ファンタジーの時代はおしまい   作:れいてんし

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8話 「一の力」

 ナヴァロ拘束から2年が経ったが、世界は穏やかにはならなかった。

 

 ダルク連邦の銃はもはや粗悪品で片付けられるものではなくなってしまった。

 

 トレインの港で押収した銃の「完成品」が、ヴェルディア王国の各地で出回り始めていた。

 むしろ押収した銃が、軍の正式採用品より高性能だと取り合いになるくらいだ。

 

 密輸ルートは一つ潰しても、すぐに別のルートが生える。

 商人崩れの組織を摘発しても、次の組織が現れる、不毛ないたちごっこが続く。

 噂では刑務所はもう満員で、炭鉱送りの刑務もそろそろ満杯のようだ。

 

 裏路地に隠れていたグラーシュ共和国のポスターも表通りに堂々と貼られるようになった。

 堂々と大通りを市民団体がシュプレヒコールで練り歩く光景まで見かける。

 

 比例して蒼炎隊(ソルフラマ)の任務も増えた。

 

 だが、比例する犯罪の増加に対して、戦力の増強どころか、新入隊員はこの2年間で加わった新人は、たった1人という淋しい状況だ。

 魔法部隊を支えていた貴族たちの力が年々落ちているからだろう。

 

 教育隊で育てた新兵も、ほぼ陸軍に振り分けられており、魔法部隊である蒼炎隊への配属希望者はいなくなった。

 

   ◆ ◆ ◆

 

「先輩。これ、装填の仕組みが分からないんですけど」

 

 その新人がバレンティ・セルナだ。

 エルネストとラウルの2つ下の後輩にあたる。

 

 バレンティは教育隊時代に何度か顔を合わせた記憶がある。

 

 貴族の家の出だが、線が細く、どちらかといえば学者向けで、跳んだり走ったりは苦手のタイプだ。

 なので、てっきり後方支援に入って、イネスの後輩になるかと思っていただけに、蒼炎隊に配属希望を出したのは意外だった。

 

 もちろん魔法の腕はエルネストもラウルも公平に審査した上できちんと評価したことで、グレゴリオ隊長の承認も得て、正式に採用された。

 だが、銃の扱いだけはなかなか慣れてくれない。

 

 訓練場の赤土の上で、ダルク製の鹵獲銃を弄くり回しているが、装填のレバー操作がどうにも呑み込めないらしい。

 

「後装式だ。ここにレバーがある。引いて、薬莢を差し込んで、戻す。それだけだ」

 

 まずはエルネストが手本を見せることにした。

 手慣れた動作でレバーを引いて、開いたスペースに弾丸を入れる。

 そこで再度レバーを引くと、弾丸が装填されて、後は引き金を引くだけで、いつでも撃てる状況になる。

 

「簡単に言いますけど、これ結構硬くないですか。力がいる」

「慣れの問題だ。100回やれば指が覚える」

「100回……」

 

 バレンティが渋い顔をした。

 

 やる気がないわけではない。

 ただ、この男には覇気が足りなかった。

 入隊当初は目に光があったのだが、この1年で少しずつ曇ってきている。

 

 気持ちは分からないでもない。

 

 歴史の教科書にも登場する世界最強の魔法使い部隊だというのに、実際にやっている訓練は延々と銃の練習……しかもダルク製の押収銃だ。

 もはや、普通の陸軍の兵科とやっていることが変わらない。

 

「バレンティ。やるなら真面目にやれ。やらないなら帰れ」

「やりますよ。やりますって」

 

 バレンティは何度か繰り返し、3回目で、ようやくスムーズに装填できた。

 

「おっ、入った」

「入っただけだ。次は狙って撃て」

 

 訓練場の的に向けて、バレンティが引き金を引いた。

 乾いた爆音と共に、弾は的の左上に逸れた。

 

「……惜しい」

「惜しくない。的に当たってない」

 

 エルネストは自分の銃を構えた。

 同じ姿勢、同じ距離で引き金を引くと、的の中央に、小さな穴が開いた。

 

「……先輩、それ魔法で補正してません?」

「していない。風と距離を計算しただけだ」

「それを人は魔法と呼ぶんですけど」

「呼ぶな。これは経験と知識だ。計算には魔法は使わない」

 

 バレンティが肩を竦めた。

 

 この後輩は素直だが、打たれ弱い。

 叱れば萎れ、褒めれば調子に乗り、放っておくと腐る。

 

