ファンタジーの時代はおしまい   作:れいてんし

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11話 「幕引き」

 ラウルが去って、1年が経った。

 

 半年の赴任のはずだったが、全く戻ってくる気配がない。

 手紙の返事すらない。

 

 ティアナへの郵便は月に1度の船便だけだが、それが届いていないのか?

 それとも書いていないのか?

 

 判断がつかなかったが、便りがないのは良い便りだと自分に言い聞かせて、毎月、国の状況を伝える手紙を書いた。

 

 だが、王都ラルカには、別の便りが届いていた。

 

 陸軍総司令官、アルバロ・メンドーサ将軍。

 その名前が新聞の一面を飾ったのは、ラウルが発ってから半年後のことだった。

 

「国家総監に就任。王国の安定と再建のため、非常大権を行使する」

 

 メンドーサ将軍は、50代後半の軍人であり、貴族の爵位は伯爵。

 

 先祖代々魔法一族だったサラサール家とは違い、昔から剣一本で最前線で戦い抜いてきた軍人の一家だ。

 何代も前から、サラサール家と、メンドーサ家は、何度も対立することが有ったとも聞いている。

 

 そのため、親や親戚もそりが合わなかったのだろう。

 

 エルネストが子供の頃に、アルバロとは社交界で何度か顔を合わせているはずだが、まるで覚えていない。

 息子であるホアンはなんとなく顔は覚えているが、無口で、社交界だというのに、部屋の隅でずっと本を読んでいた記憶しかない。

 

 そんなメンドーサ将軍が動いた理由は、王国の弱体化を嘆いてのことだ。

 

 近年の革命派の勢力拡大や、貴族の離反、経済の悪化。一部軍人の行き過ぎた暴走……。

 

 国が確実に病んでいるというのに、国王は何も決断を下さなかった。

 時間だけが過ぎた。

 

 それに業を煮やしたメンドーサは、ついに処刑も覚悟した上で立ち上がり、王に「助言」という名の最後通告を突きつけた。

 

 もはや王は王に非ず。

 国家の運営を軍に委ねるか? それとも革命派に国を明け渡すか?

 

 革命派に国を明け渡すということは、支援をしているグラーシェの属国になるのと同義だ。

 

 そして、王は前者……メンドーサに全権限を渡すことを選んだ。

 選んだというより、それ以外の選択肢を潰されていた。

 

 王政は形式上維持されており、王は玉座に座ったままだが、玉座のすぐ隣にメンドーサが立っている。

 王の口から出る言葉は、全てメンドーサが用意したものだった。

 

 傀儡。

 

 新聞は書かなかったが、街の誰もが知っていた。

 

 無血クーデターの成功。

 そして軍による独裁体制の確立。

 

 一党独裁(ファシズム)のダルク連邦や、社会主義のグラーシェ人民共和国を笑えなくなった。

 

 四百年の歴史を誇るヴェルディア王国は、事実上、この日に終わったのだ。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 メンドーサの体制は、迅速だった。

 

 まず、陸軍の予算が倍増した。

 

 そして、その予算でダルク連邦から正規ルートで新型銃を大量購入した。

 徴兵制も強化され、陸軍の兵力は2年で3倍に膨れ上がった。

 

 職を失った若者たちも、これ幸いとばかりに、次々に陸軍へ入隊していった。

 少なくとも三食の食事と住むところは確保されると。

 

 そして、革命派への圧力は更に苛烈になった。

 

「穏便に」という建前すら消えた。

 

 武装蜂起には即座に陸軍が投入され、問答無用で鎮圧される。

 

 不満を持つ貴族や州知事なども多くいるはずだが、陸軍の最高指揮官が政治のトップにいるだけに何も出来ない。

 逆らえば、圧倒的な戦力で事前に叩き潰されるからだ。

 

 実際、不満を訴えた貴族がわずか3日で軍に拘束されて、その町の管理には、軍の人間が代わりに派遣されるなどの事件も起こっている。

 

 それなりの地位を持つ貴族が問答無用で拘束されるなど、王国時代には考えられない動きだ。

 しかも、その貴族は国家反逆罪で、近く処刑が決まっている。

 

