ここだけ"状態異常無効化"パッチの入ったナレ死おっさん 作:糖分至上主義
偉い人は言いました「酒を呑むなら、働きな」
「で、あの臆病者はどうだ。現状貴様のような役立たずが生かされている理由はよく分かっていると思うが」
「あー、でぇ……してですねえ。逆らう気とかはなくて、ですよ?ただその何分、失踪地付近は繁殖期に入っていて、ですね。今行っても報告すらできずに死体になるだけ、というか。あなた様の手を煩わせるだけでしてえ………。それにそのぉ……いまだ、彼奴の正確な所在地はつかめてねえ、です」
分厚い毛布に包まれたような暗闇と熱気とが蔓延している空間で、モニターのようなものに話しかけている男が一人。両腕を下腹部の前で組み、両目を右往左往と泳がせながら言葉をひねり出している。
対して、モニターの向こう側には黒いスーツを着た恰幅の良い老人が映っており、ロココ調の赤を基調とした大椅子に体を預け、何かしらの機械に自分の爪をきれいに研磨させながら会話をしている。とはいえソレは会話というにはあまりにも事務然としたもので、男もそれを受け止め終始頭を下げてへりくだった態度で対応している。
一拍。
「報告ご苦労。では次回こそは楽しみに待っている。それでは疾く失せたまえ」
頭を下げながら男は内心で一息ついた。
ああ、何とか今回もうまくいったのだ、と。
いつもの流れであれば老人は不快そうに鼻を鳴らして通信を終了する。
常であれば、その通りであった。
「……ああ、最後に。
私が求めているのはいろよい報告だけだ。決して貴様のその媚び諂う表情が欲しいわけじゃない。次こそは、とふざけた考えを持っているようであればどこぞで野垂れ死ぬといい。
それに貴様のような愚者の申し出で私の時間を削るな。私の計画の妨げにでもなってみろ。その時は最上のもてなしを貴様に送り付けてやる。
ゆめ貴様らは我々の温情で生かして貰っているということを忘れるなよ溝鼠が」
「……そ、それはもちろん!!俺なんかもー、毎日感謝してますよぉ」
男の内心を見透かしたような芯を食った発言。男は一瞬自分の口を手で隠そうとするも、もう一方の手でしっかりと掴み何とかその衝動を押しとどめる。侮蔑があふれ出ているような言葉と視線を受けているのが画面越しでも伝わってきた。
それでも男は高圧的な態度でなじられようと一切気にした様子もなく、へたくそな笑みを付けた軽い言葉を告げ、それから頭を下げるついでにモニターの電源を落とした。
また一拍。
モニターの電源が完全に切れたことを確認し、何ならもう一度電源を触って通信が開始されないかまで確認をする。
返ってくるのは砂嵐のようなぶつぶつとしたノイズだけ。確実に電源は切られていた。
「クッソオォォ!!!あんんんの、あんちきしょう共め!人のことをどれだけ下に見れば気がすむんだ」
男からは先程までの笑顔がきえ、一気に真顔になりモニターの操作パネルを叩きだす。
しかしある程度叩いたところで機械をたたいていた腕のほうが痛むことに気が付き、猛烈な後悔に襲われ深いため息をつく。
男の名はヤゲン。
キンキエリアと呼ばれる第三楽園の外周区で生活をする「適応者」だ。
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『第三次王都陥落作戦から、今年で100年が経過しました。あれ以来我が国は西部エリアを放棄することとなり、数多もの問題に直面させられました。しかし、それを乗り越えると供に、我々人類は生物として大きく成長し、また多くの悲しみを背負い歩んできたのです。
