WORLD END SCRAPYARD~ 廃棄された多元世界で治安がヤバイ女たちと悪運だけで硬派に生きてる   作:Schuld

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 小さな仕事から大きな仕事まで、傭兵が片付けるべきことはスクラップヤードに幾らでも転がっている。

 

 ハードなものから、トンチキとしか言いようのない物まで、実に多種多様だ。

 

 しかし、その中で煙草が大量に稼げる物は少ないし、価値があると呼べる物はもっと少ない。

 

 それでも、ナナはハジメという中抜きをしない仲介役を持っているだけ恵まれていた。

 

 あと、外見でナメられないためのシャシュトゥと行動を共に出来ていることも。

 

 それ故、彼女はハジメや他の面子に混じって後方を賑やかしている間に、様々な経験を積んでいた。

 

 もう、この街に来たばかりの不慣れな少女はいない。使い慣れたトラップドアライフルを担ぎ、予備弾薬を引きずり出せるよう改造したリストバンドを左腕に纏い、黒い部分が多くなった茶髪を束ねた掠れた姿がある。

 

 何度も洗濯したせいでクタクタになった制服を脱がないのは、服を買うのが勿体ないのか。それとも拘りか。

 

 ともあれ、彼女は傭兵として少しだが名が売れるようになってきた。

 

「……あれ、誰もいない」

 

 それ故、多少無理してでもセキュリティの良い家を確保しろという指示に従い、彼女はシャシュトゥと金を出し合って部屋を取っていた。

 

 いわく、ナナは異種族はお断りで、シャシュトゥは上背が2m30cm未満の生物を女としては見られないとのことで、異性間の同居が成り立っている。

 

 ハジメと同じ常宿、安楽の枕亭から出てきて酒場を訪れた彼女は、珍しく知った顔が誰もいないことに驚いた。

 

 部屋をノックした時、ハジメは不在だったはずだ。

 

 彼は長期の仕事でアーモリーを空けるとき、必ず一言言っていくため、先に出ているのかと思ったが、違うようだ。

 

 そしてデルタの姿もない。彼女が昼間不在なのは珍しくもないが、どちらもいないのはそうそうないことだ。

 

 酒場中の目線が一瞬彼女を貫いたが〝イモータン〟の秘蔵っ子かと思えば、興味を失って散っていく。罵言を投げつけるのもセクハラをするのも簡単だが“あの連中”がケツを持ってやっている新人が〝何か文句を言ったら〟どうなるか分かった物ではない。

 

 特にヤツの一党には、とびきりの狂人がいる。

 

 トワイラ。あの気に食わない相手を斬り殺すことを、自分の権利の一つだと考えているイカレの手綱をハーフデッドが解いたならば、何が起こるか分かった物ではない。

 

 故に、彼女は揶揄われることもなく、下卑た手をかけられることもなく、一人酒場に入ることができた。

 

 所在なさげに、普段はデルタが座っている席に座ると、店主が酷く嗄れた声でご注文はと聞いてくる。

 

 それに彼女は、いつも通りアルコールの入っていない物といった。

 

 元々ナナはアルコールに強い方ではない。

 

 むしろ、彼女の価値観でいえば、昼間っから〝あんな酒〟を何杯か飲んだ上で、銃を撃つこともある仕事をする方がおかしいのだ。

 

 常識的に考えたら〝飲んだら撃つな、撃つなら飲むな〟なのではなかろうか。

 

「……自分でも仕事、探してみよっかな」

 

 そう呟いたところ、後ろで靴音がした。

 

 何事かと振り返れば、ぬっと驚くべき程に整った、人間がここまでの美貌を持って良いのかと驚くほどの美女がこちらを覗き込んできたではないか。

 

「こんにちはお嬢さん。ご機嫌如何かしら?」

 

「っ……!?」

 

 あまりの衝撃にナナは椅子からずり落ちかけた。

 

 そこに誰もいないはずだった隣に、いつの間にか女が座っているではないか。

 

 銀色の髪を引っ詰めて、眼鏡をかけた美貌の女は、その声も相まってどこか浮世離れしている。

 

 いや、黄色いオフショルダーにスリットの入ったドレス、そんな格好をしているのに周りの客が野次を飛ばすでもなく、セクハラめいた言葉を吐きもしない時点で、その女、いや、存在がこの世から浮いているのが分かった。

 

 人であって人ではない。そんな印象を受ける女は眼鏡の向こうでニッコリと微笑んでみせる。

 

「は、ハストゥール?」

 

