ようこそモブが逝く、未知なる世界の教室へ   作:雲ひとつない青空

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会議は踊る、されど進まず

───シャルル・ジョゼフ・ド・リーニュ




ひと月の成果

 

 

 

 

 

 ホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 

 

「どうやら無駄話が過ぎたようだ。大体理解できただろう。そろそろ本題に移るぞ」

 

 

 そう言って、茶柱先生は手にしていたポスターの筒から白い厚手の紙を取り出し広げると、それを黒板に磁石で貼り付ける。クラスメイトたちは未だ茫然自失とした様子で、その紙を眺めていた。

 

 

「これは……各クラスの成績、ということ……?」

 

 

 堀北さんが、半信半疑といった声色で小さく呟く。そして恐らく、その解釈は合っている。

 

 黒板に貼り付けられた紙には、AクラスからDクラスの名前と、その横に最大4桁の数字が表示されていた。

 

 俺たちDクラスは何と驚異の0。Cクラスが490。Bクラスが650。そして最も高い数字で、Aクラスの940だ。これがクラス全体でのポイントのことだとすると、入学時点では各クラスに1000ポイントが与えられていた、ということか。

 

 それにしても、Cクラスですら500近いポイントを残しているのに、Dクラスときたら……。それにしても───

 

 

「……少し、綺麗すぎませんか?」

 

「そうだね……これはちょっと、綺麗すぎる」

 

 

 王さんの言葉に、俺も同意の言葉を返す。

 

 この綺麗な数字の羅列を見る限り、クラス分けにも何らかの理由や意図があるのだろう。大方、優等生はAクラスへ、劣等生はDクラスへ、といったところだろうか。

 

 

「お前たちはこの一ヶ月、学校で好き勝手な生活をしてきた。学校側はそれを否定するつもりはない。遅刻も欠席も私語も、全て最後は自分たちにツケが回ってくるだけのこと。ポイントの使用に関してもそうだ。自分たちが得たものをどう使おうと、それは所有者の自由。その点に関しても、何の制限もかけていなかっただろう」

 

「こ、こんなのあんまりっすよ! これじゃまともな生活できませんって!」

 

 

 今まで黙って聞いていた池くんが叫んだ。山内くんに至っては阿鼻叫喚を撒き散らしており、隣の席の長谷部さんに白い目で見られている。

 

 

「よく見ろ馬鹿共。Dクラス以外は、全クラスがポイントを振り込まれている。それも、一ヶ月生活するには十分すぎるほどのポイントがな」

 

「な、なんで他のクラスはポイントが残ってんだよ。おかしいよな」

 

「そ、そうだそうだ!」

 

「言っておくが、不正は一切していない。この一ヶ月、全てのクラスが同じルールの基で採点されている。にも関わらず、ポイントでこれだけの差がついた。それが現実だ」

 

 

 茶柱先生は、淡々と、機械的に説明する。

 

 

「何故……ここまでクラスのポイントに差があるんですか」

 

 

 平田くんも張り出された紙の謎に気が付いたのか、真剣な表情で茶柱先生にそう問いかける。

 茶柱先生はその問いかけに、ふっ、と小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

 

 

「段々理解してきたか? お前たちが何故、Dクラスに選ばれたのか」

 

「俺たちがDクラスに選ばれた理解? そんなのテキトーなんじゃねえの?」

 

「だよね。普通クラス分けってそんなもんでしょ?」

 

 

 各々、クラスメイトたちは友達と顔を見合わせている。

 

 

「この学校では、優秀な生徒たちの順にクラス分けされるようになっている。最も優秀な生徒はAクラスへ、ダメな生徒はDクラスへ、とな。まあ、大手集団塾でもよくある制度だな。つまりここDクラスは、落ちこぼれが集まる最後の砦、そしてお前たちは、最悪な不良品、というわけだ。実に不良品らしい結果だな」

 

 

 腐ったミカンの方程式……というやつだね。

 

 確かに、優秀な生徒は優秀なクラス()へ、劣等な生徒は劣等なクラス()へ集めた方がいい。腐ったミカンが良いミカンを腐らせてしまう、というのは間々(まま)あることだ。

 

 茶柱先生が言った通り、そういう制度が導入されている塾があるというのは父さんに聞いたことがある。確か、基準となる数値を超えるスコアを出さなければ、即刻追い出されてしまうとかなんとか。

 

 まあ、その話は今はどうでもいいか。閑話休題。

 

 俺がDクラスの配属になったのは、恐らく森下さんのせいだろう。中学時代、森下さんのやらかしたこと(奇行)の尻拭いをしていた結果、何故か、そう何故か、全部俺がしたことにされていたくらいだ。中学時代の俺の評価がそのままこの学校に伝わったことで、俺のDクラス行きが決定した、ってところだろう。後は、入試でそこそこ手を抜いたからかな?

