WORLD END SCRAPYARD~ 廃棄された多元世界で治安がヤバイ女たちと悪運だけで硬派に生きてる 作:Schuld
モルグは町外れの中でも、崩れかかった建物を再建して作られていた。
「え? ここ……なんか雰囲気、違うくない……? てか、あの傾いた看板って豚……」
「そりゃな。元は枝肉の加工場だぞここ」
「えぇ……」
それはかつて精肉業者の〝業務用冷凍庫〟であった場所であり、大型の冷蔵施設が揃っているのみならず、辛うじて稼働可能であった故にモルグとして機能している。
冷凍機能は、とあるペルディトゥスが〈付与精霊の紋章〉によって廃車のエンジンを発電機に改造し、魔力の供給で動くようにして維持されている。
電源は街中で需要があるが、魔力は使える道具がアーモリーではそこまで多くない。故に、かつて魔導を志したが、今となっては魔力の使い魔道がない者が小遣い稼ぎで吐き捨てていく場所の一つと化していた。
「邪魔するぞー」
「ん~いらっさ~」
そこには奇妙な女がいた。
怖ろしく小さい、ペルディトゥスでいえば〈小型〉といってもいい身長は120cmに届くか届かないかと言ったところだろうか。
外見はシヴィラツィオに近いが、彼女の体はよく見れば各所が機械化されていた。
トリニティのような、陽電子頭脳に自我を持っていると呼ぶに足るAIが詰まっている個体ではなく、後に機械化された人間のフラグメンテ・マキナだ。
緑色のネオンカラーめいた髪は極彩色に点滅を繰り返し、くりくりとした右目は同じパターンでギラギラと輝いている。童女の顔付きは愛らしいが、消灯している左目の下に刻まれたバーコードパターンが奇妙な機械らしさを演出する。
そして、妙にテカテカした革ともビニールともつかない素材の緑色をしたチューブトップとミニスカートを組み合わせた上、袖が完全にあまりきり、裾をやりすぎなくらい引き摺った白衣を着ている様は、ミスマッチというよりも恐ろしさを孕んでいた。
それは、彼女の体の各所に、まるで見せ付けるように
かつての世界では〝メカニカル・ゴス〟と呼ばれたファッションの一種であり、生体由来の体を敢えて全て棄て、まるでメカのように振る舞うことを好む退廃的なファッションの一つであった。
「よぉ、ゲーミング女。今日も相変わらず良い空気吸ってんな」
「おお~、やほ~ハジ~。悪いけど~今日も良い声帯は入ってないね~」
一部のシヴィラツィオがゲーミング仕様と呼ぶせいで、当人も気に入ってゲーミングと名乗るようになった変人は、しれっとこの場で解体作業をしていることを告白した。
「何かないのか? 音域が広くて、女性用、
「近頃は良い出物がなくてさ~。フラグメンテ・マキナは~大体萎縮してアド・イティレネに引っ込んじゃって~バラせる筐体が少ないんだよね~」
だが、それはハジメのようにスクラップヤードの空気にどっぷりと浸り、順応しきった人間にとって何ら心を動かすものではない。
それこそ再利用できるものを何故使わないのか? という心境に達してやっと、スクラップヤードの住人になったと言っても良いだろう。
「男性用なら一個あるよ~。B-A-Zオーディオテクニカってところのが~悪くなくてさ~。裏声イジったら~それっぽくなるかもよ~。まぁ~唄姫ちゃんの筐体には~ちょっとデッカいから~ハウジングイジらないといけないかもだけど~」
「アイツが男用で妥協するわけないだろ。いらねぇよ」
「あ~でもな~むずかし~な~、あの子~かなり良い世界から来たからか~めっちゃ小型化されてて~詰め込むのキッツいんだよね~」
白衣の袖をブラブラさせつつ、フラグメンテ・マキナの残骸を詰めたコンテナを漁るゲーミング。しかし、彼女の脳内にある帳簿とズレはなく、トリニティが満足するような声帯ユニットの在庫はないようだった。
「良いのがあっても~ボテ腹みたいになったら~美しくないもんね~」
「パルスライフルで頭吹っ飛ばされてもしらねぇぞ」