 手がかかる後輩だが、嫌いではなかった。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 昼休みの詰所で、ラウルが煙草を咥えながら報告書を書いていた。

 珍しく真剣に打ち込んでいるとエルネストは感心した。

 

「よう、ネスト。バレンティの訓練はどうだった」

 

 ラウルは、顔を上げずに声だけを飛ばしてきた。

 

「装填はできるようになった。命中はまだ先だ」

「あいつ、銃は苦手だよな。魔法の筋は悪くないんだが。昔から座学だけは優秀だった」

「筋が悪くなくても、銃について理解しなければ、戦場では生き残れない。グレゴリオ隊長の口癖だ。銃を理解するには、まず銃というものを理解する――」

「――だから、お前の話は長いんだよ。『呪文を唱える暇があったら鉛の弾を避ける訓練をしろ』、だろ。耳にタコができたぜ」

 

 ラウルが煙草の煙を天井に向けて吐いた。

 器用に煙で輪っかを作り、その中へ煙を細く、速く吹き出して穴を通す。

 

 2年前と比べて、ラウルは少し変わっていた。

 

 体格が一回り大きくなった。

 顎の線が鋭くなり、目つきに落ち着きが出てきた。

 

 昔は苦手で逃げていた内務も積極的に書類作成なども行うようにしている。

 成人して、ラウルの中で何かが少しだけ変わったのだろう。

 

 悪い意味ではなく、良い意味での変化……成長だ。

 

 だが、口の悪さだけは変わっていない。

 隙あらば煙草を吸おうとするところと合わせて、エルネストも困っている。

 

「なあラウル。そろそろ言葉遣いを直したらどうだ」

 

 エルネストは向かいの椅子に座りながら言った。

 

「あ? なんで」

「もう21だ。成人して3年経つ。後輩も出来た。いつまでも下町のガキの喋り方では、これから、上とやり合う時に舐められる」

「オレの喋り方のどこが悪い」

「悪いとは言っていない。損をすると言っている」

 

 納得出来なかったのか、ラウルは眉を寄せた。不満があったようだ。

 

「つまり、お偉方に気に入られるように猫を被れと?」

「猫を被れとは言わない。鎧を着ろと言っている」

 

 エルネストは自分の襟元を示した。

 ボタンを一番上まで詰めた軍服に対して、ラウルは相変わらず襟の一番上のボタンを留めようとしない。

 むしろ、教育隊時代のように、更に一つ下まで外すようになった。

 

「言葉遣いは鎧だ。正しい言葉で喋れば、相手はまず中身ではなく鎧を見る。中身を見せるのは、鎧で相手を黙らせてからでいい」

「お前がいつもそうしてるように?」

「ああ。私はいつもそうしている」

 

 エルネストはいつも感情を出さないために氷の仮面を被っている。

 個人の感情は必要ない。民を守る剣となり、炎となる。

 

 それが家の教えであり、蒼炎隊の姿を示すためでもある。

 

 ラウルはそれが気に入らないのか、苛立ちを煙草をぶつけて、力任せに灰皿へと押しつけた。

 

「……つまり、一人称を『私』にしろってことか」

「それだけで印象は変わる。エスピナ隊長を思い出してみろ。あの人は下町育ちだが、上官の前では言葉遣いを切り替えていた」

 

 ラウルはまたも天井を見上げて、しばらく黙り、煙草の煙が消えるのを目で追っていた。

 

「まあそうだよな。出来ることからやってみるか」

「分かってくれたらそれでいい」

 

 ラウルは、咳払いを何度かした後に勿体ぶって言った。

 

「……わたしはらうるばるがすだ」

 

 棒読みだった。

 わざとやっているかと思うくらい不自然だった。

 最初からうまく出来ると思ってはいないが、さすがに今のは酷すぎるとエルネストは思わず手を横に振った。

 

「硬すぎる。もう少し自然に」

「私は……ラウル・バルガス、です」

「最初から敬語は求めていない。まずは一人称を変えるだけでいい」

 

 ラウルは少し頭を捻った後に、椅子から立ち上がった。

 そして、左手を胸に当てて、右手を掲げた。

 

「私はラウル・バルガス。ヴェルディア無敵兵団、蒼炎隊(ソルフラマ)のラウルだ……こんな感じか?」

「芝居がかっているが、今までで一番マシだな。慣れれば板につく」

「こんな話し方してるやつなんて芝居以外にいねぇよ」

 

