甘結と俺。   作:パラベラム弾

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甘結と俺と部活

春。

 

出会いと別れの季節などと言われるが、高校生活三回目ともなれば感動も緊張もそれなりに薄れてくるものだ。うちの学校は二年生への進級時に、個人が希望する進路に基づいてクラスが割り振られる。

 

工業、福祉、教育、進学、スポーツ……といった形で分化してはいるが、基礎科目は変わらず各コースに応じた選択科目がいくつか増えるだけだ。高校と大学のカリキュラムを混ぜたようなもの、といえば分かりやすいだろうか。

 

そして、三年生への進級時はクラス変えもないので周りは見知った顔ばかり。今更遠慮をするような間柄でもなし、気のおけない級友やかけがえのないチームメイトと切磋琢磨しながら、俺の青春は過ぎていくのであった───」

 

「勝手に妙なモノローグを流すなたわけ」

 

「痛ってぇ!!」

 

先程から隣でペラペラとひとりで喋り続けていた男───レスリング部の副部長こと早川の頭頂に向かって、読んでいた文庫本の背表紙を振り下ろした。どうやら中身が詰まっていないらしく、コーンと良い音が鳴る。

 

ぐぉぉぉ……と頭を抱えて悶絶する早川を尻目にため息ひとつ、首を鳴らしつつ周囲を見渡した。

 

桜吹雪の舞う放課後の学校。正門までの庭園と通路には机と椅子が用意され、在校生達が座っている。机にはチラシや張り紙、場所によってはカラフルなのぼりまで用意してあるようだ。

 

新一年生は入学式を、在校生は始業式を終えてから最初の登校日。オリエンテーションだらけの一日も終わり、放課後となったこの時間は各種部活動にとっての一大イベント───新入部員勧誘の時間だ。

 

どこの運動部も戦力増強のため、部員確保に躍起になっている。経験者なら即戦力、未経験でも青田買い。磨けば光る原石達を血眼になって探しているのが良く見える。……まあ、中には不純な動機で女子ばかり勧誘している部活もあるようだが。

 

「いてて……大体、部長のお前が部員勧誘に消極的でどうすんだよ! もっと新入生にアピールして意欲を煽れって!」

 

「無理矢理連れてきて説明を聞かせたところで、マイナスイメージを持たれるのが関の山だ。そもそも、入部したい奴は放っておいても勝手に来るだろう」

 

「にしてもだろ。男二人で座ってたって、のぼりもないんだからそもそも何部か分かんねぇってこんなの。ほら、バスケ部みたいにユニ着て1on1とか実演してたら興味持ってくれるんじゃね?」

 

「薄着の男二人がスパーしてるのを見て興味持つのはどうなんだ」

 

なにがとは言わんが色々と危ないんじゃないのか。

 

まあ、早川の言うことにも一理ある。レスリング……いわゆるアマレス競技はプロレスリングとは違い派手さはあまり無い。プロレスが観客を沸かせる興行的な面が大きいのに対し、アマレスはガチガチのスポーツ競技だ。ある程度の知識がなければ何がどうなって勝敗が決まるのかが分かりにくいというのはそうだろう。

 

しかし、一対一であらゆるスキルとフィジカルをぶつけ合える楽しさは格闘技ならではのもの。邪魔が入らず、余計なことを考えず、自分と相手だけが存在する世界で全力を出し切る。そんなストイックな世界に興味を持った時点で才能があると言っていい。

 

だから、数打ちゃ当たる方式で声をかけるのもやぶさかではないが……如何せんこの図体と顔だ。いきなり声を掛けられたらまず警戒されるだろう。なので、

 

「声掛けはお前に任せる。粉を掛けるのは得意だろう」

 

「言い方。どこから切り取っても最悪じゃねぇか」

 

などとくだらないやり取りをしつつ、なんとはなしに視線を巡らせる。文化部のスペースは穏やかなものだ。手芸部らしく手の込んだ『体験入部募集中!』ののぼり。書道部は入賞した作品を展示し、茶道部はお茶菓子とお茶の試飲を……ん?