 蒼炎隊の出番は消えた。

 

 鎮圧には時代遅れの魔法など不要。銃さえあれば事足りる。

 それがメンドーサの結論だった。

 

 ただし、蒼炎隊は即座には解散されなかった。

 政治的な配慮と、根っ子の部分では魔法の威力を恐れてのことだ。

 

 国際条約で禁止はされているが、魔法部隊は4つの秘匿魔法を持っている。

 ラウルも2つまでは習得している。

 

 千人以上、十万人以下を破壊にする対軍魔法。

 幻想種を絶滅させた、巨大生物を破壊するための対竜魔法。

 地形を変えるほどの威力で、十万人以上の標的を破壊する対国魔法。

 そして――

 

 冷遇して追い込みすぎたせいで叛乱されても困る。

 だが、発言力を持ってもらっても困る。

 

 だからこその飼い殺しだ。

 

   ◆ ◆ ◆

 

「サラサール。お前の部隊には、もう少し役目がある」

 

 国家総監執務室。

 エルネストがメンドーサに呼び出されたのは、体制が発足して間もなくのことだった。

 

 机の向こうに座る男は、思ったよりも小柄だった。

 

 だが、目は大きかった。

 武力の戦いではなく、政争に長けた……人を値踏みする目だ。

 

 エスピナの目とは似て非なるもの。

 エスピナは実力を測る目だったが、この男は利用価値を測る目をしている。

 

「役目……とは?」

「蒼炎隊は四百年の歴史を持つ。その名前には、まだ使い道がある」

 

 メンドーサは椅子の背に体を預け、指先を組んだ。

 

「王宮の儀礼警護。外国の要人を迎える際の護衛。つまり、飾りだ。美しい飾りとして、王国の伝統が健在であることを示すための道具」

「……道具ですか」

「不満か?」

 

 メンドーサの目がギロリと動いた。

 

 ここで不満を訴えれば、またも何かしら理由を付けて蒼炎隊に干渉してくるだろう。

 

「事実確認です。蒼炎隊の任務は今後、儀礼警護のみになるということですか?」

「当面はな。実戦は陸軍が担う。魔法使いの出番は、式典とパレードの時だけだ」

 

 エルネストは表情を変えなかった。

 変えないことが、この男の前では鎧になる。

 

「了解しました」

「物分かりがいいな。さすがは伯爵家の御曹司だ」

 

 先日のトレント准将と同じ言い回しだった。

 家格で人を測る連中は、褒め言葉まで同じだ。

 

「では失礼します」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 エンリケが退役届を出したのは、メンドーサ体制が始まって半年が経った頃だった。

 

 港町トレインからラルカに戻ってきたエンリケは、日焼けが更に濃くなっていた。

 だが、目の光が変わっていた。

 

「エルネスト。オレの魔法の腕じゃ、もう戦場に立てない。足手纏いになるだけだ。それなら、潔く退場させてもらうよ」

「先輩の折衝の力は、戦場以外でも使える。警察だって、港湾警備隊だっていいじゃないか」

「買い被りだよ。オレは兵士だ。政治家じゃない」

 

 エンリケが煙草の煙を吐いた。

 天井に向かって、細く長く。

 

「理由を聞いてもいいか」

「簡単だよ。オレは魔法使いだ。魔法で人を守りたくて蒼炎隊に入った。だが、もう魔法では守れない。なので、ここで終わりだ」

 

 エンリケは煙草に火をつけた。

 

「港でな、ダルクの新型銃の実射訓練を見たんだよ。陸軍が正式採用を決めた完成品だ。三百メートルは先の的を、新兵が初日で当てていた」

「……三百メートルですか」

 

 射程が昔に押収した粗悪品の銃から、更に性能を増していた。

 それが数えきれない規模の数で王国内に入ってくるとなると、相当な脅威になる。

 

「三百メートルは回転魔法弾の射程と同じだ。しかも連射が利く。魔法使いが1発撃つ間に、銃は5発飛んでくる」

 