 

 

「しかし、よく一ヶ月で全てのポイントを吐き出せたものだな。過去のDクラスを遡っても、こんな結果になったのはお前たちが初めてだぞ。よくここまで盛大にやったもんだと逆に感心したくらいだ。立派立派」

 

 

 茶柱先生のわざとらしい拍手が教室に響く。

 

 

「このポイントが0である限り、僕たちはずっと0のままということですね?」

 

「ああ。このポイントは卒業までずっと継続する。だが安心しろ。寮の部屋はタダで使用できるし、食事にも無料のものがある。死にはしない」

 

 

 必要最低限の生活はできるかもしれないが、それは多くの生徒にとっては何の慰めにもならない。この一ヶ月、皆は贅沢三昧な生活を送ってきたのだ。急にそれを我慢しろと言われても、中々できることではない。

 

 

「……クソ、これから俺たちは他の連中にバカにされるってことかよ」

 

 

 ガンッ、と机の脚を蹴る須藤くん。

 

 クラス順に優劣が決まるというなら、当然一番下のクラスであるDクラスは、馬鹿の集まりだと公言しているようなものだ。他のクラスの生徒どころか、Dクラスではない先輩たちにすら馬鹿にされる可能性がある。

 

 それに、須藤くんはバスケ部に入っている。Dクラスというだけで部活での立ち位置が悪くなるかもしれないし、他のチームメイトに馬鹿にされて問題を起こしてしまうかもしれない。須藤くんの性格的に、売られた喧嘩は安値で買ってしまうだろうし。

 

 

「何だ、お前にも気にする体面があったんだな、須藤。だったら上のクラスに上がれるように頑張ることだな」

 

「あ?」

 

「クラスのポイントは何も毎月振り込まれるポイントと連動しているだけじゃない。このポイントの数値が、そのままクラスのランクに反映されるということだ」

 

 

 まあ、だろうね、というのが俺の感想だった。

 

 でなければ、最初の一ヶ月で全てが決まってしまうことになるし、前世でも大人気だった漫画のように、働き蟻の法則よろしく、最初から優劣を付けておいた方が余程効率がいいはずだ。にも関わらずそれをしないということは、この学校が求めているのは、ただ優秀なだけの人材ではないということだろう。

 

 

「さて、お前たちにはもう一つ、伝えなければならない残念なお知らせがある」

 

 

 茶柱先生そう言うと、黒板にもう一枚の紙を貼り付けた。

 

 そこには、クラスメイト全員の名前がずらりと並んでいる。そしてそれぞれの名前の横には、またしても数字が記載されていた。

 

 

「この数字が何か、馬鹿が多いこのクラスの生徒でも理解できるだろう」

 

 

 教卓に両手を着き、生徒たちを一瞥する。

 

 

「これは先日やった小テストの結果だ。揃いも揃って粒ぞろいで、先生は嬉しいぞ。中学でいったい何を勉強してきたんだ? お前たちは」

 

 

 一部の生徒を除き、ほとんどの生徒は5、60点程度の点数しか取れていない。須藤くんの14点という驚異的な点数はいったん無視するとして、その次が池くんの24点、そして山内くんの25点だ。

 

 

「よかったな。これが本番だったら入学早々に七人も退学になっていたところだぞ」

 

「た、退学? どういうことですか?」

 

「なんだ、説明していなかったか? この学校では中間テスト、期末テストで一科目でも赤点を取ったら退学になることが決まっている。今回のテストで言えば、32点未満の生徒は全員対象ということになるな」

 

「は、はあああああ!?」

 

 

 驚愕の事実を知り、真っ先に悲鳴を上げたのは、七人の退学候補の一人である池くんだ。次いでその他退学候補の生徒たちが驚愕の声を上げる。

 

