復讐の始まりは“怒り”と共に~怯える事なく生きるために、俺は大罪を継承し最強になる~ 作:異世界叙事詩専門店【Geist】
風が鳴っていた。
音もなく、冷たく、まるで俺の存在を押し流すように。
街の片隅で石造りの水路に腰をかけ、俺は空を見上げていた。
……本当に、これでよかったのだろうか。
《
《嫉妬》の継承者が俺を探していたという事は、また別の継承者にも俺が探されているのかもしれない。
ならば、ロカもいずれ魔力の痕跡を辿り、俺の前に立ちはだかるかもしれないのだろう。
「カイさん、こんなところで何してるの? 依頼出てるって、トゥリスが呼んでたよ」
明るい声に振り返ると、ハイダが手を振っていた。
あの一件以来、俺の単独行動が増えたので手伝いに行くのは減ったが、街での付き合いは続いている。
「……ああ、今行く」
思考を止め、ハイダの元へと歩いていく。
それでも少し気になる事がある。
あの瞳は、俺の本質を見ていた気がする。
少女の、あの虚ろで鋭い視線がまだ焼き付いていた。
「ところでさ、聞いた? 北の関所近くで、火を扱う男が一人で盗賊団を潰したって」
ハイダがそう囁いた。
「炎の拳で、十数人を一撃で沈めたとか……?」
「へえ。すごいな」
俺はなるべく無関心を装う。
だが、どう考えても分かるように、その話は俺のことだ。
討伐依頼中、たまたま通りがかった馬車を襲っている盗賊がいたのだ。
奴らが一般人を人質に取ろうとした瞬間――俺は抑えきれなかった。
……制御が、まだ甘い。
《憤怒》の力は、常に暴れたがっている。
「でもさ……なんか、妙だよね。最近、そういう噂ばっかり」
「噂?」
「うん。どこかの街で、“棘を纏った少女が魔物を操ってた”とか、“顔を隠した剣士が魔力の化け物と戦った”とか」
ハイダの言葉に、俺は目を伏せた。
何であいつはそんなバレるように動いているんだ……。
まあ、俺と違って隠すものが無いのかもな。
そんな時、ギルドから一人の伝令が飛び込んできた。
「非常招集! 西門近くの森で、高等魔獣の痕跡を確認! 有志はすぐに集合を!」
その場にいた冒険者たちが騒めいた。
高等魔獣。
それは、ただの魔物ではない。
力ある感情か、あるいは強力な魔力を“核”として進化した存在だ。
俺の胸が騒ぐ。
まさか……。
まさか、また“継承者”が動いたのか?
あるいは――《棘抱く者》が。
思考を切り上げ、俺は走り出した。
目的は一つ。
誰かを守るためでも、正義のためでもない。
ただ、俺の怒りが騒ぐ方向へと。
西門の外、鬱蒼とした森の中。
濃く漂う魔素の気配が、空気を澱ませていた。
枝葉が不自然に歪み、動物の声すら聞こえない。
――異常だ。
俺は気配を辿りながら、無意識に拳を握りしめていた。
気付けば、他の冒険者たちははるか後方にいる。
誰かが足を止める度、俺は更に奥へと進んでいた。
……怒りが疼く。
胸の奥で燃えるものがある。
獣の咆哮に似た、うねる衝動が、足を速める。
その時――
視界の奥に、現れた。
空間をゆがめるような黒い瘴気に包まれた、四足の獣。
だが、ただの魔獣ではない。
瞳には人のような知性が宿り、その額には――“棘の紋章”。
「……《
声に出した瞬間、獣がこちらを睨んだ。
いや、獣ではない。
これは恐らく、造られた獣。
誰かに憑かれ、強化された高等魔獣だ。
魔素を凝縮させたような鎖が四肢を繋ぎ、その中心に浮かぶ魔石が、嫉妬の色に濁っている。
そしてその魔石から声が聞こえた。
『……貴方が、見てくれた。私を、認めてくれたのに……。貴方の隣には私しかいれない』
