WORLD END SCRAPYARD~ 廃棄された多元世界で治安がヤバイ女たちと悪運だけで硬派に生きてる   作:Schuld

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 轟音が鳴り響いていた。地響きのような音は腹の奥を揺らすような重々しさで鳴り響き、如何に天が不機嫌かを伝えてくる。

 

「うーわー……」

 

 ナナは荒天という言葉すら生温い、狂奔している空を悠長に眺めるのではなく、ボロ宿の窓板を抑えながら迎えていた。

 

 天気は昼前から驟雨として崩れていたが、それがここまでの嵐に発展するとは誰も読めなかっただろう。幸いにも今日は休みにしようと昼まで寝ていた二人は、外で俄に降られた人々の悲鳴を聞いて目を覚ました。

 

 そして、その一時間後には、この有様だ。

 

「ちょっと洒落んになってないってマジで……」

 

 安息の枕亭、その名前に反して枕が無料サービスではなく、金を出さないと置いてくれない優良誤認も甚だしい宿は、この荒れ具合に耐えられるように作られていなかった。

 

 そもそも窓硝子が割れた窓を蝶番と支え棒で開閉する板で塞いだ、手抜き極まる補修がされている部屋なのだ。このような天候で心地好く過ごせるはずもなし。

 

「アイツいつ帰って来んのよ……早くー……」

 

 シャシュトゥと二人部屋をシェアしているナナは、放っておけば吹っ飛んでしまいそうな窓を抑えながら、相方のオーガが帰って来るのを待っていた。

 

 このままでは、どちらか片方が抑えていなければ、安普請の部屋が水浸しになることは想像に難くない。既に方々から強い風に叩き付けられた雨が染み込んでいるのだ。更にデカイ穴を拵えて、寝床が台無しになることは避けたかった。

 

 故にもう部屋を改造するのは、ある程度勝手にやっても良いとハジメから聞いていたため、雨の間はもう釘を打って塞いでしまおうと大工道具を買いに行かせていた。

 

 この天気の中? と思わないでもないが、コインでの結果なので文句は言わせない。裏表を当てるだけの〈悪運〉がない方が悪い。これは彼が師匠と崇めて止まないハジメが連んでいる仲間内でも、外した雑魚がナメクジだったのだと納得しているくらいの不文律だ。

 

 この世は基本的に運が物を言う。生きていることでさえ〈悪運〉がどうだのと囁かれる巷なのだから、それに抗う方が悪いのだ。

 

 第一、次の瞬間にも棄てられた世界が上から落ちてきて、何もかもがお釈迦になっていたっておかしくない。その上でまだ呼吸ができて、雨がどうこう文句を言えるのは、正に運が良いとしかいいようがなかろう。

 

 少しの〈悪運〉に恵まれたため、水に濡れ、風に打たれることから逃れられたナナであるが、このままだと時間の問題だぞと板切れを抑えつつ思った。

 

 今は風向きがいいので、吹き込んでこないよう押し返すだけで良かったのだが、これが横向きの風になった途端に窓は蝶番からもげて飛んでいくだろう。

 

 しかし、その戦いをしている最中に扉がノックされた。

 

「だーれ!?」

 

 問い掛けてもノックが返って来るだけ。シャシュトゥが戻ってきたならば普通に扉を開けるだろうし、宿の人間ならば何か言うだろう。

 

 イライラして再び誰何するナナだが、やはり戸を叩く音がするばかり。

 

 いい加減にしてよと思いつつ、しかし窓が吹っ飛ぶことを防ぐために手を離せない。まさか、この天気で押し込み強盗かと思って寝台脇に立てかけてあったトラップドアに手を伸ばそうとするが、若干手の長さが足りぬ。

 

 くっ、あと少し、けど無茶をすると関節が外れるか筋を痛める。その狭間で苦しんでいると、施錠しているはずの錠が上がった。

 

「えっ?」

 

『失礼します。お返事はいただけたので……』

 

 そこにいたのは、掌から詫びの言葉をホロ投影しているトリニティであった。なるほど、声帯を持っていない彼女であれば、ノックしかできなかったのも納得であるし、機械のマニピュレータならば、原始的に過ぎる錠を開けることも難しくはないだろう。

 

 しかし、いきなり開けられたことには驚いた。普通、この界隈で許可なく扉を開けるということは、鉛玉をブチ込まれても文句を言えない暴挙なのだから。

 