 貼り出された紙の、退学候補の七人で一番点数の高い菊池(きくち)くんの31点の上に、赤い線が引かれた。つまり菊池くんを含め、その線以下の生徒はもれなく退学ということだ。

 

 

「ふざっけんなよ佐枝ちゃん先生! 退学とか冗談じゃねえよ! おかしいだろ!?」

 

「私に言われても困る。学校のルールだからな。腹を括れ」

 

 

 茶柱先生は煽るような言葉使いで、喚き散らす池くんたちを冷たく突き放す。

 そこに、火に油を注ぐように、偉そうな態度の高円寺くんが口を開いた。

 

 

「ティーチャーが言うように、このクラスには愚か者が多いようだねぇ」

 

「なんだと高円寺! どうせお前だって赤点組だろ!」

 

「フッ。どこに目が付いているのかね。よく見たまえ」

 

「……あ、あれ? ねえぞ、高円寺の名前が……あれ?」

 

 

 池くんの視線が、下位から順に上位へと向かう。そして、辿り着いた高円寺くんの名前は、信じられないことに上位も上位、同率首位の一人に名を連ねていた。

 

 その点数は90点。つまり、あの高難易度の問題を一つは解いていたということだ。

 

 

「絶対須藤と同じバカキャラだと思ってたのに……!」

 

 

 そんな驚きと悪口の入り混じった言葉が聞こえてくる。

 

 

「それからもう一つ付け加えておこう。国の管理下にあるこの学校は、高い進学率と就職率を誇っている。それは周知の事実だ。恐らくこのクラスのほとんどの者も、目標とする進学先、就職先を持っていることだろう……が、世の中そんな上手い話はない。お前たちのような低レベルな人間がどこにでも進学、就職できるほど世の中は甘くできているわけがないだろう」

 

 

 茶柱先生の言葉が、教室に響き渡る。

 クラスメイトたちは、その事実に絶句している様子。

 

 

「つまり、希望の進学、就職が叶う恩恵を受けるためには、Cクラス以上に上がる必要がある……ということですか?」

 

「それも違うな、平田。この学校に将来の望みを叶えてもらいたければ、Aクラスに上がるしか方法はない。それ以外の生徒には、この学校は何一つ保証することはないだろう」

 

 

 恩恵があることは間違いなさそうだが、やはり、希望する進学先、就職先にほぼ100%応える、というのも、人を集めるための謳い文句、つまり、真実の中の嘘にすぎなかったみたいだ。

 

 この学校はどうにも、実力主義に固執している節がある。卒業時の特典(約束された将来)という名の餌をぶら下げ、意図的にセクショナリズムを生み出し、競争心を煽り、才能(チカラ)ある人材を育成しようとする……まるで、蠱毒(こどく)のように。

 

 それにしても、このDクラスでAクラスに上がるのは大変だろうな……。

 

 

「そ、そんな……聞いてないですよ、そんな話! 滅茶苦茶だ!」

 

 

 そう言いながら立ち上がったのは、幸村(ゆきむら)くんという眼鏡をかけた生徒だった。

 テストでは高円寺くんに並ぶ同率首位で、学力的にはこのクラスでも一、二を争うほどの成績だ。

 

 

「みっともないねぇ。男が慌てふためく姿ほど、惨めなものはない」

 

「……お前は、Dクラスだったことに不服はないのかよ。俺たちは学校側からレベルの低い落ちこぼれだと認定されて、そのうえ進学や就職の保証もないって言われたんだぞ」

 

「フッ。実にナンセンス。それこそ愚の骨頂と言わざるを得ないねぇ」

 

 

 至って冷静に務める幸村くんに対し、爪を研ぎながら嘲笑の言葉をかける高円寺くんは、幸村くんに目を向けることすらしなかった。

 

 

「学校側は、私のポテンシャルを測れなかっただけのこと。私は誰よりも私のことを評価し、尊敬し、尊重し、偉大なる人間であると自負している。学校側が勝手にD判定を下そうとも、私にとっては何の意味もなさないということだよ。仮に退学させるというなら勝手にしたまえ。後で泣きついて来るのは、間違いなく学校側なのだから」

 

 

 流石は高円寺くん、といったところか。一貫したその唯我独尊ぶりには、ある意味頭を下げたくなるくらいだ。

 

