グッドルーザー球磨川読了記念です。卒業式から4年後、須木奈佐木咲はテレビ局で不思議な事件に遭遇する。めだかボックスの短編二次創作ミステリーです。独自設定が多々あります。ご容赦ください。pixivにて別名義で投稿しています。

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石膏の少女

逃げ出した彫像

須木奈佐木咲・・・職業アイドル

球磨川禊・・・推定無職

01

 

「お疲れ様、須木奈佐木さん」

 

今日も無事に、レギュラー番組の撮影が終わった。私、須木奈佐木咲はアイドルだ。活動を始めて4年目、業界内ではベテランと言ってもいい頃合いだ。少なくとも新人とは呼ばれない。

通っていた高校が廃校になったのを機にアイドル業を始めた私だが、最近ではテレビ業界でも仕事ぶりは評価され、人気も安定した。今をときめく異端で異色のアイドルから、お茶の間の常連タレントになったのだ。

今日はもう予定はない。スケジュールが変則的な芸能界だが、偶には早く帰れる日がある。

しかし、スタジオの出口に向かう途中、いつもとは違う騒めきが耳に入る。

番組終了後のスタジオはいつも騒がしいのだが、今日はそれに輪をかけて怒号まで混じっていた。いったい何があったのだろうか。

無視をするのも気が引ける。

━━もとい好奇心に負けた私はディレクターに話しかけてしまった。

ディレクターの顔をよく見ると、なんだか酷く青ざめていた。

 

「ああ、須木奈佐木さん。確かきみも出演していたよね。欠陥探偵シリーズのセットが1つ消えたんだよ。展示会は来週だっていうのに!」

 

━━欠陥探偵シリーズ、正式名称は「欠陥探偵の巡回」実在の美術品を扱うことで知られるミステリドラマだ。毎週土曜の夜に放送され、案外根強い人気がある。

私も何度か出演したので、馴染みのある番組だ。

しかし、展示会……?

ドラマのセットと展示会になんの関係があるのだろうか。わたしはセット一式がガラスケースの中に入れられて、美術館が住宅展示場のようになっている光景を想像した。

 

「ケッカンは美術品セットのクオリティがウリだろ?だから桜木美術館と組んで、番組に登場した作品の『本物』を貸してもらって、セットと一緒に展示する事になっていたんだよ。」

 

怒りからか焦りからか、ディレクターは握った拳をブルブルと震わせていた。

 

「何がなくなったんですか?」

 

小物なら無くなることもあるだろうし、別の番組が無断で借りていった可能性もゼロではないだろう。

 

「石像だよ石像!、『祈る少女の手』が消えたんだよ。あんなにデカいやつが跡形もなく。……ありえないだろ?」

 

わたしも慌ててドスドスと足音を立てながら倉庫の方へ向かうディレクターの後を追いかけた。1m50cmもある石膏像が消えるとは俄かに信じがたい。

倉庫は薄暗かった。サイズの大きいものは一箇所に纏められていて、布がかけられていたり、裏向きに壁に立てかけられたりしていた。

塗料の独特な匂いがあたりを漂っている。

 

「何処に置いていたんですか?」

 

通路は高い棚に囲まれていて視界が悪い。

 

「D-18だから……ここだ」

 

ディレクターは忙しなく手に持っていたバインダーを脇に挟みこみ、ゴソゴソと棚を漁り始めた。

━━パッと見たところ石像らしきものは見当たらない。しかし、看板などの大きな道具が纏められている場所は他の棚と比べて隙間が多いように感じた。元の状態を知らない私には確証などないのだけれど。

 

「他のチームが持ち出しているとか?」

 

それにしても無断で持ち出す理由はあるのだろうか。

 

「ここで探していても仕方がないな、スタッフ総出で局をひっくり返してでも見つけてやるぞ」

 

足早に去るディレクターと倉庫の前で別れ、私は荷物を纏めるために自分の楽屋へ向かった。

セットの搬出があるからだろうか。機材袋を持ったスタッフが多く、いつも以上に廊下は混沌としていた。

私は何とか廊下を通り抜け、楽屋に帰り着いた。

扉を閉め、やっと息を吐いた。

私の頭の中は疑問で埋め尽くされていた。

━━動くことがない彼女は一体どうやって姿を消したのだろうか

 

