍炎、知ってるの?」
「ええ、戦場で何度か見た千人将です。確か名前は、縛虎申」
その鋭い眼光と圧だけで周囲の空気を歪ませる男。
風藍もその姿を見据える。
――強い。
ただそこにいるだけなのに、周囲の兵が萎縮している。
それほどの圧。
「歩兵如きに戦の全容を教える必要はない!」
「それで何度兵を減らしたと思っている!」
「構わん!これは命令だ!」
「命令と言って押し潰すのはよせ!」
対するは壁。
「本当に千人将として戦に参加しているのですね」
「うん、信くんから聞いてた通りだね」
戦場で顔を合わせるのはこれが初だが。
壁の表情は、まさに一人の将としての覚悟を感じる。
「新参者が出しゃばるな!」
「新参だろうと関係ない。千人将同士、遠慮なく意見させてもらう!」
壁は相手に怯まず、同じ土俵で言葉を続ける。
「目まぐるしく変わっているこの戦況は、歩兵であろうと伝えるべきだ。無謀な突撃を繰り返せば、こちらの兵が持たん!」
どうやら、壁も風藍同様に我ら第四軍の動きが鍵を握ると気づいているようだ。
「勝てばいいのだ!!」
しかし、縛虎申が壁を強く睨め付ける。
「歩兵を守ることが戦ではない!!」
周囲の兵たちが息を呑む。
あまりにも苛烈な思想。
だが、それがこの男の“戦い方”なのだろう。