 確かに、学校側がAだのDだのと勝手に判定しているだけで、気にしなければどうということはない。今回の小テストで見せた頭脳や、水泳の授業で見せた身体能力から考慮するに、Aクラスの生徒全員が高円寺くんよりスペックが上とは考えにくい。恐らくはそれ以外の、この個性的な性格のためDクラスに配属されたのだろう。

 

 ……森下さん? さあ、知らないですね。

 

 

「それに、私は学校側に進学、就職を世話してもらおうとは微塵も思っていないのでね。高円寺コンツェルンの跡を継ぐことは決まっている。DでもAでも、些細なことなのだよ」

 

 

 それは、確かにそうだ。

 

 将来が約束されている者にとっては、Aクラスで卒業する必要性は全くない。例えDクラスで卒業したとしても、同じだろう。子に、親の敷いたレールを変えることなど、できはしないのだから。

 

 高円寺くんの言い分には、幸村くんも反撃の言葉を失い、悔しげな表情を浮かべながら腰を下ろすしかなかった。

 

 

「浮かれていた気分は払拭されたようだな。お前たちの置かれた状況の過酷さを理解できたのなら、中間テストまでの三週間、じっくりと熟考し、退学を回避してくれ。お前たちが赤点を取らずに乗り切れる方法はあると、確信している」

 

 

 何やら意味深な言葉を残して、茶柱先生は少し強めに扉を閉めると、今度こそ教室を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

□■□■□

 

 

 

 

 

 茶柱先生がいなくなってからの休み時間、教室の中は酷く荒れていた。

 

 Dクラスであることに不満を持つ者。ポイントを使い果たしてしまい、これからの生活に不安を感じている者。考えていることは様々だが、皆一様に混乱の色を隠せないでいた。

 

 だが、つい先ほど、幸村くんと平田くんが一触即発の状況になったことで、クラスメイトたちも一度冷静になることができた。所謂、他者視点静穏効果(たしゃしてんせいおんこうか)というやつだ。

 

 その後、櫛田さんが間に割って入ったことで、なんとか事なきを得ることはできたが、根本的な解決にはなっていない。今のこの間にも、不満の種火は皆の中で燻っていることだろう。

 

 さて、俺はどうするべきか。

 

 モブとして少しずつでもクラスに貢献していくか、モブでいられなくなる可能性(リスク)を抱えながら、裏から皆を支えていくか……。やるからには勝ちたいという気持ちと、()()()()()()()()()()()()()という気持ち、どちらに正直になるべきなのか……。

 

 

「皆、授業が始まる前に少し真剣に聞いてほしい」

 

 

 まだ騒然とした空気に包まれた教室の中、平田くんが教壇に立ち、皆の注目を集めた。

 

 

「今月、僕たちはポイントを貰えなかった。これは今後の学校生活において非常に大きく付きまとう問題だと思う。まさか卒業まで0ポイントで過ごすわけにもいかないだろう?」

 

「そんなの絶対に嫌!」

 

 

 一人の女子生徒が悲鳴にも似た叫び声を上げる。その叫びを皮切りに、他の生徒たちも皆口々に不満や不服の言葉を口にする。

 

 

「もちろんだよ。だからこそ、来月はポイントを獲得しないといけない。そしてそのためには、クラス全体で協力しなきゃいけない。遅刻や授業中の私語はやめるようお互いに注意するんだ。もちろん、携帯を触るのも禁止だね」

 

 

 平田くんの言い分は最もだ。だが、それを素直に聞かない生徒もこのクラスには存在する。

 

 

「は? なんでそんなことお前に指示されなきゃならねえんだよ。ポイントが増えるならともかく、変わらないなら意味ねえだろ」

 

「でも、遅刻や私語を続ける限り、僕たちのポイントは増えない。0から下がらないだけで、マイナス要素であることは間違いないんだから」

 

「チッ、納得いかねーな。真面目に授業受けてもポイントが増えねえなんて」

 

 

 須藤くんは不満げに腕を組み、そう吐き捨てる。

 

 そこから先は、協議や会議とも言えない言い争いだった。

 

 やれ遅刻や私語をしないのは当たり前だの、やれそんなことしてもポイントは増えねーだろだのの押し問答。中には、平田くんがもっと強く注意していたら、なんて声も聞こえてきたが、その言葉(山内くん)は一瞬にして女子からの総攻撃に合い、皆の中から消えていった。

 