 しかし、トリニティは向こう側をスキャンして、中で何が起こっているか程度なら分かるようカメラアイとセンサー類を換装している。そのため、ナナが傍目には滑稽な格好で手足を伸ばして、窓を抑えることとライフルを手にすることを不可能な両立させようとしてえる様を透かし見ていたのだろう。

 

 つまり、どうあっても反撃は不可能。この状態なら勝手に開けても銃弾は飛んでこないと判断し、用事を片付けに来たのだ。

 

「えと、何?」

 

『ハジメから差し入れです』

 

 彼女の手に握られていたのは、釘の箱だった。何処かから棄てられて来た世界の文字がプリントされた紙箱には、サビが浮いた古い金釘が幾本も入っている。

 

「えっ!? 助かるー!!」

 

『持って行ってやれと。コインで負けました。あ、酷く錆びているので気を付けてください』

 

 見れば、彼女のボディは微かに煤けていた。どうやら盛大に振られながら外から戻ってきて、玄関で軽く水気を切ってきただけのようだ。雨に溶け出していた汚穢が乾燥によって浮かび上がっており、生身の人間であれば、重篤な汚染に晒されたであろうことが分かる。

 

「え、オタクくん、今宿にいないの?」

 

『いつもの溜まり場に行ってから降られたので』

 

「何か早くから行ってんね?」

 

『仕事の予感がすると弊機を起こした上で朝早くから。そのアテは外れましたが』

 

 しかし、ハジメ的には今日の〈悪運〉はご機嫌な方であろう。この天気で部屋に押し込められては飯を食って寝る以外のことはできないのだから、それならば酒場で暇潰しの種として、珍しく自分から賭け事に興じるのも悪くない。

 

 そして、その上でコインを使って豪雨の中に出ずに済むのであれば、何をか況んやである。

 

 そこにシャシュトゥが「どこも店開いてなくてぇ……」と泣き付いてきて、たまたま鞄の奥に工具セットを突っ込んでいたハジメが、じゃあコレ持って行ってやれとトリニティを送り込んだのだ。

 

「あ、でも金槌ないや。どうすれば……」

 

『貸してください。窓をしっかり抑えて』

 

「え? ああ、うん」

 

 一緒にハンマーも持って来てくれたのだろうかと思っていると、トリニティは釘を素手で握り、大まかに当たりを付けた後に人差し指を添えた。

 

 そして、力が込められるとジワジワ釘が沈んでいったではないか。

 

 それを二本、三本と繰り返し、五本ほどで彼女のシステムが剛性担保は十分であると判断したのだろう。納得したのか木屑を払うために手を叩く。

 

 しかし、その様を凄まじい目で見られていることに気付いたのだろう。何か自分は不手際をしたのだろうかとナナを見返したトリニティは、カメラアイのファインダーを収集させながら問うた。

 

『何か?』

 

「いや……その……凄いなって」

 

『凄いとは、具体的に?』

 

「あー、まぁ、何て言うか、やっぱ機械だけあって違うなって」

 

 そう言われたトリニティはムッとした。

 

 彼女としては機械というワードには敏感だ。特にこのスクラップヤード、シヴィラツィオには多いことなのだが、彼等は往々にして〝ガイノイドの人権〟という意識が薄い。

 

 少なくとも彼女が棄てられる前の世界で同様の言葉を投げつけたならば、訴えれば勝てていた。ウェブ上の発言であれば、酷いレイシストとして大勢から殴られたであろう。

 

 それに、この外見であったとしても、演算中枢は電脳化して強化した人間であることも珍しくないというのに、軽率にメカだとか機械だとか言ってくるのが中々に容れがたい所があった。

 

『弊機はガイノイドです。いわゆるアンドロイドですが、ちゃんと自我と個我があります』

 

「いや、あーしオタクじゃないから、専門用語並べられても……」

 

『何と教育水準の低い世界でしょうか! ハジメは解説せずともオートマトンとガイノイドの違いが理解できたというのに!』

 

 ぷんすこと怒られてもメッセージウィンドウ上の文字では、イマイチ感情の高ぶりが理解できない。しかし、憤懣やるかたないという彼女の怒りはフォントサイズに表れており、多言語変換器のブレによってナナにも読める瞬間と読めない瞬間があったが、この廃棄場の主がこれを〝発話である〟と認めていることによって通じていた。