「あらあらまぁまぁ、わたくしをご存じということでしたら嬉しいですわ。ハストゥールおねえさん、って呼んでくださいね。もしかしてハジメさんからの入れ知恵ということでしょうか?」

 

 唐突に現れた黃衣の女は、一房垂れた前髪を蠱惑的に耳へと引っ掛けると、それから何処からともなく取りだしたカップを差しだしてくる。それには、甘い匂いのラテが注がれていた。

 

 こんなスクラップヤードでは、手に入るはずもないものが。

 

「一杯如何? このお店のお酒や、酸っぱくなったジュースよりは美味しいと思うのですけど」

 

「出所不明の物を有り難がるヤツがいると思う?」

 

「〈ペルディトゥス〉の神秘でしたら、これくらいの手品ができる人は沢山いましてよ? まぁ、わたくしは一介の〈シヴィラツィオ〉ですけれども」

 

「…………もらうわ」

 

 しばし考え込んだ後、ナナは由来も分からぬカップに手を伸ばした。ハジメから言われていたからだ。

 

 ハストゥールはこちらを〝積極的に〟害することはないと。

 

 このスクラップヤードから浮ききった怪しいナリ、そしてペルディトゥスならできるといわれても、これだけの魔法や奇跡を今も保有している人間がどれだけいるのかという業。何もかもがおかしくとも、あのハジメが言うなら間違いはないのだろうと。

 

「っ……おいしい……」

 

 思わず呟く新人傭兵。その味は香り高く、ミルクの深いコクと味わいがたしかに同居していた。しかも熱すぎず温すぎず、調和の取れたコーヒーラテ。その優しさにふわりと警戒が解けていくのが、不思議にも自覚できた。

 

「そう、よかった」

 

「ハストゥール、人の店で勝手に客を持て成すのはやめてもらえねぇか」

 

「あらごめんなさい。でも、新人を歓迎するのはわたくしの趣味のひとつですもの。これで勘弁してくださいませ」

 

 くすくすとシガリロ、上等な煙草よりも一品質上のそれをカウンターに置けば、流石の店主もこれ以上文句を言うつもりはなかったのだろう。黙ってそれを受け取って、酸っぱくなったオレンジジュースを残して去って行く。

 

「で、巷で噂のフィクサーさんが、丁寧にお茶までご馳走してくれて、あーしに何の御用?」

 

「芽が出そうな新人にはご挨拶をすることにしてますの。なにせハジメさんのお気に入りでしょう?」

 

「その言い方、腹立つんだけど……」

 

「あら、気分を害したなら失礼。きちんと貴方個人の働きぶりも知っていますわよ。ねぇ、よかったら一件如何かしら」

 

 如何と聞かれても、内容を聞いてみなければ何とも言えない。

 

 ただ、ハジメは街の有力者、特にフィクサー達は〝クセが強いから〟信用はしても、心を開くなと言い聞かされている。

 

 彼女は〈シヴィラツィオ〉を自称されても納得がイマイチ行かない雰囲気を醸し出しているものの、仕事だけはきっちりしたものを回してくれる。

 

 このスクラップヤードに馴染み始めた人間に、丁度見合った。

 

 しかし、それが割がよいことを肯定する者は多かろうが、簡単かといえば、彼女と関わった大抵の人間が苦々しい顔をして、顔を横に振るだろう。その身に降りかかった艱難辛苦を思いだして。

 

 美味しい依頼には相応の、正に難易度の高い変化球が飛んで来る。

 

 何処かを守れ、誰かを撃て、何かを探せ。

 

 傭兵の基本はこの三つだが、初心者ではない傭兵に放られる仕事は三つが複雑に重なり合って、何とも言えない出来映えになる。

 

 そして、その困難極まる仕事に、抗いがたい報酬を用意してくるのだ。

 

 だから本当に関わり合いになりたくないなら、仕事を請けるべきではないというよりも、前提を聞かない方が良い。

 

 こう教わった。

 

 だが、逆を言えば、彼女はクリティカルに自分が欲しい物を持ってくる。

 

 で、あるならばだ。

 

「……どんな仕事? 報酬は?」

 

「欲しがっているとお聞きしましたのでご用意しましたわ。いささかの苦労は信用の現れということで」

 

 ことんと机に置かれた物を見て、ナナは目を見開いた。

 

 毛染め剤だ。恐らくシヴィラツィオの世界から発掘されたと思しき、字こそ読めないがまだ新しい物。それも、パッケージで笑っている女優の髪色は、彼女が今しているそれと同じ染め色ではないか。

 

 こんなもの、質の良いドラッグストアに行き当たった傭兵だって、中々持って帰ろうとするまい。それこそ余程美に拘りがあるか、白髪が気になり始めた娼婦くらいにしか需要がないのだ。

