WORLD END SCRAPYARD~ 廃棄された多元世界で治安がヤバイ女たちと悪運だけで硬派に生きてる   作:Schuld

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 オリエンテ・フィンチという個人に然したる特異性はない。

 

 ただ普通の人間として生を受け、六十年間の仮想空間教育を終え、ロールアウトされた後は一般人としてオルフェアルファプライムの1stリングで暮らしてきた〈汎用者〉に過ぎない。

 

 それがスクラップヤード、オーバーホールはおろか定期メンテナンスさえ期待できぬ地獄の底で、自分の体を繕う余裕があったのは、同じく生き残った集団に優秀な〈電脳調律師〉がおり、その技術を使って麻薬ビジネスを始めるだけの余地があったからだ。

 

 故に特別でもなんでもない彼は、地方のドサ回りに狩り出されている。

 

 それでも、手にした札の強さは確信していた。

 

 ヒロイック・チケット。

 

 その強力さは何人もの廃人寸前の麻薬中毒者や、麻薬が欲しくても煙草がない人間をモルモットとして確認してきたが故に分かっている。他ならぬフラグメンテ・マキナとして、数値として快楽がどれくらい強いかを理解していた。

 

 棄てられる前の世界であれば、合法娯楽ドラッグとしては絶対に認可が下りなかったであろう悦楽。そこにあるのは興奮でも快楽ではなく、多幸感に包まれた絶対的な安堵という沈静。

 

 人とは、たとえどれだけ世界が違おうが、最終的に欲するのは〝安心感〟に過ぎないのだ。

 

 金を稼ぐのは将来のため、結婚するのは生活を支え合うため、偉ぶったりするのは「自分に価値がある」と言い聞かせるため。

 

 そのどれも安心感という、形のない、それでいて定義することが難しいもののためだ。

 

 彼の友人は正に天才だ。

 

 脳に備わった報酬系を複雑に刺激。得も言えぬ安堵感、産着に包まれて母の胸に抱かれているような、無上の安心を作り出す。

 

 これは容易い快楽を引き起こすだけの麻薬ではない。

 

 人間が無意識に欲する、己はもう大丈夫なのだと感じたがる本能を擽る鍵。

 

 これが合致しない錠など、あるものか。

 

 どれだけ精神が強固であろうと。いや、むしろ鋼のように鍛えるしかなかった人間にほど効く。

 

 パッチが張り付き、電気信号が伝わった瞬間、ハジメの顎が上がり、目がぐるりと天を向いて白目を向く。

 

「幸せだろ? これのために人間は努力するんだからよ」

 

 これで廃人がまた一人できあがり、そう思った刹那だ。

 

 世界が爆ぜた。

 

 銃声、轟音、そして脳内に響き渡る多重のアラート。

 

『何がっ!?』

 

 緊急措置によってクロック数が最大まで引き上げられた世界は、濃い粘液の中を漂うように過ぎる。世界が引っ繰り返って、いや、〝腹に受けた衝撃〟によって弾き飛ばされて自分が逆さまになっていた。

 

 その視界に浮かぶのは、身体恒常性を確認するバイタルチェックプログラム。

 

 それに従えば、腰から下が真っ赤に染まっていた。

 

 当たり前だ。見下ろせば〝鳩尾から下〟が弾け飛んでいたのだから。

 

 馬鹿な、嘘だ、有り得ないと思って原因を求めれば、目が合った。

 

 白目を向いていたはずの目に爛々と殺意が戻っていた。

 

 腹に突きつけられて、熱を発しているのはアーモリー・リボルバー。いつのまにか抜き放たれた、チャコール・ブルーのシリンダーが備わったそれからは煙が出ていない。大粒の尖頭銃弾に、黒色火薬とは比べものにならない燃焼効率によって膨大な運動エネルギーを叩き出す〝ダブルベース火薬(コルダイト)〟が詰め込まれていたのだから。

 

 本来は銃ではなく〝砲〟に使うような代物が使われていたのは、ハジメが〝交渉相手〟がトロウルやオーガ、そして戦闘用筐体を纏っていたならば怖ろしく頑丈なフラグメンテ・マキナでさえ一撃で無力化できるようにしたかったから。

 

 そして、その威力は正しく、こちらの世界に棄てられてから軍用骨格に乗り換えたオリエンテの上体を美事にねじ切ってみせた。

 

「なんっ……で……」

 

 電脳の過剰駆動、下肢を失った故の保全措置によって時間の流れが正しく戻る。強引に握っていた手を起点に吹き飛んだ彼は、そのまま弧を描きながら宙を舞い、商品のダンボール箱に突き刺さって静止した。

 