 ラウルが苦笑したところにカミラが部屋に入ってきた。

 煙草の臭いが嫌だったのか、2人のやり取りを無視して、無言で部屋の窓を開けた。

 ラウルはそんなカミラの前で左手を胸に当て、右手をエスコートでもするようにカミラに向けた。

 

「私はラウル・バルガス。蒼炎隊(ソルフラマ)所属です! 以後お見知りおきを」

「なにそれ、詐欺師にでも転職するの?」

「だーれが詐欺師だよ」

 

 3人とも、環境で色々と変わったところはあるが、関係性は昔からそのままだ。

 何も変わっていない。

 

「お前に合わせて、鎧を着るのか。面倒な話だな」

「面倒だが、必要なことだ。お前の実力が正しく評価されるためにも」

 

 ラウルは椅子の背に体を預けた。

 

「そうは言っても、出世の時に物を言うのは家柄だろ」

「家柄はそう悪くはないと自負している。だから、私がそれを利用して、出世する」

「オレはお前の手駒になれってか?」

「いや違う。人事権を手に入れて、私がお前を出世させる。その時に、反対意見を封じるためだ」

 

 ラウルはエルネストが冗談など言う性格ではないのを知っていた。

 だからこそ、自分から襟元のボタンを閉じた。

 

「……ま、やってみるよ。ただし、お前の前ではオレのままだ。鎧は戦場で着るもんだ。詰所で着る趣味はねぇ」

「それでいい。私は変わらない。だから、お前も変わらないでいてくれ」

 

 エルネストは小さく笑った。

 ラウルの前では、まだ笑える。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 その日の夕方、グレゴリオ隊長から緊急の招集がかかった。

 

 作戦室に集まったのは、エルネスト、ラウル、カミラ、バレンティの4名。

 グレゴリオが地図の前に立っていた。

 

 2年の間に、グレゴリオの白髪は増えた。

 眉間の皺も深くなった。

 だが、鉄のような目は変わっていない。

 

「今朝、ラルカ近郊の農村で武装蜂起が発生した」

 

 地図の上に、赤い印が落とされた。

 場所は王都ラルカから馬車で半日の距離だ。

 

「蜂起の規模は約200名。農民が中心だが、銃で武装している。地主の屋敷を占拠し、地主一家を人質に取った」

 

 200名と聞いたバレンティとカミラの顔色が変わった。

 無理もない。今まで相手にしてきた密輸組織や小規模な民兵とは桁が違う。

 

 さすがのエルネストやラウルもこの規模の相手の武装蜂起を相手にするのは始めての経験だった。

 日に日に市民の反乱は大きくなってきているが、200人は流石に初めての体験になる。

 

 勝てるかと言われると、まあ勝てる。

 だが、無傷で無力化出来るかと尋ねられると首を傾げる。そんな規模の数だ。

 

「要求は?」

「いつもの通り、富の分配だ。地主や聖職者、貴族は市民に財産を分配せよ」

「グラーシュ人民共和国の理念か。社会主義とかいう」

「これに対して鎮圧命令が下った。蒼炎隊は先行して現地に入り、武装解除を行え」

「武装解除? 殲滅ではなく?」

 

 エルネストが念のために確認した。

 そこまでするつもりなどないが、念の為だ。

 

「武装解除だ」

 

 グレゴリオはエルネストの顔を見た後に、念を押すように繰り返した。

 

「上の判断では、農民の反乱を大事(おおごと)にしたくないらしい。穏便に片をつけろとのことだ。首謀者だけを処分する」

「200人の武装した農民を、4人で『穏便』に武装解除しろと?」

 

「穏便」を強調するカミラの声には呆れが滲んでいた。

 

「蒼炎隊は一騎当千。4人で十分だろう」

 

 グレゴリオの口調は淡々としていたが、その目の奥に苦味が見えた。

 

 命令を出す側の苦味ではない。

 命令を受ける側に、無理な内容を伝えなければならない苦味だ。

 

「後続として、陸軍が追って到着する。蒼炎隊の任務は、陸軍が到着する前に武装解除を完了させることだ」

「陸軍が来る前に、ですか?」

 

 バレンティが聞き返した。

 

「そうだ。陸軍が到着すれば、武装解除ではなく殲滅になる。それを避けるために、先に片をつけろという意味だ」

 

 作戦室が静まる。

 

 つまり、上は「穏便に」と言っているが、本気で穏便にしたいわけではない。

 

 なので、あえて無理な規模の相手を蒼炎隊に対処させて失敗したのを確認して「あの蒼炎隊でも無理だったのだから、陸軍が処理するしかなかった」という建前を使う。

 

