それが人材紹介会社の仕事だ。
そんな出会いを演出するコーディネーターである営業。
それは彼女、武者小路実子にとって、まさに転職であると私には思えた。
武者小路実子は完全歩合制で中堅人材紹介会社ローリングスタッフィングに入社した期待の新人だ。
人材紹介業とは、優秀な人材を優秀な人材を求めている会社に紹介する仕事の事で、紹介の際に紹介した人材の年収のだいたい35%を紹介会社を採用した会社が紹介料として払う仕組みになっている。
通常、紹介会社の営業マンはその紹介料の5%から10%をインセンティブとして貰うが、完全歩合制だと基本給がない代わりに20%から50%をインセンティブとして貰える。
さらに基本給などがない分、自由に動くことも出来る。
いわば企業の従業員というより、営業専門の委託先の様な扱いだ。
人材と企業のマッチングはなかなか難しく、月に1人から2人を入社まで漕ぎつければ良い方で、月に入社数0人という事と珍しくない。
そんな業界に完全歩合で挑むなんて無茶だという意見もあったが、彼女自身がそれを望んだし、彼女がこれまで渡り歩いてきた人材紹介会社で培ったノウハウを信じ採用された。
彼女が口だけの無謀な営業ではない事はすぐに判明する。
入社してすぐに4人もの高スキルの人材を登録させ、その日のうちに紹介先企業様と面談、翌日には入社させるという剛腕っぷりを発揮したのだ。、
しかし、次の日から新規登録者どころか、紹介先企業との面談すらしない。
私は、採用に立ち会った立場上、理由を聞いてみたら、
「前の職場で入社させてそれで終わりって仕事してたら、紹介した人が業務に耐えきれず潰れてしまって…。その後悔からこれからはちゃんと、せめて初めの一ヶ月間くらいはフォローしようって決めて、時間が自由に使える完全歩合制にしたんです。」
と答える。その目は真剣だった。
事実、先日入社させた4名の勤務先に毎日の様に顔を出しては、近況やら困り事がないかなどを聞くのに時間を使っていた。
会社としては、折角のすば抜けた営業力で更なる売上アップをお願いしたいところではあったが、完全歩合制という雇用形態で会社にはデメリットもないという事で、彼女の好きにさせた。
しかし、彼女は一ヶ月と数日経つと、急に退職を願い出る。
綺麗な直筆で書かれた辞職願を持って。
人事の私も散々止めたが、彼女の意思は固かった。
彼女は去っていった。
しかし、おかしな事が起きる。
不思議な事に、彼女が紹介して働いていた4名の人達も一ヶ月と数日働いた後、彼女とほぼ同じ時期に退職したらしい。
紹介先にフォローの為、営業と一緒にお邪魔すると、
「すごく優秀な方だったのに残念です」
と先方の人事担当者もかなり残念そうだ。
事実、辞めた人材が一ヶ月で処理したという書類などを見せて貰ったがかなりの仕事量だった事が伺えた。
その時、辞められた方が書類に書き込んだらしい走り書きの文字を見てドキリとする。
そんなバカなと思いながらも、その馬鹿げた着想を払拭する為に、念の為にと辞職願いも見せて貰う。
やはり、どこかで見た綺麗な文字。
武者小路さんの字とそっくりだった。
もう気になって仕方がなくなり、他の彼女が紹介した先へもお邪魔する。
各所で辞職願いを見せて貰うと案の定だった。
処理していたという書類やメモも同様だ。
そこにも同じ綺麗な文字が書かれていたのだ。
紛う事なく、武者小路実子の字だった。
彼らがやっていたと思われていた仕事全てに彼女の痕跡があった。
不思議に思い、登録されていた4名の彼らの提出していた履歴書や書類を確認する。
結果は全て出鱈目、資格証も全て偽物だった。
連絡先も現在は使われていませんとアナウンスが流れるだけ。
彼らはあくまで影武者で実務は全て彼女だったのだ。
仕事はおそらく彼女が一人でやっていたのだ。
4名分全て。
武者小路実子は優秀過ぎたのだ。
いくら優秀でも日本では勤め人は1000万円台がせいぜい。
自分で事務所起こしたとすると、初期費用やら、顧客の開拓やら軌道に乗る前何年かかる事やら。
しかも、個人だと企業は足元を見て無茶な値段交渉までしてくる。
そこで、人材紹介会社だ。
適当にボロが出ない程度簿記関係の知識がある人間を使い、有資格者として登録。
今回は公認会計士2人と、税理士、労務士、各1名ずつ登録していた。
有資格者は引く手数多だ。
狙い通り、公認会計士は年収1500万円と1200万円で採用された。
税理士も900万、労務士は700万円だった。
我が社の紹介料は年収の35%だから、当社の手にした売上は1505万円!
ただ、早期退職の場合は紹介料が3日以内退職なら100%返却、1週間なら90%返却と期間によって返金が生じる。
一ヶ月以上三ヶ月未満なら50%返金だ。
今回なら一ヶ月以上働いているので半分返金で売上は752.5万円。
武者小路実子のインセンティブは50%。
すなわち376万円ちょいが彼女の懐に入ったという事になる。
別途協力した影武者達にもそれぞれ給料が支払われているので、それも合わせると700万円以上の金を手に入れた事になる。
たった一ヶ月でだ。
まさかと思い、彼女が以前働いていた人材紹介会社に確認を取ってみると、やはり同じ事が行われていた。
その前の勤め先も同じ。その前も…。
私の考えていた通りだった。
彼女は人材紹介会社を渡り歩く渡り鳥。
しかし、ただの渡り鳥ではなかった。
渡り鳥は渡り鳥でも『サギ』の方だったのだ。