とはいえ時の流れは無情にも、あの地獄を経験された生き証人の先人方を風のかなたに連れ去ってしまいました。もはや導き手は新たな世代へと移行しました。だからと言って悲劇を忘れていいことにはなりません。とはいえ引きずるのがよいとも言えません。我々はあの日々を、今の純白の世代に語り継ぐとともに、大いなる発展へとつなげなければいけないのです!』
高い白亜の壁に囲まれた閉じられた世界の上空で、大きな飛空艇が飛びながら巨大な映像を側面に映し出している。
映像に移るのは、胸ほどまである髭とすっかり色の抜け落ちた髪をすべて背中側に撫でつけている老人だ。
「はぁー、なんともまあ高尚なことで。俺らはイマを生きるのに必死だっての」
首が痛くならない程度に空を見上げるヤゲン。
定例報告を終えた彼は、憎らしいほど澄みきった晴天の下、整然と敷き詰められた煉瓦の道を下っていた。
次第に視線の高さに真っ白な巨壁が大きく主張をし始める。
―――楽園がわざわざ他よりも高い位置にあるのはこういうことなのかもな。
馬鹿げた考えにしては、それを否定しきれない。ヤゲン自信にも、謎の胸の高鳴りがやかましくその耳に届いていた。しばらく冷たくて甘い空気を堪能したヤゲンは、また道をくだりだした。
定期報告のためにわざわざこんな場所までやってくるのはヤゲンにとって苦痛だった。それは距離もそうだし、そこに住む者の視界に入ることもだった。昇降機を経由しなければとても長い階段を歩かなくてはならない、そんな事はヤゲンにとっても、それ以外の全人類にとっても気の滅入ることだ。
必然的に昇降機を利用するということは、人との出会いを天運に任せるという自然的なことであった。先客として胸元に
「ねえ、あれって……」
「ああ。あまり目を合わせるな」
「お父さん、あの人
「ッチ」
そして今回はそれがいけなかった。
ヒソヒソと聞こえてくる怯えを孕んだ大人の声と、それに困惑する子供の声を聞き、ヤゲンは舌打ちをうたずには入れなかった。
それを聞いた夫婦は互いの顔を見合わせると、子供の口をふさぐように俵抱きをして、舌打ちから逃れるように真白なチューブめがけて腕輪をかざし昇降機へ駈け込んでいった。
「クソ親共が」
数年後、あの少年が大きくなった時にどのような反応を示すのかと想像してヤゲンは大きくかぶりをふった。
体を押し込むようにして、昇降機に押し入る。
上空では、変わらずとてもご立派なお話が続いており、ヤゲンの下がっていく視界に音だけがまとわりついてきていた。
音もなく、体に重力がかかった感じもしない、そのことにいつまでも慣れない感覚を覚えながら昇降機を降りると、そこはもう立派な住宅街と言って差し支えなかった。
整理され、機械的に統一されたデザインの家屋が視界の端までズラリと並んでいる。
同じ縮尺、同じ素材、似通った配色。どこかチープで吹けば倒れてしまいそうな印象を受ける。
しかし、そうやって朧気に遠くを眺めていることは少しの間だってできなかった。
「ランペイジは討伐すべき聖絶ではありません!我々は彼らと共存ができるはずです!!」
青いローブを頭からかぶった数名の男が、上空の演説を聞いていた市井の民衆に、声高に語り掛けだしていた。
ここのような『生活区』ではよく見られる光景。
しかしそれは生活に溶け込んでいるわけではなく。むしろ誰もが苦々しい表情を浮かべるようなものであった。
―――かかわり合いたくねぇ……。
そそくさと街路を離れ、なるべく細そうな道に滑り込む。
大衆にもれず、ヤゲンも面倒事は御免だった。そもそも正直この壁内は空気が合わないので一刻も早く立ち去りたかった。
無心で移動を続けていると、いつの間にか空からの声は小さくなり、綺麗に整備された道も土の色がついたものへとかわり出していた。
―――ここまでくれば大丈夫だろう。
いつの間にか押し殺していたため息を吐き出し、そして大きく伸びをしてもと来た道を広く見わたす。