 イネスが警告していた未来が、現実になってきた。

 もちろん、まだまだこんなものでは済まないだろう。

 銃の性能はどんどん上がっていく。

 

「今ならまだ、退職金も多めに出る」

「それは本音じゃないだろう」

「当然だ。辞めたくて辞めるんじゃない」

 

 しばらく沈黙が続いた。

 

「最後に一つ、小粋なことを言わせてくれ。幕が下りる時は、拍手が鳴る前に舞台を降りろ。客に背中を見せるな。笑顔で袖に消えろ」

「それは、演劇か何かの台詞か?」

「いや、オレのオリジナルだ」

 

 エンリケは最後まで、陽気に笑っていた。

 

 握手の力は強かった。

 言葉は短かった。

 

「元気でな、エルネスト」

「先輩こそ、お元気で」

 

 エンリケは詰所を出て、振り返らなかった。

 

 カミラと同じだった。

 去る人間は、振り返らない。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 その後も、状況は変わらなかった。

 

 いや、悪化し続けた。

 

 気づけば、さらに2年が過ぎ、蒼炎隊は完全に形骸化した。

 

 任務は王宮の儀礼警護と、年に数回の演習だけで、予算は更に削られ、訓練場の整備すら満足にできなくなった。

 

 なのに、儀式。礼服。旧来の訓練様式。

 それだけが厳格に維持されていた。

 

 中身はシロアリに食い荒らされた状態だ。

 

 皮肉な状況だった。

 

 もう、カミラもラウルも帰ってくる場所がない。

 

 残されたのは4人だけ。

 エルネスト。バレンティ。フェリペ。ルシア。

 

 バレンティの目から光は完全に消えていた。

 

 任務はこなし、訓練にも真面目に出るいる。

 銃は当たるようになり、魔法の腕も伸びている。

 

 だが、それだけだ。

 魔法使いとしての誇りが、静かに枯れていくのが見えた。

 

 なので、後方支援隊へ転属させる話をしたことはあるが、それは断られた。

 

 バレンティはまだ、魔法部隊の復活を諦めてはいないようだ。

 ならば、将来の道だけは守らないといけない。

 

 対照的に、フェリペはどんどんと育っていた。

 

 銃の扱いへの順応が驚くほど早く、魔法と銃を併用する戦術を自分で考えるようになっていた。

 世代の差を体現している。

 

 ルシアも同様に成長した。

 現実的で合理的。感情に流されることはなく、淡々と仕事をこなす。

 

 エルネストに似ているとフェリペが言ったことがある。

 その時は「似ていない、一緒にしないでくれ」とルシアが即座に否定した。

 

「先輩は感情を殺してる。私は最初から持っていないだけ」

「それは嘘だろう」

「嘘じゃありません。効率の問題です」

 

 エルネストは小さく笑った。

 笑う回数が減っていることに、自分では気づいていなかった。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 動きを止めた魔法部隊とは対照的に、世界は……王国の内部は動き続けている。

 グラーシェ人民共和国の支援を受けた、革命派改め共和派が、もはや路地裏の運動ではなくなっていた。

 

 地方議会の選挙で、共和派が次々と議席を獲得。

 

 都市の労働者、農村の小作人、没落した中産階級。

 貧困層を中心に支持は広まっていった。

 

「人民の解放」を掲げるポスターは、もはや物陰に貼る必要がなかった。

 大通りに、堂々と貼られて、各地で集会が行われる。

 

 メンドーサは武力でも世辞でも圧力をかけ続けたが、押さえつけるほどに王国への支持が離れた。

 

 銃で黙らせた民衆は、心まで黙らない。

 逆に強く燃え上がる。

 

 蒼炎隊の炎は風前の灯だが、代わりに民衆には赤い炎が燃え上がっていた。

 この炎は、やがて大きなうねりになって、世の中を動かすだろう。

 

 そんな中、ある日、噂を聞いた。

 

 ティアナで、地元住民に対して傲慢な要求を続ける本土の命令に反抗する革命軍が組織されている。

 その中に元蒼炎隊の魔法使いがいる、と。

 