「冗談冗談~」
で、御用は~と問い掛けられて、ハジメはメモを取り出しつつ名前を上げた。
「フラッフィー来てるだろ。バラしたか? 火葬はまだだよな・」
「あ~彼~? どっちも、まだだね~」
「会わせてくれ」
「あいあい~」
ゲーミングが手を差し出すと、ハジメは何も言わずにシケモクを三本押しつけた。彼女はそれを白衣のポケットに放り込むと、ふらふらした足取りで大きな扉に向かう。
見るからに冷蔵庫といった風情の扉であり、実際に中身は霊安室の遺体を一つずつ保存できる水平ロッカーではなく、部屋全体が冷凍室といった有様だ。
「さっっっっむ!?」
「息を深く吸い込みすぎるなよ。マイナス40℃だ。肺をやられるぞ。鼻ぁ守っとけ、粘膜がくっついて息できなくなることもあるからな」
枝肉の冷蔵庫は死体を損壊しないよう、かなりの低温に設定されていた。
そして、そこにミートフックを使ってボディバッグが大量に吊されている。
「え~と、運び込まれたのが一昨日だから~このへんのはず~」
極寒の世界をぺたぺた素足で歩くゲーミングは今更だが、流石に制服の足丸出しの寒さにナナは耐えられなかったのだろう。暖を求めて、遂にはハジメに抱きついた。
「かっ、かか、かんちがい、しないでね、お、オタ、オタクくん……」
「分かってるよ。てか、そんな足出してるのが悪いんだ。良い服買えよ」
「こっ、これは、あーしなりの、じこっ、自己表現!」
「あった~!」
ハジメが頑張るなぁと称賛半分、呆れ半分で思っていると、ゲーミングはホロタグから〝尋ね人〟を見つけたようだ。
ジッパーが下ろされると、露わになるのは男の死体。
〈シヴィラツィオ〉の男性で、体格はかなり良い。古ぼけたタンカラーの野戦服を着込んでおり、持ち物は持ち去られたのか殆どない。恐らくツレが葬儀代として持っていったのだろう。
この瞑目して安らかに冷凍された男、フラッフィーがアーモリーでもとびきり高価な〝レバーアクションライフル〟の名手であったことを知る者は多い。
名うての傭兵として名が売れており、一対三の盤面で、見事な速射、それも腰だめの構えで碌に狙いも付けられなかろうに、三人の悪漢を瞬きの間に撃破したのは語り草である。
それでも死んだ。
それでも、こうやって氷漬けで吊されている。
ただ、左腕の高性能なフラグメンテ・マキナから移植した腕を目当てにして。
「フラッフィーは葬儀組か?」
「いんや~? 売られてきたから買った~あ~でも火葬代は込みだからね~かなり安く引き取ったよ~」
「ったく、お前も〈悪運〉が尽きたらこの様か。羨ましいぜフラッフィー」
知った顔を前に、ハジメは黙祷の代わりに煙草を咥えて、懐に手を突っ込んで動きを止めた。
こんなところでキンッキンに冷えたスターリングシルバーのオイルライターを取り出せば、肌が張り付いてえらいことになると。
すると、ゲーミングが右手を刺しだしてきた。そして、指先から見えないほどの小さな穴からガスが噴出し、火が灯る。一種の内蔵式ターボライターだ。
「すまん」
「お別れの儀式でしょ~空気くらい読むよ~」
ハジメは自分で一服した後で、すっかり凍り付いて開かないフラッフィの唇に煙草を添えてやってから、また自分で咥えた。
知った顔の知人を送り出す、傭兵特有の葬送だ。
「検死は?」
「してないね~死因を一々調べてらんないし~それに~もう凍って細胞壊れてるから~今から検査しても意味ないかな~」
「だろうな」
それでも彼はじっくりと死体を観察したあと、違和感に気付いたのだろう。ナナが分かるよう、フラッフィーの顔を指さした。
「見ろナナ、穏やかな顔だろ?」
「死んでるんだぜ、これでって?」
「世界が違うと鉄板ネタも通じないことがあるって覚えとけ。いいか、普通〝アル中で死んだヤツはこんな穏やかな面で死ねない〟もんだ」
