ファンタジーの時代はおしまい   作:れいてんし

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2章5話 「決意」

 執務室の外で、段々と騒ぎが広がっていた。

 

 廊下に集まった兵たちが、互いに顔を見合わせている。

 灯りが揺れる。誰かが足を踏み鳴らす。

 

「まさかお前が……」

 

 もう一度、その声が上がった。

 今度は、兵士たちの複数の視線がラウルに向いた。

 

 ラウルは振り返らなかった。

 ケイポの体を床に横たえ、その傍らにひざまずいたまま、目を閉じている。

 

「違う」

 

 エルネストが廊下に向かって言うと、一瞬だが、廊下がわずかに静まった。

 

「私はこの部屋の2つ隣の部屋で報告書を作成していた。騒ぎを聞いて部屋から飛び出した時に、向かいの部屋にいたバルガスが飛び出すのを確認している。それに、駆け付けた時にはまだ部屋の前に兵士が立っていた」

「それはお前の証言だろう。この余所者め!」

 

 兵の一人が攻めるような口調で言った。

 

「本人とその身内の証言が、何の証拠になる」

「正論ですね」

 

 イサベラが廊下の奥から歩いてきた。

 騒ぎには一番遅く来たはずだが、表情は一番落ち着いている。

 

「今日、この部屋の前に立っていた兵士は誰ですか? エルネスト殿の言う通り、部屋の前にはいつも、一人が歩哨に立つことになっていたはずです」

 

 ここで一斉に静まり返った。

 

 ケイポの部屋の前には、護衛として毎日交代で誰かが護衛のために立っていることは、兵士たちやラウルも含めて、この建物にいる全員が既知の事実のようだ。

 

 最初に叫び声を上げて、慌ただしい動きを起こした第一発見者もその人物だろう。

 

 兵たちが互いを見る。

 

 そのうち、一人が、ゆっくりと震えながら手を上げた。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 執務室の斜向かいにある小部屋に、全員が移った。

 ケイポの体には布が掛けられて、ベッドの上に寝かされている。

 

 証言した兵の名はリカルドといった。

 

 髪を短く刈り込んだ島の地元住民からの採用で、ヴェルディア語はたどたどしい。

 

「こいつは、革命軍が結成初期からのメンバーだ。強硬派を恨んでいて、金や地位に釣られて裏切るような人間じゃない」

 

 ラウルがリカルドを擁護するつもりなのか、略歴を語った。

 

「何が有ったのか、見たままを話してくれたらいい。お前を疑っているわけじゃなく、何があったのかを知りたいだけだ」

 

 ラウルが優しく声を掛けると、リカルドはゆっくりとだが話し始めた。

 

「食事の後、将軍が戻られてから、扉の前に立っていた。部屋の中には誰も入っていない」

「確かに誰か部屋に来なかったか?」

 

 エルネストが確認した。

 

「……掃除の者が一人。顔は見た。名前は知らない」

 

 リカルドが視線を落とした。

 嘘をついている顔ではなかった。

 

「将軍の部屋の掃除を担当する者を、顔だけ知っていて名前を知らない、というのはあり得るのか」

 

 エルネストはイサベラに向いた。

 

「掃除の担当は島民から週替わりで出しています。今週の担当は把握していますので、後で呼びます」

 

 イサベラが静かに答えた。

 

「今週の担当者と、リカルドが見た顔が一致するかを確認すれば分かります」

「手配を頼む。もし犯人なら、逃げられるとコトだ」

 

 ラウルが言うと、イサベラは一度だけ頷いた。

 相変わらず足音を立てずに室内から出て行った。

 

 オルロフがずっと手に持っていた手帳を閉じた。今夜初めてのことだった。

 

「いずれにせよ、内部の者の犯行である可能性は低い」

 

 オルロフが静かに言った。

 

「北部強硬派の間者が紛れ込んでいるとすれば、ケイポ将軍を殺害した容疑を内部に向けることで、この革命軍の足並みが乱れると計算した可能性があります」

「もしも、お前の言う通りならば、計算通りになっているな。オレたちはこうやって、身内を疑って、お互いに牽制し合っている」

 

 ラウルが壁際から言った。

 

 声は穏やかだったが、右手が腰から吊るした短銃に触れていた。

 

「部屋に窓は?」

「この建物の構造は知っているだろう。はるか頭上に換気のための小さい窓はあるが、人間が入ることが出来るような場所じゃない。島特有の大蝙蝠や虫くらいだ」

 

 ラウルの説明に、部外者であるエルネスト以外が頷いた。

 

「ケイポ将軍は、遅効性の毒を飲まされたようだった。ならば、食事から今までの間のどこかで薬を盛られた可能性がある。そうなると、部屋の出入りは関係なくなる」

「毒とはどう判断を?」

「将軍の前にあった書類だ。こぼれた唾液に、不自然な色が付いていた。将軍に持病があり、持病があり、普段から薬を飲んでいたのであれば、この仮説は崩れるが」

 