そこには鬱陶しい人だかりも、心をささくれ立たせるご高説も、思わずため息を吐いてしまう青い布被りも、何もなかった。
「……くぅぅ。俺はやっぱりこっちの空気のが美味えぜ」
外壁が見上げるほどの距離に迫ってきていた。
常人からしてみれば壁に近づくことすら馬鹿のやる行為だが、ヤゲンはまるで故郷に帰るかのような軽い足取りで外壁の入国管理局へと帰って言った。
空には青い月が静かに微笑んでいた。
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「んー、んん、ん〜。んん、んーん、んん、ん〜。んーん」
外壁に駐在している審査官達からいつものようなしかめっ面を向けられたヤゲンは、害した気分を誤魔化す為に、いつだかに古い電子機械からサルベージした音楽を鼻で歌いながら土の香りが色濃くたちのぼる道を歩く。
左右にはまるでコピーされたかのような、やはりどこか気味の悪さを感じる四角いコンクリートの建物が等間隔に並んでいた。
とは言えそれらは先程まで壁の内側で見せられていたような整備されたものではなく、随所に罅割れが走っていたり、力強い弦に絡まれたりしている。
「ざけやがって!どこの誰が命張って、お前らみたいなふんぞり返ってるだけのお偉方を守ってやってるってんだ。舐めてんじゃねえぞ!!!」
「あいつら
「あー、マジでいい女とヤりてえ……。金ねえけどよおぉぉぉお」
鼻歌をひとつ終え、別の物にさしかかるくらいだろうか、明らかに大きな声が聞こえてきた。
粗暴で痰の絡まったような野太い声。続いて歯の向けたような滑舌の悪い声。それからどこか鼻にかかるような湿り気のある高い声。
ペカりとヤゲンは笑みを浮かべる。
「カミさん、まだやってるかい」
声の出処は、コンクリートジャングルから生えているビル群より頭ふたつ小さい車庫のような場所からだった。
周りと比較しても崩壊具合に遜色ないそこは、扉代わりと言わんばかりに半開きになったシャッターに「食事処」とだけ書かれていた。
明らかにモラルの欠如した言葉が聞こえてくるのも気にせずに、ヤゲンは「よっ」と挨拶混じりにシャッターを深く腰を落として、一息で潜り抜けた。
「なんだいヤゲン。飯なんざもう終わったよ!それよかあそこの飲兵衛どもをたたき出しておくれ」
世の人物が母親という概念を想像する上で、普遍的なものを両腕いっぱいにかき集めたような女性が奥から顔をだす。
まくられた袖からのぞいている、みっちりとつまった腕にはスポンジが握られていた。
「カミさん、あいつらは?」
「店明けてからずっとあの調子さ。最近流れ着いたごろつきなのか、ここらじゃ見ない顔だ。とっとと叩きだしてきな」
「俺がやるよかカミさんが叩いたほうがよっぽどはやいんじゃないか?その腕は何のために鍛えてんのさ」
(ここ数年は間隔があきつつあるが)ランペイジを相手に切った貼ったの毎日を送っていたヤゲンの腕よりも、尚も太い腕で叩かれたのなら誰だってイチコロ間違いなしだろう。
そんなことより酒を出してくれと、カウンター席に腰かけたヤゲンを半眼でジロリと一瞥した女主人だったが、代金をつけるために取り出した帳簿を上から下に眺めて男らしい笑みを浮かべた。
「……あんた、先月の分の酒代がまだだったろ。ちょっとくらいマケテやろうか」
「ひと月分か」
「馬鹿言うんじゃないよ。せめて半月分さ」
「じゃあやっぱりダメだ」
「はぁ……。今から呑む分、全部無料だ」
「いいぜ乗った」
座るのには緩慢な様子だったヤゲンは、先までの動きがまるで嘘であったかのようにくるりと半回転まで混ぜて高椅子から立ち上がり、下卑た会話を続けているごろつき三人組のテーブルまで歩いていく。
「なあアンタら。ここらじゃ見ない顔だけど、どっから来たんだい」
