異世界転生したと思ったら、地球に転移した。なんでやねん。   作:卍錆色アモン卍

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30決戦

 

 最上階は空間が歪んでいないようで、四方を囲う連子窓から風が通り抜け、城下から微かな戦闘音が聞こえてきていた。やや狭い室内は板張りの床と白漆喰の内壁、竿縁(さおぶち)天井と質素な外観だ。

 前方には見上げるほどに巨大な鎧武者が待ち構えていた。漆黒に染まった具足は(つや)やかで、悪鬼を思わせる一対の角が天井を貫かんと聳えている。腰に差した打刀は巨人の如き鎧武者のために、もはや太刀と見紛うほどに長大で、今しがた引き抜かれた刀身は見る者を惹きつけるように鈍く輝いていた。

 

 激しく波打つ刃文を表すように、鎧武者が乱暴に上体を反らして、大咆哮を上げる。初見では将軍に相応しい威厳と重圧に満ち満ちていたが、それは崩れ去った。漆黒の陣羽織を引き千切るようにはためかせ、床板を踏み抜き、猛獣の如き唸り声を上げて突貫してくるその姿を視界に収めれば、漆黒の鎧武者が半端な知性しか持たない畜生であることがよく分かるだろう。

 

 床板を踏みしめ、偉大なる剣(グレートソード)を強く、しかし決して固くならないように握り締めたグレイは、額に青筋が浮かぶほどの力を込めて薙ぎ払った。下半身を大地に根差し、腰を回転させ、上半身、腕、そして己の武器へと余すことなく力を伝える。

 冒険者として愛用している鎧が悲鳴を上げていた。内なる力が破裂しそうなほど鎧下を圧迫し、鎧を固定しているベルトからギチギチと音が奏でられる。我ながらナイス筋肉。グレイはにやりと笑みを浮かべながら、鎧武者の繰り出した、技の欠片もない一刀を粉砕した。

 

 冒険者としては背筋が凍る、バキン!という耳障りな音が響き渡った。刀が折れた音だ。しかし、瞬き一つした頃には刀は元通りになっており、以前にも増して鈍い輝きを放っていた。それどころか、禍々しい気配を纏っているような気さえしていた。

 

 仲間たちへ指示出しをしながらも、妙だな、とグレイは思う。一体あの刀は何なのか。気になるところではあるが、今は時間が惜しい。早急にこのボスを倒さなければ。

 ルークが〈植物繁茂(プラント・グロース)〉を鎧武者の後方に展開し、シズが鎧武者のいる場所へ〈短剣の群れ(クラウド・オブ・ダガーズ)〉を展開する中、グレイはそのように考えた。

 

 後方を自然の織りなす有刺鉄線に阻まれ、今まさに魔法の短剣が己を切り刻まんと渦を巻く。傷だらけになっていく鎧武者は咄嗟に横っ飛び、ひとまず短剣の渦から逃れた。グレイはそこへ襲い掛かった。

 威勢の良い声を張り上げ、偉大なる剣(グレートソード)を縦に振り下ろし、鎧武者を粉砕せしめんと牙を立てる。残念ながら乱暴に刀で防がれてしまったが、再び刀をへし折っては元通りとなっていた。先にも増して不吉な輝きを灯している。

 

 間違いなく魔化武器(マジックウェポン)だ。ここまでくれば、グレイでも予想が付くというもの。おそらく力を蓄えるような、痛みを吸収するような、そんな恐ろしげな力が秘められていると予想できた。

 グレイは渋面(じゅうめん)を浮かべた。予想は立てたのだ、あとは対策をすれば良い。しかし、純粋な破壊力ではこちらが耐えきれない可能性があったのだ。

 呪いであれば、レアの〈呪いの除去(リムーヴ・カース)〉で対処できる。病気、毒、石化、朦朧などであれば、〈初級回復術(レッサー・レストレイション)〉や〈上級回復術(グレーター・レストレイション)〉で治せる。だが、もしも今までの攻撃を全て跳ね返すような一手があるとしたら? ただで済むわけがない。最悪の場合は、纏めて殺されるのがオチだろう。

 最も不味いのはレアが殺されることだ。レアされいれば殺されようとも蘇る。念の為、保険をかけておこう、とグレイは思った。

 