 エルネストが説明すると、オルロフはまたも手帳を開いた後に、ペンを走らせて答えた。

 

「過労気味で体力的に弱っておりましたが、病気ではありませんでした。薬は飲んでおられないかと。この中で、誰か将軍が薬を飲んでいたのを見た者は?」

 

 返事はなかった。

 何の毒かは不明だが、毒殺で間違いないだろう。

 

「その上でだ。遺体の発見状況から、将軍は職務執行中に倒れたように見える。即効性の毒や、誰かに無理矢理毒を飲まされたのであれば、抵抗の後が残るはずだ」

「それにも理があります。イサベラの行動も無駄かもしれませんね」

 

 遅効性毒薬説が正しければ、この場で遺体発見時の状況をいくら調べても意味がないだろう。

 この建物内にいる全員に犯行が可能であり、犯人は既に建物にいない可能性も出てくる。

 

「時間が経つほどに証拠は追いにくくなる。今の間に出来ることは一通りやっておこう」

 

 ラウルの一声で、全員がお互いの行動を監視するように、犯行現場である執務室に向かった。

 少し捜索を行うと、将軍が水差しからカップに水を注ぎ、それを飲みながら仕事をしていたことが分かった。

 

 水差しをのぞき込むと、中には紫色の薬品が溶けきれずに残っていた。

 死因は毒薬が溶かされた水を飲んだことによるもので間違いないようだ。

 

「犯人は、水差しの中に毒薬を投げ込む。将軍は暗い室内では、色の付いた水に気付かずに、そのまま仕事を続ける。そのうち、毒が効いて眠るようにして亡くなった」

「遅効性の毒ならば、いつ入れられたのかは余計に分からないということですか」

「しかも、水差しにはまだ溶け切っていない。成分を調整して、水に溶ける時間を変化できる」

 

 薬剤は小さかった。

 

 ポケットなどに忍ばして、一瞬の隙に水差しの中に薬剤を投げ込むだけだ。

 誰でも犯行は可能だ。

 

 そうしているうちに、イサベラが掃除担当を連れて戻った。

 

   ◆ ◆ ◆

 

「今週の掃除担当に確認しました。今日は部屋に入っていないと言っています」

「では、リカルドが見た人物は別の誰かだ」

 

 ホアンが窓際から言った。ずっと黙っていた。

 

「メンドーサ側の間者か、あるいは内部の誰かが雇った者か」

 

 そこで言葉を切った。

 全員の視線が集まる。

 

 ホアンは続けなかった。

 代わりに、テーブルの上の水差しを引き寄せて、コップに水を注いで、その中を覗き込んだ。

 

「犯人探しは並行してやればいい。狭い島内だ。人相書きを回せばすぐに見付かる」

 

 ラウルはイサベラにリカルドへの聞き取りと人相書き作成の手配を命じた。

 

「それはそれとして、今夜中に決めなければならないことは別にあります」

 

 オルロフが言った。

 

「ケイポ将軍の死をどう扱うか。それと、これから、この組織……革命軍を誰が率いるかです」

 

 全員が顔を落とした。

 それは皆が必要なことだと分かっていた。

 将軍が亡くなったばかりではあるが、今は敵との交戦中だ。

 喪に服す余裕はない。

 

「将軍の死は伏せる。過労で倒れたので、しばらく養生が必要だと発表しよう」

 

 まず、ラウルが言った。

 

「将軍が死んだと知られれば、北部強硬派は確実にその混乱に乗じてくる。だから、こちらの体制が整うまでは公表出来ない」

「賛成です」

 

 イサベラが言った。

 オルロフが頷く。

 

「ホアン殿は」

「異議なし」

 

 ホアンは水を飲みながら答えた。

 つい先ほど、水差しの水を飲んでケイポ将軍が死んだばかりだというのに、大胆すぎる行動だった。

 

 エルネストは黙っていた。

 

 反論する立場にない。余所者だ。

 ただ、この話し合いの速さだけは気に留めた。

 

 まるで、指導者がケイポ将軍から、別の誰かに変わることを前から望んでいたくらい動きが早い。

 

「もちろん、次期指導者の件も決めなければいけません」

 

 オルロフが言葉を続けた。

 

「現時点でこの革命軍に正規軍人でかつ、士官以上の役職者は、このラウル殿しかいません。グラーシェとしても、ラウル殿を支持します」

 

 突然に名前を呼ばれたラウルが目を細めた。

 

「冗談だろ。オレは新参だ。それに、指導者なんて柄じゃない」

「ラウル殿のおっしゃる通り、問題は多々あります。能力はもちろん、若すぎるということも含めて」

 

 オルロフは静かに返した。

 

「ですが、他に候補者が誰もいません。消極的な支持というものです。貴方が拒否するというのであれば、私は革命軍のリーダーは不在であり、信用できない組織だと報告せざるを得ません」

 

 沈黙が落ちた。

 このままリーダーが決まらなければ組織は崩壊する。

 

「私からもラウルを推薦します」

 

 イサベラがラウルを見て、まっすぐに言った。

 

