WORLD END SCRAPYARD~ 廃棄された多元世界で治安がヤバイ女たちと悪運だけで硬派に生きてる   作:Schuld

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 煙草に余裕があり、食うに困らず、それでいて熟練が求められる仕事がない日。

 

 そういった時、名が売れているからこそ傭兵は暇を持て余す。

 

 担保された実力が求めるのは、相応に積まれる弾と煙草だ。それを用意できる人間がいないのであれば、仮に市場の中で仕事が大量にあっても、自分を安売りすることが死に直結する荒事の住人は下手に動かない。

 

 じぃっと機を待って、ここぞという時に備えるのだ。

 

「とはいえ、半月もやることがねぇとな……」

 

 粗雑な密造酒のグラスを止まり木でうつ伏せになりながら眺めていたハジメは、濁って透明とは程遠いそれが、店主が少しはマシな物を出すかと珍しくやる気を出し、ハーブの配合を変えたことを知らない。

 

 酔うには十分過ぎるが、陽が高い内からかっくらうのは退廃的過ぎるかと思って、場代として頼みはしたが手を付けていないからだ。

 

 さりとて、飽食の国で育った彼だ。仮に飲んだとしても、酷い味だという感想は変わらなかっただろうが。

 

「なぁ、マスター、なんか良い仕事ないか?」

 

「モップなら空いてるぞ」

 

「勘弁してくれ」

 

 こんな掃除しきれていない反吐が瘡蓋のようにこびり付いている床、いっそ張り替えてしまった方が清々しいまでである。そんな所に必死でモップをかけている姿を見られたら、知人や友人から指を刺されて数日は酒のアテにされるに違いない。

 

「しかし、これだけやることがないと……」

 

「やぁやぁ、ご機嫌よう」

 

「…………」

 

 卓に顎を乗せて、また暇だと呟こうとしていた声が遮られた。

 

 隣に座るのは、ボロボロの耐酸性コートを纏った男だ。その下には、この荒みきった世界とは似つかわしくないスーツがある。

 

 折り目はピンと几帳面なまでにプレスしており、皺も泥も、染みもない。ピンストライプの生地は上等で、材質はウールであろうか。フードで暗渠の如く隠れた顔もあって、何ともまぁ出で立ちからして胡散臭い男であった。

 

「ご機嫌よう?」

 

「今、あんまりよくなくなった」

 

「それは心外だな。良い仕事を持ってきたというのに」

 

「アンタのいう〝ソレ〟が楽だった試しがあるかい、カルカロフ。割に合うかは微妙だぜ」

 

 男の名はカルカロフ。アーモリーで言うところのフィクサーだ。

 

 ただし、頭に胡散臭い、という形容詞が付くが。

 

「前の潜水艦探しはえらい目に遭った。魚雷の信管が生きてるのはまだしも、発射管に装填されてたなんて聞いてねぇぞ」

 

「そこまでは俺だって調べようがないからねぇ。そんな所で銃をぶっ放したデルタに苦情を言いなよ」

 

「二個前のシェルターだって碌でもなかっただろ。半狂乱の強制的に冷凍睡眠させられたヤツが、どういう理屈かポッドにまで持ち込んでた銃を乱射したせいで〝謎の瞬間冷凍液〟がシャワーみたいに降り注いで氷付け寸前だ」

 

「まぁまぁ、睫がちょっと凍ったくらいで文句をお言いなよ」

 

「もうちょっとで脳味噌がかき氷みたいになるところだったんだが?」

 

 苦情を軽く受け流し、フィクサーはマスターにキープボトルを持ってくるように頼んだ。この店で作られた密造酒ではなく、発掘品の上等なウォトカだ。

 

 それから、普通では中々火を付けようとは思えないシガリロを咥えた彼は、まぁまぁと宥める気が心からあるのかないのか微妙な半笑いで応えつつ、ハジメの予想通りのことを言った。

 

「で、良い仕事があるんだが」

 

「勘弁してくれ。干上がってるってほどでもない時にお前さんの仕事は……」

 

「これを見ても同じことが言えるかなぁ」

 

 ごとりと重々しい音を立てて机上に置かれたのは、上等そうな包みだ。それにはアーモリーの紋章が金糸で刺繍されており、親方衆《マイスター》がプライドと自負を以て送り出した物であることが分かる。