 

 それをピンポイントで持ってくるハストゥールの人心掌握術は、並を越えて神がかっているとさえ言えた。

 

「よろしいでしょう? 〈シヴィラツィオ〉世界の毛染め剤。手袋を付けてお風呂で塗るだけ、あとは濡らさず15分で良い色ができあがり。滅多にアーモリーでは見つからない出物ですわぁ」

 

 その説明だけで、ナナは目が離せなくなっていた。

 

 このみっともなくて仕方がないカフェオレプリン頭。鏡を見る度に憂鬱だった。粉石鹸によって痛んでいく髪質、とてもではないが手が出ないコンディショナー。そして、色合いを重い黒にしていく髪の毛。

 

 どれも一軍女子、ギャルであった彼女の矜恃を傷付ける。

 

 これがあればと手が伸びかけたところ、タイミングを計っていたようにハストゥールの手が引っ込めてしまった。

 

「あっ……」

 

「まず、貴女にはコチラ。そうですわね、他に参加してくれる助っ人がいるのでしたら、新品の煙草五本でいかがでしょう。勿論、一人当たり」

 

 冷静になれと自分に言い聞かせ、彼女は計算する。

 

 アーモリーでは手に入りづらい餌。助っ人を要請することを目論んで用意される報酬の額。

 

 どれも一筋縄ではいかないことを裏付けていた。

 

 だが、人間の欲望は理詰めではない。

 

 気が付けば、彼女は首を縦に振っていた。自分でも信じられない内に。

 

「おっけー、交渉成立! いやー、来てみるものですわね。ハジメさんからどんな脅しを受けてるか分からないから。あの子、妙にわたくしを警戒なさるのよねぇ」

 

 からからと笑いつつ、ハストゥールは一枚の古ぼけたルーズリーフをさしだした。

 

「これは、ここ数日、酒場で死んだ人間のリストでしてよ」

 

「酒場で死んだ?」

 

 何を今更という顔をするナナ。酒場で人間が死ぬなんて〝当たり前〟なのではないか?

 

 普通の価値観の持ち主なら「お前は何を言っているんだ?」ということが、当然になってしまうほど、彼女はこの街に染まっていた。

 

 それこそ下手をすると、其処いらの路地で野垂れ死ぬ人間より、酒場で馬鹿をやって死ぬ人間の方が多い。

 

 昨日だって、また一人借金で首が回らなくなったのか、ハジメにロシアンルーレットを挑みに来た馬鹿がいたのだ。

 

 まぁ、結局ソイツは烏金《法外な貸し付け》をされて、金貸しから無理矢理突っ込まされた馬鹿だったので、ハジメは「無益な殺生だなぁ」と嫌そうな顔をして帰っていくハメになったのだが。

 

 それくらいの巷だというのに、一々酒場で死人が出たからなんだというのだろう。

 

「えーと、無縁仏の引取先探しとかじゃないわよね?」

 

「もちろん、そんなことで煙草を払うほど殊勝じゃなくってよ。ちょっとね、おかしい点が多いんですのよ。統計的に見て死人が増えすぎてる、とでもいいましょうか」

 

 ルーズリーフに書かれた名前は四十人を越えているが、これが数日分の死者だというのであれば、そこまで奇妙とも思えない。

 

 しかし、態々依頼を持って来たと言うことは、何かしらの原因があるのだろう。

 

「分かった、死人が増えた原因を探せってことね」

 

「そのとおりですわ。賢い子は大好き。そしておかわりも奢っちゃいますわー」

 

 彼女がパチンと指を鳴らせば、呑み乾したはずのカップに再びコーヒーラテが注がれていた。

 

 奇妙な現象に驚く暇もなく、彼女は立ち上がる。

 

「あー、ただ仕事は三人くらいで挑む方が良いと思いますの。大勢で動くと微妙かもしれませんわね。二・三人ですかね」

 

「えらく具体的なアドバイスね……」

 

「で、ハジメさんかトリニティさん、どっちかにするのをオススメしますね」

 

 それってどういう意味……と聞こうと振り返れば、いつの間にか黃衣の女は酒場から姿を消していた。未だに片方が吹き飛んだままのスイングドアが揺れた気配もなく、足音さえもしなかった。

 

 ナナが驚いて店主を見れば、彼は顔を横に振る。

 

 深く知ろうとするな、とでも言うのだろう。

 

 色々と腑に落ちない物を感じながら、先払いとして置いて行かれた毛染めを眺めながら、ナナはしばらく呆然とするのであった…………。




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