WORLD END SCRAPYARD~ 廃棄された多元世界で治安がヤバイ女たちと悪運だけで硬派に生きてる 作:Schuld
その日の夜、夕方頃になって回復したシャシュトゥを連れて買い物を楽しんだナナは、新しい髪留めで前髪を留めながら、いつもの溜まり場に訪れていた。
「よっす、オタクくん」
「おう」
一方でハジメは大きい装備更新をするほどの出物はなかったのか、シケモクを咥えながら、いつもの店主が作る下手な――その実、もの凄く凝られている――密造醸造酒を片手に、酔っ払っているのか酔っ払っていないのか、まるで分からない顔をしている。
彼はどうにも顔に出づらいのか、酔っているところを見たことがないとまで言われていた。ウワバミなのか、単なる顔に出ないだけなのか、飲み比べならば勝てるだろうと挑んだオーガが、ショット対決を挑んで負けたことがあるという実績だけが事実であった。
「デルタ……さん、もこんばんは」
一方でデルタは声をかけられても無視して、ハジメからギッたシケモクではない煙草を吸いながら、ぼうっと前を見ている。
ナナが若干退き気味なのは、彼女が単なる悪党退治のためにロケットランチャーを二発のブチ込んだという噂を聞いたからだろう。この女、そこまでやるのかという狂気に、彼女の正気がまだ追いついていないのだ。
しかし、スクラップヤードで半年も生き抜けば、それにも慣れるだろう。事実、毎日日日、どこかでブッ放される銃声にビクビクしていた彼女も、今となっては伏せながら距離を測りつつ「またか」程度に受け容れるようになったのだから。
人間の感性とは、思っているよりも柔軟性が高い物だ。それこそ殺し合いが日常の世界に身を置いていれば、何より大事な自分の命さえも安く思えてくるように。
「おっと、失敬、クインの姐御」
シャシュトゥが開いている席に座ろうと椅子を引いたら、その影でしゃがみ込んでいたクインを見かけて驚き身を退いた。ここの椅子は高すぎるし、店は臭くて五月蠅いからあまり来ないのだが、ハジメが市場に出かけたという噂を聞いてチョコレートをせしめにやって来たのだろう。
事実、彼女の手にはお土産として、あらかじめ集られることを予測して購入された、何処かの世界ごと棄てられて来た、何時賞味期限が切れたとも分からないチョコバーが握られている。ハジメも慣れているので、高価な国民加増嗜好食をもぎ取られるよりは良いと思ったのだ。
「美味いっすか」
「さくさく」
「よかったっすね」
少し椅子を退けてシャシュトゥが座ると、クインは尻を一個分ハジメの方にズラして、彼の体で自分を隠した。どうやらチョコバーはミルクチョコにパフが入っているタイプだったようで、お口にはあったようだ。
「トワイラの姐さんは?」
「アイツは用事がないと、コッチにはあんまり来ねぇからなぁ」
「ウルセぇ、ゲロ臭ぇ、酒が不味いとかいってな」
お高くとまったアドラーを鼻で笑うデルタは、酔えれば上等の密造酒をキュッと一息に呷り、それから檸檬を囓った。何処かの水耕果樹栽培農園がある集落から運ばれてきた物を、市場で買ってきたようだ。
とはいえ、人間を何人も刺し殺してきたナイフで刻んだそれを、さしものナナも分けて欲しいとは思わなかった。
席代にとシケモクをそれぞれ一本置けば、店主が黙ってショットグラスに酒を注いで、危なっかしい震える手付きで置く。覚束ない指が欠けた手のせいで、注がれる量に大きな差があるのはご愛敬。
今日も強烈な臭いをさせているが、彼としてはヨモギのような野草などを使ってみた、工夫の末の一品なのだが、やはり客達からの評判は概していつも通りの酷い味の一言であった。
むしろ、違いに気が付いているものなどいるまい。
「ありがと、シャシュトゥ」
「まぁ、慣れれば飲める……かな? 喉が灼けるようにイテェし、今日のは何か舌がイガイガする」
酒に強くないナナの代わりに、ショットをシャシュトゥが乾すのは普段の流れになっていた。しかし、酒に強い種族であったとしても、やはり店主の密造酒は中々にキツいらしい。
まぁ、事実として煙草を吸いながら飲んでいたら、散った火種で火が付いたこともあるのだ。今日のも度数は軽く50度を超えているだろう。