 このぐたぐだ具合に、流石に少しだけ手助けしようかなと思い始めたその時、平田くんが不満を漏らす須藤くんに、いや、須藤くんだけでなく、クラスの皆に対して丁寧に頭を下げた。

 

 

「須藤くん、いや、皆の協力がなければポイントを得ることは難しい。だから、協力してもらえないかな?」

 

「……お前がなにやろうと勝手だけどよ、俺を巻き込むな。分かったな」

 

 

 流石の須藤くんも、この場にいることに居心地の悪さを感じたのか、それだけ言うと教室を出ていった。

 

 そして始まるのは、須藤くんの悪口大会、という名の責任転嫁。確かに、須藤くんの遅刻や授業中の居眠りが一番多かったのは事実だが、それを差し引いても誰も須藤くんだけに文句を言える立場ではない。

 

 強いて文句を言っていい生徒を挙げるとすれば、平田くんや櫛田さん、そして授業を真面目に受けていた生徒だけだろう。だが結局のところ、皆傍観に徹していたのだから、同罪と言っても過言ではない。

 

 そんな中、教壇を降りた平田くんが、珍しくこちらの席の前までやって来た。

 

 

「杠くん、堀北さん、それから綾小路くんも少しいいかな。放課後、今後についての話し合いがしたいんだ。よかったら君たちにも参加してほしいんだけど、どうかな?」

 

 

 話し合いか。恐らく大した話し合いにはならないだろうけど、モブ的にはこういった出来事(イベント)にはほどほどに参加した方がいいかな、なんて思っていると───

 

 

「ごめんなさい、他を当たってもらえる? 話し合いは得意じゃないの」

 

「無理に発言しなくてもいいよ。思いつくことがあったらで構わないし、その場にいてくれるだけでも十分だから」

 

「申し訳ないけれど、私は意味のないことに付き合うつもりはないわ」

 

「……これは、僕たちDクラスにとって最初の試練なんだと思うんだ。だから───」

 

「言ったはずよ。私は参加しない」

 

 

 冷淡な一言。平田くんも諦めずに何度か言葉をかけたものの、堀北さんは平田くんの誘いをキッパリと拒絶した。

 

 

「そ、そっか。ごめん……もし気が変わったらいつでも参加してほしい」

 

 

 残念そうに引き下がる平田くんを、堀北さんはもう見ておらず、話は終わったとばかりに次の授業のための準備を始めていた。

 

 ……だいぶ、焦ってるみたいだ。

 

 この一ヶ月、俺は堀北さんを観察してきたが、今の堀北さんはいつにも増して焦りや不安を感じているように見える。口調や態度、表情、そしてまとっている雰囲気の随所からその様子が伝わってくる。

 

 Dクラスに配属されたことへの不満や、それに対する焦りはもちろんだが、その大部分を占めるのは恐らく───

 

 

「杠くんと綾小路くんはどうかな?」

 

「俺は……ごめん。今回は見送らせてもらうよ」

 

「あー、オレもパスで頼む。悪いな」

 

 

 俺は一度思考を中断し、平田くんにそう返す。綾小路くんも俺に続くようにそう返事をした。

 

 恐らく綾小路くんも俺と同じ考えだったのだろう。クラスの大半が参加するであろう話し合いに、堀北さんだけ参加しなかったら、きっと須藤くんのように堀北さんも腫れ物扱いされる可能性もある。

 

 皆には申し訳ないけれど、今は堀北さんの方がずっと大切に決まってる。それに、綾小路くんも。

 

 

「……いや、僕こそ急にごめん。でも、もし気が変わったら言ってよ」

 

 

 もしかしたら、平田くんは俺たちの考えを理解してくれたのかもしれない。それ以上は、強く誘ってこなかった。

 

 なんだか淋しげに去っていく平田くんの背中を見て、平田くんには悪いことをしたな、なんて思いながら、俺は次の授業の準備を進めるのだった。

 

 

 

 

 

□■□■□

 

 

 

 

 

 放課後。

 

 平田くんは朝の告知通り、今後についての話し合いの準備を始めていた。黒板には、現在の状況と問題点が箇条書きにされている。

 

 普段ならクラスの大半の生徒が帰宅の準備をしている中、現在は須藤くんや堀北さん、数人の男女を除いて、ほぼ全員が残っている。櫛田さんが声をかけていたことも大きいが、まさに平田くんの求心力の凄さが窺える参加率だ。

