WORLD END SCRAPYARD~ 廃棄された多元世界で治安がヤバイ女たちと悪運だけで硬派に生きてる   作:Schuld

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 傭兵は街を好き勝手に歩くが、それは基本的に〝戦う力〟を持っており、自分に火の粉が降りかからないからだ。

 

 反面、組織の人間は無駄な軋轢を省くため、大物が出歩くことはない。

 

 それが中立地帯といえる、独立独歩でやっている酒場の中でさえ。

 

「ナナ様ですね」

 

「あっはい」

 

 訪ねて来た黒スーツの男に声をかけられて、ナナは酸化してエグ味を帯びたライムジュースを溢しかけた。

 

 見た目からしておっかない男だ。〈シヴィラツィオ〉か〈サバイバーズ〉の何れかだろうが、左目に跨がる傷、右に向かって大きく裂けて、一部の歯が見える頬が凄まじい威圧感を放っていた。

 

 修羅場を潜り抜けて尚も生き抜いてきた、本物の顔であるからだ。

 

 隣で情報とやらが来るのを待って暇していたシャシュトゥが脅えるほどである。

 

「ムゥダン大姐からのお報せです。フラッフィーが死んだ晩、彼はヴェラ・スウェイという店で、トムソンというバーテンに相手されていたと」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ただ、流しのバーテンなので場所は分かりません。方々に顔を出しているようです」

 

 伝えることだけを伝え終えると、凄絶な面傷の男は革靴の音を立てながら去って行った。

 

 さしもの酔客達も、彼には一切の揶揄や視線をくれない。

 

 三交会とドンパチやりたい馬鹿は、この場に誰一人いないからだ。

 

 むしろ、一撃で死ねる分、ハジメとロシアンルーレットする方がマシであろう。

 

「なんだ今の……怖ぇ……」

 

「いや、アンタの顔も大概だけどね……」

 

「あそこまでおっかなくねぇだろ俺!!」

 

 完全に情報の伝達役が去って行ったことを確認した後、ナナは怯えを追い払うようにシャシュトゥを煽った。

 

 ただ、必死に否定しているが顔付きの恐ろしさで言えば〈ペルディトゥス〉でない者の感性からするとどっこいどっこいである。牙を剥いて否定する彼を見て、酒場の面々も良い勝負だと思っていた。

 

「しかし、どうする? 今は兄貴がいないぜ。ヴェロニカさんに呼ばれてるとかでよ。戻るの待つか?」

 

「でも、受けたのあーしだし、いつ戻るか分かんないでしょ……二人でも仕事はできなきゃ今後困りそうだし」

 

「てかよぉ、払いは悪くないから良いけど、巻き込むならもっと事前に言えよ」

 

「ごめんて」

 

 大きな体を何とか丸めて文句を言うシャシュトゥに一応の謝罪をしつつ、しかし仕事をしなければならないのは事実だろうと言えば、彼も納得した。

 

 煙草なんてものは大事に使っても直ぐに尽きる。宿代、飯代、そして装備を更新すればあっと言う間だ。この地で無料の物なんてものはない。息をするように煙草と弾がなくなるのならば、尽きないように稼ぎ続けるのは道理だ。

 

 ならば、足を使ってでも稼がねばなるまい。

 

「行くよシャシュトゥ」

 

「えぇ? まだ日も高いぜ?」

 

「フラッフィーと連んでた人がいるかもしんないでしょ。何かの手掛かりになるかも」

 

「はー……また空気と戦うような仕事掴みやがって」

 

 仕方がねぇと立ち上がったオーガを連れて、二人は件の酒場に向かった。

 

 アーモリー南東部、寂れた街の残骸をどうにかこうにか直している街区の中で、半地下の店がヴィラ・スウェイだ。煤けた看板がかかっているため、よく分かる。

 

「……なんか、いつもの酒場と別の意味で圧があるね」

 

「知ってるぜ、兄貴から聞いた。ハングアウトってんだろうな、こういうの」

 

 会員制の店かどうかは、記号を見れば分かるそうだが、そういった物はないため、ナナに押されるようにしてシャシュトゥが扉を開ければ、そこは薄らと靄がかかっていた。

 

 盛大に吐き出される煙草の煙が換気に追いつかず、溜まっているのだ。

 

 板張りの床にバーカウンターがあり、円卓が幾つかという風情はいつもの酒場と同じだが、光源が蝋燭であり、屯しているいる客層が違う。

 

 うらぶれているというよりも熟達したという雰囲気。素人が何となくで入る店でないことは、雰囲気から察せられた。

 

 ナナがコワ……と思っていると、不意に横から声がかけられた。

 

「なんだ嬢ちゃん、彼氏を盾にご入店かい? ここは高ぇぜ」

 

「一人で来られるくらいになってから来た方がいいかもな」

 