 つまるところ「穏便」という皮を被った殲滅命令であり、蒼炎隊はダシだ。

 

「出発は明朝。準備しろ」

 

 グレゴリオは地図を畳んだ。

 

「この命令、隊長はどう思いますか」

 

 グレゴリオは声を挙げたラウルを見た後に、やや沈黙があった。

 

「思うことは山ほどある。だが、命令は命令だ」

 

 それだけ言って、作戦室を出ていった。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 翌日。

 

 蜂起の現場は、長閑(のどか)な農村だった。

 

 肥沃な麦畑が広がり、水路が畑の間を縫い、遠くに教会の鐘楼が見える。

 絵に描いたような田園風景だ。

 

 ただし、地主の屋敷の周囲には丸太や土嚢袋によってバリケードが築かれ、そこには農具と銃で武装した農民たちが血走った余裕のない表情で立ち並んでいた。

 蒼炎隊が王都からやって来たという情報は既に伝わっているらしい。

 

 蒼炎隊は、子供向けのおとぎ話も作られているくらい伝説の存在ではあるのだが、彼らがそれを恐れないどころか、立ち向かい、なおも勝てると気を大きくしている。

 やはり銃の存在は大きいのだろう。

 

 軽く引き金を引くだけで、恐ろしいほどの戦闘能力が手に入る。

 その万能感が、彼らの判断力を鈍らせて、地主を人質に取るという暴挙を取らせた上に、敵の戦力の分析すら出来なくなる。

 

「……200人か。思ったより多いな」

 

 ラウルが丘の上から双眼鏡を覗いた。

 

「銃の数は?」

「全員が持ってるわけじゃない。銃を構えてるのは……30人くらいか。残りは鍬や鎌、斧に棍棒だ」

「銃の形状は」

「粗悪品。例のやつだ。ただ――」

 

 ラウルが双眼鏡から目を離してエルネストに渡した。

 

「あいつら、半年前まで鍬を握ってた手で銃を構えてる。イネスが言ってた通りだ。銃兵は半年で作れる」

 

 エルネストも銃の数を数え始める。

 数はラウルが見込んだ通りで間違いなさそうだ。

 

 銃を持った兵隊は一流魔術師一人と同程度だとして計算する。

 

 一流の魔術師を作るには、素質のある人間が最低十年の教育と研鑽が必要なことを考えると、銃で得られるパフォーマンスは、魔術師のそれと比べ物にならない。

 

「作戦を確認する。目的は武装解除。殺傷は最小限に抑える」

「相手は200人。捕縛《バインド》の魔力は到底持たないんだけど」

 

 カミラがお手上げとばかりに両腕を開いた。

 

「全員を拘束する必要はない。銃を持った30人を先に無力化して、首謀者さえ拘束すれば、残りは農具だけだ。降伏勧告すればいい」

「30人でも多すぎるんですけど」

「そこで、ラウルと私が正面から入り、銃を持った見張りを引きつける。カミラは側面から回り込んで、バリケードの背後にいる銃持ちを|捕縛(バインド)。バレンティは後方待機して、逃走者の対処を」

「正面? それって作戦じゃないですよ!」

 

 バレンティの声が微かに震えていた。

 エルネストはそれに気づいたが、触れなかった。

 

「なあ、ネスト、あいつら、顔が見えるぞ。普通の農民の顔だ。怒ってるけど、怖がってもいる」

 

 エルネストは双眼鏡で再度、丘の下に集まっている農民たちの顔を見た。

 

 日に焼けた肌に節くれ立った手。

 銃を握る手が、震えている者もいた。

 

 あの若者と同じだ、とラウルは思った。

 

「分かっている。だから殺さない」

「ああ。殺させない。バレンティも見とけ。本物の蒼炎隊ってのを見せてやる。お前が目指すべき、おとぎ話の英雄だ」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 エルネストとラウルが正面から堂々と歩いていくと、農民たちは銃を構えた。

 

 30人が一斉に発砲したが、弾道予測魔法により、全て命中しないと判断した。

 技術が身についても、実際に人に向けて撃てるかどうかは別の話だ。

 

 エルネストは歩調を変えなかった。

 隣のラウルも同じだ。

 

 2人が弾丸の雨の中を平然と歩いてくる姿に、農民たちの表情が変わった。

 

 恐怖。

 

 銃を一切恐れない人間が、2人、ただ真っ直ぐに最短距離を歩いてくる。

 