 

 気付けば不参加を示した生徒たちは、綾小路くんを除き、皆もう既に教室にはいなかった。

 

 本格的な話し合いが始まる前に、俺も早く教室を出ていこうと準備を進めていたその時、ふいに傍らに置いてあった携帯が僅かに震える。

 

 何かな、と携帯を手に取り画面を見ると───

 

 

『Aクラスは今後についての会議をするそうなので、今日は別々に帰りましょう。寂しかったら待っていてくれてもいいですよ。私は寂しくありませんが』

 

 

 森下さんからのメールだった。

 

 他のクラスも今後についての対策会議をすることは予想がついていた。優秀な生徒が集まっているらしいAクラスならなおさらだ。Dクラスで言う平田くんのようなリーダー的な存在がいるのかもしれない。

 

 俺は森下さんに『先に帰ってるね』と短く返事を送ると、そうだ、と思い、後ろを振り返り綾小路くんに声をかける。

 

 

「綾小路くん」

 

「どうかしたか?」

 

「よかったら一緒に───」

 

 

 帰らない? と聞こうとした丁度その時だった。穏やかな効果音の後、無機質な放送が教室内に響き渡る。

 

 

『1年Dクラスの綾小路清隆くん。担任の茶柱先生がお呼びです。職員室まで来てください』

 

「……タイムリーだね」

 

「だな……悪い、杠。ちょっと行ってくる」

 

「うん。……気を付けてね」

 

 

 綾小路くんは俺の言葉に少しだけ首を傾げた後、ああ、と頷くと、クラスメイトたちの視線を一身に浴びながら職員室に向かっていった。

 

 はぁ、まったく間が悪いな。せっかく綾小路くんと交流を深める機会(チャンス)だったのに。

 

 とはいえ、流石に先生からの呼び出しを無視するわけにもいかないので、これは仕方のないことだろう。それに、茶柱先生が綾小路くんに何かしらの情念を抱いているとはいえ、教師が生徒をどうこうする、なんてことはないはずだ。倫理的に考えて。

 

 俺は早々と帰宅の準備を済ませると、ポイント乞食をしているクラスメイトたちに気付かれないように、気配を消しながら教室を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 あ、そうだ。帰る前に図書館に寄っていこうかな。この前借りた本を返さないと。

 

 

 

 

 

□■□■□

 

 

 

 

 

SS:友と書いて───

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 

 全く、酷い目にあった。とんだ厄日だ。

 

 オレはほんの数分前の出来事を思い出し、心の中で愚痴を零す。まさか、聖職者たる教師と、仲間であるはずの同級生(クラスメイト)から、同時に脅されることになるとは思わなかったからだ。

 

 

 

 

 

□■□■□

 

 

 

 

 

 30分ほど前、オレは茶柱先生から呼び出しを受けて職員室に向かうと、そこで何故か指導室の中にある給湯室に案内された。その上、退学を武器に待機を命じられるときた。

 

 正直何がなんだかさっぱりだったが、流石のオレも退学はしたくないので大人しく給湯室で待っていると、ほどなくして指導室に堀北がやって来た。

 

 要件は、何故自分がDクラスの配属になったか、だった。

 

 どうやら、堀北は自分がDクラスであることが、不当な評価をされたことが相当不満らしい。

 

 確かに堀北は学力優秀で、水泳の授業を見る限り身体能力も高く、その実力だけを見れば間違いなく優秀な部類に入るだろう。だが、学力も身体能力も優秀な高円寺がDクラスであるように、堀北もその性格故にDクラスの配属になったと考えるのが妥当だ。

 

 この学校は、単純な実力だけを求めているわけではなさそうだからな。

 

 案の定、堀北の言い分は全て、茶柱先生の繰り出す正論によって論破された。

 

 勉強ができることがステータスの一つであることは確かだ。しかし、それだけで優秀と決めつけるのが早計であることも間違いではない。もし学力で全てが決まるのなら、須藤や池たちがこの学校に入学できるわけがないからだ。

 

 茶柱先生は、その事実を端的(たんてき)に堀北に伝えた。

 それには、流石の堀北も口を(つぐ)むしかない。

 

 それでも堀北は諦めず反論するが、茶柱先生はそのどれもこれもを飄々といなしていく。正論と煽りを混じえた言い方は、徐々に堀北の神経を逆撫してやまない。本当に聖職者たる教師かどうかを疑ってしまいたくなるほどだ。