02

メニュー表を開き、私は一息ついた。

━━テレビ局の近くにこんなに雰囲気の良い喫茶店があったとは。

午前11時、まだ昼には少し早いが、ここで軽食を食べるのも悪くない。落ち着いた喫茶店でナポリタンとカフェオレを戴く、このちょっとした贅沢な時間が、社会の荒波を生き抜く大人に必要不可欠なものなのだ。

ガラス窓の外の雑踏を眺めながら私は考えに耽る。もちろん、先ほどの事件のことだ。

人と同じ大きさで、人より重い少女の石像がひとりでに消える。まったく現実的な話ではない。本物そっくりに作ったセットなのだからタネも仕掛けもないのだ。

━━ふと思い出す。物理法則を無視した消失を可能にする友人のことを。彼は高校卒業後、最後に顔を合わせた以来一切の連絡がない。噂に聞くと誰も彼もがその友人の足跡を掴めていないらしい。まるで自分の存在をも“無かったこと”にしたかのように

 

『相席、いいかな』

 

聞き覚えのある声が耳朶を叩いた。

なぜかドキドキとし出した心臓を抑えながら私は声の方向にそろそろと顔を向けた。

そこには、4年前と姿の変わらない男がいた。いや、外見だけを見るのなら少年と言ってもいい。球磨川禊、元水槽学園生徒会長。

最凶のスキルホルダーにして最低な性格の持ち主だ。顔立ちは幼く、体格も貧弱な彼は成人しただろうにも関わらず、大人の威厳といったものをさっぱり感じられない。嫌われ者の球磨川くんは人だけではなく時間からさえも嫌われているらしい。

 

『え、咲ちゃんだよね?』

 

私が驚きのあまり硬直していたら、球磨川くんは不安になってきたのか焦ったような顔でそう確認してきた。

 

「く、球磨川くん?ど、どうしたの」

 

『いやだから、相席いいかい?って』

 

球磨川くんは私の返事を聞かずに向かいの席に座った。そして店員を呼び注文を済ませる。カフェラテとチョコレートサンデー、相変わらず球磨川くんはチョコレートがお好きらしい。

 

『久しぶりだね、咲ちゃん。1年ぶりぐらいかい』

 

実に4年の月日が経過しているのだが本人の認識がこうなのなら、進化のない外見にも頷ける。球磨川くんが最後に卒業した箱庭学園の同窓の皆様は球磨川くんを捜索しているようなのだけど彼はそのことを知っているのだろうか?いや、球磨川くんなら知っていてもいなくても取る行動は変わらないだろう。人の善意や期待を踏み躙ることを生き甲斐にしているような性格の持ち主だからだ。

 

「ねえ球磨川くん、今まで何をしてたの?」

 

『うーん……アメリカに密輸出されちゃってね。パスポートも何もなく出国させられちゃったものだから人権も何も保証されなくてね、大変だったよ』

 

忘れてた、球磨川くんとはまともな会話が成立しないんだった。

 

『それで、4年も日本にいなかったからさ。人権の更新期限も過ぎちゃったよ』

 

「自動車の免許かな、しかも違反してるじゃないの」

 

『これが初回更新だって言ったら?』

 

「それでも半年以上確実に過ぎてるよね」

 

球磨川くんの誕生日、いつなのか知らないけれど。そもそも球磨川くんが自動車免許の知識があることに驚きだ。一般常識というものを一切合切、生まれる前に紛失してるのが球磨川くんだからだ。

話は逸れるが、私は好奇心から聞いてみることにした。

 

「ねえ球磨川くん、黄色信号の基本的な意味は?」

 

『え、そのまま進め?』

 