 二射目が斉射されたが何も問題ない。

 今度は数発がエルネストたちに向かったが、瞬時に展開した障壁魔法が全て受け止めた。

 

「武器を捨てろ。抵抗しなければ、危害は加えない」

 

 エルネストの声は静かだった。

 

 怒鳴る必要はない。

 弾丸が当たらないという事実が、言葉よりも雄弁に戦力差を語っていた。

 

「私はラウル・バルガス。名高い蒼炎隊(ソルフラマ)の一員だ。すぐに降伏すれば悪いようにしない!」

 

 続いてラウルが名乗った。

 

 蒼炎隊の名は国内外に広く知られている。

 山を削り、軍艦を吹き飛ばし、竜をも絶滅させた伝説を持つ、無敵兵団。

 この名前をあえて出すことで示威効果が更に増すとの考えだ。

 

 前列の農民が、1人、銃を落とした。

 それを皮切りに、次々と銃が地面に落ちていく。

 

「名前がこんなに効くなら、隊旗も持ってくりゃ良かったな」

 

 ラウルが小声で呟き、エルネストもそれに同意した。

 

 その隙に、カミラが側面からバリケードを越え、残りの銃持ちを捕縛(バインド)していく。

 白い光が次々と農民を包み、動きを封じた。

 

 抵抗は散発的だった。

 銃が効かないと分かった瞬間、戦意が崩壊した。

 農具を持った者たちは、戦うより逃げることを選んだ。

 

 逃げた者は、バレンティが後方で処理した。

 震えながらも、捕縛魔法(バインド)を放ち、3人を拘束した。

 

「地主一家は?」

「安全を確認。屋敷の地下室に閉じ込められていましたが、怪我はないようです」

 

 カミラが報告した。

 

 200人の武装蜂起を、4人の魔法使いが殺傷ゼロで鎮圧した。

 

 一騎当千。

 その言葉が、まだ嘘ではなかった時代の話だ。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 農民たちを拘束し、武器を没収。

 人質を解放した。

 

 エルネストは屋敷の前で報告書を書き始めていた。

 

「任務完了。武装解除に成功。死者なし。陸軍の到着前に作戦完了」

 

 これで終わりだ。

 

 農民たちは裁判にかけられ、首謀者は処罰されるだろう。

 だが、末端の農民は軽い刑で済むはずだ。

 

 殺さずに済んだ。

 それが蒼炎隊(ソルフラマ)の誇りだ。

 

 その時、遠くから蹄の音が聞こえた。

 

「……来たか」

 

 ラウルが顔を上げた。

 

 街道の向こうから、砂煙が上がっていた。

 

 灰色の軍服の騎馬集団。その肩には銃が掛かっている。

 

 この農村に現れた革命派を制圧にやってきた陸軍だ。

 

「武装解除は完了しています。拘束した農民の身柄を引き渡しますので、移送を――」

 

 エルネストが報告書を掲げて見せたが、陸軍は止まらなかった。

 

 隊列の先頭に立つ将校が、馬を降りもせずに叫んだ。

 

「蒼炎隊は撤収しろ! ここからは我々が引き継ぐ!」

「引き継ぐ? 既に制圧は完了しています。これ以上何をするというのです?」

「――聞こえなかったのか? 撤収しろと言っている」

 

 将校の目が、拘束された農民たちを一瞥した。

 

 見ているのは人間ではなかった。

 人間ではなく、処理すべき案件を数える目だ、とエルネストは思った。

 

「蒼炎隊には感謝する。拘束してくれたおかげで、手間が省けた」

 

 エルネストの背筋に、冷たいものが走った。

 

「手間……? どういう意味ですか」

 

 将校は答えず、エルネストを完全に無視して部下に手で合図を送った。

 

 陸軍の兵士たちが馬を降り、銃を構えたまま、拘束された農民たちに近づいていく。

 

「おい、待て」

 

 ラウルが兵士たちの前に立ち塞がった。

 

「こいつらはもう武装解除済みだ。抵抗できない。なんで今更銃を向ける?」

「反乱の首謀者および参加者に対する即決処分。上からの命令だ」

「即決処分だと? それは処刑ってことか!」

「黙れ。蒼炎隊の任務は終わった。あとは我々の管轄だ」

 

 拘束された農民たちの顔が蒼白になった。

 

 白い岩に固められたままでじゃ、向けられたた銃口に対して動けず、逃げられない。

 