 エルネストは新聞を読んだ。

 読んで、畳んで、机の引き出しに仕舞った。

 

 あの夜、穏やかに笑っていたラウルの顔が浮かんだ。

 名前は出ていない。

 

 だが、地元住民のために、国を敵に回してまで戦うような男を、エルネストは一人しか知らない。

 

「あいつはまだ戦い続けている……何も諦めてなどいない」

 

 ならば、こちらも動く時だ。

 

 エルネストは引き出しから便箋を取り出し、短い手紙を書いた。

 宛先はアデラ・モンテス。

 

 ——ティアナ諸島の情報が必要だ。現地の状況、革命軍の動向、駐留軍の態勢。手に入るものは全て頼む。

 

 封をして、信頼できる使いに託した。

 

 手を打つなら、今しかない。

 

 蒼炎隊の解散が近いことは、もう誰の目にも明らかだった。

 解散してからでは遅い。解散の前に、次の一手を用意しておく。

 

 メンドーサは蒼炎隊を「飾り」として利用し、不要になれば切り捨てる。

 ならば、切り捨てられる前に、切り捨てられた後の居場所を確保する。

 

 ラウルに会いに行く口実。

 それだけが、今のエルネストに必要なものだった。

 

    ◆ ◆ ◆

 

 解散命令が届いたのは、静かな朝だった。

 書類は簡素だった。

 

「蒼炎隊は本日付けをもって解散とする。隊員は各自、所定の手続きを経て陸軍原隊に復帰せよ」

 

 署名はメンドーサのもので、王の署名はどこにもなかった。

 

 もはや、対外的な体裁を繕う必要もなくなったようだ。

 

 エルネストは書類を読み、畳んで、詰所に集まった3人に内容を伝えた。

 

「蒼炎隊は解散する。式典は明後日。王宮広場で行われる」

 

 この通達に、フェリペが目を見開いた。

 

「解散……? 本当に?」

「本当だ。命令だ」

 

 対してルシアは一切表情を変えなかった。

 

「予想はしていました。今更驚くことじゃありません」

「ルシア、お前は冷たいな」

「冷たいんじゃなくて、準備ができているだけです」

 

 バレンティはただ黙って窓の外を見ていた。

 

「バレンティ、聞こえたか?」

「聞こえています……正直、安堵しています」

 

 小さな声だった。

 

「この1年、魔法使いでいる理由が見つからなかった。式典の警護と演習のためだけに杖を振る毎日は……正直、辛かったです」

 

 エルネストは頷いた。

 

「辛かっただろう。すまなかった」

「先輩のせいじゃありません。時代のせいです」

 

 バレンティが初めて、少しだけ笑った。

 諦めの笑みだったが、苦さは薄かった。

 

「希望者は陸軍への編入が認められるらしい。ただし、魔法は禁止だ」

「ならば、そんなのに行くつもりはないですよ。魔法が使えないんでしょう。それこそ生殺しだ」

「そうだな」

 

 書類には編入や退職についての記述が書かれていたが、フェリペはそれを読むつもりもないようだ。

 ルシアはまだ考えているようだ。

 

「バレンティ、後方支援隊ならば、まだ魔法を使える。跳ねたり飛び回ったりは出来ないし、給料も減るが、魔法の仕事は続けられる。陸軍で銃を撃つ仕事よりは良いと思う」

「……少し考えさせてください」

 

 エルネストは思案する。

 

 陸軍に行かなければ、もう民を……国を守れない。

 失業して、実家に帰ったところで、もう王も貴族も権威を失ったこの国で出来ることなどない。

 

 だが、それで本当に良いのか?

 陸軍に入って、共和派に対して銃を向けられるのか?

