京極宮慶仁王物語   作:fire-cat

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雅武の嫁取り② イラスト付き

 十一月の初め。

 木枯らしが吹き始めた京極宮邸の一角で、

 六条雅武は、机の上の白封筒を静かに見つめていた。

 

 差出人は中院聡子。

 封は淡い藤色の糸で結ばれ、香はほとんどつけられていない。

 ただ、紙そのものがわずかに白梅の香を含んでいた。

 

 雅武と聡子は、中院伯爵の許しを得て、水面下で節度ある書簡を交わし始めていた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

六条 雅武様

 

 先日の御対面に際しましては、過分なる御厚情を賜り、心より御礼申し上げます。

 東屋にて伺いましたお話、今も胸に深く残っております。

 寒さ厳しき折、どうか御身お大切にお過ごしくださいませ。

 

 中院 聡子

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 雅武は、文を読み終えると、胸の奥に仄かな熱が宿るのを感じた。

 

(……あの東屋での言葉を、この姫は真っ直ぐに受け止めてくださったのか)

 

 彼は慎重に筆を取り、返礼の文をしたためた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

中院 聡子様

 

 このたびは丁重なる御文を頂戴し、誠に恐れ入ります。

 東屋での語らいは、私にとりましても忘れがたきひとときにございました。

 どうか、冬の風にお風邪など召されませぬよう。

 

 六条 雅武

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 文は短い。しかし、行間には「あなたを想っています」という仄かな温度が宿っていた。

 

 十一月中旬。

 秋気いよいよ深く、宮邸の庭もにわかに色づき始めていた。

 

 雅武は、結納に向けた正式な礼法に従い、媒酌人の件を控えめに、しかし確かに知らせる文をしたためた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

中院 聡子様

 

 秋気いよいよ深く、宮邸の庭にも霜が降りる朝が増えてまいりました。

 中院の姫君におかれましては、御機嫌麗しくお過ごしのことと拝察いたします。

 さて、差し出がましいことながら、結納の儀に先立ち、媒酌人の件につきまして内々にお知らせ申し上げます。

 このたび、殿下の御差許により、東伏水宮家の殿下・妃殿下が主仲人をお引き受けくださる運びとなりました。

 また、実務につきましては、同宮家筆頭家令夫妻が差添としてご尽力くださるとのこと、併せてご報告申し上げます。

 家格低き我が身には身に余る栄誉なれど、姫君をお迎えするため、宮内省との調整を厳かに進めております。

 寒さ厳しき折、どうか御身お大切にお過ごしくださいませ。

 

 六条 雅武

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 これに対する聡子の返書は、細筆で慎ましやかに、しかし確かな喜びを滲ませて認められた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

六条様

 

 御丁重なる御文、深く感謝申し上げます。

 媒酌人の件、恐れながら拝読いたしました。

 東伏水宮家の殿下・妃殿下が主仲人をお務めくださるとのこと、身に余る光栄に存じます。

 父も「震えるほどの光栄」と申しておりました。

 六条様が殿下からどれほど深く信頼されているのかを拝察し、我が身の引き締まる思いにございます。

 そのような大役にふさわしい者であれるよう、日々を慎み深く過ごしたく存じます。

 私はただの世間知らずの娘なれど、六条様が日々、宮家のために尽くされるそのお背中を、いつかお支えできる日を静かに祈っております。

 初霜の便りも聞かれる頃、どうか六条様も、お風邪など召されませぬよう御自愛くださいませ。

 

 中院 聡子

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 十二月初旬。

 京極宮邸の庭は、冬枯れの色を帯び、池の水面には薄氷が張り始めていた。

 この日は、東伏水宮家の差添である家令夫妻の案内で、六条雅武と中院聡子が控えめな散策を許された日だった。

 並んで歩くのは、あの日を合わせると、これが三度目。

 しかし、今日の空気はどこか違っていた。

 冬の装いに身を包んだ聡子は、少し緊張した面持ちで、仕立ての良いスーツを着た雅武の半歩後ろを歩いていた。冷たい風が池の水面を揺らす中、雅武が静かに足を止め、振り返った。その目は、一人の誠実な青年のものだった。

 

「……中院の姫君。本日は、お美しいお姿を拝見でき、感無量にございます」

 

「六条様、私などには過ぎたお言葉にございます。……あの、東伏水宮様が媒酌人に立ってくださるというお話を伺い、本当に私がその場所に相応しいのか、いささか怖気づいてしまいまして……」

 

 聡子がうつむくと、雅武は静かに微笑んだ。

 

「怖れることはありません。私は子爵家の次男、社会的な席次も男爵相当の無爵の身。中院伯爵家からすれば、降嫁の形をとらせてしまう。東伏水宮様が動いてくださったのも、偏に殿下が『雅武の妻になる者を、最高の格式でもてなせ』と仰ってくださったからです。私が背負う宮家の重みは、これからは貴女と共に分かち合うものとなります」

