WORLD END SCRAPYARD~ 廃棄された多元世界で治安がヤバイ女たちと悪運だけで硬派に生きてる   作:Schuld

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「おやおやおや、随分といい目に遭っているようで」

 

「だまれ」

 

 いつも通りのフード付き外套にスーツという胡散臭い格好のカルカロフは、酒保部分にて歓待されているハジメの様を見て笑った。

 

 女の膝に乗せられているのだ。

 

 あの不死身と、この界隈で囁かれて尚も否を唱える者がいない傑物が。仔猫か抱き犬のように。

 

「動いちゃダメよ。もっとお礼させてちょうだい」

 

「……頭が重い」

 

「贅沢な文句だなイモータン。この娼館で一番の売れっ子に乳ぃ乗せてもらって」

 

「巨女専門店なんて聞いてねぇぞ!!」

 

 ハジメをまるでぬいぐるみのように抱いているのは、怖ろしく体躯に秀でたオーガの女性であった。

 

 見目も整っている。薄い腹と括れた腰に――それでもシヴィラツィオ二人束ねた分厚さだが――両手で抱え持たなければ保持するのが困難であろう双丘。薄らと青い肌も麗しい顔付きは、鼻梁のはっきりした鼻と蠱惑的に弧を描く細い目が何とも蠱惑的だ。

 

 素手であっても、あの性質の悪い傭兵共を二人か三人くらいは道連れにできそうな彼女は、この娼館の看板娘。

 

 他の娼館では長身過ぎる女は好まれないこともあるが「そういう趣味のヤツはいる」として店主が()()()()()()()の美女ばかり集めて作った娼館でも、最も巨大な嬢だ。

 

 そして、助けられた女が男を歓待する方法と言えばこれだろうと、彼女達なりのサービスを行っているのだが、中学校以来背が全く伸びなかったハジメにとって、最低でも自分より指一本は背が高い異性に囲まれる空間というのは居心地が悪かった。

 

 ただでさえ仲間内でも背が低い方という辛酸を嘗めているのだ。彼にとって、この状況はむくつけき半裸のマッチョマン共に囲まれているよりも辛かった。

 

「まぁまぁ、文句をお言いなよ。何にせよ上首尾に片付いて万々歳だ」

 

「……屋根の修理代と窓硝子がどうこう言うなよ。あと掃除代も知らんぞ」

 

「なに、立ち退き料と比べちゃ安いさ。そこら辺は店主も弁えてるよ」

 

 さて、そう言って腰を下ろしたカルカロフはフリフリの夜着を来た女性に、俺にも一杯貰えるかな? と頼んでから、思い思いにくつろいでいた面々に報酬を放っていく。

 

 止まり木に座って良い酒を飲んでいたデルタは、煙草のパックを受け取るとカーゴパンツのズボンへと適当にねじ込み、ハジメから飲みすぎを窘められたらしく、壁際で佇んでいたトワイラは早速封を切ってシガレットホルダに差し込みだす。

 

 そして、クインはつまらなそうに煙草のパックを見た後で、一つだけぬいぐるみに押し込むと、あとの二つをハジメのポケットにねじ込んで去って行った。これでチョコレートなり甘い物なりに交換して、あとで寄越せと言いたいのだろう。

 

 トリニティは煙草の文字をスキャンして、シヴィラツィオ文明のものではなく、劣化具合も加味すればサバイバーズの廃棄世界から発掘されたものだろうと推察したが、市場価値が損なわれるほどではなかろうとポーチに収める。

 

「で、お待ちかねだ」

 

「お、おお、おお!」

 

 ハジメが信じられない力を発揮して、胴に回されていたオーガの腕を振り払い、カルカロフに駆け寄る。この細身と矮躯に腕を弾かれると思っていなかったのだろう、彼女は驚いて目をぱちくりとさせていた。

 

 彼が腰掛けるテーブルに置かれたアーモリーの刺繍が施された上等な包み。それを厳かな手付きで解けば、現れるのはチャコール・ブルーの光沢も眩しいノンフルートシリンダー。

 

「これは晴れてお前さんの物だ」

 

「おおー!!」

 

 明らかに女性の柔肌に包まれていた時や、他の娼婦にも囲まれて、果物を口に運ばれたり、酒を飲まされたりしていた時よりもテンションが高い。

 

 自分の物になったという感慨を味わうためか、手袋を使わず手に取ると、頼もしい重みが手の中で存在を主張する。

 

「ああ、なんて蠱惑的な手触りなんだ……」

 

「大事に使えよ。宇宙船外殻の最鍛造品。高効率のコルダイトを目一杯詰めても破裂しない、考え得る限り最上のシリンダーだぜ」

 

「自分の命より大事にするとも!」

 

 いや、それはどうなんだ? とカルカロフは思ったが、いそいそと包み直して腰のポーチにしまうハジメにはどこ吹く風。丁寧に蓋が閉じられていることを確認すると、彼の足はそのまま出口に向かった。