アルコール中毒が死因の亡骸は、通常これほど安らかな、どこか満足そうな顔で最後を迎えることはない。血中アルコール度数が限度を超えると、延髄の生命維持をコントロールしている部分がバグを起こし、凄まじい嘔吐感に襲われる。
しかし、体が誤作動して筋肉が弛緩して、上手く嘔吐できず窒息死することがある。その際、非情に苦しんでんで死ぬことになる。顔はパンパンに鬱血して腫れ、肉体のコントロールが上手く行かなくなった故に失禁することもある。
だが、穏やかな顔で死んでいるフラッフィーに、その兆候はなかった。
「じゃ、じゃじゃ、じゃ、ある、ああ、アル中、じゃな、ない?」
「だとしたらもっと醜くなってるよ。よし、分かった。コイツは馬鹿な飲み方をして死んだんじゃない」
殺されたんだ。
そう断言するハジメの顔は眠そうないつもの半眼の癖をして、ギラギラと嫌な光を放っていた。
知り合いの仇を討つようなタイプではない。かといって、知人が妙な殺され方をして「そうか」で容れられるタイプでもない。
事と次第によって、彼のアーモリー・リボルバーは遠慮なく火を噴くだろう。
「邪魔したな。コイツはちゃんと弔ってやってくれ」
「もうお代もらってるからね~塵は塵に~灰は灰に~ってね~」
フラフラとオーバーサイズの白衣の袖に見送られて、二人は零下40℃の地獄から逃げ出した。
「って、やべ、睫凍った。ナナ、お前さんもしばらくイジるなよ。折れるぞ」
「は、鼻がじゃりじゃりする……」
「鼻ん中で空気が凍ったな。ゆっくり温かい息を吐け。直ん楽になる」
被服についた氷の欠片を払いながら、ハジメはナナに傭兵として〝人間の死に様〟をよく観察しておけと教えた。
何も悪趣味に、将来的にお前はこうなるんだという警句ではない。
人間の死因には、必ず特徴が伴うのだ。
体に受けた弾丸の口径。傷口から入射角を計算し、撃たれた立ち位置を計算して敵がどこにいたかの計算は、できて当たり前だ。
そして、慣れてくれば毒殺の知識も必要になる。
力で勝てないなら、勝利の美酒に毒を盛る。昔からのやり口なのだ。知っておいて損はない。
「あの死に方はシアン化物じゃないな。特有の臭いはなかったし、心臓を一気にやられるから顔面からいきやすい。顔は綺麗だったから違うだろ」
「シアン化物?」
「青酸カリって言ったら分かりやすいか?」
「それなら分かる」
あと、放射性物質の筋もないとハジメは断言した。
何故かと問われれば、腰のポーチに吊してあった機械を示す。
放射線濃度を測定するガイガーカウンターだ。施設内にいた時、これは常に沈黙を維持していた。それにフラッフィーには被曝特有の毛髪脱落もなければ、輝く火傷めいた疵痕もなかった。
放射性物質を摂取させて、じわじわと苦しめて殺すと同時、毒を盛った時期を分かりづらくするやり口はよくあることなのだ。
しかし、今回はそのパターンではないだろう。
「……多分、カクテルだな」
「カクテル?」
「アイツはそれが好きだった。気付きづらいような毒酒を作って殺ったんだ」
「そっか、カクテルなら味が濃いから分かりづらい」
とはいえ、それが分かったからといって一気に答えが分かる訳ではない。
このアーモリーに酒が飲める場所は多い。そして、同じくらいバーテンも多いのだ。
虱潰しにするには数が多すぎる。
「そういえば、アイツはカクテルのデキに五月蠅かったな。ステアがド下手なバーテンを殴ったこともあった」
「じゃあ、腕が良いバーテンを探せば良いってこと?」
「それで絞っても両手の数以上ある。一々尋問してたらどれだけかかるよ」
「それもそっか」
だから身近なところから洗い出すぞと言い、ハジメはとある通りに向かって歩き出した。
フラッフィーのお気に入りにして、死に場所。そして、彼と親しかった者達が今、屯している場所を知る必要があった。
何かしらの情報を拾うことはできるだろう…………。
無料で荼毘に付してくれるお国がないので、きちんと死体を処理してもうのにも手間がかかる地獄。