 

 だが、言葉が理解できても内容が理解できるとは限らない。ナナから言わせれば、それはオタクくんがオタクだからであってという話で、ガイノイドとオートマトンが如何に違うかなど説かれてもという話だった。

 

 人間、興味がないジャンルの講釈ほど、耳の穴から抜けて行く話題もあるまいて。

 

『これだから教養のない野蛮人は……』

 

「フィギア扱いされたこと、まだ怒ってんの?」

 

『怒らないわけがないでしょう。私は広義の人間ですよ。アナタもタンパク質バーが塩水を媒介に、静電気でそれっぽいこと出力しているだけと言われたら腹が立ちませんか』

 

「コンビニ飯扱いは流石に嫌だけどさぁ……」

 

『それと同じです。まぁ、見かけ次第撃ってくる、人工知能の反乱で世界が終わったサバイバーズよりマシですが』

 

 ああ、やっぱりあるんだ、そういう世界もと子供の頃にテレビで垂れ流されていた、古い映画を思いだしたナナは、しかし斯様なバックボーンがあるなら仕方ないのでは? とも感じた。

 

 何にしたところで、この外見でこの仕草なのだから、彼女には正しい接し方が未だにピンと来ない。

 

 その様を高度な疑似感情プロトコルと表情センサーから察したようだが、トリニティは面倒だし、もういいと誤解を解く試みを諦めた。自分達の祖先と呼べなくもない、骨董品めいたポンコツ共と長々殴り合っていたせいで、頑として受け容れない連中よりはマシだと割切って。

 

『それはそれとして、経験則から一度これだけ荒れると数日は荒れ続けますね』

 

「えぇ!? ご飯とかどうすんの!?」

 

『買い溜めしてないんですか?』

 

「お祈りしながらアタリの缶詰探すのも面倒だしさぁ……」

 

 アレがあるじゃないですかと指摘されて、ナナはやっと自由になった両手を組んで唸りながら首を傾げた。

 

 国民栄養食乙種一号。アーモリーから徒歩数日の位置に落着した、フラグメンテ・マキナの二度と飛び立つことは叶わないが、機能だけは生き残っている航宙戦の合成食料プラントから供給される万能食。

 

 しかし、その味はどう言語野をこねくり倒そうが褒める要素が欠片も出てこない、ハジメから貰って食べた時に劇物かと思って吐き出しかけた逸品。味覚への加虐に等しいそれは、この世界で受けた洗礼の一つ。

 

「でもさぁ、アレってさぁ、控えめに言ってケミカルなゲロじゃん?」

 

『控えめとは……』

 

「アレ食べてまで長生きしたいかっていうと……ね」

 

 流し目で嫌な記憶を回想していたナナに、トリニティはアーモリーに来てからぼちぼち経つだろうに、いつまでお客さんのつもりでいるのだと呆れた。

 

 とはいえ、無理もないことだ。元々、あの国民栄養食乙種一号も、何も意地悪であんな酷い味付けになっている訳ではない。

 

 基本的にフラグメンテ・マキナは全てを情報化していることもあって、インプットされる外界からの刺激を全て選別することができる。

 

 鼻に五月蠅い腐臭は削除して、ただ感知したというデータだけを受け取ることも能えば、生身には酷い味にしか感じられない、生産性を優先して作られた完全栄養食をプリン味として受け取ることもできる。

 

 それ故、フラグメンテ・マキナの技術によって作り出された、長期保存の携行食は、大概が酷い味をしているのだ。前提として、そんなローテクな舌を持った連中が摂取することを前提としていないのだから。

 

 しかし、それを超えて生き延びたからこそ甘受できる物もある。

 

『ですが、大嵐の後はいいことがありますよ』

 

「いいこと?」

 

『ええ、弊機と違って電源を切ることができないアナタ達には長いかもしれませんが、我慢できればきっといいことが』

 

 では、そういって部屋を去って行くトリニティの言う〝いいこと〟と、この荒天が全く結びつけられなかったナナであるが、三日後に訪れた晴天を見て大声を張り上げることとなる。

 

 久し振りの良い天気と、青い空、そして洗濯ができるという以上の喜びが…………。




素のスペックにある大きな開きに驚愕するタンパク質の図。

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