死んだら結婚しようね。   作:いまり。

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「葬儀屋」と「火車」中編

うへぇ。

思わずそんな声が漏れ出た。

 

最近巷の賑わせている遺体窃盗事件。

その捜査に駆り出された私は、牖の向こう。常夜へと足を運んでいた。

 

常夜と言いつつも厳密には現世との狭間に位置しているそこは、端的に言って不気味な、見方によっては懐古的な永遠の夕暮れに支配されている。

 

正直に言えばこんな場所に来たくなどない。

穢らわしい化物擬きしかいないようなところだ。

 

しかし、悲しいかな宮仕えのこの身には自由などなく、西に怪事件が起きたとあれば飛んでいき、東にあったと言えばこれまた飛んでいく。

 

人間で言うところの有給休暇なるものは牖憑がいない独り身には与えられないのである。あの色ボケの狼にあって私に無いのは業腹だ。

がそんな言ったところで仕方がない。

 

生まれ=牖憑なし歴の扱いはこんなものである。

 

えー?猫又まじ牖憑なし?可哀想ー!

牖憑無しが許されるのは200年くらいまでだよねー!キャハハ。

 

そう馬鹿にしてきた鎌鼬姉妹の姿が脳裏に浮かんだ。

 

‥‥。

 

仕事に戻ろう。

今回の事件は明らかな牖の向こう案件である。

その背景についても調べている段階で薄々分かってた事だが、こうして現場についた瞬間にそれは確信に変わった。

 

◯△◇食品××工場か。

廃工場の中を散策している中で、見つけた比較的原型を止めいた書類

にはその工場の名とを所有していた企業名が載っていた。

 

もう現世では倒産している企業だが、聞く人によってはその名だけでピンとくるものがあるだろう。

 

あーうん。確かにこれは私案件だ。

できれば遺体の回収も頼まれていたが、これでは望み薄。

 

既にそんなもの奴等の胃の中だろう。

せめて胃の腑の中に遺骨の一つでもあれば御の字。

 

暗澹たる気持ちに蓋をして、私は奴らに気取られぬように探索を続けた。

 

 

 

異変に気づいたのは一頻り探索を終えた辺りのことだった。

 

牖が開いた。

それと同時にこの常夜にいるどんな餓鬼どもよりも濃密で穢らわしい力を感じた。

恐らくそれが親玉だろう。

しかしそれだけではない、清涼な霊力も同時に感じる。

 

んっ?

陰陽師共か?

 

化物擬きや私たちとも違う、確かな生命力を感じるそれは、現世の人が持つものに他ならなかった。

 

おいおい。

仕事を増やすなよ。

 

陰陽師とはいえ只人だ。

いかに強い霊力を持っていたとしても、常夜への耐性など北極でヒートテック一枚着てきたくらいのものでしかない。濃密な妖力に気をやられ、精神に異常をきたして即廃人でも可笑しくはない。

 

急いで霊力を辿り、入ってきたであろう方角を確認する。幸いにも今私がいる建物の窓からもそこはよく見える場所だった。

 

男だな。

それも普通の黒スーツ姿のサラリーマン。

どう見ても関係者の類ではない。

 

仕切りにキョロキョロと周囲を確かめる男。

明らかにここが何処かすらわかっていない様子に、溜息が出そうだった。

 

こりゃさっさと連れ帰って仕切り直しだな。

そう私が判断した矢先、ちょうど男の視線が私のいる建物の方へと向けられた。

 

神経質そうな顔立ち。

涼やかというよりも鋭さを感じさせるその眼差しが私を射抜いたと時、経験した事がないような熱が体の奥底から湧き上がった。

 

咄嗟にその視線から逃げるようにしゃがみ込む。

 

無いはずの心臓が脈打ち、胸から末端へとその熱を運んでいく。

 

なんだこれ‥‥何だこれ。

 

数百年、正真正銘の化物として産まれ落ちてから初めての感覚。世界が色づくような喜びがそこにはあった。

 

誰に言われずとも自ずと理解した。

 

——あいつ私の牖憑だ。

 

◇◇

 

牖憑。

 

只人の身ながら常夜への絶対的耐性を持つ人間。

巫女の原型ともされるそれは、古くからその性質から神への至上の供物。

 

神々の伴侶とされる存在だった。

 

 

私の動悸がおさまった時には、男は私のいる建物の中へと入り込んでいた。

 

馬鹿正直に出入り口から入ってきた男は不用心にも、革靴の特徴的な足音をさせている。

中には餓鬼共もいると言うのに。

 