耳に直接囁きかけるような、女の声。
あの少女の声だ。
『どうして、あの時、トドメを刺さなかったの? それは……情? 哀れみ? それとも――』
「……違うさ」
《怒剣ラグナ・レイジ》を取り出し、構える。
「それは、お前がまだ戻れると思ったからだ。……だが今、それを裏切るなら」
地面を蹴り、俺は一気に距離を詰めた。
高等魔獣――否、《嫉妬に堕ちた獣》が、咆哮を上げる。
茨のような魔力が飛び交い、地面を裂く。
剣に憤怒を宿す。
真っ直ぐに斬りかかり、一刀両断しようとする。
しかし、中々に固く、少し切りこみが入ったくらいだ。
「チッ。そう簡単にはいかねえか」
一旦距離を取り直す。
不意に魔石の輝きが増し、再び声が響いた。
『痛い……苦しい……でも、貴方が見てくれるなら、それで良い。』
狂気すら孕んだ想い。
その一言が、俺の怒りを――鈍らせた。
……違う。
これは怒りじゃない。
……俺が、揺らいでる。
その一瞬の隙に、獣が跳びかかる。
「ッ――!」
鋭い爪が肩を裂き、熱が迸る。
俺は後退しながら、《
周囲を遮断する。
……中途半端は命取りだ。
もう一度、柄をしかと握る。
――だが。
その時、森の奥から飛び込んできた一人の影があった。
黒髪の少女。
肩を切るような短髪に、以前よりも鋭さを増した瞳。
「……勝手に終わらせないでよ」
少女――《棘抱く者(ソーンベアラー)》が、獣の前に立ちはだかった。
「それは……私じゃない。“私の残骸”」
そう言って、腕を伸ばす。
魔石が共鳴し、獣が苦悶の声をあげた。
「抑えられるうちに……早く、壊して」
「お前、何を――」
「あれは多分、私の嫉妬が生んだ化け物。あなたを見失った時に、魔力が勝手に形を持ったみたい」
肩で息をしながらも、彼女の瞳は真っ直ぐだった。
「お願い、カイ――いや、ルクス」
その名を口にされ息を呑む。
「……何故、俺の名前を」
「前、一瞬だけ貴方と繋がれた気がした時に、なんとなく分かった。貴方の感じた気持ちも、覚悟も、ちょっとだけ」
その言葉に、思わず口元が緩んだ。
「……そうかよ。なら――一発で決める」
魔力を練り、剣に纏う《怒炎顕現》の火力を高めていく。
すると、怒剣から声が聞こえてくる。
『憤怒の継承者よ。汝の怒りは、次なる段階へと至った』
怒剣から黒炎が噴き出した。
魔力濃度が高くなり、威力が上がったように思う。
「ハハッ、これならやれそうだ」
「ルクス、早くして……」
「あっ、すまん」
新たな力を前に、少し自分の世界に没頭していた。
さあ、お試しといこうか。
魔獣の核は見えている。
動きは少女が止めてくれている。
ミスは有り得ない。
「オラァッ!」
渾身の一撃が、嫉妬の魔石ごと魔獣を切断した。
数瞬遅れて爆風が吹き荒れ、炎が森を焼く。
そして、静寂が訪れた。
獣は砕け散り、残されたのは――少女ただ一人。
彼女は膝をつき、それでも笑っていた。
「……やっぱり。あなたは、私を見てくれる」
「……俺に着いてきてたのか?」
「ううん、偶々。……だけど、“あの時”逃げたこと、ずっと後悔してたの」
立ち上がり、歩み寄る彼女。
その手には、もう茨も、魔力もない。
「でも、次に同じことがあったら……私、ちゃんと隣にいるから」
囁くように言った彼女の瞳には、確かに“嫉妬”だけではない何かが宿っていた。
まあ、俺には何を言っているんだかさっぱりだが。
しかし邪魔なので、引っぺがして放置していく事にした。
流石に目立つ。
勿論、炎も消化しておいた。