「んだてめえ。男の癖にニヤニヤニヤニヤ薄気味悪い笑み浮かべやがって。さっさと失せろ。殺すぞ」
「おっと、俺は何も手荒な真似がしたい訳じゃないんだ。穏やかに行こうぜ」
屯していた男たちのなんかでリーダーを務めているのか、はたまた血の気が多いのか、ハゲ頭の男が野太い声で威嚇をしてくる。
一応確認の意を込めてカミさんに視線を向けたヤゲンだったが、首を掻っ切るようなジェスチャーが視界に入るだけだった。
少しの私怨がこもった上段蹴りが、椅子に深く腰掛ける歯の抜けた男の腹に突き刺さる。
「てめッ!マジにぶっ殺すぞ!!」
「おわ!?ウィルッ」
ガタガタと椅子を鳴らしながら残りの男二人が勢い良く立ち上がるが、仲間に声をかける特徴のない顔をした男に狙いを定め、ヤゲンが一手早く膝に向けて蹴りを放つ。
「グゥ……ッてぇ」
「大人しくしてなあんちゃん。ジキに終わっからさ」
「ジョー、オメエウィルを叩き起してこい。……おいクソ野郎、お望み通り表に出てやるよ。お前の死体を埋めるためにな!!」
ハゲ頭の男が大声をあげるのと共にヤゲンに掴みかかる。
しかしヤゲンにとっては、まるで映像のコマ送りのように動作が見えたため慌てることなく身を縦にすることで回避。
続けざまに無防備な顎を右ストレートで撃ち抜いた。
―――こいつ、ほんとに適応者かよ
あまりにも杜撰な攻撃、これでは他の楽園からここまでやってくる間に不慮の事故ですら死にかねない。
事実、ヤゲンの思考が正しいと証明するかのように、一撃でハゲ頭の男は崩れ落ちる。
「プリオーニ……。……おいウィル、まとめていくぞ。こいつ適応者だ」
「よくも不意打ちて殴ったな、この卑劣漢め!僕はお前ミたいなやつか1番嫌いなんラッッッ」
ジョーと呼ばれた男はやや後ろに立った状態で、ウィルと呼ばれた男に指示を出している。
とは言えウィルは頭に血が上っているのか、伸びているプリオーニのことに気が付かず、その身体を踏みつけ乗り越えてヤゲンに突撃をする。
「おいおい、仲間だろそいつ。ひでえ奴だなお前」
今度はしっかりと相手の動きを目で捉え、また右ストレートを顎にウィルに叩き込む。
ガキンッ
およそ人体から発せられるようなものではない異音と火花が飛び散る。
―――こいつは逆に頑丈なのかよッ!
「ほ、僕っァ、おミゃえみたいなスルイやつか嫌いなんら。こ、殺してやる。殺してやるぅぅぅ」
狂犬病にかかった野犬のようにヨダレを撒き散らしながら、異様なテンションでヤゲンの襟元をつかみあげる。
体格はヤゲンの方が頭1つ大きいはずなのに、ふわりと地面から浮き上がった。
「い〜いぞウィル。その調子だ。ちょっとそこで持ち上げとけよ」
「お、おお、おミゃえ。怪我してるたろ。ち、ち、匂いかしてる」
―――ここまでだな
上手く聞き取れない言葉を発し出したウィルに対して、ヤゲンの意識が切り替わる。
―――まずはつかみ上げている腕を破壊するため、関節を外す。
「は、あ、あれ。僕の手―――」
それは瞬きの間に差し込まれた一手。
後方で見ていたジョーならいざ知らず。つい瞬きを行ってしまったウィルは気が付けばひじから先が重力に逆らうことなく、いっそチープな効果音がついてしまいそうなほどあっけなく腕が垂れていた。
「おいウィ―――」
―――重力に逆らわず、相手の下半身に着地するよう全体重をかける。後は目をつぶして無力化、後方にいるハゲの首を蹴り折って最後の相手と一対一にもつれこむ。
戦場で生きてきた者の思考が、機械的な判断を下す。
ジョーが手を伸ばし大声を上げるももう遅い。
先までとは真逆でヤゲンに見下ろされるウィル。彼が口を開く前に……。
「こめ―――」
「たぁぁぁああのもぉぉぉおおおお!」
酒の席には似合わない、変声期前の声がこだました。