 

 雅武は、池の水面に映る冬の澄んだ空を見つめた。

 

「私は桑名の悲劇の後、殿下の影として、真っ白な手のまま泥を片付けることだけを生業としてきました。自分の人生に、家族を持つような春が来るとは思いもしませんでした。ですが……もし貴女が、私のこの手を守ってくださるなら」

 

 雅武は聡子を真っ直ぐに見つめ、そっと手を差し伸べた。触れはしない、けれど確かな拒絶のない温もりがそこにあった。

 

「私は一生をかけて、貴女と、新しく生まれるであろう我が子を守り抜きます。……共に歩んでいただけますか、聡子殿」

 

 初めて「姫君」ではなく、名で呼ばれた。聡子は胸が熱くなり、深く頭を垂れた。

 

「はい、六条様。喜んで……お供いたします」

 

 冬の風が、散策する二人の間をそっと通り抜ける。

 

(……この方となら、未来を歩めるのかもしれない)

 

 しばらく歩いた後、聡子がふと足を止めた。

 

「……六条様。もし、私が六条家に嫁ぐことになりましたら……この庭を、またご一緒に歩けますでしょうか」

 

 雅武は、胸の奥が静かに熱くなるのを感じた。

 

「はい。……何度でも」

 

 その一言に、聡子の頬が淡く紅に染まった。

 二人は初めて、夫婦としての未来を具体的に思い描いた。

 

 二人の間に、ただの主従の影ではない、「夫婦」としての温かい未来の灯が、確かにともった瞬間だった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 庭園の散策を終え、中院家へ戻る黒塗りの車の前で、雅武は懐から小さな桐箱を取り出した。

 

「聡子殿。正式な儀礼の品とは別に……これを、私個人から貴女へお贈りしたく存じます。受け取っていただけますか」

 

 聡子が驚きながらそれを受け取り、そっと蓋を開けると、中には、上品な菫色に染められた、最高級のシルクのスカーフが入っていた。

 気品を感じさせつつも、あの「白布」の日を思い出させる、雅武らしい粋で誠実な贈り物だった。

 

「これは……美しい菫色……」

 

「貴女の小袖の色を拝見し、きっとお似合いになると。……あの日、私は貴女に無粋な白い布を差し出してしまいました。今度は、貴女の涙を拭うためではなく、貴女の笑顔を彩るために、これを使っていただきたいのです」

 

 雅武のその言葉に、聡子はスカーフをそっと胸に抱きしめた。

 

「六条様……ありがとうございます。一生の宝物にいたしますわ」

 

 車が走り出し、遠ざかっていく雅武の端正な姿を、聡子は窓からいつまでも見つめていた。胸の中には、贈られた菫色の絹のように、柔らかで温かい幸福感が満ちていた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 その夜。

 聡子は自室の文机の上で、雅武から贈られた菫色のスカーフを、そっと広げて見つめていた。

 指先を触れるだけで、庭園で彼が静かに語った言葉の重みが、あの優しい声音とともに蘇るようだった。

 

「――まあ、お嬢様。そんなに熱心に見つめていらしては、絹地がすり減ってしまいますわ」

 

 お茶を替えに部屋へ入ってきた、年の近い侍女の「たえ」が、悪戯っぽく微笑んだ。聡子はハッとして、慌ててスカーフを胸に抱きしめる。頬がみるみるうちに赤く染まっていく。

 

「六条様からの贈り物でございますわね」

 

「ええ。このスカーフを頂きましたの」

 

「まあ……それは、それは。お嬢様、よほど大切に思われておりますね」

 

「そ、そんな……まだ正式な結納も済んでおりませんのに」

 

 たえは、聡子の頬が赤く染まるのを見て、くすりと笑った。

 

「お嬢様。六条様は「影の男」でございます。そのような方が贈り物をされるのは……よほどのお気持ちがある証にございますよ」

 

「……たえ。私……どうしたらよいのでしょう」

 

「簡単でございます。お嬢様が六条様をお慕いなら、そのままお慕いになればよいのです」

 

「中院の娘として、本当に六条様のお側を支えられるかしら……」

 

「お嬢様なら大丈夫にございます。そのお優しい御心が、六条様には何よりの救いになりますわ」

 

 聡子は、雅武から贈られた菫色のスカーフを、胸に抱いたまま、そっと目を閉じた。

 灯火の光の中、聡子はまだ見ぬ先の儀礼への緊張と、胸をくすぐる淡いときめきに、静かに身を震わせていた。

 

(……六条様。私は、貴方のお傍に立てるでしょうか)

 

 少女らしい揺れは、やがて静かな覚悟へと変わっていった。





【挿絵表示】

にGeminiに彩色してもらった結果

【挿絵表示】





シルエットの人物は日本人
肌の色はやや色白ながら、健康的
構図を壊すことなくシルエットの人物の彩色を実施
髪の色は漆黒

としたんだが、何かが違ったのか……?
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