なんて可愛い奴‥。

 

いやいや、違うだろ。

 

あぁあいつが私の妹背の君、数百年待ち焦がれた伴侶‥。

 

いや、私はあの寿決めたクソ狼やクソ鎌鼬共とは違う。古くは猫鬼とも恐れられた由緒正しき妖怪だ。私はそんな簡単に靡いたりしない。

 

ポワポワと浮かぶ多幸感を振り払うように、頭を振る。気を抜けば崩れそうな顔は手で張って戻した。

 

見定めてやる。

姑のように小姑のように、男の裏に隠された本性を。

 

そう心に誓った私は、

気取られぬよう、軽業師のように外側の壁伝いに4階から1階まで降り、丁度男の死角に当たる窓へと体を滑り込ませた。

 

付かず離れずといった様子で男の後を追う。

こちらからはその背中しか見えないが、男の様子は非常に落ち着いている。まるで、こう言った事態への耐性があるかの様な振る舞いだ。

 

こういった点は私的に高ポイントである。

人というのは追い詰められた時こそ、その本性が顕になる。

その点男のそれは非常に頼りがいのある大人の行動だ。

 

その後も男は目につく部屋全てに入り、探索する。

帰る方法でも探しているのかそれとも別の何かを探しているのかは分からないが、よくこんな薄気味悪い場所で平然とできるものだ。

 

男の行動に関心が行きすぎたせいか、私の周囲への注意が散漫になっていた。いつの間にか、私の前に1匹の餓鬼が割り込み、男の背を狙っていた。

 

男もあんなに足音を立てていたのだ、餓鬼が気づくのも当然と言えば当然である。

 

そしてそんな1匹のストーカーに男も気付いたのか、階段の途中で立ち止まり、餓鬼に向けてこれまた馬鹿正直に人間に言う様な警告を発していた。

 

餓鬼といえば飢えや渇きの果てに堕ちた人の成れの果て、理性なんてあるわけが無い。正直、雑魚妖怪と言っていい存在だが、あの男が荒事に慣れているとは思えない。

 

普通なら助けに入るべきだろう。

だがしかし、これは好機であると私の明晰な頭脳が囁く。

 

最初が肝心なのだ。最初が。

今の私の姿はセーラー服を着たその辺の女学生まんまだ。

これは現世では警戒心を持たれない良い擬態だが、ここでは怪しさ満点だ。

 

ここで何の状況の手助けもなく、のこのこ男の前に出ていったら即化け物の仲間認定されるに違いない。流石にそれは泣く。3日は泣く。

 

だがどうだ?

ここで餓鬼に襲われたところを颯爽と助ける黒セーラーの美少女。

なんか物語が始まりそうじゃないか?

 

そうと決まれば、まずは静観。

しかるのち助太刀参上仕るほかあるまい。

頭の中はまさしくメロドラマ、月曜夜9時。

目眩く展望に、涎が止まらない。

 

物陰に隠れた私は、その瞬間が来る時を今か今かと待ち焦がれていた。

そしてその時はそう時が経たずに訪れ‥‥。

 

目の前に繰り広げられていたのは、

最早ただの暴行としか言いようのないものだった。

 

子供程の体しかない無い餓鬼は、骨と皮しか無い様なその手足を折られ、男にマウントポジションで只々殴られていた。

よく見れば荒事なんて知らないと思っていた男の手には、ネクタイの即席のバンテージが巻かれていた。映画とかでよく見る完全に殴り慣れている人間の所業である。

 

なんか‥思ってたんと違う!

 

驚きのあまり物陰から飛び出した私は、足物にあるガラスに気が付かなかった。

パキリという甲高い無機質な音が廊下に響く。

当然近くにいた男の耳にもその音は入り、膝で餓鬼の胸を押さえつけたまま、視線だけをこちらへと向ける。

 

男の視線がつま先から足に腰、胴に頭まで舐める様に昇っていく。

私の寸法でも測っているかの様に何往復をした後、その眦を釣り上げた。

 

あう、あう、あう。

見られてる。私、見られてる。

 

それだけで蛇に睨まれたカエルの様に私の体は固くなる。

薄い顔の皮膚に血が集まり、熱っていく。

 

何か言わなければ!

気の利いた、警戒心が解かれるようなそんな一言を。

 

不審そうに鋭くなっていく視線に私の頭は混乱する。

 

「‥猫?」

 

そう男が呟くのに被せる様に

 

「お前!‥子供は何人欲しい!?」

 

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