一生車の運転しないでほしい。

そんな惚けた解答をした球磨川くんは、懸命にチョコレートサンデーを掘り進めていた。

なんだかなー、相変わらずどこまで嘘なのかわからないお人だ。いっそのこと今までの会話が全て嘘であってほしい。

そして一旦会話が途切れ、沈黙が私たちを包んだ。周囲を見渡してみると、私と球磨川くん以外のお客さんはほとんどいない。

どうして球磨川くんは相席をしてきたのだろうか。

昔の球磨川くんなら用がなかったら気配を消して私を避けそうなものだが......4年間の間に社交性とかそういったものを身につけたのだろうか。

ナポリタンを食べ終わって、手持ち無沙汰な私は先ほど起きた不思議な事件の話をすることにした。そう、跡形もなく消えてしまった彫像の話だ。全ての現実を虚構にするスキルの持ち主である球磨川くんだからこそ、思いつくこともあるかもしれない。

しかし私の話を一通り聞き終えた球磨川くんの返答は

 

『そう、大変だったね』

 

といった淡白なものだった。どこまで私の話に興味がないのだろうか。私はほんのちょっとだけ肩透かしを食らったような心持ちになった。

 

「でも、90kg近くある彫像が誰にもみられずに移動させられたってことだよ」

 

『まあね、確かに不思議だ。けれど、人の認識なんていくらでも誤魔化すことはできるぜ』

 

「そういうものかな」

 

『例えばさ、咲ちゃん。一度「そういうものだ」と思い込んでしまえば、それだけで疑えなくなっちゃうんだ』

 

口八丁とハッタリだけで数々の難敵を酷い目に遭わせてきた球磨川くんだからこその説得力がある。

私は思わず素直に頷いてしまった。

 

「そうだね.......彫像をマネキンに見立てて衣装でも着せちゃえば、人の目を誤魔化せるよね」

 

『まあ、そうなんだけど。それだと、移動できないんじゃないかな。90kgあるんだろ?』

 

折角のアイデアに容赦なくケチをつけてくる球磨川くんだ。

 

「複数人で運べばいいじゃない」

 

『それでも目立つんじゃないかな。実際マネキンって10kg程度らしいし』

 

私たちの間に微妙な空気が流れた。

球磨川くんは振り払うように口を開いた。

 

『そういえば咲ちゃん。その例の彫像、本物は幾らか知ってるかい』

 

「え、知らないけど」

 

『えーっと、日本円でいくらだったっけな』

 

球磨川くんは指を折って数え出した。

あまりにも不気味だ。まさか桁計算がわからないのだろうか。

 

『大体8万ドルぐらいだよ』

 

「何も換算できてないよ球磨川くん」

 

約1200万円と言ったところだろうか。

確かに、それはテレビ局としても絶対に成功させなくてはいけない企画だ。

プロデューサーが血走った目をしていたのも頷ける。

ブー、ブーと携帯端末が震える音がする。仕事の連絡かと自分の端末を確認したが通知は表示されていない。

ということは、球磨川くんの携帯端末が音の発生源のはずなのだ。

しかし当の本人は我関せずとカフェオレに砂糖を混ぜ込んでいた。

通知音は途切れることなく鳴り続けている。

 

「ねえ球磨川くん、携帯見なくていいの?」

 

『いいんだよ、通知がいっぱい来る時なんてどうせ碌なことじゃないんだから』

 

金言である。私に促されてようやくチラッと携帯端末を確認した球磨川くんは大きくため息をついた。

 

『ねえねえ咲ちゃん、その無くなった彫像って石膏像だって言ってたよね』

 

「そうだよ、本物と同じ素材を使って極限まで似せるのがそのドラマの売りだからね」

 

『うん、じゃあ大体わかったよ。』

 

と球磨川くんはカッコつけて言った。

 

『石膏の少女のバラバラ死体が何処にあるのかね』

 

 

03

━━バラバラ死体。その物騒な響きが喫茶店も穏やかな空気に、墨汁がシミをつくるように広がった。

 

「バ、バラバラって」

 

どうしてそんなことがわかるのだ。さては貴様が犯人だな!的なツッコミでも待っているのだろうか。

 

『いや、僕もそんな雑なボケはしないよ。』

 

球磨川くんの呆れ顔は人をイラつかせる力がある。

 

『その来週の展示会、作品の搬入日が今日なんだよ。そろそろ時間だし行こうか、咲ちゃん』

 