 

 その後、堀北は茶柱先生では話にならないとこの場を後にしようとしたが、茶柱先生の言葉によって一瞬立ち止まる。そのタイミングで、茶柱先生はまたも退学を武器にしてオレを呼び寄せた。

 

 全く以て卑劣極まりない。

 

 堀北もオレという意外な人物の登場に戸惑いを見せるも、すぐさま茶柱先生を問い質す。が、茶柱先生はまともに取り合おうとはせず、自分勝手に話を進めていく。

 

 その様子には堀北もご立腹なようで、不満気な表情を貼り付けながら帰ろうとするが、茶柱先生の、Aクラスに上がるヒントになる、という甘言によって椅子へと座りなおした。

 

 そして茶柱先生の口から出てきたのは、Aクラスに上がるための助言(ヒント)……などではなく、オレの個人情報だった。

 

 茶柱先生はオレの入試問題の解答用紙や、先日の小テストを堀北の前に並べ、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、その異常性をつらつらと語り出す。堀北は驚いた様子でオレのテスト用紙を食い入るように凝視していた。

 

 そのことについて、オレも茶柱先生に適当に反論するも、呆れたように肩を竦めながら溜息を吐かれる。まあ、自分で言っていても無理があるのは分かっているが。

 

 それから茶柱先生は、オレたちに対し二言三言(ふたことみこと)皮肉を吐くと、職員会議があるからと言ってオレと堀北を問答無用で廊下へと放り出す。

 

 なんだか、勝ち逃げされた気分で釈然としなかった。

 

 とりあえず、オレは一刻も早く堀北の傍から離れたかったので、堀北には確認を取らずに歩き出すが、堀北はすかさずオレの隣に並び歩く。

 

 それからというもの、堀北はオレの予想通り、Aクラスへ上がるための手伝いをしろと言ってきた。というか、勝手に協力することになっていた。

 

 やはり、先ほど茶柱先生が堀北に植え付けたオレへの疑念が、それを後押ししているらしい。例えオレが得体の知れない存在だとしても、今の堀北は猫の手を借りてでもAクラスに上がりたいのだろう。

 

 オレは、オレよりも平田の方がいいといったのだが、堀北はそれをすげなく拒否。なんでも、今必要なのは将棋でいうところの金や銀ではなく、()なんだそうだ。

 

 オレは再度拒絶の意を示すも、こともあろうに堀北は、ひと月ほど前にオレが堀北を辱めた件を持ち出してきた。確かに、ちょっとした出来心からとはいえ、堀北の内面に土足で踏み入ってしまったことは否定のしようもない。

 

 だが、それとこれとでは話が別だ、なんて反論しようものなら、手刀、いや、カッターナイフが飛んできかねない。いや、まあ、流石の堀北もそこまではしないと思うが、あくまで例えだ。

 

 結局オレは何も言い返すことができず───言っていても恐らく無視された───堀北のAクラスへ上がるための協力をさせられることになったのだった。

 

 

 

 

 

□■□■□

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 

 全く、面倒なことになった。

 

 協力すること自体が嫌なわけではない。オレもDクラスの一員としての自覚はある。事なかれ主義とはいえ、最低限の協力はするつもりだった。

 

 オレが気に食わなかったのは、そこに至るまでの過程(プロセス)だ。

 

 オレの意思を無視して勝手に話を進めるところや、すぐに暴力に走ろうとするところ。茶柱先生に至っては退学を武器にして脅してくるときた。

 

 それに、茶柱先生の発言や態度を鑑みれば、恐らくオレの過去(秘密)、いや、在校生全員の秘密を知っている可能性が高い。そうなれば、例え堀北が来ずとも、オレは脅されていたことだろう。そう考えれば、堀北もある意味では体よく茶柱先生に利用されただけとも言える。

 

 ……いや、例えそうでなくとも、堀北のことだ、ひと月前のことで(いず)れオレを脅してくるだろう。オレは将棋でいう歩らしいからな。

 

 

「はぁ……」

 

 

 本日、何度目かの溜息が溢れる。

 

 そうしているうちに、いつの間にか辿り着いていた玄関口で、靴を履き替えようとしたその時、ふいに背後から声をかけられた。

 

 

「やほ、綾小路くん。今から帰り……って、大丈夫?」

 