 

「えっ、ちょっ、おにーさん! 何処いくの!?」

 

「サービスするのに! 一晩中!!」

 

「勿論、お金なんて取らないわよ!」

 

「急ぎだ! 今ならまだ開いてる!!」

 

 娼婦から引き留められても、ハジメは全く後ろ髪引かれる様子もなく、応急修理をして立てかけてあった扉を跳ね開くと夕暮れの中に走り去ってしまった。

 

 これにはさしもの女達も呆気に取られるばかり。

 

 普通、一夜の夢を――しかも全員でお礼するつもりだった――断るような男がいるだろうか。それも、特殊性癖の客層向けのニッチな娼館であったとしても、一本独鈷で商売が成り立つような美人どころばかりを集めた店だというのに。

 

「アイツ、アーモリー・リボルバーなんてデカブツぶら下げてるのに、ほんとシモの得物は使わないよな」

 

「え? そうなの?」

 

「オレは結構付き合い長いけど、アイツが女買ってるところは見たことねぇな」

 

「そういえば、わたくしもありませんわね」

 

『ハジメの出納帳は、基本的にお酒と弾、銃の部品ばかりです』

 

 ハジメの会系役をやってやっているトリニティの証言通り、ハジメは色に救いを求めない。男女の戯れによってもたらされる物が癒やしではなく、直るはずもない古傷の瘡蓋を引っ剥がすような行為に他ならないからだ。

 

 故に彼の心を癒やすのは、頭蓋の虚無を癒やす煙草と、かつての憧憬を微かに満たす銃くらいのものである。

 

「今晩は新しく手に入れたドレスをお嬢様に着せるのに忙しいんだろうさ。ハジメへの報酬はアーモリー・リボルバーのシリンダーだったんでね」

 

「……え? それ、私達、銃の整備に負けたってこと……?」

 

 頷くハジメの仕事仲間三人とクライアントに、娼婦達はプライドを甚く傷付けられた気持ちになったのか、何とも言えない渋面を浮かべた。

 

 それからしばらくして、ハジメの異名に〝銃と寝る男〟という揶揄いと揶揄がたっぷり含まれた物が囁かれるようになったそうな…………。

 

 

 

 

 

 

「やってるかい」

 

「なんだい、閉店間際に……」

 

 アーモリーの工場本体には、務めている職人と徒弟を除けば護衛以外が入れない決まりになっているため、銃を商う商店は工廠の防壁に沿って作られている。

 

 大衆向けに商売をしている店もあるが、親方資格を持った個人が趣味的に経営している店もあり、一見さんお断りのクセが強い店も多い。

 

 大店二軒の間に作られたこぢんまりとした店の扉を潜ったハジメは、酒焼けした女の声を聞きながら、これくらいの店構えが一番落ち着くんだよなと思った。

 

 本当に空きスペースに無理矢理ねじ込んだような、小さなガンショップであった。

 

 廃棄世界の建物ではなく、新しく作られた焼成煉瓦の壁と丁寧に磨き上げられた板張りの床は、酷く汚らしい場所が多い世界の中で清々しさを覚えるほど神経質に掃除されていた。

 

 壁に掛けられている商品の数々もそうだ。

 

 その殆どが発掘品。交換部品をハンドメイドで注文しなくてはならない一品物ばかりであるが、ガンスミスが丹精込めて整備した痕跡が香る芸術品もかくやの銘品揃いであり、どれも希少性に劣らぬ実用性がある。

 

 事実として、この店では店主がリバースエンジニアリングで予備部品を作っているため、購入した後のアフターケアは万全だ。勿論値は張るが、この過酷なスクラップヤードで確実に動作するという信頼性と比べれば安い物だろう。

 

「早じまいするつもりなら、さっさと看板ひっくり返せば良いだろ」

 

「って、なんだハジメかい。アンタの〝守護天使〟なら先週みっちり整備してやったろ」

 

 客の話を聞くためのカウンター、その下からのっそりと大きな上体が起き上がってきた。今まで、椅子を三つ並べて店番ついでに昼寝でもしていたのだろう。

 

 娼館の女達に負けない、巨躯の女であった。

 

 上背は180cmばかしあろうか。その体は日々の過酷な作業によって鍛え上げられ、着ている襯衣と油汚れが諸所に目立つ麻布のオーバーオールは、詰め込まれた筋肉に抗議するが如くパンッパンに膨れていた。

 

 何よりも目立つのは赤毛だ。左に寄せて襟足で括った三つ編みは人参のように赤く、眠さで撓んだ目は葉のように鮮やかな緑色。少し団子気味の鼻とポツポツ散った雀斑、そして家事仕事で濁った左目を隠す革の眼帯も相まって美人とはいえないが、健康的な色気のある女だった。

 