「ケイポ将軍では補給の問題は解決できなかった。今の状況を打開できるのはラウルだけです。軍学校で教育も受けており、階級も少佐と問題なし。内務については、誰かをサポートに付ければ良いでしょう」

「私も異議なし」

 

 ホアンが短く言った。

 

「ホアン、お前が言うか」

 

 ラウルが珍しく語気を上げた。

 

 ホアンは答えなかった。

 コップを置いて、窓の外を、また見た。

 

「俺が信用されていないのは知っている」

 

 静かな声だった。

 

「父の息子だから。貴族だから。理念で動いていると言っても、誰も信用しない。だから、俺がここでリーダーに立候補したところで、メンドーサ側に屈するだけだととらえられるだろう。誰も支持なんてしない」

 

 ホアンが立ち上がった。

 背が高い。室内で立つと、天井に近い。

 

「だがラウル、お前とは同じ方向を向いていると俺は思っている。この島の民を守るという点で。グラーシェの飾り物になるつもりがないという点で」

 

 オルロフがペンを取り出した。

 手帳を開かずに、ペンだけを持ったまま静止している。

 

「俺はラウルを支持する。それだけだ」

 

 ホアンは扉に向かった。

 取っ手に手をかけて、止まった。

 

「ラウル。一つだけ頼みがある」

「何だ」

「答えを出す前に、ケイポ将軍に礼を尽くせ。彼はこの革命軍を作った人間だ。功績がある。お前に疑惑があったとしても、それは変わらない」

 

 ラウルは何も言わなかった。

 ただ、拳を一度だけ、膝の上で握った。

 

 扉が閉まった。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 廊下に人が減り、執務室の前に兵が2人だけ残った。

 

 エルネストは建物の外に出た。

 夜風が頬を撫でる。潮の匂いだ。

 

 ラウルはその後から外に出てきた。

 すぐ隣に並んで、壁に背を預けて、タバコに火を付けた。

 

「お前はどう見る」

 

 ラウルは風に吹かれて先端が赤く燻るタバコを吸いもせずに、じっと見ていた。

 

「誰の仕業かという話か?」

「そうだ。ケイポ将軍は恩人だ。ここで色々なことを学ばせてもらった。何度も助けられた。だから、犯人には、必ず報いを受けさせる」

 

 エルネストは星を見た。

 ラルカより多い。島の夜は暗いから、星が見える。

 

「真犯人はあの部屋の中にいた誰かだろう。その人物が、誰かに命じてやらせた」

 

 ラウルは鼻で笑った。

 

「つまり全員が怪しいと言いたいのか? オルロフも、ホアンも、イサベラも」

「もちろん、お前も含めてだ。兵士たちの中には、お前が指導者になりたいばかりに、暗殺を指示したと騒ぎ立てる者も出るだろう」

「……そこまでが敵の工作の可能性ってことか」

「敵は蒼炎隊潰しの陸軍だ。単に暗殺だけではなく、その後のことも考えてきているだろう」

 

 エルネストが仮説を語ると、ラウルが黙った。

 

「オレは違う。やっていない。暴力では何も成し遂げられないと思い知った……お前の言っていた通りだ」

「分かっている。だからこうして今、隣に立っている」

 

 潮風が吹いて、椰子の葉が鳴った。

 

「リーダーを引き受けるのか?」

 

 ラウルはしばらく答えなかった。

 星を見ながら、タバコを咥えて、吐き出した煙で器用に輪を作った。

 

「……断る理由が見つからない。オルロフは海外の人間。ホアンは父親の問題がある。イサベラは実力不足。オレがやるしかない」

 

 エルネストは何も言わなかった。

 

「前向きに考えるならば、チャンスではある。革命軍はこのままだとジリ貧だ。ケイポ将軍には悪いが、あのままだと逆転の策は出ずに、じわじわすり潰されていた」

 

 またもタバコを咥えて大きく吐き出した。

 

「それに、今のままだと、オレはこのままただの一将校で終わる。大きなことをやるには、偉くなるしかない。これはチャンスだ」

「私は止めない。自分の仕事をこなすだけだ」

「お前ならそう言うと思ったよ」

 

 しばしの沈黙。

 どちらも何も話すことはなかった。

 タバコが風に煽られて赤く燃え、どんどんと灰になり……灰が落ちた。

 

「私は島に残るつもりはない。だから答える立場にない。だが、お前がここに――」

「――その続きは言うな。お前には本国でやらなきゃいけないことがあるだろうが」

 

 ラウルは半ば燃え尽きたタバコを地面に捨てて、ブーツで踏み潰した。

 そして、踵を返して建物の中へ戻っていく。

 

「明日の朝、ケイポ将軍への礼を済ませてからだ。オレは――」

 

 ラウルは足を止めた。

 

「――正式に指導者を継ぐ」

 

 それから、扉を開けて、中に消えた。

 

 エルネストは夜の中に一人残った。

 潮の匂い。遠くで波の音。

 

 明日、ラウルは指導者になる。

 

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