 

茶道部のブースで揺れていた見覚えのある髪色に、思わず視線が縫い止められた。遠目にも分かる美しいローズピンクの三つ編みと、小柄な体躯。おろしたての制服に身を包んだ女子生徒は、見間違いでなければ先日夜道で出会った少女───甘結もか。

 

確かに一年生だと言ってはいたが、まさか同じ学校だとは思わなかった。世間は狭いというか、先日の出来事もそうだがあまりに出来すぎではなかろうか。お次はなんだ、実は遠縁の親戚とかいうオチか? いや、流石に甘結のお爺さんみたいなのが親戚に居れば気付くハズだが。

 

「おい潮崎さんよ、女子のケツ見てねぇで男子を……ってうわ、なんだあの子めっちゃ可愛いな。…………え、まさか堅物のお前にも遂に女の影───ウボァ!!」

 

「妄言を吐くな。甘結に失礼だろう」

 

「ぐ、グーパンしやがったな……アマレスで打撃は反則だろうが! っつーか名前も知ってんのかよ! どうやって知り合ったのか今すぐゲロって貰うぞ潮崎ィ!!」

 

恥も外聞もなくぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる早川。否応にも周囲の視線を集めてしまい、その中には件の甘結も含まれていた。不思議な輝きを宿す銀灰色の瞳が此方を捉えるや、緩く垂れた目が大きく見開かれる。

 

慌てて友人らしき女生徒と一言二言交わすと小走りでこちらへ駆け寄ってくる。……走る姿がどうも危なっかしいというか、転ばないか見ていて心配になってしまうのは何故なのか。

 

程なくして俺達の座る机まで辿り着いた甘結は、軽く息を整えると春風のような笑顔を浮かべた。

 

「えへへ……また会いましたね、せんぱいっ」

 

「ああ。思ったよりも早い再会だったな。それと入学おめでとう、甘結」

 

座ったままでは流石に失礼かと思い、立ち上がって祝辞を送る。一応は甘結の先輩にあたる訳だが、不必要に偉ぶるつもりもない。そもそもそんな大した人間でもないしな。

 

月並みな言葉だったが、それでも甘結は目を細めて嬉しそうに微笑んだ。詩的な表現になるが、まるでこの少女の周囲だけ空気が華やいでいるような、そんな錯覚すら覚えてしまいそうだ。

 

隣から『紹介しろ紹介しろ紹介しろ』という邪念が送られてくるが、努めて意識の外へ排除し甘結とのコミュニケーションに集中する。折角こんな所まで足を運んでくれたのに、おざなりな対応はできまいよ。

 

「それで、入る部活は決めたのか?」

 

「えっと、まだ悩んでるんですけど……茶道とか、やってみたいなぁって」

 

「茶道部か。いいんじゃないか、甘結のイメージにも合っている」

 

このほわほわした小動物のような少女がちょこんと座って茶道を嗜む。そんな画を想像するだけで心が癒されそうだ。

 

などとマイナスイオン溢れる想像を巡らせていると、机に乗せてあった用紙───新入生用の仮入部届を一枚手に取る甘結。あまり聞き馴染みがないのか、部活動の欄を読み上げる声もどこかたどたどしい。

 

「れすりんぐ……えーっと……」

 

「格闘技のひとつだ。古代ギリシャが源流とされるスポーツなんだが……まあ、相撲や柔道の親戚のようなものだと思えばいい」

 

はえーっ、と口を半開きにして俺の雑な解説を聞いている甘結。理解できているんだかいないんだか分からないが、いきなり詳しく説明されても余計に混乱するだろう。ざっくり概要だけ分かってもらえばいい。

 

「せんぱいは、レスリング部なんですか?」

 

「ああ。一応、部長を務めている」

 

「そんで俺が副部長の早川ね! 甘結ちゃん、でよかったかな? 見学だけでもどう? 高校でレスリング部がある所は結構珍しいからオススメだよ! 迫力あって面白いし、今ならこのつよーい部長さんのスパーリングも見られちゃうよ!」

 

我慢できなくなったのか、スルーし続けていた早川が遂に割り込んできた。一呼吸の内に俺の三倍は喋っているだろうか、非常にやかましい。しかも何故俺がスパーする前提なんだ。普段なら物理で黙らせるところだが、甘結が近くに居る手前荒っぽい真似はできない。命拾いしたな。

 