 嘲笑というよりも冷笑に近い笑いを浴びせられて、カッとなったナナは、そこそこの修羅場を潜った自負もあってバーカウンターへとローファーを慣らしながら歩み寄った。

 

 そして、店主に言う。

 

「ここ、フラッフィーって人の馴染みで合ってる?」

 

「…………」

 

 少し上品なスーツを纏ったペルディトゥスのアドラーは、話しかけられても無視してグラスを磨き続けている。そして、ちらっと伏し目がちの目線を卓上にやった。

 

 メニュー表、というほど上等なものではない。黒板にグラスと分かる絵の隣に、煙草が二本描いてある。つまり、ここは一杯で手巻き煙草二杯の上等な酒場ということだ。

 

 少し悩んだが、金を惜しんでは話が進まないと思ったナナは煙草を止まり木に叩き付けるように置くと、店主は淀みのない動きで小さなショットグラスを手に取り、ラベルの貼られていない酒を注いだ。

 

 茶色く揺れる酒はかなりキツい酒精を持っているようで、色合いはハジメが好んでいるウイスキーとはまた違うが、ナナには美味しそうとは思えなかった。

 

 しかし、飲まないと客ではないのだろうと思っていると、横からゴツいてが伸びてきた。

 

 シャシュトゥだ。

 

 彼はぐいっとそれを煽ると、大きく息を吐いた。

 

「キツくて美味いなコレ! 初めて飲んだ味だ! 草っぽいのにちっと甘い!!」

 

「お、なんだ兄ちゃんイケる口か」

 

「テキーラは初めてか」

 

「これなら何杯でもイケそうだ!!」

 

 お、言ったな? と常連らしい音が笑い、指を鳴らしてマスターにもう一杯用意してやるように頼んだ。

 

「奢ってやらぁ」

 

「マジッスか! あざっす!!」

 

 礼と共に彼は次のショットもぱかりと呑み乾した。

 

「かぁーっ! 味も好いけど、火の玉が喉を潜ってくみてーだ! きもっちぃー!!」

 

 すると周りは面白がって、じゃあ俺も俺もと言いだして、じゃんじゃんと酒が勧められる。

 

 それに一歩も引かぬのは、流石のオーガといったところか。並の酒豪じゃパタリと逝きそうな代物を乾して尚も、美味い美味いと笑っている。それが十杯にも達しようと言う頃だろうか。

 

「良い飲みっぷりだ! ったく、フラッフィーのヤツを思い出すぜ」

 

「お、旦那達は知り合いなのか? 俺達ぁそのフラッフィーって人のことを……」

 

「ヤツァ死んだよ。五日だか六日前にぽっくりとな。俺達ぁいつもの飲みすぎだと思ってたら、水ぶっ掛けても起きねぇから、面叩いたら冷たくなってやがってよ」

 

「満足そうな面だったよなぁ。捨てるのも偲びねぇから、アイツん装備売って、足りねぇ分は煙草出し合ってモルグに送ってやったのよ。あすこなら義手は取られるが火葬してくれっからな」

 

 どうやら、この酒場の常連はフラッフィーの仕事仲間でもあったようだ。

 

 これはチャンスと思ったナナが口を開く。

 

「あーしら、ここ最近酒場で死ぬ人が多いって聞いて仕事を受けてさ」

 

「なんじゃそりゃ。酒場で人が死ぬなんざ普通だろ」

 

「でも、死体を見に行ったけど、フラッフィーって人おかしかったよ。酒での死に方じゃないって」

 

 一瞬、喧騒が止む。ナナの手近で飲んでいたシヴィラツィオが上体を乗り出しながら、腰に手をやった。ガチリという音は、銃の撃鉄を上げたものだろう。

 

「どういうことだ?」

 

「アル中じゃあんな死に方はしないって。漏らしてもなかったし、普通は苦しむって」

 

「知った風に言うな。それとも俺達はツレが殺されたのに黙って見てた阿呆だって言いたいのか?」

 

「この見立ては、あの〝イモータン〟が立てたものだよ」

 

 俄に酒場がザワついた。

 

 あの不死身野郎かと。金は稼いでいるだろうに、上等な酒場ではなく、敢えて安酒場に屯して、命が懸かっているロシアンルーレットを誰からの勝負だろうと気安く呑む変人。

 

 その名はアーモリーに広く轟いており、知らないヤツはモグリだと言われるほど。

 

 実際、シャシュトゥが無茶な喧嘩を売ったのも、ハジメがそれだけ有名だったからだ。

 

 ただ、彼が有名なのは死地から還ってきたことばかりではない。

 

 捜査や調査にも優れている上、こういった殺しの嗅覚に怖ろしく鋭いのだ。

 

 その彼が見立てたというのであれば、それは正しく殺人なのだろうと理解させる程度には、ハジメは街で起こる事件も解決してきていた。

 