何処に、とかなんで、とかそんな疑問を挟む余地を一切与えずに球磨川くんは席から立った。

昼時だからか往来はスーツ姿の人々でひしめき合っている。

カフェから出てすぐに、球磨川くんは立ち止まった。

経路案内を開始します、という機械的な声が流れてきたのでどうやら地図アプリを起動していたらしい。

颯爽と出ていったくせに道を知らなかったのか。格好悪いなぁ。

地図アプリに道案内をしてもらっているはずなのに、反対方向に歩き出した球磨川くんは、地図アプリから激しいバイブレーションの抗議を受けていた。

いつになっても球磨川くんの力では目的地には着かないと判断した私は、球磨川くんを先導してあげることにした。

職場の近くだから、美術館の場所は以前から知っていたのだ。

言う暇がなかっただけで。

話題の美術館は駅近くのビルの最上階にある。

桜木現代美術館、ビルのオーナーが設立した美術館とのことらしい。現代美術の名を冠する通り、近年話題のアーティストの作品が多く展示されている。オーナーの趣味によって珍しい作品が展示されることもあり、美術マニアの間では知る人ぞ知るといった場所とのことらしい。

今回の企画もオーナーは快く協力してくれたらしい。その理由の幾ばくかは欠陥探偵シリーズが多くの現代美術を扱ってきたから、というわけもなくはないのだろうが。

エレベーターの扉が開くと、その正面すぐは美術館だった。

美術館の入り口はガラス張りになっていて搬入業社や美術館スタッフが忙しなく動き回っている様子が見えた。

その人混みの中に、帽子を被った紺色の男━━警官が数人、所在なさげに立っていた。

球磨川くんは、当然のように警官の方へ歩いて行った。

そしてポケットから書類を出して一言二言話して、私の方に手招きをした。

 

『入ってきて大丈夫だよ咲ちゃん。捜査の相棒ってことになったからさ』

 

相棒って.......何を勝手に言ってくれてるのだろうか。そもそも球磨川くんのような人間が警察に口利きできるということ自体が異常事態だ。

 

「ねえ球磨川くん、捜査ってどういうことかな」

 

『んーまあちょっと探偵の真似事みたいなことをしていてね。展示品を守るのが今回のお仕事なのさ』

 

と宣う球磨川くんの背後に音もなくスーツ姿の背が高い外国人の男が現れ、球磨川くんにタブレットを差し出した。

英語で何か小言らしきことを言っていたが、早口で私にはよく聞き取れなかった。叱られている、ということは間違いなさそうだったが。

球磨川くんは露骨に面倒臭そうにタブレットを受け取った。

 

『怒らないで欲しいなぁ。僕ほど勤労意欲に満ちた人間はいないと思うのだけど』

 

球磨川くんほど勤労という言葉が似合わない人も珍しいと思うけど。

奥から台車が転がる音が響いた。

棺大の、梱包材に覆われた箱が数人の作業員によって運ばれている。

 

『あれが問題の子だぜ』

 

球磨川くんはタブレットを脇に抱え、勝手に歩き出した。

慌てて球磨川くんの後を追いかけると、丁度箱の梱包が解かれ、蓋が開けられるところだった。

作業員の体越しに、石膏の白い肌が覗く。

しかし━━その少女は、「祈る少女の手」はもはや既に祈ってなどいなかった。いや、彼女の手は祈りように組まれている。しかし、その手は何処にも繋がっていなかったのだ。

石像はまさにバラバラ死体、関節という関節から全て、切り離されていた。

 

『あーあ』

 

球磨川くんのつまらなそうな声が、酷く空虚に響いた。

 

『また勝てなかった』

 

04

球磨川くんは無造作に座り込んで、箱の中身━━石像の残骸を漁り始めた。

あまりにも球磨川くんが堂々としているからだろうか、作業員たちは何も言わずに後ろに下がった。

箱の周囲だけ妙な空白地帯ができる。私は箱の側にそっと立ち、覗き込んだ。

白い緩衝材の上に少女の頭、腕、胴、足が折り目正しく並んでいた。それは解剖台の上に部位ごとに整列させたかのようだった。

どこか、ツンと鼻につく匂いがする。塗料や石膏とは違う、どこか酸っぱい匂いだった。

 