 

 あの日の麦畑が脳裏に浮かんだ。

 

 そしてラウルのことも浮かんだ。

 あいつはティアナで何かをやろうとしている。

 

 ただ、その話はまだ表には出せない。

 みんなには伝えられない。

 

「辞めるならば、退職金は出る。陸軍が出さなければ、私の実家から出そう」

「そういう話じゃないんですよ」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 式典の前夜。

 

 エルネストは1人で訓練場に立っていた。

 

 月明かりに照らされた、誰もいない訓練場。

 

 ここで何千回、杖を振っただろう。

 ラウルと組手をした。カミラと競い合った。グレゴリオに怒鳴られた。

 エンリケに笑われた。バレンティに手本を見せた。フェリペの的外れな質問に答えた。ルシアの鋭い指摘に言葉を詰まらせた。

 

 それらの思い出は、全部、この赤土の上だった。

 泥にまみれて走り回った日々はもう帰らない。

 

 エルネストは杖を構え、誰もいない訓練場で、ひたすら魔法を放ち続けた。

 

 明日、四百年の歴史が終わる。

 

 その夜、詰所の扉の下に封筒が差し込まれていた。

 

 封蝋の紋章はモンテス家。

 アデラからのものだった。

 

 便箋は1枚だけ。短い文面だった。

 

 ——メンドーサ体制に亀裂が入り始めている。

 

 共和派が次の選挙で過半数を取れば、体制そのものが崩れる可能性がある。

 

 その時、軍がどう動くかは誰にも読めない。

 

 あなたが蒼炎隊を失っても、動ける場所は残しておく。必要な時に連絡して。

 

 手紙を読み、丁寧に畳んだ。

 

 情報が漏れると一大事になるので、本来、手紙は燃やすべきなのだろう。

 だが、あえて燃やさなかった。

 

 アデラはまだ、こちら側にいる。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 解散の式典が始まるのを待つだけ。

 そんな状況で、エルネストは最後メンドーサに呼び出された。

 

 今更何があるのかと室内に入ったエルネストに、メンドーサは挨拶抜きに用件のみを話し始めた。

 

「お前の部隊に、左遷された隊員がいたな。ティアナに送った男だ」

 

 エルネストの指が、微かに動いた。

 来た。

 

「それは、ラウル・バルガスのことですか?」

 

 表情には出さない。そのための氷の仮面だ。

 淡々と事実確認だけを行う。

 

「その男が……いや、その男以外も駐留軍がティアナ島嶼群で、『何か』をしているようだ。報告が長く途絶えている」

「それは、島を調査しろという命令でしょうか?」

「そうだ」

 

 メンドーサの強い視線がエルネストに突き刺さった。

 

「陸軍から人間を出しても、どうしてもバイアスがかかって正しい情報が伝わらない。だからこそ、中立の立場で調査する人間が必要だ」

「私はそこまで中立の立場でしょうか?」

「拒否するならば、明日からでも陸軍の部隊に編入してもらう。受けるか受けないのかを答えろ」

 

 エルネストは間を置いた。

 即答すれば不自然だ。嫌々ながら受ける形を作る。

 

「……了解しました。命令であれば」

「まずは、ホアン……息子に接触しろ。そして、島で何が行われているのかを報告せよ。正式な書類は後ほど渡す」

 

 執務室を出た廊下で、エルネストは足を止めた。

 

 メンドーサは自分の手札を切ったつもりだろう。

 だが、切られたカードは、こちらが欲しかったカードだ。

 

 軍の命令ならば、大手を振ってラウルに会いに行ける。

 島で何が起きているかを、自分の目で確かめられる。

 

 今のメンドーサ体制の中で動いても、ジリ貧だ。

 だが、その体制を崩す手立てさえあれば、新たな道は見えてくる。

 

 使えるものは、敵からでも受け取る。

 鎧の着方は、ラウルに教えたはずだ。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 朝から雨が降っていた。

 

 王宮広場に集まったのは、隊員4名と司式将校が1人。

 

 来賓はゼロ。新聞記者もゼロ。

 物珍しげに足を止めた数人の野次馬も、地味な式典に飽きて、去っていった。

 

 四百年続いたヴェルディア王国、魔法部隊の解散式には拍手もなければ、号砲もない。

 

 朝から降り続けている雨が、王宮広場に並ぶ4人の外套を冷たく濡らしていたが、式典の延期はない。

 

 司式将校が、雨で濡れた隊旗を重々しく畳む度に、泣いているかのように水が滴った。

 

 かつては世界最強と謳われた、魔法部隊、蒼炎隊(ソルフラマ)の象徴を、整列の端に立つエルネスト・サラサールは、黙って受け取った。

 

 歴史の重さ以上に、雨水で濡れてずっしりと重かった。

 落として汚さぬように懐に抱え込む。

 

「……全行程、終了。解散」

 

 将校が去り、雨の王宮広場に、4人だけが残された。

 

「先輩、何を企んでいるんですか?