 ラウルは焦った。

 捕縛魔法(バインド)を解除すれば逃がせるが、解除すれば逃げた農民を陸軍が追い、やはり射殺される。

 

 集落にいる、蜂起に参加しなかった他の農民まで巻き込まれると、死者はもっと増える。

 だが、捕縛を解除しなければ、目の前で処刑される。

 

 どちらを選んでも、最悪だ。

 

「……ネスト」

 

 ラウルの声が、低く震えていた。

 

「命令してくれ。この横暴な連中を止めろと。暴走している連中の好きにさせるなと」

 

 エルネストは黙って拳を握り締めたが、動かない……動けない。

 陸軍を力尽くで止めることは容易いが、だからといってここで攻撃を仕掛けたら、後で軍事裁判に掛けられる。

 

 そうなればエルネストもラウルも待っているのは死罪だ。

 そして、蜂起した農民たちを庇う者はいなくなり、後日にどの道処刑される。

 

「命令しろ、エルネストォ!」

 

 2人の葛藤など無視して、無慈悲に銃声が、響いた。

 

 1発。

 

 麦畑の向こうで、鳥が一斉に飛び立った。

 

 2発。3発。

 

 乾いた音が連続して響く。

 

 エルネストは動けなかった。

 動けないまま、音を聞いていた。

 

 4発。5発。

 

 悲鳴が混じった。

 拘束されたまま撃たれた人間の声と、周囲の農民たちの叫びが重なった。

 

 ラウルが走り出そうとしたが、エルネストが震える手で、その肩を掴んだ。

 

「待て。今、飛び出したら、お前も撃たれる」

「撃たれない! あの程度の銃弾なんて全て防いで見せる! あいつらは抵抗できないんだぞ!」

「分かっている!」

 

 エルネストの声が、初めて荒れた。

 

「分かっている。だから、正しい手順で止める。ここで感情で飛び出しても、止まらない。ただ事態を先送りにするだけだ!」

 

 ラウルの肩が震えていた。

 

 涙ではない。

 怒りだった。

 

「ああ、正しい手順で止めてやるよ。世界最強の魔法部隊らしい止め方でな!」

 

 ラウルが腕を交差し、呪文を唱え始めた。

 

 エルネストはその魔法の正体をすぐに看破した。

 

 対軍魔法。

 数万の軍隊ですら一瞬で消し飛ばす、国際条約で禁止された魔法だ。

 ラウルはそれを、陸軍に向かって放とうとしている。

 

「やめろ! それだけはやめろ!」

「やめない! あいつらに、無様に殺される恐怖を教えてやる!」

「だからやめろ!」

 

 銃声が止み、静けさが戻った。

 

 鳥の声も消えていた。

 麦畑を渡る風の音だけが、残っていた。

 

「もう……手遅れだ」

 

 エルネストの口からは血が垂れていた。

 他人の魔術に強引に割り込んで止めるには、強力な魔力消費が必要になる。

 それが、許容量を越えると、負荷となって襲いかかってくる。

 

 ラウルはエルネストの出血を見て、魔法の発動を止めた。

 

「……ネスト」

 

 ラウルの声が掠れていた。

 

「私たちが今からできることは、同じことを繰り返さないことだ。抗議しよう。上に。正式な手続きで」

 

 エルネストは目を閉じた。

 

 麦畑からは硝煙と鉄の……血の臭いが混じっていた。

 

「手続きなんかどうでもいい!」

「声を荒げても覆らない! 論理で詰めろ。連中が命令の範囲を逸脱している事実を、書面で突きつけろ。事前通達なく、現場が暴走した事実を記録しろ」

「そんな悠長なことを!」

「悠長じゃない。これが唯一の方法だ」

 

 ラウルが歯を食い縛った。

 エルネストの言葉は「正しい」と理解しているからだ。

 

 たとえ、この場に来ている軍人を打ちのめしたところで、すぐに代りが来るだけだ。

 そうなると、もう殲滅戦しか選択肢がなくなる。

 

 ――それのどこが正義だ?

 

 だが、ラウルはエルネストだけには分かっていて欲しかった。

「正しさ」よりも優先されるべきものがあると。

 

 カミラは壁に背を預けて俯いていた。

 

 バレンティは地面に座り込んでいた。

 顔は蒼白のまま、何の言葉も発しなかった。

 

 田園風景は、何事もなかったかのように静かだった。

 

 麦が風に揺れ、空は青い穏やかな午後だった。

 ただ、硝煙と血の臭いだけを除いては。

 

 正しさは届かなかった。

 

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