 

「あのね、俺にはコイツがいる。早々浮気は……」

 

「嫁に贅沢させるのは男の甲斐性ってもんじゃ?」

 

「っ!?」

 

 布の包みがちらりとはだけられ、覗いたのは蠱惑的な黒と青の淡いにある得も言えぬ色彩。月が隠れた夜を掬って垂らしたような色は、特別な仕上げを施さないと出せないもの。

 

 それも、銃などの過酷な環境に耐え抜くことを前提に施す、最後のおめかしだ。

 

「そ、その青……深い澄んだようなチャコール・ブルーは……」

 

「ご想像通りさ。見てみるかい?」

 

「っ…………見せて、くれ」

 

 様々な逡巡と葛藤を飲み込んだような声の後、ハジメは好奇心に負けて頷いていた。

 

 断るのであれば、絶対に見ない方がいいと分かっていても抑えられず。

 

 恭しく取り払われる布。

 

 その下には、想像通りの物が眠っていた。

 

 アーモリー・リボルバーのシリンダーだ。全く同じ顔をした物が、綺麗に三つ並んでいた。

 

「おいおいおいおい、マジかよ。どこで、どうやって手に入れた」

 

「そいつは企業秘密でね。俺にも商売の筋ってものがあるし」

 

 気になるならよくご覧になっては? と煽りのように言われ、ハジメは慌ててポケットを漁った。

 

 取りだしたのは、指紋を残したくない現場に入る時に使う革手袋だ。オイルを馴染ませて柔らかくした革は、この間掃除したばかりであるので、この鋼の柔肌に触れたところで汚れさえするまい。

 

「間違いない、この重み、ただの鍛造鋼じゃないな?」

 

「正解。宇宙船の外殻を再鍛造した物だ。強度は従来品の五十倍でもきかないだろうね」

 

「それにこのノン・フルーテッドの造型、ほぼ真円……仕上げはどこの親方だ?」

 

「マイスター・ロールズビーさ」

 

「やっぱりな! 世界で五本しか作られなかったマスターピース!」

 

 これはただの交換シリンダーではない。アーモリーの親方衆、その中でもシリンダー製造班の新親方を決める技術品評会に出された代物であり、採算度外視、マスター・マイスターの称号を得るために全ての技術と時間を惜しげもなく注いで生み出された、この世に五本しかないものの内の三本だ。

 

 材質はフラグメンテ・マキナの世界から降り注ぐ、怖ろしく軽量ながら靱性と剛性のみならず〝展性〟まで持つ金属に由来し、どのように加工するかはアーモリー秘中の秘が一つ。

 

 そして、この滑らかな青を出す焼き入れ加工は、たった数度の狂いによって台無しになる、専門の職人がつきっきりで何時間も見守ってやっと成立する、奇跡のような技術によって生み出されるチャコール・ブルー・フィニッシュ。

 

 松の炭と骨灰を秘密の配合で混ぜた特殊粉末剤の中で、じっくりと温度を一度とて上下させずに焼き上げねば出せない色合いは美しいのみならず、表面に沈着した硬く、薄い炭素層によって通常の仕上げとは比べものにならない耐久度を与えるドレスだ。

 

 その上、軽量化のために掘られることの多い溝を敢えて廃したシリンダーは、ほぼ完全な真円を描いている。指先でナノ単位の誤差を感じとれる、達人の中の達人が精魂込めてやっと達成できる美しさには、妨げられぬ回転という機能美も宿っていた。

 

 見た目の優美さだけが問題ではない。60グレイン、4g近い法外な量の火薬を受け止める必要があるアーモリー・リボルバーのシリンダーにおいても、何があろうと破裂も暴発もさせてなるかという執念が結晶化したような存在なのだ。

 

 正に技術が魅せる魔性。性能を知れば、全てのガンマンが何を質に入れても欲しくなるであろう。

 

 これを嵌めた銃は、暴発とも破裂とも一切絶縁したと同義だ。紙一枚の際を攻めたシリンダーギャップ、本体そのものの剛性、そして自信を以て送り出されているリボルバー本体と組み合わされば、アーモリーに富をもたらした青写真を作り出した本人が悶死しかねない完成度となる。