「レア、自分に〈死の守り(デス・ワード)〉を掛けといてくれ」

「分かったわ」

 

 幾度となく鎧武者と斬り結ぶグレイの後方で、レアが魔法を唱えた。これで最悪は免れる。だが、レアが一人生き残っていても敵が健在ならば意味がない。次に考えるべきは、鎧武者を倒す方法だ。

 幸いというべきか、敵は一体だ。数の優位性、取れる選択肢の優位性は圧倒的にこちらが上である。しかし、敵が一体となると必然的に相手をする人数も限られてくる。要するにルークとシズが活躍しにくいのだ。

 

「ルークはチクチク攻撃! シズは第五位階相当の〈妨害魔法(カウンターマジック)〉を準備しておいてくれ!」

 

 ならば、主役であるグレイの援護をさせればいい。二人は強力な攻撃役(アタッカー)であるため、もしもグレイが倒れてもある程度は前線を支えられる。ルークは前線を張れるほどには近接戦闘の技量が高く、シズは味方さえいなければポンポンと恐ろしい魔法を放てるのだ。

 唯一の懸念点は隠し玉だが、順当にいけば鎧武者を圧殺できる。グレイは後顧(こうこ)の憂いも断てたことなので、思う存分に暴れることにした。

 

 短期決戦を目標に掲げたため、グレイは全てのリソースを今この時に掛けた。このあと疲れ果てようとも、倒れようとも構わないと心に刻み、多少の被弾は覚悟の上で眼前の敵を滅多打つ。

 雄叫びを上げ、偉大なる剣(グレートソード)を縦横無尽に操り、まるで木剣を振り回すかのように鋼の巨剣を振り回す。ほんの少し掠っただけでも床板は弾け飛び、重苦しい風切り音が絶えず黒鉄より鳴り響く。討ち滅ぼさんとする(かたき)は幾度となく刀を圧し折られ、幾度となく劣勢に陥られ、終いには鎧兜がひしゃげるほどの一撃を貰い受けていた。

 だが、それでも倒れない。折られた刀は何度でも再生して、より禍々しく変貌し、具足が叩き割られようとも四肢が折られようとも、こちらも同様に再生していた。

 

 ──この怪物は不死身か? 何か倒す方法があるのか。

 禍々しい雰囲気を隠そうともしない刀はもはや黒い(もや)を滴らせ、数々の損傷を負った具足は結晶体を思わせる黒い角が傷口を塞ぐように生えていた。右半分に大きな外傷を受けた鎧兜は歪なほど歪み、黒々とした角がびっしりと生え揃っては、天を貫かんと高く伸びている。

 右眼が塞がっているのだろう。先ほどから動きが大雑把であり、緩慢で、明らかに被弾が増えている様子だった。

 

 少し希望を抱き、調子が上がってきた時ほど手痛い目に遭うものだ。このまま押し切れるんじゃないか、とグレイが希望を抱いた時、ついに鎧武者が切り札を切ってきた。

 刀を大きく薙ぎ払い、鎧武者がその場で駒のように回った。今こそ追撃の好機(チャンス)。グレイが一歩を踏み出して、偉大なる剣(グレートソード)で鎧武者を叩き割ろうとした。だが、そのままこちらへ振り向いた鎧武者は刀を鞘に納めており、居合斬りの構えを取っていたのだ。

 絶対絶名のピンチだった。グレイは偉大なる剣(グレートソード)を振り終わる前に斬られるだろう。そして、グレイの体格が災いして後方にいるルークとシズ、鈴木凪が、鎧武者が切り札を切ったことにまだ気付いていない可能性があった。

 

 モノクロに染まりゆく視界が〝死〟を否が応でも叩きつけてくる。ほんの僅かな、一秒にも満たない世界の中でどうするのが懸命なのかと、グレイは必死に考えた。だが、答えは一つしかない。己を盾として、仲間たちを生かすのだ。