「杠か。……いや、別に何の問題もないぞ」

 

 

 オレは何でもない風を装い、杠にそう返す。が、人の機微に聡い杠には、あまり意味がない言い訳だろう。

 

 

「……そうは見えないよ、綾小路くん。君は、君が思ってる以上に顔に出るってことを知った方がいい」

 

「……そんなにか?」

 

「まあ、限りなく無表情に近いけどね。分かる人には分かるかな、って感じ?」

 

 

 そう言われ、オレは自分の顔をペタペタと触れてみる。

 

 ……特段、変わった様子は見られないが───

 

 

「そんなにペタペタ触ったって分からないよ。意外と、自分じゃ自分のことは分からないものだからね。それに、意識すればするほど分からなくなるよ」

 

 

 なるほど、確かにそうだ。

 

 オレも今、杠に言われて初めて、オレにもそういった感性が残っていたことに気が付いた。もうとっくに、いや、初めからないと思っていた、感情というものに。

 

 

「……というか、杠は先に帰ったんじゃなかったのか?」

 

「図書館に寄ってたんだ、前借りた本を返そうと思ってね。そこで思いの外長居することになっちゃって」

 

 

 そういうことか。

 

 そういえば、杠はホームルームが始まるまでの時間、よく本を読んでいたな。有名どころからマイナー作品まで幅広く読んでいたことを考えると、中々の読書家と見える。

 

 

「それよりも、綾小路くん。もし何かあったら……いや、何かなくても、いつでも何でも相談してよ。俺たち友達なんだからさ」

 

「……」

 

 

 杠の言葉に、オレはどういう言葉を返せばいいのか分からなかった。

 

 単純に、オレが口下手というのもあるが、杠は同じ友達という括りでも、池や須藤たちとは違う。平田や櫛田、堀北とも何か違う。

 

 この一ヶ月、一緒に遊びに行ったとか、共通の趣味で盛り上がった、なんて友情が深まるような出来事があったわけではない。だが不思議と、杠とは、先ほど挙げたクラスメイトの誰よりも仲がいいと断言できた。

 

 

「……どうして、そこまで気にかけてくれるんだ? 友達とはいえ、結局は赤の他人だろ?」

 

 

 オレの問いかけに杠は一瞬キョトンとした表情を浮かべると、うーん、と何やら深く考え込む。

 数十秒ほどして、杠はゆっくりと口を開いた。

 

 

「……随分と、哲学的なことを聞いてくるんだね。そう言われても、友達だから、としか言いようがないよ。でも、例え俺と綾小路くんが友達じゃなかったとしても、困ってるのを見かけたら今みたいに声をかけたと思うよ。打算ありきとはいえ、人と人との繋がりはかけがえのないものだからね。……とはいえ、俺にも好き嫌いはあるから、一概にそうするとは言いきれないけど」

 

「……そういうものか」

 

「そういうものさ。まあ、気にかけるにしても限度はあるけどね。親しき仲にも礼儀あり、ってやつ」

 

 

 オレは、杠の言葉を咀嚼する。

 

 人と人との繋がりはかけがえのないもの……か。あの白い世界で育ったオレにはなかった考えだ。あの場所では、人とは所詮、道具でしかないと教えられた。その意見にはオレも同意している。

 

 だが、杠と話していると時折、その考えは間違っているのではと思うことがある。たった一ヶ月の付き合いだが、杠の持つ不可思議なカリスマがそうさせるのか、はたまたオレが杠を道具として認識したくないのか、それは定かではない。

 

 ……いや、定かでなくとも構わない。

 

 これは、成長だ。

 

 あの場所では決して学ぶことのできなかった、学ぼうともしなかった、人間関係という名の教科書。

 

 オレは、杠を使()()()学習する。

 

 ()という教科書を、読み終えるその時まで───

 

 

「そうそう。教室でも言いかけたんだけど、今日は森下さんがいなくてさ、よかったら一緒に帰らない?」

 

「……ああ」

 

 

 杠は、オレの短く切り取った言葉を聞くと、小さく微笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 





おまけ解説:

杠くんの小テストの結果は、当初予定していた通り80点を取りましたが、他のクラスメイトたちがあまりに勉強ができておらず、そこそこ勉強ができるモブキャラではなく、なかなか勉強ができるモブキャラ、といった立ち位置を確立してしまいました。


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