先程俺が口にした、とりあえず声をかけるというのを実践しているのかもしれないが……見るからに荒事とは無縁そうな甘結だぞ。誘われたところで首を縦に振るとは思え「えっ、いいんですか?」……嘘だろ。

 

「甘結。別にこいつの言う事は聞かなくても」

 

「……でも私、せんぱいがやってるとこ見てみたいですよ?」

 

「む……………………」

 

こてんと小首を傾げてそう言われてしまえば、断るという選択肢(みらい)は勝手に姿を消したらしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小刻みにステップを踏んで呼吸と意識を散らす。時折半歩踏み込んで警戒を煽り、集中力を削る。ジリジリとはち切れそうな緊張の糸、相手が焦れて攻めに移ろうとした一瞬。重心移動のため僅かに下肢の力が抜けたのに合わせ、バネ仕掛けのように前方へ飛び出す。

 

膝を床へ擦りそうな程の超低姿勢。ブロックに来る腕を躱し、後方へ逃げる両腿に腕を回してこちらに引き寄せる。同時、床に叩き付けた前足と背筋をフル稼働して体を跳ね上げた。身長のある俺が上体を起こせば、それだけで相手の足は床から離れて支えを失う。

 

そして、踏み込んだ勢いそのままに担ぎ上げた相手の背を躊躇いなくマットに叩き落とした。衝撃によって動きが止まったのを逃さず、体重を掛けてフォール───1秒の間、肩がマットに接触。

 

「そこまで!」

 

顧問の声に、抱え込んでいた腕を放して立ち上がる。額に流れる汗を拭い、足元で伸びている早川に手を伸ばした。

 

「あーくっそ、また負けかよ! この人間戦車!!」

 

「褒め言葉として受け取っておく」

 

所変わって体育館。

 

結局、流れでスパーリングをする羽目になった俺は言い出しっぺの早川を相手に指名し、新入生向けの演目ということでマットにあがっていた。周囲には部活の顧問と後輩、甘結を含めた見学の新入生が数名。ガタイのいい男子生徒達の中で、一際小柄な女生徒ということでかなり目立っている。

 

「良いタックルだった。強いて言えば、腕で獲りにいく癖が抜け切れてないかな。もう少し踏み込みを深くするか、ボディを当てに行く意識を高めると更に良くなるよ」

 

ぱちぱちと拍手をしながらフィードバックを送ってくるレスリング部顧問の吉田先生。高校教師にして女子レスリングの元メダリストという経歴を有する女傑であり、現役時代は『霊長類最強』という異名で呼ばれていたとかいないとか。

 

第一線を退いて尚、更新の育成に力を注ぐアスリートの鑑でもある。

 

「分かりました。今日の課題にします」

 

「うん、頑張って。……ところでひとつ聞きたいんだけど、あの女の子は潮崎のガールフレンドかな?」

 

目線で甘結を指し示しながら放たれた爆弾発言に、俺は思わず大きなため息を吐いてしまった。およそ目上の人に対する態度ではないのだが、今回ばかりは勘弁してほしい。

 

「…………どうしてそうなるんですか。ただの知り合いですよ。早川が発端でスパーを見せる事になっただけです」

 

「そうかぁ。私としては、遂に潮崎にも春が来たかと思ったんだけどな」

 

「人のことを何だと思ってるんですか」

 

「……修行僧?」

 

「辞めますよこの部活」

 

うそうそ冗談じゃーん! と慌てる顧問を放っておき、タオル片手に甘結の下へ向かう。新入生へのパフォーマンスという面もあるが、もとより彼女に見せるためという理由でのスパーリングだったのだ。

 

流石にスパー中までは様子を窺うことはできなかったが、果たして楽しめていただろうか。小さな拳をきゅっと握り、どこか呆けているようにも見える。……もしかしたら、野蛮な競技だと引いているんじゃないか?

