ファンタジーの時代はおしまい   作:れいてんし

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2章3話 「将軍と呼ばれる男」

 ペスカ村の路地は狭い。

 大人が二人並べば肩が触れる幅しかない石畳の道を、ラウルが先に立って歩く。

 

 エルネストは後に続きながら、左右の家を見ていた。

 

 台風(メディケーン)やシロアリの食害に備えてか、石造りのガッシリとした建物が多い。

 

 更にそこに、潮風から受ける塩害を防ぐための漆喰が塗られていた白壁なのだが、その塗り直しが追いついておらず、古い石が覗いている。

 それが潮風によってどんどん風化が始まっている状態だ。

 

 そして、十年ほど前はあちこちにあった干物が見当たらない。

 竿だけはあるが、何も吊るされていない。

 

「随分と痩せた村だな」

「補給をメンドーサ側、強硬派が全部押さえてるからな。食料も、燃料も、薬も。海も軍や幻想種がウロウロしているせいで、漁船もあまり出せなくなっている。その上……」

 

 ラウルはここで一度言葉を切った。

 

「……大人の男が少ない理由は、あの農村と同じだ」

 

 ラウルは怒りに拳を震わせていた。

 

 この南の島でもラウルは、あの惨劇……軍による横暴を「また」見たのだ。

 エルネストには掛ける言葉が見当たらない。

 

「本国からの物資が揚がる、大きい桟橋がある港は、全部北側にある。おかげで、この南側の町や村には何も回ってこない」

「それで、海外から支援を取り付けてたのか」

「まあ、そういうことだ」

 

 路地の角を曲がると、子供が数人、壁際にしゃがんでいた。

 ラウルが軽く手を上げると、子供たちがぱっと立ち上がり、「将軍!」と呼びながら駆け寄ってきた。

 

「おう。今日やることは全部終わったか? 勉強の話だぞ」

 

 ラウルが子供の一人の頭に手を乗せると、子供は誇らしそうに胸を張った。

 

「将軍! もう、全部終わった!」

「よし。じゃあ飯を食いに行け。お前らの食う分は有るから、ちゃんと食えよ」

 

 子供たちが走り去るのを、エルネストは黙って見ていた。

 

 ラウルは王都の下町でも同じように多くの人々に慕われていた。

 給料から子供の頃に世話になったという孤児院に毎月多額の寄付をしており、子供たちの面倒も見ていた。

 

 それは、この南の島に来ても変わっていないようだ。

 

「それにしても将軍、か」

「あだ名みたいなもんだ。俺は別に気に入ってない。本物の将軍は他にいるからな」

 

 ラウルは照れを隠すように鼻を鳴らした。

 

 ラウルの歩みが、わずかに止まった。

 一拍置いて、また歩き出す。

 

「こいつらは、あの若者と……あの農民たちと同じなんだ。貴族どもの、つまらないいざこざに巻き込まれている被害者なんだ」

 

 路地の出口に陽光が見えてきた。

 エルネストは眩しさから、額に手を当てた。

 

「だからこそ、ちゃんと食わせてやる。今度こそちゃんと守る。言葉だけじゃなくて、結果で示す。それだけだ」

「それだけ、か」

「お前みたいに、きれいな答えを探し続けることが出来る立場じゃないんだよ。こっちは」

 

 皮肉ではなかった。

 ただ、事実として言っている声だった。

 

 エルネストは何も返さなかった。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 拠点のあるアルマの町へは、島の背骨を貫く峠越えの獣道を通って向かう。

 ラウルが先頭に立ち、革命軍の兵が前後を固めるという形で歩いていた。

 

 フェリペが後ろを歩きながら、周囲をきょろきょろと見ていた。

 

「先輩、あの兵士が腰に下げているのって、グラーシェ製の短銃じゃないですか」

「静かにしろ」

 

 エルネストも銃の形状には気付いていた。

 

 グラーシェ人民共和国製の銃は、本国では革命派がよく使用している。

 性能面ではダルク連邦製には劣るが、その分だけ安く手に入るようで、資金力のない革命派は好んで使用している。

 

「グラーシェ」の名前を聞いたラウルが振り返った。

 

「タダでものをくれる国なんてないからな。理解した上での選択だ」

 

 ラウルは肩をすくめた。

 

 綺麗事だけでは飯は食えないと、その背中が無言で訴えている。

 

「染まるなよ」

「染まらないさ。民を守るという根っこの部分だけブレなきゃそれでいい」

 

 峠の頂上まで来ると、ようやくアルマの町が見えた。

 

 建物が密集して建っているのはペスカ村と同じだ。

 

 これも台風対策だろうか?