 

『あはは、頭だけになってるとなんだかサッカーボールみたいだ。……なんか湿ってて気持ち悪いな』

 

あまりにも失礼で嬉しくない実況をしてくれる球磨川くんだ。成人したところで球磨川くんの本質といったところは変わりがないようだ。

 

『咲ちゃん、見て』

 

と球磨川くんは少女の頭部を持ち上げてひっくり返した。━━首の後ろ側、うなじの部分が不自然に削れていた。

 

『ここ、本来は作者のサインが入っている場所なんだ。』

 

球磨川くんは傍に置いていたタブレットを拾い上げた。何度かタップしてから画面をクルッとこちらに向ける。

画面には石像の後頭部が映っていた。

うなじの中央に、シンプルな刻印があった。

 

「削ってあるってことは、隠したい理由があったってことかな」

 

『そうなるね、少なくとも彼女が本人かどうか見分けられると困ることがあったみたいだ』

 

無造作に頭部を箱に戻す球磨川くんの手つきからは、芸術作品に対する敬意をかけらも感じさせなかった。

 

「ねえ球磨川くん、ドラマで使ったレプリカには右の脛に管理用ロット番号が刻まれてるの。━━もしこれがレプリカなら、右の脛に番号があると思うのだけど」

 

と私が言い切る前に、球磨川くんはまたゴソゴソと箱の中身を漁りだした。

 

『右脚ってどっちだろう。多分これかな』

 

おもちゃ箱から積み木を取り出すかのように引っ張り出された石像の右足━━彼女の右脛はまたもや削り取られていた。

 

「......これじゃあ、本物か偽物かわからないね」

 

『うん、まあそのための僕なのだけど』

 

球磨川くんは首を傾げ、少し離れたところに立っていたスーツの男に視線を送った。

 

『使っていいかい』

 

スーツの男は軽く顎を引いた。首肯......なのだろうか?

スーツ男の反応を見てさえいない球磨川くんは両手を箱の中に突っ込んだ。

 

『大嘘憑き、石像の破壊を無かったことにした』

 

石像の残骸は、一瞬にして元の少女の形を取り戻した。

 

『これ、90kgだっけ。僕ひとりで持ち上げられるかな』

 

無理だと思う。

球磨川くんも本気では無かったのか、あっさりと作業員を呼んだ。

作業員二人の力で石像は持ち上がり、漸く石像の裏側を見ることができた。

彼女の右脛には見覚えのあるロット番号が刻まれていた。

撮影の時、カメラに映らないように立ち位置を気をつけろと散々注意された、その場所だった。

 

「うん、やっぱりこれテレビ局のレプリカだよ球磨川くん」

 

『咲ちゃんが言うのならそうなんだろうね。本物はとっくに奪われ、何処かを輸送中ってとこかな』

 

球磨川くんはタブレットでパシャリと石像を撮った。そのままタブレットをスーツの男に渡す。

 

『証拠写真はこんなのでいいかな。ボスに宜しく言っておいて頂戴』

 

スーツ男はひとつ、大きなため息をついてタブレットを操作し始めた。

……私はスーツの男にちょっとだけ同情した。彼も球磨川くんにいいように振り回されているんだろうな。

球磨川くんは晴々とした顔で大きく伸びをしていた。

 

『これで一件落着だぜ、清々しいね』

 

「いや.....球磨川くんのお仕事は美術品の防衛だったんだよね、盗まれちゃったみたいだけど大丈夫なの?」

 

『全くよろしくはないよ。けれども、僕は本物の石像が何処にあるかなんてさっぱりわからないからね......でも』

 

「でも?」

 

球磨川くんはニヤニヤと笑って言った。

 

『咲ちゃんがそんなに、テレビ局から彫像が消えた謎が気になるなら、調べてあげても吝かじゃないかな』

 

恩着せがましいことを言いやがる球磨川くんだった。

 

『じゃあ、行こうか。そのテレビ局とやらへ』

 