 ただのガンスリンガーであれば、ここまで畏怖はされまい。傭兵として、与えられた仕事を全て熟してきたからこそ、あの男は、そして彼が加わっている一党は畏れられるのだ。

 

「で、あの日流しで入ったバーテンのトムソンって人を探してるの。知らない?」

 

「……たまに来てる。シェーカーを振る腕が良いから、来たら立たせてやっている」

 

 マスターが歌うように涼やかな声で言った。

 

「フラッフィーとは仲が良さそうにしていたな……色々と話を聞いてやっていたようだ」

 

「じゃあ、それって」

 

「だが、あの男はフラッフィーが死んだことにも泣いていた」

 

「そうだぜ、モルグ代もカンパしてくれた」

 

 何だそれはと、ナナは訝しんだ。殺した相手のために泣く? ましてや煙草を出すだと?

 

 ただ、彼女にとってそれは別におかしなことではなかった。

 

 学校のハイカーストに属していれば、よくあったことだ。

 

 イジメに関わることなど。そして、それを隠すための嘘泣きなんぞ。

 

 そんな下らないことに関与することはナナのプライドが許さず、ましてや楽しいとなど思いもしなかったため加担したことはない。むしろ、窘めて一度イジメのターゲットにされたが〝物理的な報復〟によって黙らせたため、下らないという考えは今も一緒だ。

 

 しかし、人間は嘘で涙を流せることを彼女は知っていた。

 

 だとすると、何かがある。

 

「フラッフィーってさ、何かで悩んでたり、苦しんでたりしてなかった?」

 

「苦しんで?」

 

「……そういや、ずっと愚痴ってたな。前の殺しが最悪だったって」

 

「それってどんな?」

 

「妊婦だよ。腹ん中にガキがいるのに傭兵やってる馬鹿がいて、死体を漁ってる時に腹が膨れてることに気付いたんだと」

 

 まぁ、言っては何だが有り触れた話だ。

 

 傭兵は傭兵であっても、男でも女でも、性別をやめることはできない。

 

 〝やること〟をすれば〝できる〟という道理は変わらないのだ。

 

 そして、このスクラップヤードにおいて、それを重視する人間は少ない。

 

 言っては何だが、ゴムなんぞ態々有り難がるのは娼館か女衒くらいものので、それ以外の傭兵は背嚢に空きがあれば別の物を詰めるだろう。ハジメのように万が一の時に水筒にできるとか、デルタのように銃口に被せれば泥や水を防げるといった、多用途性に目を付けて一箱くらい持っていく方が希である。

 

 そして、その結果、銃を撃つしか生きて行くことを知らない女がどうするか。

 

 自分以外の命まで天秤に乗せて、鉄火場に出るしかないのだ。

 

 どうやらフラッフィーは最悪を引いたらしい。どれだけこの世界に馴染んだ人間であっても、仮に敵対者の護衛として雇われていてやむを得ずとはいえど、妊婦を撃ち殺してしまっては心に深く深く傷が入っても仕方がない。

 

 それこそ、死んだ方がいっそ気楽かという考えに至るほど思い悩むのが、通常の人間だろう。

 

「まぁ、正直俺らでも凹むわな」

 

「ガキと妊婦はな……銃持ってる女だって分かっても、キッツいだろうよ」

 

「寝覚めが悪いなんてもんじゃないわな……」

 

 共に覚えがあるのか、共感してか沈痛な面持ちになる傭兵達。

 

 彼等は大なり小なり人殺しだ。一人とて血濡れでない手を持っている人間はいないだろうし、この弾薬と煙草が命と等価の界隈において傭兵を名乗って人殺しをしないのは、偽善を通り越して愚か者だ。

 

 実際に、仏心を出して見逃したばかりに、的外れな逆恨みで殺された人間がどれくらいいるのやら。

 

「慈悲の心……」

 

 そこまで考えたところで、ナナはふと一つの結論に思い至った。

 

 フラッフィーは安らかな顔で死んでいた。

 

 つまり、苦しくない薬で逝った。

 

 ただ殺したいだけの相手がそこまで気遣う必要があるのか?

 

 これが快楽殺人者であったならば、多少は露見しづらい方法を使うだろう。それこそ遅効性の毒を使うなり、放射性物質を使ってジワジワ殺るなり方法は幾らでもある。

 

 しかしだ、苦しんで酒を呑む男を〝楽にしてやろう〟としているのならば?

 

「……ねぇマスター、その人、次いつ来る?」

 

「不定期だが、五日に一回は」

 

「そっか。しばらく席借りても良い?」

 

「席代が出せるなら好きにしろ」

 

 オッケーと呟いて、彼女は出口に向かった。シャシュトゥが何? 何だよと聞きたがっているが、今は急いでハジメを探したかった。

 

 この考えが合っているのならば、多少はコネを使って貰う必要がありそうだと…………。

 

 




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