「で、何か良い仕事あったかナナ」
口直しをしたい気分になったのだろう。ハジメはショットグラスを軽く拭い、そこに別の酒を注いだ。
廃棄世界から発掘された、円形にカットされた瓶で揺れる琥珀色の如何にも上等そうな酒。それは今まで左手で大事に抱え込んでいたもので、誰にも盗まれないように守りつつ問うた。
しかし、腕で守れるのは瓶だけ。酒を注いだショットグラスは横から伸びてきた手に攫われてしまう。デルタが上等な酒を見逃すはずがない。二人は知らないことだが、このやり取りはもう二人も覚えていないくらい行われている。
その度に酒場の面々は思うのだ。よくアレで、ハジメはデルタをハジいていないなと。
「一応、言われたとおり割の良い護衛の仕事があったよ」
「……そうか」
もう何も言うまいと、奪われたグラスの代わりに、空になったデルタのショットへと酒を流し込み、始めた舌先に乗せるくらいの量をゆっくり味わった。
「日当は? ちゃんと雰囲気も読んだな? ケチ臭かったり、明らかに相場から外れた値段のはダメだぞ。あと往復に一月以上掛かるのも、まだ止めとけ」
「専属の護衛が声張り上げて募集してた。キャラバンの数は六台、参加人数は三十人近く。バイクに乗った斥候もいた」
「ほぉ、規模は悪くないな。並の野党じゃ数に押されて諦める数だ。目的地は?」
「アルテミス44……何だっけ」
「アルテミス4456。フラグメンテ・マキナの航宙艦で、今も生きちゃいるが二度と飛べない羽のもげた鳥だ」
「のんびり進んで二日くらいだそうなんで、ウケやした」
シャシュトゥの言う通り〝アルテミス4456〟はアーモリーの均衡に不時着しているので、初めて外で長期仕事するなら良いところだろう。街道も通っているし、アーモリー商工会の騎兵部隊が――バイクや馬が入り交じった混成機動商工会自警団――定期的な巡回をしているため安全度も高い。
それでも尚、油断できないほどに治安が悪いのがスクラップヤードなのだが。
こちらの機動力が高いと言うことは、敵の機動力も高い。
最悪〝戦車〟を持っていることさえあるのだから。
「戦車ぁ!?」
「俺らが知ってるような立派なもんじゃねぇよ」
「戦車っていうとアレですかい? 一人か二人乗りの籠を馬車で牽いた……」
「エンジンで動く鉄の塊! 市場で見た車に大砲載せたようなやつよ!」
妙に牧歌的な物を想像しているオーガに現代人のナナが突っ込みを入れた。
スクラップヤードにおいては、高度な製造技術が喪われているため、現代人が戦車と言われてパッと浮かんでくる、第三世代戦車のような立派な物ではない。アレ等は極めて高度な機材の組み合わせ、そして熟達した整備員のバックアップがあってこそ兵器として成立する物で、数ヶ月おきにレストアしてやっと真面に稼働する。
何よりも砲弾が高価であり、黒色火薬では作れないこともあって――下手をすれば乗員が中で硝煙や煤に塗れて死ぬ――見せびらかすかの如く運用すれば、あっと言う間に弾切れが訪れよう。
撃破されるのではなく、巨獣が自らの燃費と強さによって、その身を崩壊させるのだ。
「車に大砲かぁ……俺、耐えられねぇよな?」
「幾らオーガだからって無茶言うな。粉微塵どころか、この世に存在した痕跡が残るか怪しいぞ」
「マジッスか……」
「しかも、物によっては時速40kmくらいで走る」
仕事を重ね、良い物を食っていることもあって遅れて成長期が来たのか、体の厚みが増したシャシュトゥは自らの胸を叩いてみせるが、残念ながらそんなもので耐えられる主砲は存在しない。
ハジメ達が来た時代からすれば骨董品の、軽戦車と呼ばれる死んだ車種が大半であるが、最低でも37mmクラスの砲を積んでおり、副武装の機銃ですら7mm級だ。これに耐えられる人類は、一部の重戦闘用筐体に収まったフラグメンテ・マキナを例外として存在しない。
まぁ、城門の鉄扉もかくやという分厚さの盾に、今や命脈細き魔法使いが強化を施させばあるいは、という話だが、その場合でも浸透してくる衝撃に担い手が耐え切れまい。
まこと、この巷において動く軽戦車というのは、死の具現に等しいのだ。