 その結末を見届けることなく、ハジメは座ったまま腰だめに愛銃を構えると、手慣れたスイープファニングにて瞬く間に五人を射殺した。

 

 手首、肘、肩、胸、腰、五箇所を発砲の刹那に撓めることの全身運動によってリコイルを殺して尚も手首にじんと響く重み。こりゃ多用するもんじゃないなと思いつつ、卓を蹴り飛ばしながら仰向けに倒れる。

 

 すると、先程まで体があった場所を弾丸が掻き混ぜていった。

 

 自分達の頭目が真っ二つにされ、仲間が五人も撃ち殺されてやっと脳が再起動した売人達が混乱に濁った頭で、とりあえず撃ち殺すべきだと正常に近い思考を弾き出したのだろう。

 

 だが、それも長くは続かない。

 

 窓硝子が割れる音と同時に、吹き抜けになっていた二階のキャットウォークに陣取っていた男の頭が吹き飛ぶ。

 

「やっぱこうなった!!」

 

 隣の建物から、ことの推移を見守っていたナナが遅ればせながら援護に入ったのだ。

 

「二階にもいるぞ! 気を付け……」

 

 ろ、と最後まで言葉を続けることは、一階で銃を抜いた男にはできなかった。

 

 壁が、怖ろしい勢いで水平に降ってきたからだ。

 

 いや、正確には壁をぶち抜くシャシュトゥのショルダータックル、壁に等しい重さと硬さのそれに叩きのめされ、一撃で全身を複雑骨折して地面の染みに転生したのだ。

 

「兄貴ぃ!」

 

「騒ぐな、かすり傷一つねぇよ」

 

 仰向けになったまま、受け身を取って後頭部を守ったハジメは、ただ天を仰いでいたのではない。

 

 左の袖に仕込んであった親指大の槌を取りだし、銃本体と銃身を接続していたピンを叩くことで抜いて、前部が自然と脱落するのに任せてシリンダーを露出。予め荒事になった時に備えて身に付けておいた革手袋で熱に耐えつつ、発砲時のガスで高音を孕み膨張したシリンダーを強引に引っこ抜く。

 

 革の水分が熱に負けてじゅうと音を立てる中、ハジメは身を捩りながらそれを思い切り、自分を狙っていた敵の顔面に叩き付けた。

 

「ぎゃっ!?」

 

 軽いとは言え数百グラムはある合金の塊。更には熱膨張によって簡単に引き抜けなくなるほど熱くなった塊を叩き付けられては、瞬間的な接触であっても耐え難い痛みが突き抜けるように走る。

 

 その隙を見逃さず、シャシュトゥは抜剣して顔を抑えていた敵を斬り伏せた。

 

「ひゅー、真っ二つか。やるねぇ」

 

 尻一つ分転がって降り注ぐ血のシャワーを横殴りに襲い来る弾丸のついでに避けつつ、ハジメは新しいシリンダーを取り出す。これは以前から使っていた.357仕様であり、いわゆる対人用だ。

 

 敵にはもう、巨大な種族もいなければ、軍用の筐体を纏ったフラグメンテ・マキナもいないため、これで十分だと判断したのである。

 

 続く銃声。トラップドアを不器用ながら反復練習して素早く再装填できるよう練習したナナが、上を取っていることで遮蔽物に隠れていた敵の首に弾を叩き込んで沈黙させた。

 

「っ……頭狙ったのに……」

 

 僅かな狙いの狂いに苛立ちつつ、再装填した彼女の耳を甲高い音が掠めた。

 

 反撃の射撃が耳の際を通っていったのだ。

 

「ひゃっ!?」

 

 慌ててしゃがみ込めば、窓に向かって弾丸が飛び込んでいき、薄い壁を貫通する。今更になって高所を取られたことの危険性に気付いた敵が、頭を出させないように射線を集中させたようだ。

 

「きゃぁっ!? ひゃあああ!?」

 

「時間稼ぎご苦労」

 

 しかし、それも、もう意味がない。

 

 二二秒。怖ろしく手早くシリンダーを入れ替えたハジメは銃声から位置を推測。掩蔽にしていたテーブル越しに発砲。

 

 シヴィラツィオの基準で言えば、大口径に過ぎる銃弾は机を貫通しようとも威力を失うことなく直進。半ばカンではあるが〈悪運〉に恵まれた男の射撃は過つことなく着弾。

 

 そして、400m離れた馬でさえ絶命させうる威力は、カバーリングに使っていた障害をぶち抜いて尚も肉体の何処かに当たりさえすれば、着弾時に体内を駆け巡る衝撃波で内臓を攪拌し、ターゲットを殺傷せしめるだけの威力があった。

 

 鼓膜への呵責に近しい轟音の後、打って変わって怖ろしいまでの静寂が訪れる。

 