 彼女の名前はアン。ハジメの愛銃を作ったたガンスミスであり、シヴィラツィオの女だてらに親方位を預かる傑物。本業はフィッター、つまり仕上げ作業士であるが、広く資格を取っているため一から完成まで銃を仕上げられる、このアーモリーでも珍しい完全な鉄砲鍛冶なのだ。

 

 最初彼は、こんな屈強な赤毛のアンがあるかよと嘯いたが、今ではその腕前にすっかり惚れ込んで、自分以外に愛銃の整備を任せるのは、この世に彼女しかいないくらいであった。

 

「第一、アンタは仕事に面白みがない。アタシの子を大事にしてくれるのはいいけどね、ほとんど里帰りの顔見せみたいなもんじゃないか」

 

「今日は特別な仕事なんだよ。見ろよ」

 

「んー……?」

 

 眠そうにしていたアンはカウンターに広げられたシリンダーを見て、一瞬で眠気が飛んだのか目を見開いた。

 

「こ、これ! 三年前の品評会で出たマイスター・ロールズビーのマスターピース!?」

 

「ふふふ、仕事の報酬で手に入れたんだ。贋作じゃないぜ、紛れもない本物だ」

 

「見りゃ分かるよ! この深い深い、夜空みたいな青を見間違うもんか!」

 

 取り上げて、かなり金が掛かっているだろうペルディトゥスの魔法灯に翳せば、夜空を掬ってきたような艶のあるシリンダーが誇らしげに光る。品評会の後、予算確保のために一本だけを宝物庫に残して確保したが、残り四本は道楽者の成金が全て買い上げて行ってしまったことを惜しむガンスミスは多かったのだ。

 

 それこそアンのような実用主義者は、実力者の手に渡ってこそだろうと、煙草と弾薬の暴力にハンカチを噛み破る勢いで悔しがったものだ。

 

「アンタ! これを何処で!」

 

「仕事の報酬だ。多分、胡乱な方法で手に入れたんだろうな。じゃなきゃ新品のパックとはいえど、一人頭煙草三箱程度の仕事で流しやしないだろ」

 

「い、一個煙草一パック!? そりゃマイスター・ロールズビーへの冒涜じゃないかい!?」

 

「売り捌くのが面倒な手に入れ方だったんじゃないか? だから傭兵への報酬として出して、自分は仲介料で煙草か弾に替えたんだろ」

 

 わなわなと振るえているアンだが、ハジメにとっては経緯などどうでもいい。これが我が物となって、より強力な弾丸を放てるようになることが重要なのだ。

 

「そういわけでアン、フィッティングを頼む」

 

「これだけの代物、流石にシリンダー本体は畏れ多くてイジれないよ。アンタの守護天使を合わせる形になるけどいいかい?」

 

「いいさ、今までだって何度もカスタムしてきただろ」

 

 ゴトリとカウンターに置かれたアーモリー・リボルバーは、幾度となく改造が施されているため、事実として原形こそ保っているが出荷時に備わっていたパーツは少ない。

 

 元々のグリップは、ハジメの手形を取って削り出したフィンガーチャネルの備わった黒檀の特注品と交換されており、照門と照星もアンが近代的な構造にカスタマイズしている。

 

 この危なっかしいほどに軽いハンマーとトリガーの調整も、彼女がしつこくハジメから頼まれてやったものだ。

 

 ここまで大事にしているならばと、サービスでレシーバーに刻んだ蔦のエングレーヴが控えめに飾る本体は、交換の利かない部品以外は全てアンがハジメに合わせて作ったカスタムメイド。今更シリンダーと最適化するために弄ったところで、持ち主が文句を言う道理はない。

 

「俺の守護天使を可愛らしくおめかしさせてやってくれ」

 

「はぁ、まさか、アタシのかわいこちゃんがここまでゾッコンな旦那様に見初められるとは思ってなかったよ。それでも舐めながら、ちょっと待ってな」

 

 丁重にシリンダーを持ち上げたアンが顎で指さしたのは、カウンターの内側にしれっと設置されている蒸留器だった。しかし、発掘品ではなく、アーモリーの職工が丁寧に作った真鍮製の本体は高品質であり、作られている酒も上等だ。

 

「どれどれ……おっ、ジンか、いいね、ベリーが利いててサッパリした後味だ。こいつぁ炭酸が欲しくなるな」

 

「そこまでのサービスはしてないよ」

 

「そいつぁ残念。ああ、そうだ、コルダイトの在庫はあるか? あと、尖頭弾もほしい。真鍮製だとなお有り難いんだが」

 

「真鍮製の団栗弾? そりゃ特注だ。高く付くよ」

 

「その子に見合う弾なら煙草はおしまねぇよ」

 

 満足気にジンを舐めながら、金属が擦れる音を聞いて仕事の余韻に浸るハジメ。

 

 碌でもない仕事ではあったが、報酬は最高だった。

 




 さて、これにて第二セッションも幕。
 これからもまだまだセッションは書き溜めがあるので、これからもお楽しみに!!
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