 どうやって? 偉大なる剣(グレートソード)は振り終わらない。その前に居合が放たれる。ならば、工夫するしかない。

 グレイの頭の中には、様々な考えが濁流のように押し寄せていた。その中には幼少期に過ごした村の風景や、共に過ごした幼いレアの姿、我々は偉大なる血を引いていると、あくる日に明かしてくれた父の影などがあった。しかし、今必要なのはそんな記憶などではない。グレイは心の奥底にある宝箱にそれらの記憶をしまい込むと、冒険者活動で手に入れた様々な記憶の坩堝の中へ入っていった。多くの情景が浮かび上がる。その中で、グレイは一人のおっさんを見つけた。彼は万年銅級冒険者で、向上心もなければ出世欲もない、騎士崩れのろくでなしであった。

 

 ──師範攻撃の斜視の攻撃(シールハウ)。右上段と見せかけて、左上段から裏刃で斬りつける。ぶっちゃけ解釈なんて色々あるし、フェイント織り交ぜたら斜視の攻撃(シールハウ)でええよ! ブヒャヒャ!

 

 なんともテキトーな発言に、当時のグレイは不安を覚えたものだ。こんな人に師事して大丈夫なのかよ、と。なんだかんだで形になったので、今では感謝している……という気持ちは捨て置き、グレイはこれしかない!と思い至った。

 

 偉大なる剣(グレートソード)を振り下ろして鎧武者を叩き斬るのは厳しかった。しかし瞬時に手元へ引き斬り、偉大なる剣(グレートソード)の裏刃を相手に向けて刺突を繰り出すことは可能かも知れない。グレイは覚悟を決めた。

 

 グレイが動きだしたのは、奇しくも鎧武者が鯉口を切り、居合斬りを繰り出した瞬間だった。漆黒に染まりながらもギラつく刀身が鞘から滑り出し、猛烈な勢いで引き抜かれる。その頃には、グレイは偉大なる剣(グレートソード)を引き斬っており、切先が鎧武者の手前をなぞっていた。

 

 居合斬りを繰り出す禍々しい刀が、妖しい魔力を放ち始める。グレイはブチブチと筋繊維が千切れる音を聞きながらも、痛みを堪えて裂帛の声を上げた。それと同時に偉大なる剣(グレートソード)を突き出す。

 

 ──俺は、筋肉を信じてるッ!

 

 鎧武者が前方へ滑りながら刀を振っていた。そこへ突き刺さる、偉大なる剣(グレートソード)。奥へ奥へと押しやられる鎧武者は刀の切先でグレイの胴体を斬ったが、それ以上の致命傷を負っていた。

 

 モノクロの視界が砕け散る。それは現実に戻ることの証左だった。そして何よりも、勝利を掴んだことの証左だった。

 鎧武者は偉大なる剣(グレートソード)に刺し貫かれ、グレイに容赦なく持ち上げられては、渾身の力で床に叩きつけられた。胴体が衝撃に耐え切れず爆散し、二つに分かたれる。もはや再生もままならない鎧武者は蠢く下半身を放って、這う這うの体でグレイに近づくが、すかさず割って入ったレアに頭部を粉砕され、ついに沈黙をしたのだ。

 

 静寂が訪れる。本当に勝ったのか? 本当は生きてるんじゃないか、新手が現れるんじゃないか。グレイは警戒した。ずっと気を抜かずに周囲に気を配っていた。しかし、何時まで経っても静かで、城下の喧騒だけが鼓膜を震わしていた。

 

「勝った……? 勝ったぞーッ‼」

 

 グレイの掛け声を皮切りに、空気が華やいだ。すかさずレアに神聖魔法を唱えられるグレイは、そんなことはどうでもいいとばかりにレアを熱く抱擁して、その場でくるくると回る。グレイは盛大に笑っていた。

 抗議の声を上げるレアを他所に、ルークとシズ、鈴木凪がやってきた。皆が笑顔だ。

 

「やったね、グレイ!」ルークが肩を叩いてきた。「間違いなくグレイのおかげで勝てたよ!」

「何言ってる! ルークの援護が効いたおかげで立ち回りやすかったんだ、本当に助かったぜ!」

「いい働きでしたよ、グレイ!」シズが満面の笑みを浮かべていた。「可能なら私の活躍の場が欲しかったところですが、今回は我慢しますよ!」

「相変わらず図々しい美人だぜ! そこがシズの良いところだ!」

「流石はグレイさんですね」バイザーを掻き上げた鈴木凪が言った。「今回はおふざけ無しでしたが、私のカメラ越しにも佐倉さんが見ていまして、今も凄い興奮してますよ。私の鼓膜が破れそうです」

