WORLD END SCRAPYARD~ 廃棄された多元世界で治安がヤバイ女たちと悪運だけで硬派に生きてる 作:Schuld
ナナを見かけて親しげに駆け寄ろうとした少女を、両脇の二人が止めた。
「待ってミホ、その制服、校章ついてない」
「スカーフの色も違う。どの学年も、あの色はないよ」
「え? あ、マジだ」
「あと腕章もないでしょ」
呆れたように頭を振るおかっぱの少女。そして、これだからと腕を組む金髪の少女。
「でもさぁ、そっくりじゃん! 声くらいかけたくならない!?」
そして、サイドテールの少女が短慮を咎められた恥ずかしさを誤魔化すように大声を出した。
「ややこしい組織って、何?」
「あー、傭兵っちゃ傭兵なんだが、学校でもあって……」
「ゲッ!? ハーフデッド!?」
更にサイドテールの彼女は、遅れて隣にいる男がハジメであることに気付いたのだろう。指を刺して異名で読んでくる不躾に相手に、彼は一瞬眉尻をあげたが、まぁいいかと頭を掻いた。
「どこかで会ったことがあったかね、おじょーさん」
「ないけど、ヤベー奴だってのは知ってる! てか、ウチの後輩フッたでしょ!」
言葉尻からして、仕事を割り振ったなどではあるまい。
色恋沙汰的な意味で袖にした。
その言葉を聞いてナナがジトーッとした目線を寄越したが、ハジメは勘弁してくれとでも言いたげに表情を歪め、シケモクを携帯灰皿に押し込むと、そのままもう一本取りだして、珍しくチェーンスモークを始めた。
「あのな、俺もコッチ来た時は十八だったけど、流石にもう良い歳なの。十七のガキに言い寄られてホイホイ受け容れたら変態だろ」
「何したわけ……」
「何というわけでもネェよ。仕事でカチ合って、俺が敵を殺して、たまたま命を拾った」
それが勘違いに膨れ上がって、俺に何の責任があるんだよとぼやくハジメに、サイドテールの少女は肩を怒らせた。
「乙女の純情、勘違いで済ませんな! 一発殴る!! アンタに告るってんで、その子、自分の姉妹と縁切りまでしたんだからね!!」
「落ち着きなってミホ!」
「とめんなしカナ! って、シィまで!」
「いや、相手見て喧嘩売ろうよ。ヤバイって絶対。あれ三桁は殺してる目ぇしてるよ」
ぎゃあぎゃあやっているスクールの三人を割るほどに大きな舌打ちが響いた。義肢屋の店主が、営業妨害甚だしいと苛立ちを露わにしたのである。
「はぁ……まぁ、余所でやろうや」
こりゃ逃げたら逃げたで面倒臭いなと思ったハジメは、これ以上勘気を買わないように場所の移動を提案し、それは受け容れられた。
少し移動し、また別のキッチンカーが開いているカフェ。こちらはテーブルを並べ、椅子を用意して座って食べられるように豪華な店構えだ。
扱っている物が扱っている物だから、当然だが。
「あっ、あっ、アイス!! アイスクリーム!?」
「味わって食えよ。一皿シケモク五本だぜ。今日は大赤字だ」
ナナがワナワナとしつつ見下ろしているのは、紛うことなきアイスクリームであった。透明な器の上にアイスディッシャーで掬ったまん丸とした幸福が二つ、焼き菓子を添えて並んでいる。
「え、これ食べて良いのかな」
「た、食べたいけど」
「でも、規則じゃ……」
それはサイドテールのミホ、おかっぱのカナ、金髪碧眼のシィの前にもあった。
当然、ハジメも自分の前に置いてあり、これだけでシケモク二五本。場合によっては、十分に人間の命を奪うに値する量だ。
とはいえ、仲間から集られても「まぁいいや」で許すことが多いくらいにハジメは蓄えがある。酒は適量、煙草を吸うのも気分転換、そして女は買わず賭け事は勝つ一方とあれば、それは小金持ちにもなろうというものだ。こうやって席料を払うついでに、度量を見せるくらいの余裕は訳もなくあった。
「食わなきゃ溶けてゴミになるぞ。センコーや先輩に怒られたら、俺から出された物が食えねぇのかって恫喝されたとでも言っとけ」
「じゃ、じゃあ……遠慮なく……ご馳走になります!」
「いただきます」
「ありがとうございます!!」
何か、触れれば爆発するような物に匙を差し込むような慎重さで差し込み、小さく掬った四人は、それぞれのタイミングで口に入れた後……爆発したように手足をバタバタさせた。
ある者にとっては懐かしい味、ある者にとっては初めての刺激。
それほどにアイスクリームは劇薬であった。
「ん、悪くないな。店主、これなんだ?」
「油と香料、それから乳脂肪を含んだ発掘品。レシピは命に代えても言えない」
「なるほど、限りなくアイスクリームに近いラクトアイスか」
美味いわけだとハジメは溶けないうちに勢いよく食べきった。しかし、少女達はこの甘さをあっと言う間になくすのが惜しいのか、手付きが遅い。無理もない、余程運に恵まれなければ、廃棄世界を漁っても手に入らない物なのだから。
「で、スクールって組織だが」
ハジメはアイスクリームに意識を取られているだろうが、まぁ耳くらいは空いているだろうと煙草を咥えながらナナに解説した。
アーモリーから西へ西へ離れた所にある、学び舎の遺跡。そこがスクールと呼ばれており、文字通りの学舎が母体となっている。
ただ、何処の世界から棄てられて来たかは、今もハッキリしていない。
分かっていることは、少女兵を率先して教育している奇妙な集団で、今もそのカリキュラムと、彼女達に配布するに十分な装備の製造施設が残っており、理念に従って運営されているということ。