実際、アーモリーも廃棄世界から発掘した、運用可能なそれを十数台規模で細々と改修しながら、切り札として伏せている。エンジンはフラグメンテ・マキナ世界のバッテリー式に改造されていたり、魔力で動くようになっていたりと、原形が残っている物は希だが。
ともあれ、極々希であるが、賊が戦車や装甲車を運用していることはある。あとは棄てられて来たばかりで、まだ物資備蓄に余裕のある元気な軍閥なども。
「ま、よっぽど運が悪くねぇと出くわすこたぁねぇよ」
「オレ達も二回くらいしか見たことないしな」
ウイスキーを傾けながら言うデルタに、新人二人は驚いた表情を向ける。この女は、なんてこともなさそうに、どうしてこの世界における氏の具現めいたものとの遭遇を語れるのであろうか。
「えぇ……戦車ってことは硬いんでしょ? 銃じゃ……」
「まぁ、俺のアーモリー・リボルバーでも抜けんな」
「だったら、どうやって倒したの……」
その言葉に応えるように、チョコレートの袋が破れる音がした。
明日があるかも分からぬ傭兵であるクインが、一本目を味わい終えた後、二本目に手を付けない訳がない。今度はチョコレートでコーティングしたグラノーラバーであったようで、腹に溜まるから満足そうな顔をしている。
「俺とデルタで弾を撃ち込んで周りをウロチョロして煽るだろ?」
「戦車ってのは砲塔が回るようにできてるが、走るよりは速くねぇ」
「で、周りの歩兵はトワイラが斬り殺しに行く」
「流石の馬鹿も、味方を巻き込んでは撃たねぇしな。第一、弾代が洒落にならねぇから、余程じゃないと人相手に撃ってこねぇよ」
銃弾がこの世界の貨幣であるとすれば、砲弾は特殊な相手に通じる大判の金貨のようなものだ。製造できる場所が限られている以上、敵を撃破したいからといって早々には撃てない。
そして、随伴歩兵のいない戦車というのは、想像よりも儚い。
限られた視界、攻撃できる範囲の狭さ、そして中に乗っているのは、しょせんは人間に過ぎない改善できぬ欠点。
「ぼーん」
爆発の擬音を口にしたクイン。彼女が飛び乗ってハッチを開け、手榴弾を放り込む。それだけで終わりだ。
まぁ、五人としては操縦系統が全損して、持って帰られなかったのが苦渋の決断ではあったのだが。とはいえ、クインに乗り込み、中で成人二人相手にナイフで格闘戦をしろというのも無理な話なので、仕方がないの。
彼女は不意討ちにおいてこそ達人すら殺すが、真正面からの殴り合いでは、その圧倒的に劣る体格によって不利なのだ。
「ってことで、お守りがてらコレやるよ。餞別だ」
ハジメは腰元を漁って、一本の柄の付いた手榴弾を卓の上に転がした。
ポテトマッシャーとも呼ばれる、ボール型と並んで普及している物だ。アーモリーでも生産されており、性能保証いたしませんと掲げて売られている、先般デルタがブッ放した使い捨てロケットランチャーよりも信頼性は高い。
「……ども」
何とも言えない微妙な表情で受け取ったナナは、扱いに困ったがスクールバッグに放り込んでおくこととした。重たいが、万が一の時に使える切り札が増えるのに越したことはない。
「あ、そうだ、隊商護衛つっても最低限の物しかくれねぇから、上等な寝袋とかは用意しとけよ。天候によっては凍え死ぬぞ」
「テントが難しくても、タープがあるといいよな」
ベテラン二人が重量に比例しての便利さで、遠征時の装備があーでもない、こーでもないと議論するのを聞いていたナナは、昼間に散財するべきではなかったと少し後悔した。彼等が言うような装備を充足させたならば、仕事が終わらないと持ち煙草が尽きかねない。
そして、隊商出発時の明後日。青息吐息で遠征装備を用意した二人は、待ち合わせ時間より早く集合場所の都市郊外に辿り着く。
「あれ? ナナちゃんじゃーん!!」
そこに待っていたのは、セーラー服の三人組。奇遇なまでの再会に、思わずナナは唇を引き攣らせた…………。
軽いお昼寝のつもりがガチ寝になってしまいました……。
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よかったらみてね!!