「鈴木さんもご苦労さん! いつも本当に感謝してるぜ、佐倉さんにもな」グレイは笑った。「佐倉さんとは迷対課本部にいる時はしょっちゅう仲良くしてるんだが、最近は迷宮に篭もりきりで会えなかった。暫くは休暇でも貰って、また晩酌でもしよう。佐倉さん、楽しみに待っててくれ!」

 

 鈴木凪にサムズアップを送ったグレイは、最後にレアへ振り返った。いつも通りの立ち姿だが、いつも以上に魅力的に見える。いや、それはいつものことか。グレイはへへっ!と笑うとレアに声を掛けた。

 

「レア、助かったぜ。レアがいなかったら、俺は絶対にどこかで野垂れ死んでる」

「当たり前じゃない。グレイは私がいないとなんにもできないんだから」

 ぶっきらぼうにレアが言った。グレイは微笑み、両腕を広げた。

「これからもよろしく頼むぜ? 俺の婚約者(フィアンセ)~~~‼」

 

 そしてもう一度レアに抱き着こうとしたが、思いっきり拒否されてしまった。顔面に張り手を食らうが、グレイは持ち前の筋肉でレアを抱きとめ、無理やり抱き締める。

「ちょっと⁉」と叫ぶレアが、ちらちらとグレイの後方を見つめていたため、そちらに振り向くと他の異人課の面々がずらりと並んでいた。

 

「おお! お前ら! 無事だったんか!」

「当たり前じゃないか、あの程度を乗り越えられない僕たちじゃないよ」エルウィンが肩をすくめながら言った。

「ヌルゲーだったね」呼吸一つ乱していないランサが続く。

「ガハハ! まだまだ暴れ足りんわい‼」最後に相変わらずのアレクが大笑いをしながら叫んだ。

 

「なら、もっと暴れましょう!」そう言ったのはシズである。ワクワクした様子のシズは最奥の壁に向けて〈|火球《ファイア・ボール〉を放って壁を吹き飛ばし、眼下を見下ろすように言ってきた。

 

 見下ろしてみたグレイが見たものとは、未だに戦場と化している二の丸や城下町だった。ボスは倒しても魔物たちは相も変わらず攻め立ててきている。これは援護に向かった方がよさそうだった。

 だが、どうやって? なんて質問は愚問だ。シズが〈軟着陸(フェザー・フォール)〉を唱えたおかげで、緩やかな自由落下が可能となったのだから。

 

「お前ら! 準備はできてるか!」

 

 勇ましい返事が空気を震わす。グレイは隣にいるレアと笑い合うと、走り出した。そして天上を包む夏空に向かって、高く飛んだのだ。

 どこまでも晴れ渡った青空は雄大で、世界がどこまでも続いていることを示してくれる。どんな悲しい出来事も全てを流れ去ってくれそうな、深い青色の空。アースガルドに帰れるかどうかの不安なんて、消し飛ぶほどには心が晴れやかで、心地よい風に身を任せた。

 

 ──冒険はずっとずっと続いてる。それは死ぬまで続くんだ。なら、最高の冒険にしたいじゃないか。仲間たちと喜びを分かち合い、悲しみを共有し合い、共に高い壁を乗り越えたいじゃないか。俺は死ぬまで冒険者だ。頼りになって、頼りにされて、支え合う仲間たちと共に生きていく。それが俺の生き方だ。

 

 だんだんと近づいてくる地面を見据えたグレイは、声を張り上げた。

 

「最高の気分だ! 最高の人生だ! 俺は決して後悔しない。どんな出来事だって、俺の人生にとってのスパイスに過ぎないのだから!」

 

 偉大なる剣(グレートソード)で魔物を切り捨てながら地上に降り立ったグレイは、榊分隊長にサムズアップを送った。

 困惑する榊分隊長は空を見上げて、さらに困惑を深めるのだった。

 




 申し訳ありませんが、当作品は『未完』とさせていただきます。最後までお読みいただきありがとうございました! どわ~~~‼
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