昭和58年7月。
初夏の午後。
京極宮邸の庭には、元気な子どもたちの笑い声が響いていた。
「お兄様、だめです! そこはあぶないですわ!」
「平気だよ! この石の上なら大丈夫だって、お母様(おたたさま)がおっしゃってたもの!」
泥だらけの半ズボン姿で立派な庭石の上に陣取っているのは若宮である陸仁(みちひと:六歳)、その足元で、若宮が落ちぬよう小さな手を添えながら「若宮様、僕が支えます!」と得意げに笑っているのは、六条雅武の長男である雅忠(六歳)であった。
石の下で裾を泥だけにして土を掘り返しているのは一の姫で誕生日を過ぎたばかりの寛代子(かよこ:四歳)。その隣には、半年ほど年上である姫宮の真似をして小さな手で一生懸命に泥を丸めている、六条家の長女である誓子(三歳)の愛らしい姿もある。
若宮の「陸」の字には、泥濘を越え、確固たる大地を踏みしめて歩んでほしいという願い。そして「国土(おか)」を守る者であれという想いが込められていた。
姫の名には、あの夜に命を懸けて未来を繋いだ松殿寛子とその乳姉妹である千代の字が刻まれている。
悲劇の象徴として封印されるはずだった二人の少女の魂は、こうして眩しい太陽の下で、新しい命の躍動として確かに息づいていた。
兄妹は、庭の土山を全身泥だらけになって駆け回っていた。
「ああっ、若宮様、姫様! なりませぬ、お着物が泥だらけに……! 六条殿も若様方を御止めください!」
庭の隅から、女中頭や女中たちが血相を変えて駆け寄ってくる。
「もうすぐ殿下と妃殿下が公務からお戻りになられますのに、そのようなお姿では……!」
慌てふためく背後から、楽しげな笑い声が響いた。
「やれやれ。血は争えぬものだ。殿下の若かりし頃とそっくりだ」
「そうなのですか、雅武様」
「其方には信じられないだろうな、聡子」
「ええ。私から見れば殿下は……」
「妃殿下も幼き頃はよく千代に『寛子姉様のお世話は私がするの』と言っては困らせていたな」
「ええ? 妃殿下が?」
驚く聡子。
その時、二人の背後から楽しげな声が響いた。
「こらこら。お前も一緒になって騒いでいただろうが」
「そうですよ。雅武殿もよく千代さんの手を煩わせていたではありませんか。覚えていますよ」
振り返ると、公務を終えたばかりの慶仁と澄子が立っていた。
一礼をする二人とその背後を見やり苦笑する慶仁。
「確かに些かやんちゃなところもあるか。だが遊び着で遊んでおるのだ、よいではないか。今日も元気に学んでおるな」
「ええ、本当に。ずいぶんと深く掘り進めましたね」
二人は顔を見合わせてクスリと笑うと、泥だらけの我が子に近づいていった。
雅武と聡子も、泥だらけの我が子を見やり苦笑を浮かべた。
「我が家の兄妹まで、すっかり泥の味を覚えてしまったな」
「本当ですね。あの子たちの着物の汚れ、後できちんと落ちるかしら」
笑いながら我が子に向かう二人。
子供たちと同じ目線で庭の土の上にしゃがみ込んだ二人に陸仁が泥のついた手を差し出した。
「お父様、お母様! 見て、ここの土、黒くて硬いよ」
慶仁は素手でその土を受け取り、指先で感触を確かめると、嬉しそうに目を細めた。
「そうかそうか。どれどれ……澄子、これは良い土だな」
「ええ、殿下。この子たちが元気なのも、この土のおかげですね」
澄子の言葉に、慶仁もまた、寛代子の泥だらけの頬をハンカチで優しく拭いながら、力強く頷いた。
陸仁と寛代子は、泥だらけの手で両親の手をぎゅっと握った。
ふと、陸仁は父親に手を握られたまま、少し離れた場所で泥だらけになって立ち尽くしていた六条家の小さな長女を振り返った。そして、兄が妹を労るような自然さで、空いたもう片方の手を彼女に向かって差し出す。
「おいで。滑るから、僕の手を握って」
三歳の少女は、ぱっと顔を輝かせると、「はい、わかみやしゃま!」と、その小さな手を陸仁の手の中に重ねた。
二人の幼い手の重なりを遠目に見つめていた聡子は、なぜか一瞬だけ胸の奥が小さく跳ねるような、不思議な予感を覚えた。しかし、隣に立つ雅武はただ眩しそうに我が子たちを見つめている。
(気のせいですわね)
聡子は小さく息を吐き、泥だらけの我が子たちを窘めるべく悪戯な笑みを湛えて子供たちを迎えに歩み出た。
その時。
遠くの空で、夏の夕立を告げる鈍い雷鳴がゴロゴロと鳴り響いた。
乳母たちが「雨が参ります」と屋敷へ戻るよう促すが、慶仁はもう、空を見上げて身をすくめることはなかった。
遠くの雨雲を見つめる彼の目は、ただ自然の営みを静かに受け入れる、深く澄んだ光を宿していた。
彼の右手には、かつて泥の中で彼を絶望の淵から引き上げてくれた澄子の確かな温もりがある。そして左手には、未来という名の新しい大地を力強く踏みしめる、子供たちの小さな手があった。
「さあ、雨が降る前に戻ろう。今日のお前たちの『調査報告』を、中でゆっくりと聞かせてもらおうか」
「はいっ! じゃあね」
少女の手を離す陸仁。
「あっ」
離された手を少し残念そうにみる少女だったが、雅武が「帰るぞ」と声をかけると「はい」と勢いよく飛びついて来た。
「雅武、其方たちも早く戻るのだぞ」
そう声をかけて、泥だらけの子供たちを連れて歩き出す二人の背中を、夕立前の心地よい風が吹き抜けていく。
慶仁の手の中には、澄子の温もりと、未来を繋ぐ子どもたちの小さな手があった。
桑名で失われたものは、今日、確かに形を変えて息づいている。
命は、受け継がれた。
そして、京極宮の庭には、新しい時代の風が静かに吹いていた。
雅武のお相手、聡子嬢になりました。
そういえば前に澄子のスタイル描いていたな。
身長163cm・体重約52kg・バスト84cm・ウエスト60cm・ヒップ88cm
聡子なら
身長155cm・体重約47kg・バスト81cm・ウエスト57cm・ヒップ84cm
と言ったところかな
殿下の子が若宮→姫の順だから、雅武の子が令嬢→子息の順だと、年頃になるとどちらも落ち着かなくなったり。
まさか子爵家の子供と宮家の子供が縁組する訳にもいかんし、親たちも落ち着かなくなりそうw
雅武の令嬢が年上だと、慶仁王のトラウマえぐるから、同い年か年下と設定しておこう。