 

「……甘結、どうだった?」

 

控えめに声を掛けると、そこでようやく再起動したのかはっと此方を向いた。銀灰色の瞳には、どこか先程とは違う輝きが宿っているようにも感じられる。

 

「あのっ、すごい、凄かったです! 詳しいルールとかはあんまり分からないんですけど……こう、ぐわーって! どさーって! 迫力が凄かったですっ!」

 

「そうか。楽しんでもらえたのなら何よりだ」

 

ぶんぶんと腕を振り回して先程のスパー内容を表現しようとしているらしいが、動きに鋭さがないので非常に微笑ましい絵面になっている。……いかんな、こんなことを考えていてはまた甘結に怒られてしまう。子供扱いするなと言われてしまいそうだ。

 

それに、と甘結が続ける。

 

「せんぱいが、レスリングに対してすごく真剣なんだなっていうのを感じました。うまく言葉に出来ないんですけど……その、今まですごく沢山練習をしてきたんだなって。競技に向き合う熱量、というか……あの……うぅ」

 

「……いや、ありがとう。面映ゆいが、嬉しく思うよ」

 

スパーリングといっても、手を抜いたつもりはなかった。もちろん時と場合によって調整はするが、やるからには勝ちに行くのが俺の信条だ。ただ、実際に対峙した訳じゃない甘結がそれを感じ取ってくれたというのは少し驚いた。

 

何かスポーツや競技の経験があるのだろうか。それとも、今まで感じたことのなかった感情が故の衝撃だったのだろうか。推し量る術はないが、甘結にとって有意義な時間であったのならば幸いだ。

 

そんな俺達のやり取りを黙って見詰めていた吉田先生が、ふと思い付いたように声をあげた。

 

「甘結さん、もう部活は決めてるの?」

 

「あ、えと。一応、茶道部を考えてます」

 

「そっかー。空いてたらうちのマネージャーにでもと思ったけど」

 

しれっと腹底算段していたらしい。何を考えているんだこの人は。そもそも今日初めて見るような競技のマネージャーなんて、甘結に限らず頷くとも思えないんだが。

 

「……うちの部はマネージャー制度ないでしょう。マネが必要な程人数がいる訳でもないですし」

 

「部活顧問が許可出せば大丈夫だよ? 文化部所属なら兼部も認められてるし」

 

「それはそうですが、なんでそこまで甘結を? マネージャー業務が必要なら余裕のある二年の方がいいでしょう」

 

「んー…………、勘?」

 

「せめて理論で説明して下さい」

 

そんな理由で一生徒を無理矢理所属させるのは問題だろう。額に手をやって天を仰ぐ俺を他所に、後ろでおろおろしていた甘結に向けて目配せをする吉田先生。

 

「それで、どうかな? 多分、君の探してるもの───見つかるかもよ?」

 

「……っ!」

 

……そこで何故俺を見るんだ。

 

視線をさげて、僅かに逡巡する様子を見せる甘結。だがそれもほんの一瞬のこと。顔を上げた時にはもう、双眸には強い意志が宿っていた。

 

「やってみます」

 

「……そっかそっか! じゃあ一ヶ月は仮入部期間としてお試しでやってみよう! 入部届けは先生の方で処理しとくから、潮崎! 案内と説明は任せた!」

 

そう言い残すや、足早に体育館を後にする吉田先生。後ろ姿に恨みがましい視線を送っていると、隣から不安そうな声が聞こえてきた。見れば、銀灰色の瞳を揺らした甘結が此方を見上げている。

 

「あ、あの……ご迷惑、でしたか?」

 

「…………いや、ありがたいのは確かだよ。ただ、甘結が流されていないかと心配でな」

 

「そんなことないです! 私、一生懸命頑張ります!」

 

「……そうか」

 

あまり答えになっていない気がするが、本人がこう言っているのならあまり口出しするのも良くはないだろう。そもそも止める権利も決める権利も俺にはない訳だし。

 

ふんすふんすと気合いを入れる甘結は、少なくとも嫌々言っている訳ではないようだが……まあ、何かあれば手助けしてあげればいいだろう。

 

「……じゃあ、すまないが挨拶を頼む」

 

「あ、はい! ……えっと、マネージャーとしてお手伝いさせていただきます、甘結もかです! 色々とご迷惑お掛けすることもあるかもしれませんが、よろしくお願いします!」

 

周囲で事の成り行きを見守っていた部員達に向けて、ぺこりとお辞儀をする甘結。ローズピンクの三つ編みが、一拍遅れてふわりと宙を舞う。

 

直後、野郎共の野太い歓声が体育館に響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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