学年は初等生から三等生まで分かれているが、年時が過ぎればの繰り上がりではなく、彼女達が〝課題〟と呼ぶ傭兵業の絶対評価によって定められ、認められるだけの功績を上げられたら進級となる。
軍隊の階級に近く、生徒は学年と優・可・劣の三等に分けられ、その中である程度の指揮系統を作って行動しているが、内部事情には謎の部分も多い。
事実であることは、今もスクールが少女兵を育成し、傭兵として輩出し続けていることだけ。その意図は内部にいる人間でも分からないのだ。
ただ、好んでシヴィラツィオとサバイバーズの年若い女子を選り分けて入学させていることが知られ、時に勧誘と称して人買いもやることがある。
「え? 何? 傭兵を育てる学校ってこと……?」
「そだよ。ウチのガッコ、評判いいんだから。卒業生はみんな良い腕してるってね」
自慢気に言うミホは、誇るように襟の白百合と小銃を組み合わせた校章を見せ付けた。
「授業はとても厳しいので、基礎はしっかりと固めているのが自慢です」
一人だけ精度の良さそうな小銃を持った、生真面目そうな雰囲気が、おかっぱ頭のせいで更に増しているカナの言葉に、ハジメは特に異論を挟まなかった。
事実として、スクールの少女達は相当厳しく躾けられるのか――あるいは、それまでに死ぬだけかもしれないが――銃器の扱い、その巧拙に違いはあっても丁寧さは界隈でもトップクラスだ。
走る時には銃口を地面に向けて、左右にブラブラさせない。持ち上げる時も、きちんと他人が射線の延長線上に入らないよう気を付ける。
これはマズルコントロールと呼ばれる、銃器の安全な取扱の講習を受けた証明であり、ベテランの傭兵でさえ意識しないが、とても重要な安全策だ。
暴発したとしても、自分の足やたまたま通りかかった他人に弾を当てない。この気配りができている人間は、傭兵多しといえどそうはいるまい。
そして、彼女達はトリガーにも軽々しく指を掛けない。安全策の一つであり、何となくで銃を扱っている者には発想すらなかろう。
しかし、重要なのは事実だ。下手にクシャミを一つしただけで、人が死ぬかもしれない代物を握っているという認識は。
「まぁ、お行儀が良いのは事実だ。だもんで揉めると厄介な仕事は、スクールに限るってヤツらもいる」
「でしょー!」
その上、彼女達はクライアントのみならず、スクールからも監督される。仕事の出来映えが良いのは当たり前、その上で学校からの評価が受けられてこそ。この立場が彼女達に半端な仕事をさせず、また同時に〝挺身〟を無意識に強要する。
「だからこそ性質が悪いんだがな……」
真面目で、クライアントを裏切るという発想がなく、それでいて学校という後ろ盾があるばかりに面子を慮ってしまう彼女達の命は軽い。
安いのではなく、軽いのだ。
母校の名誉のため、隣の戦友のため、任務達成による評価のため、殊更に自らの生還を重要視しない気風がある。
「真面目で何が悪いんだよー」
「その足見てりゃ十分わからぁ」
ハジメはミホの足を見て顔を顰めた。ニーソックスに覆われた右足はいい。健康的で瑞々しい少女のものだ。
だが、ローファーも履いていない左足は脛から下が、フラグメンテ・マキナ発掘品の彩度が低いメタリックシルバーの地金を覗かせた義足に置き換わっている。
「あ? これ? 先行偵察してたら地雷踏んじゃってさー。いやー、死んだかと思ったね! 対人地雷でよかったよ」
「気軽に言うなよ。大怪我だぞ」
「ウチのガッコ、こういうの結構貯めてんだよね。長さが合うのあってよかったよー」
気軽に笑うミホを見て、ナナはなるほどとハジメが言いたかったであろうことを理解した。
彼女達は外見こそ女子高生だが、その立ち振る舞いが、ナナが暮らしてきた高校のそれとは明らかに違う。
自己を擲って当たり前、生きていれば御の字でまた次に。
そして、卒業の日まで評価を気にしながら、学校の評判を上げるため戦い続ける。
その後は、卒業生の誇りを胸に鉄火場に浸り続けるのである。
歪だ。人生の芸風が違いすぎる。
この気風が当たり前であることは、他の二人を見れば明白だった。
カナは机の上に置いた両手の――敵意がないことを示す礼儀だろう――左手、その小指が根元からなく、薬指も第二関節から先が喪われている。傷口からして、何らかの爆発物による被害の可能性が高い。
チィは、その左前腕に痛々しいまでのケロイドがあった。恐らく強酸性か強塩基性の体液を持ち、それを吐きかける怪物から仲間を庇った痕跡だ。自分を守ったのであれば、腕の側面よりも、掌などの方にあって然るべき傷である。
セーラー服と若々しさに反した、命を軽んじるような戦い方が身についた証拠の数々。
それをハジメが好きになれる道理もない。
自分より年下の、ましてや世界ごと棄てられて来た時の年齢より幼いのだ。
そんな年頃の少女達が最も瑞々しい時期を、傭兵業で蕩尽させることを是と洗脳するような組織は、とても好きにはなれない。
かといって、それ以外に真っ当な生き方があるのかと問われれば、答えに窮する他ないため、代案なき否定は悪だと考えている彼は口を噤むのだが。
久方の快晴の下、アイスクリームは綺麗に少女達の胃に収まった…………。
なんて治安の悪いリリアン女学園なんだ……。