復讐の始まりは“怒り”と共に~怯える事なく生きるために、俺は大罪を継承し最強になる~ 作:異世界叙事詩専門店【Geist】
「……あれ? 俺は、何をして……た?」
血塗れの腕が見えた。
知らない場所に立っている。
崩れた柱、砕けた石畳、燃え上がる魔力の残滓。
気づけば、魔獣は跡形もなく消し飛んでいた。
「やったのか……俺が?」
喉が乾いていた。背筋が寒くなる。
自分が“何をしたのか”を、正確に思い出せない。
あの時、どんな動きだった?
どういう力で倒した?
いや、それよりも――。
「……もし、この場に、仲間がいたら……?」
想像しただけで背筋が凍った。
この力を、あのまま振るっていたら。
怒りのままに暴れ続けていたら――
俺は、誰かを殺していたかもしれない。
目を閉じた。
深呼吸。
酸素が足りない。
だが、ようやく冷静さが戻り始めていた。
思考が回りだす。
「……なるほどな」
これはただの力じゃない。
《憤怒》とは、怒りの感情に応じて力を与える代償に、“その怒りに支配される”スキルだ。
強さと引き換えに、俺は自分自身を手放しかけた。
「危ねぇな……だが」
それでも、手に入れた意味は大きい。
これほどの力があれば、ガルヴァンたちに届く。
いや、超えられる。
だが同時に、この力の扱いを誤れば――
……俺は俺じゃなくなる。
それが、今の最もリアルな恐怖だった。
祭壇の側に戻ると、黒剣はすでに赤い光を失い、ただ静かに突き立っていた。
“力”は得た。
代償も、理解した。
なら次にすべきは――
「……上へ戻る方法を探すか」
地下の深層は静かだった。
だがその静寂の奥底に、ルクスの決意がしっかりと根を下ろしていた。
ここから這い上がってやる……一歩ずつでも。
あいつらの背中を追いかけるんじゃない、俺が……踏み躙る。
様々な想いを秘めながら、原初の怒りが動き出した。
静けさが重くのしかかって来る。
頭上には果てしない暗闇、足元には苔むした石畳。
立ち込める空気は重く湿って、時間の感覚すら曖昧にさせる。
ここがどれだけ深く閉ざされた領域なのか、肌で思い知らされる。
俺は今王都地下迷宮第五階層の更に下、構造図どころかどんな文書にも残されていない深層の迷宮にいる。
《憤怒》の暴走は収まり、体調も少しずつ回復してきた。
ただ、全身の筋肉はまだ重く、細かい震えも残っている。
あのスキルは……一歩間違えれば、本当に自分を壊していたな。
拳を握る。
血の気の引いた手が、ぎし、と軋む音を立てた。
けれども、この力を手放す気にはなれない。
俺には、やらなければいけない事がある。
裏切った仲間達……。
それらの名前を思い浮かべるだけで、胸の奥に炎が灯る。
怒りは冷えていない。
形を変えて、静かに燃え続けている。
だが、今はそれを使う時では無い。
まずは、ここから生きて出る。
それが最優先だ。
祭壇の奥にあった通路へと進む。
この階層は、明らかに造りが異常だった。
壁の装飾、石柱の配置、魔力の流れ。
どれを取っても設計されている気配が強い。
自然発生した迷宮とは明らかに異質。
誰か、あるいは何かが意図して造った場所。
まるで、俺がここに来るのを待っていたみたいだ。
そんな考えが、脳裏をよぎる。
そしてその予感は、すぐに現実となった。
通路の先に、中部屋があった。
その中央に人影が立っていた。
痩身で長髪の男。
全身に奇妙な模様が刻まれた薄布のような装束を纏っており、一本の剣を携えていた。
魔物や魔族ではない。
だが、決して普通の人間でもない。
俺の気配に気付くと、男はゆっくりと顔を上げた。
「……来たか。原初に選ばれし者よ」
「……何者だ、お前」
咄嗟に黒剣を構える。
反応は自然だった。
体が、スキルがこの男を敵と認識している。
だが男は、微笑みを浮かべながら首を振った。
「俺は君を試す者。名乗る名は無い。ただ、ここで幾千もの時を過ごしてきた者だ」
「試す……?」
「君が手にしたものは、《原初スキル》の一つ――“
言葉の意味がすぐには掴めなかった。
だが、その瞳に宿る光。
その敵意が本気であることだけは、はっきりと理解できた。
「俺がここで何を見つけたか、お前がどこまで知っているのかはどうでも良い。だが……お前がこの力に関わるならば、容赦はしない」
そう言った瞬間、男の足元が弾けた。
踏み込み。
空気を裂いて飛び込んでくる。
速いな……!
そんな思考が追いつくより先に、斬撃が俺を襲った。
ギリギリで防御に転じる。
黒剣が火花を散らし、衝撃が腕を痺れさせる。
想像以上の力だ。
魔獣よりも遥かに鋭く、洗練されている。
「君が憤怒に呑まれたままなら、その時点で終わりだった。……だが、冷静さを取り戻した。そしてプロトタイプに打ち勝った」
男の目が、どこか愉しげに細められた。
「――だからこそ、君には“次”へと進む資格がある」
再び襲い来る斬撃。
だが、さっきよりもほんの少し緩い。
試すような一撃。
……なるほど。
これは試練だ。
剣を振るい、目を据える。
ならば、受けて立とう。
この先に進むために。
自分の力を理解するために。
――そして、復讐を遂げるその日のために。
金属がぶつかる音が、狭い空間に響いた。
斬って、弾いて、受けて、躱して。
互いに一歩も譲らぬ応酬が、何十合も続いていた。
“試す者”と名乗ったその男は、異常だった。
一度の踏み込みに三重の意図が含まれている。
剣圧に潜む揺らぎは罠、目の動き一つでフェイントが走る。
今まで相手して来た魔獣らとはまるで違う。
……これは、死ぬかもしれない殺し合いだ。
生きるために、死を乗り越えるために、剣を振るう。
それがこの男にとっての会話なのだろう。
だが、俺はそれを拒否するつもりはなかった。
試されてるならば、応えてやる。
俺が“選ばれし者”であると、証明する。
再び剣が火花を散らす。
振り抜いた黒剣に乗せた魔力が唸りを上げる。
だが男は苦もなく受け流す。
「良い剣筋だ。だが、怒りだけでは届かぬぞ」
静かに言いながら、男は今度は左手を振った。
その掌から奔ったのは、鋭い風。
いや、圧縮された斬撃だった。
「ッ!」
避けきれない。
ならば――
「喰らえよ!」
俺は《憤怒》を呼び起こした。
感情が爆ぜる。
血液が熱を帯び、筋肉が膨張し、視界が赤黒く染まる。
次の瞬間、風刃を受け止めた。
手甲が砕け、皮膚が裂けても、全身を魔力で強化した肉体は一歩も退かなかった。
「……良い判断だ」
試す者が微かに口元を歪めた。
満足気に、そして――刹那、気配が変わった。
何かが来る。
俺が魔力を全開にしたのと、男が間合いを詰めたのは同時だった。
だが、その一太刀は鋭くも、致命には至らなかった。
黒剣と白刃が交差する。
止めたのだ、互いに。
剣と剣とが押し合い、火花を散らす中で、男が問う。
「君は、“怒り”の底を覗いたか?」
返す言葉は決まっていた。