テレビ局はテレビ局だろう。わざと持って回ったような言い方をしなくても。

傍若無人に歩き回らないで欲しい。とか色々言いたいことがあったが私は全てを飲み込み、ため息にした。

いまだに真剣な顔でタブレットを操作しているスーツの男と、私はちょっとだけ心が通じ合った気がした。私は彼のことを何も知らないが。

 

05

テレビ局に着くなり、球磨川くんは警備員さんと熾烈な攻防を繰り広げた。......その詳細については割愛させてもらう。

しかし、球磨川くんに信用に足るだけの威厳があればこの無用な1時間は確実に回避できたことだろう。

と、ジャケットのポケットに無造作に警察手帳らしきものを仕舞う球磨川くんを横目に、私は確信した。

 

「石像の場所がわかったんですか」

 

通路の向こうから、大慌てでプロデューサーが飛び出してきた。

今朝から今までずっと探し続けていたのだろうか。顔には疲れが滲んでいた。

 

『えぇ、その石像の方はこちらで確保できましたよ。現場検証のために監視カメラの映像を見せていただけますか』

 

ものはいいようである。しかし、球磨川くんの物言いを素直に受け止めたプロデューサーはパッと顔を明るくした。

 

「もちろんです、こちらへ」

 

エレベーターに押し込まれ、ついた先は局の地下一階だった。来訪者を想定していないため、廊下は薄暗い。

プロデューサーは「監視室」というプレートの下がった鉄扉を押し開いた。

扉の先は大小様々なモニターが壁一面に並んでいた。

突然の来客に、モニターに向かっていたスタッフが訝しげに振り向いた。

 

「D−18付近の映像を出してもらえないか。時間は……」

 

『昨日の夜から今日の午前中にかけて、お願いできますか』

 

気付かぬうちに、球磨川くんは監視スタッフの真横に這い寄っていた。

モニターの一つに倉庫の映像が映しだされた。残念なことに石像が仕舞われていたはずの棚は正面から映ってはいなかった。

スタッフが出入りする様子が早回しで流れる。台車を押す者、ケーブルを抱えて走る者、大きな袋をいくつも持ち運ぶ者など、常に人が入れ替わり立ち替わりだった。これといって犯人を断定できそうにない。

 

「ねえ、須木奈佐木さん。彼とはお知り合いなのか」

 

プロデューサーが潜めた声で私に耳打ちした。

尤もな質問だ。球磨川くんはとても警察に見えない。寧ろ闇バイトの学生といった風貌だ。

 

「学生時代からの友人ではあります......信用できないのは、よくわかりますが」

 

黙ってモニターを見つめていた球磨川くんは、映像を止めさせて振り向いた。

 

『これじゃないかな、て思うのだけれど』

 

球磨川くんの指先は一人の台車を押すスタッフを指していた。台車にはいくつかの機材袋と白い布に包まれた何かが乗っていた。

 

「い、いったいどういうことですか」

 

プロデューサーは困惑しきった声を上げた。それはそうだろう、何せ彼は石像が「バラバラ死体」の状態で見つかったことなど、全く知らないのだから。

私はモニターに近づき、映像をよく観察した。白い布に包まれた何かはよく見るとボールのような形をしている。うっすらと「彼女」の目鼻立ちが浮き上がっているようだった。

そして布の一部は濃く色づいていた。ーー濡れているようだった。

 

『僕は石膏というものに縁がないからわからないのだけれど、石膏って簡単にバラバラにできるようなものなのかい』

 

確かに、高校時代の選択科目で美術を選択しないとなかなか触る機会もないだろう。

もっとも、球磨川くんが真面目に授業に参加してたとは到底思えない。

「月曜の1限はジャンプを読むと決めてる」とかそんなふざけた理由でサボタージュを決め込んでた球磨川くんだからだ。

いくら柔らかい石材として名高い石膏でも、石は石だ。刃物を使わねばそうそう簡単に削れるものでもないし、ましてやバラバラに切断するとなれば相当の時間がかかる。

騒音も出るし、削りカスだって大量に出るだろう。

 

.......けれど。

私はモニターに映る白い布を見つめた。━━やはり濡れている。

 

「ねえねえ球磨川くん、バラバラになってた石像、ちょっと湿ってたって言ってたよね」

 

『そうだね、少々気持ち悪かったよ』

 

「......少し酸っぱい匂いはしなかったかな」

 

『何が言いたいんだい、咲ちゃん。僕は答えを焦らされるのが嫌いなんだ。推理小説はいつも最後から読むくらいにはね』

 

最低だ.......