 この場にて息をしている生者が三人だけになったからだ。

 

「ま、ざっとこんなもんか。生きてるかー、ナナ!」

 

「みっ、耳ついてるあーし!? ぴゅんって! ぴゅんって! 聞いたことない音がした!!」

 

「安心しろ、ちゃんとついてるよ。シャシュトゥ、跳弾貰ったりしてねぇな?」

 

「う、うす。そ、それより旦那! 首! 首!!」

 

 指をさされて、ああ、と今思い出したようにヒロイック・チケットを引き剥がすハジメ。

 

 彼は多幸感をもたらして、考えをそれだけで埋めるはずだった真っ白のパッチをじっと眺めると、つまらないものを見る目をして投げ捨てた。

 

「な、なんで……」

 

「お、生きてたか。流石はフラグメンテ・マキナ。頑丈頑丈」

 

 腰から下を失い、逆さまにダンボールの山にもたれ掛かったオリエンテが目を見開き、振るえる指でハジメをさしていた。彼は生態的に息をしない。故に、例外的な四人目といえよう。

 

「う、動ける、動けるはずがあって堪るか! そいつに勝てる人間なんて……」

 

「悪いがね、世の中にいるんだよ。安心にも幸福にも興味がないやつってのは」

 

 投げつけたシリンダーを回収しつつ、ハジメは言う。

 

「何せソレは全部、昔に埋めてきちまった」

 

 彼にはもう、必要のない概念だ。

 

 幸福は、世界が棄てられた時に死んだ。

 

 どれだけ鍵が優れていようが、そもそも〝錠〟が壊れていれば用を為しようがないのだから。

 

 フラッシュバックする過去。

 

 卒業祝いの卓、炊きたての米と母が得意としたジャガイモに玉葱の味噌汁、湯気を立てていた大好物の唐揚げに、半熟卵がたっぷりのポテトサラダ。冷蔵庫には贔屓にしていていた店のケーキがホールで一台待っていた。

 

 それが塗り変わる。

 

 潰れた家。ご馳走の上にぶちまけられた、家族だったものの肉塊。這うように自室に戻って手に取ったスマートフォンにこびり付いた愛猫の血。

 

 それから、幾つもの死に顔。瓦礫の山となった馴染みの光景。

 

 そして見上げる、世界が棄てられたのだと教える極彩色の夜空。

 

 安心も安全も、掠れきった男に何ら感慨をもたらす物ではなくなっていた。

 

 彼にとって幸福も安堵も、現在には存在しない物だ。

 

 あるとしたら、僅かばかりの善性を残して置き忘れてきた過去の片隅。

 

 あるいは、何度求めても訪れなかった最後の絶息、その刹那にのみあるのだろう。

 

 なればこそ、この電子麻薬は彼に効果を及ばさなかった。

 

「これで俺を酔わせたかったら、何年か前に使うべきだったな」

 

 念のための再装填を終えたハジメは、まるで化物でも見るような目でこちらをみるオリエンテを蹴り飛ばしてダンボールの山から弾き出し、その首根っこを引っ掴んだ。

 

「まぁ、安心しろよ。優秀な〈電脳調律師〉はハイランダーのところにもいる。原始的な拷問なんてせず、お前の中身をやさしーく開いてくれるだろうぜ」

 

「なっ!? や、やめ! それだけはやめてくれ! 俺の! 俺の自我領域を開くつもりか!? 何でも、何でも話すから、それだけはやめてくれ!!」

 

「ああ、フラグメンテ・マキナにとっちゃ、それが一番キツいんだっけ? けど悪いな、口頭でゲロるより、そっちのが証拠として強いんだ。諦めて色々漁られてくれ」

 

 シヴィラツィオには本質的な意味で理解し難い――Dドライブを見られるより更に辛いのだろうか――フラグメンテ・マキナであれば魂の深層を覗かれるに等しい行為が待っていることを冷酷に告げ、ハジメはオリエンテを引き摺ろうとして……失敗した。

 

「いや重いなコイツ。どっかに軍用グレードの部品でも使ってんのか?」

 

「あ、でしたら兄貴、俺が……」

 

「おお、任すわ。いやー、どうかと思ったけど、やっぱこういう時にオーガって便利だよな」

 

 したら行くかぁ、と軽い号令をかけて、三人の傭兵は一人の売人を地獄に叩き込むべく、血の匂いが溝の悪臭を駆逐するほどに満ちた倉庫を後にした…………。




というわけで、割とお労しい過去を持つハジメくんでした。
キャラの心は折れれば折れるだけ良い。積層鍛造というやつです。

コメントいつもありがとうございます。
作品のブラッシュアップにも繋がるため、質問等大歓迎ですわよ。
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