 

「だが、なんでコイツがここにある。これは何処かのお大臣が四本全部競り落としたはずだ。残りの一本はアーモリーの宝物庫だろ」

 

「まぁ、誰にどんな不幸があるか分からないだろ? そういうことさ」

 

 深くは聞いてくれるなと、フィクサーにしてガンスミスでもある男は嘯きながら、上物のウォトカを生で舐めて、シガリロの煙を吐いた。

 

「で、今なら特大の大サービス、この三本が報酬だ。二度とないお誘いどころか、ここで俺がしまってしまえば、今後一生目にすることはできないだろうねぇ」

 

「ぐっ、くっ、ぬ……ほっ……」

 

「ほ?」

 

「ほしぃぃぃぃ……」

 

 心の底から捻り出すような渇望。いや、実際にハジメは身もだえていた。

 

 事実として、彼が仕事を別に持っていったなら、これは二度と手に入らないだろう。殺してでも我が物にできないような代物だ。

 

 だが、それでも二つ返事で応とは言えなかった。

 

 カルカロフは信頼できるフィクサーであり、払いを渋ったことは一度もない。何なら一度、前金で四分の三も煙草を受け取ったことがあるほどだ。

 

 されど、全ての仕事が到底〝楽〟だったとも〝簡単〟だったとも言い難い。額はさておくとしても、割が良いかどうかも微妙なところだ。

 

 むしろ、ハジメをして普通に「あれ? 俺ようやく死ねる?」と思うことがある仕事も珍しくなかった。

 

 いやさ、逆に死なないからこそ面倒な仕事が幾つあったか。

 

 しかし、今回提示されているのはこれっきり。

 

 同時に、カルカロフがハジメに声をかけたということは、いつもの面子を集めろということでもあるのだろう。

 

 また、それだけの陣容を揃えないと達成できない難易度の仕事であることも事実。

 

 しくじったならば、彼は容赦なくシリンダーを闇から闇に流して終わりだ。

 

 それどころか、二度とハジメの前に現れない可能性さえあった。

 

 では、これを手に入れる方法は一つだ。

 

 依頼を受けて、他の四人に自分の手持ちから納得するだけの報酬を自弁する。

 

「ほしっ、ほしぃ、うああああー……」

 

「何なら、買い取りもやってるよー。他の面子への払いは煙草でもいいからさ。ほれ、こないだ手に入れてなかった? アーモリー・リボルバーのコピー品。変なディーラーもいてねぇ、コピーの方が良いとかいう変人の伝手もあってさ」

 

「ぐ、ぐぬっ、あれは、あれで予備として……」

 

「使ってないダブルバレルのショットガンもあったよなー、蔦のエングレービングも麗しいH&H」

 

「なんでそれを持っていると知って……いや、でも、うー……」

 

 手持ちの銃器はハジメに取っての手札だ。アーモリー・リボルバーのコピー品は、右手の延長となった愛銃の重整備を行っている際に脇が風邪を引いてしまわないよう代わりとして手放したくないし、4ゲージという規格外の巨大さの一粒弾を装填できるショットガンは切り札の一つ。

 

 しかし、絶対になければいけないというほどでもない。

 

 むしろ、このシリンダーがくればおつりが来る。

 

 この造りであれば、いつも使っている安価な黒色火薬ではなく高性能な無煙火薬を60グレイン詰め込んだとしても破裂するまい。そして、その威力はショットガンを交換に出しても惜しくはないといえる。

 

 歯ぎしりし、身悶えし、頑張れば手が届くところに美味しい餌を吊されたイモータンは、悩んだ、悩みに悩み抜いた。世界が棄てられる前に目標にしようとした大学のグレードより悩んだし、小学生のクリスマスプレゼントで買って貰う、バージョン違いが二つ出ていたゲームソフトを選んだ時より悩んだ。

 

「っ、て、さい……」

 

「なんて?」

 

 仕事の内容を聞かせてください!

 

 昼間から飲んだくれて半分寝ていた酔客達が起きるほど、大きな声が酒場に響いた…………。




さぁ、セッションが終わったら次のセッションだ!
どうしてもほしい報酬が吊し出されて否を言えるPLがどれだけいようか。

今回はそういった話です。
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