 

 フェリペがそう尋ねてきた。

 

「儀式の最後の時に、何か意味深に笑ってましたよね。何か作戦があるんでしょう?」

「笑っていた?」

 

 フェリペに指摘されて、エルネストは式典の様子を、一度目をつむって思い出すと、確かに笑みが溢れていた記憶がある。

 

 どうやら「蒼炎隊解散」という状況に少し気が緩んでいたようだ。

 注意せねばと心の中で何度か反芻する。

 

「普段は笑わないくせに、こんな淋しい儀式の最中に笑うなんてどうかしてますよ」

「ああ、そうだな」

 

 エルネストは一度大きく深呼吸をした。

 

 常に氷の仮面を被って感情を出すな。民を守る剣であり炎であれ。

 自分はあくまでも民を守るための、国の道具でなければならない。

 

 再度自分に言い聞かせる。

 

 エルネストは濡れた隊旗を抱えたまま、3人に向き直った。

 

「解散命令は受けた。蒼炎隊は今日をもって消える。だが、1つだけ伝えておくことがある」

 

 フェリペが顔を上げた。

 ルシアの目が動いた。

 バレンティも、窓の外ではなく、エルネストを見た。

 

「ティアナ諸島で、ラウルが動いている」

 

 フェリペの目が見開かれた。

 

「ラウル先輩が……?」

「確証はない。だが、限りなく確実だ。メンドーサからティアナの調査命令を受けた。正式な書類は、これから受け取るが、島で何が起きているかを、この目で確かめに行く」

 

 雨が4人の肩を叩いている。

 エルネストは帽子の鍔から滴る水を拭いもせずに続けた。

 

「残念ながら蒼炎隊は今日で解散だ。今のメンドーサ体制の中での復活はない。だが、その体制を切り崩すことが出来たならば……」

「……質問があります。それは蒼炎隊としての任務ですか」

 

 ルシアは少し間を置いた。

 雨粒が頬を伝うのを、拭わなかった。

 

「蒼炎隊は今、解散した。軍の命令で行くが、名目は個人の調査任務だ」

「それは蒼炎隊なんですか?」

「確かに、蒼炎隊ではない。もし新しい組織が作られても違う名前になるだろう。だが、民を魔法で守るという理念があれば、それは蒼炎隊だ」

 

 ルシアは小さく頷いた。

 

 エルネストは濡れた隊旗を抱え直した。

 

 これが必要になるのはまだ少し先の話でしかない。

 それまでは、少し休んでいてもらうだけだ。

 

「もちろん、この話はまだ確定事項ではない。もしかしたら島に行ったところで何もないかもしれない。蒼炎隊復活に繋がるようなことでもないかもしれない」

「どうせ他に希望はないんですよね。待ちますよ」

 

「じゃあ、打ち合わせですね。どこか行きますか? 美味しい食堂を知ってますよ。ラウル先輩に教えてもらったんです」

「その前に一度着替えて、傘を取ってこい。このままだと、服も汚れるだけだ。それに、儀式用の服でそこらを歩くのも目立つだろう」

 

 エルネストは雨ですっかり重くなった外套の端を引っ張った。

 

 油を染み込ませた布で作られた撥水仕様ではあるが、さすがに傘もなしで土砂降りの中に立っていれば水もじわじわと染み込む。

 

 それに、大切な隊旗を抱えたまま、食堂などに行けない。

 

「では、一度着替えてから集まってくれ。詳しくはそこで話す」

 

 そして、蒼炎隊は解散した。

 雨の中で、4人はそれぞれの方向に歩き出した。

 

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