しかし、私の頭の中ではもう答えが出ていた。

 

「酢酸だよ、あの匂い」

 

『なんだい咲ちゃん、石像にお酢をかけることを至上の喜びにする変態がテレビ局内に居たって言いたいのかい。怖いな』

 

「怖いのはその発想だよ球磨川くん。そうじゃなくって、石膏は酸に弱いんだよ」

 

『そうなの?』

 

「そうなんだよ球磨川くん。高校生の頃に化学の授業でやらなかった?」

 

『いや全く、さっぱり覚えていないね。それで、お酢で石膏をベロベロに溶かしたってことかい』

 

正しく理解しているのか不安になる返答だったが、私は一旦無視して進めることにした。

私はモニターに映る白い布を指差す。

 

「この布、ちょっと濡れてるでしょ。布に酢酸を染み込ませて、関節部分に巻きつけたんだよ。

そうすれば、石膏は脆くなって簡単にバラバラにできるでしょう」

 

「そ、その方法なら後は軽く叩くだけで分解できるでしょうね。あの......もしかして石像は本当にバラバラになってしまったのですか」

 

プロデューサーの顔は石像のように白くなっていた。

 

『まあ、咲ちゃんが言うならそうなんだろうね。報告書にそのまま使わせてもらうよ。石像は悲惨な目に遭っちゃったけれど、仕事が無事に終わってよかったよ』

 

球磨川くんは爽やかな笑顔でそう言い放った。

私はプロデューサーが絶望する瞬間を見た。

実は、球磨川くんの「大嘘憑き」で石像自体は元の姿を取り戻しているのだが......どちらにせよ、本物の石像が盗まれてしまったので今回の展示会は中止になるだろう。

ときに真実は人を傷つけることがある。私は口をつぐむことにした。

 

06

テレビ局を出た後、球磨川くんはさっさと姿を消した。

結局、球磨川くんが今何をやっているのかはよくわからなかった。世界中を飛び回っていてそこそこ忙しいらしい。

球磨川くんは「祈る少女の手」をみすみす盗ませてしまったので、犯人を追いかけてまた国外に行くと、愚痴を言っていた。

帰り道、私は一つ大きな伸びをした。

折角の休日なのに、球磨川くんに連れまわされ疲れてしまった。

太陽が沈み、空は薄青い。

冷たい風が吹き抜け、思わず身をすくませる。

日中は暖かかったが流石に夕方は冷える。

私は思わずジャケットのポケットに手を入れた。

.......カサッ?

ポケットに何か紙のようなものが入っている。

思わず取り出して見ると何か書いてあった。

メールアドレスだろうか。

高校時代に何度も見た、見慣れた字だった。

 

「困ったときは連絡していいぜ」

 

私は思わず紙を握りつぶしそうになった。

トラブルの根元が何を言う。

しかし......高校を卒業した途端に、一切の連絡も、観測も絶った男だ。

そんな球磨川くんがメールアドレスを残すなんてどういう心境の変化だろうか。

好意的に見れば、成長したのだろうか。亀の歩みより遅いものだが。

私は紙を丁寧に折りたたんだ。

今度、黒神さんに会う機会があったら球磨川くんに会ったと言ってやろう。

噂では、黒神さんは今でも熱心に球磨川くんを探しているみたいだし、あの黒神めだかなら少しの目撃情報で球磨川くんに肉薄できるだろう。

それぐらいの嫌がらせは、許されるはずだ。

私はアイドルらしからぬ悪い顔をしていたのだろう。

すれ違った子供が小さく悲鳴をあげた。

━━さて、私は私の日常に戻らなくては。

次は、初めて海外で行うロケだ。それも憧れの場所、パリだ。

準備は入念に行わなくては、プロの名が廃る。

私は気合を入れて、歩き出した。

 

 

 


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