 

 もちろん、同じなのは建物の構造だけの話だ。

 小さい漁村であるペスカ村とは比べ物にならないくらい広く大きな町だ。

 

 あちこちに銃で武装した見張りの姿があり、中心にある大きな建物には、村で見たのと同じ旗……赤い布に白い拳が意匠として描かれていた。

 

「旗のデザインを考えたのはケイポ将軍だ。この革命軍の指導者でもある。今のところは」

 

「今のところ」という言い方は引っかかったが、エルネストは先を促さなかった。

 

 革命軍の体制について、エルネストは何も知らない。

 判断は詳しい話を聞いてからだ。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 案内された建物は、石造りの頑丈で、壁も分厚い。

 天井が高く、窓は小さい。

 

 窓が少ないせいで、昼でも室内は薄暗いが、まるで城のような作りになっている。

 それでいて、内部の装飾はほぼ皆無。構造材などもむき出しのままだ。

 

 ただ、その堅固な作りの建物は、もし武装勢力が襲ってきたとしても砦として十分機能することだろうとエルネストは分析した。

 

「ここは昔の城跡か何かか?」

「元税務署だよ。町でもっとも頑丈な建物が税務署とは皮肉なもんだ。そんなに敵が怖かったのか」

「怖かったんだろう。昔は税務署とは政府運営の銀行でもあったからな。頑丈な建物は、要するに銀行強盗対策だ」

 

 エルネストが雑学を披露すると、ラウルも合点がいったのか「ほぉ、そりゃ知らなんだ」と頷いた。

 

「革命軍は無礼講だが、これから会うのは、王国の中でもお偉いさんだ。それなりの礼儀礼節で頼む」

「ラウル先輩が隊長に礼儀のレクチャーをするとか、明日は雨ですか?」

 

 フェリペが驚いた顔でラウルを見た。

 冗談ではなく、本気で驚いた顔だ。

 

「おいおい、オレだってここでそれなりのポジションで何年もやってるんだ。少しは礼儀ってのを覚えたんだぜ」

 

 ラウルがおどけたのを見て、エルネストは首の喉仏の辺りを指差した。

 エルネストは、たとえ私服でもボタンは一番上まで閉じているのに対して、ラウルは相変わらず、上から二番目までのボタンを外していた。

 

「襟は詰めないままなのか。鎧を着ろと忠告したはずだが」

「お前がおかしいんだよ。ここは年中温かい南の島だぜ。フェリペもルシアも涼しい格好だ。暑くないのか?」

「正直に言うと暑い」

「はいはい、隊長は暑さで倒れる前に、襟を開けて風を入れることを覚えてください」

 

 ルシアが飛びつくようにしてエルネストの服の一番上のボタンを外した。

 

「すまないルシア」

「ベラスコです。名前で呼ばないでください」

「なんというか、お前らは全然変わらないな」

 

 ラウルは先導を再開した。

 

「これから会うのはアルフォンソ・ケイポ将軍……でいいのか?」

「その通りだ。知っていたのか?」

「駐留軍の士官は全て調べてきている。ラウルの話から聞いた話を総合すると、そうなる」

 

 ケイポ将軍は軍の中でも穏健派として知られている。

 

 だからこそ、王国に対して反乱を繰り返す現地民との調整役として、駐留軍の将軍として選ばれたはずだ。

 

 その人物が、住民に対しての圧政や略奪、私略などの行為を認めたとは思えない。

 

「抵抗運動を行う地元住民を不当に処罰したことを咎めたが、そのことで追放されそうになった……と言ったところか?」

「そんな甘いもんじゃない。事故に見せかけて処刑しようとした。オレが助けに入らなきゃ、実際危なかった」

「腕は鈍っていないようだな、ラウル」

「そんな良いものじゃねえよ。新参のオレだけが全く空気を読めなかったってだけだ」

 

 ラウルは無愛想だったが、それが照れ隠しなのはすぐに分かった。

 

 そして、長い廊下を歩いていき、一番奥の部屋に着いた。

 

「失礼します。ラウル・バルガスです」

 

 ラウルの挨拶の後に室内に入ると、匂いがまず来た。

 

 煙草の煙に書類とカビ臭さの混ざった古い空気。

 窓が小さいために換気が回りきらないのだろう。

 

 それを、強引に香を焚くことでなんとか解決しようとしているようで、出来ていない。

 そのせいで、様々な臭いが渾然一体となって襲いかかってくる。

 

 部屋の一番奥にある机の前には男が座っていた。

 

 歳の頃は50代後半だろうか?

 

 白髪交じりの髪を後ろに撫でつけ、軍服に似た上着を着ている。

 

 ただし、どの国の軍服とも一致しない。

 仕立て直したか、この島の中で、環境に適応した服をあつらえたのだろう。

 

 目は鋭いが、顔の下半分に疲弊が滲んでいる。

 

「ケイポ将軍。連れて参りました」

「うむ」

 

 ケイポ将軍は書類から目を離さずに返事をした。

 

 エルネストは部屋を一瞥すると、室内には他に二人の男がいた。

 

 一人は40代前半ほど、細身で物静かな立ち姿の行政官らしい男だ。

 何をそんなに書くことが有るのか、休むことなく、ひたすら手帳にペンを走らせている。

 

 軍人ではないが、明らかに訓練された立ち方だ。

 

 もう一人は、部屋の隅の椅子に座っていた。

 

 推定20代前半の若者だ。

 

 こちらも体格は細身で、あまり筋肉は付いていない。

 身なりの良さから、どこか書生めいた印象がある。

 

 膝の上に分厚い本を開いているが、ページは動いていない。

 エルネストたち、室内に入ってきた時からずっと、観察するような視線を送り続けている。

 

 顔はどことなく見覚えがあった。

 

 エルネストが子供の頃に社交界で出会った人物……その頃の面影がなんとなく残っていた。

 この男が目当ての人物、ホアン・メンドーサの可能性は高い。

 

「エルネスト・サラサール。元蒼炎隊(ソルフラマ)です。本日はお招きいただきありがとうございます」

 

 エルネストはケイポ将軍に、蒼炎隊の隊長として挨拶をした。

 伯爵家としてではなく、あくまでも軍人としての挨拶だ。

 

 ここでケイポがようやく書類を置いた。

 眼鏡を外し、目頭を押さえる。

 

「ヴェルディアから来た魔法使いか。話は聞いている。ラウルの友人とか」

「元同僚です。それ以上でも、それ以下でもありません」

「ふん」

 

 ケイポは鼻を鳴らした。

 

「座れ。立ったままでは話が長くなる」

 

 エルネスト、フェリペ、ルシアの三人は椅子に座った。

 

 ラウルだけは客人ではないからか、壁際へと移動していった。

 

 その位置取りが、何かを語っていた。

 

 部屋の中央にある机の前に座るケイポ。

 左側の端には手帳にひたすら何かを書いている行政官らしい男。

 右側にはラウルと、本を開いた若者。

 

 同じ陣営の人間の立ち方ではない。

 それぞれが、同じ方向を向いているようで、実際にはてんでバラバラな方向を剥いて立っている。

 

「お前たちも挨拶をしろ。客人だぞ」

 

 ケイポに促されて、ようやく窓際の男がペンを止め、顔を上げた。

 

 穏やかで、礼儀正しい笑顔だった。

 だからこそ、余計に感情が読めない。

 

「初めまして。ヴィクトル・オルロフと申します。グラーシェ人民共和国から技術支援のために参っております」

 

 流暢なヴェルディア語だったが、わずかに東方……グラーシェの訛りがあった。

 名乗った通り、グラーシェの行政官なのだろう。

 

「エルネスト・サラサール。元蒼炎隊(ソルフラマ)です」

「存じております。一つだけ伺ってもよろしいですか」

 

 オルロフは静かに言ったのでエルネストは「どうぞ」と肯定する。

 

「あなたは、なぜここにいるのですか?」

 

 柔らかい声だった。

 責めているわけでも、疑っているわけでもない。

 

 ただ、答えを求めている。

 

「将軍に説明した通りで、元同僚に会いに来た。それだけです」

「ラウル殿のご友人、というわけですね」

 

 オルロフは一度頷いて、手帳に何かを書き込んだ。

 その一連の動作が、どこか採点のように見えた。

 

 今度は、隅にいた椅子に座っていた男が、本を閉じた。

 

「ホアン・メンドーサです」

 

 立ち上がりもせず、ボソボソと小声で名乗った。

 声音は細いのに、語尾だけが硬い。

 

「国家総監の息子さんですね。幼い頃に社交界でお会いしています」

「そうですか。ですが、そういう貴族の馴れ合いには興味はありませんので」

 

 ホアンは口の端を曲げた。

 笑顔とも皮肉とも取れる表情だ。

 

「父の名前がここで役に立つとは思っていませんでした。あなたは今回、父の依頼でここへ?」

「ええ。あなたに会うように言われております」

「つまらない答えだ」

 

 ホアンは興味はないのか、本に顔を戻した。

 

 オルロフがその様子を、ちらりと一瞥し、またも、手帳に何か文字を走らせた。

 

「挨拶も済んだところで、現状を整理しよう。ホアンの名前を使って支持を得たとしても、特に支援は来ない。強硬派はどの道、私たちの戦力だけで撃破する必要が有る。これが問題だ」

 

 ケイポが指を立てた。

 

「強硬派は圧倒的に有利だ。戦力的にも勝り、資源にも余裕がある。わざわざ交戦などしなくとも、我々が干上がるまでただ待っていればいい」

「現状維持は不利だと?」

「だからこそ、ここはあえて今は待つべきだ。本国では、軍部の強行路線が嫌われて支持を失っている。そうなれば、メンドーサ体制と共に、北側は自然に瓦解する。血を流さずに済む」

「ですが将軍」

 

 ラウルが口を開いた。声は静かだが、腕の組み方が変わっていた。

 

「村の子供たちが、今日も腹を空かせています。待てる時間に限りがあります」

「革命は性急にやるものではない」

「補給を断たれて、現地住民の支持が離れたらどうするんですか。グラーシェの支持も無限に続くわけではない」

「それはお前が考えることではない」

 

 ケイポの声に、初めて棘が混じった。

 

「作戦の判断は私がする。お前の役割は前線だ。たまに来る斥候や、幻想種を追い返すだけでいい」

 

 ラウルは何も言わなかった。

 ただ、下唇を一度だけ噛んで、視線を窓の外に逸らした。

 

 沈黙が部屋に落ちた。

 オルロフだけが、手帳に静かにペンを走らせていた。

 

「サラサール。お前はここで何を見た。正直に言え」

 

 ケイポがエルネストに目を戻した。

 

「補給が滞っている村。統率のとれた寄せ集めの兵。そして、方針の違う二人の指導者です」

 

 ケイポの目が細くなり、オルロフは顔を上げず、手帳にペンを走らせ続けた。

 

「指導者が二人とは?」

 

 ケイポが意味深な顔で視線だけをオルロフの方に向けた。

 エルネストもそれを否定しない。

 

「正直な男だな。いいだろう。駐留は許可する。本国にも好きに報告すると良いだろう。我々は本国に言いなりにはならない。こちらのペースで進ませてもらう」

 

 ケイポはそれだけ言い、書類を再び手に取った。

 面会は終わりらしい。

 

 エルネストは立ち上がった。

 扉に向かいながら、一度だけラウルの方を見ると、ラウルは窓の外を見たままだった。

 

「ラウル殿は、明日の朝、南の視察をご予定でしたね」

 

 ここでオルロフがペンで書くのを止めて、ラウルに呼びかけた。

 

「サラサール殿もご一緒されてはいかがでしょう。この島の現状を、より正確に把握いただけると思いますが」

 

 穏やかな提案だったがエルネストには、その言葉の重さが分かった。

 

 監視だ。

 エルネストに入る情報を調整するため。

 そして、このまま北部強硬派の方に行かせない……そちらが有利になるような報告をさせないため。

 

 命令や強制ではなく、エルネストが革命軍に不利になるような報告をメンドーサにしないことを期待している。

 

「お気遣いなく。明日の予定は、ラウルに聞きます」

 

 エルネストは振り返らずに答えた。

 

 扉を開けると、廊下の空気が入ってきた。

 煙草の煙より、少しだけましな空気だった。

 

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