WORLD END SCRAPYARD~ 廃棄された多元世界で治安がヤバイ女たちと悪運だけで硬派に生きてる   作:Schuld

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 五人はねっとりとした、気味の悪い雨に耐えていた。

 

 大気中に混ざる砂や塵、そしてよく分からないナニカが水分に溶け出した雨水は溝のような色に濁り、そして粘性が強く、撥水加工を施したタープの上を蛞蝓が這うが如く、ゆっくりと落ちていく。

 

 世界落着から一日。火の手から上がる濛々とした煙が街を覆った後、大量に巻き上げられた熱が穢れた雨を呼んで、世界の亡骸を舐めていた炎を更に舐め取るように降っていた。

 

 ここでは有り触れたことだ。定期的に世界が棄てられて、その衝撃によって天高く運ばれた砂埃と判別不能な物質が混じり合い、濁った空を作って時折地面を這いずる生き残りに文句を言うように注がれる。

 

 それは、世界が終わった時に喪われた命が、お前達もこちらに来いとか細い爪痕を立てていくような雨だった。

 

 ハジメと電源を落としたトリニティ、そしてトワイラはタープの下で身じろぎもせず、この雨が去るのを待っている。

 

 酷く汚染された、サバイバーズに由来する世界の汚染物質が混じった雨だ。皮膚に直接触れれば何が起こるか分からない。服に染み込んで、ゆっくりと浸透していったとあれば、なお悪い。

 

 一方で穢れきった、世界を滅ぼすに値する物質が散布されたような世界で生き残ってきたサバイバーズであるデルタは、これといって気にした様子もなく、薄っぺらい軍用の雨合羽を被って双眼鏡を覗き続けていた。

 

 彼女にとっては慣れたものだ。軟弱な他種族であれば、一滴触れれば硫酸にでも触ったように爛れる雨であろうとも、精々がべとついて鬱陶しいくらい。むしろ、仕事が終わった後で「風呂に入れ」と喧しいハジメの文句の方が煩わしいやもしれぬ。

 

 そして、この世界の申し子であるチルドレンズであるクインも、大して堪えた様子はない。むしろ、ゴミ捨て場においてすら孤児であった彼女は、この穢れの水溜まりを啜って生きてきたのだ。煩わしさなど、普通の雨と大差ない。

 

 ただ、水よりも更に冷たい汚れた雨粒を鬱陶しそうに蝋引きの外套から時折弾きながら、空を眺めている。

 

 ややあって、彼女は口を開いた。

 

「やむよ」

 

 火災すら慰める雨が降っているにも拘わらず、クインは淡々と事実を告げるように言った。

 

 そして、そのようになる。

 

 一分もしない内に雨脚は勢いを弱め、遂には止んだ。

 

 このスクラップヤードにて産声を挙げた者達の、言語化し辛い予言めいた直感。一部の、こんな有様になっても研究を続けようとしている者達は、世界に順応した新人類の力だと信じているようだが、それは定かではない。

 

 研究所すら喪った博士達が何を言おうが、どうせ仮設に過ぎないのだ。今となっては、それを真に受ける人間は少ない。

 

 ただ、この一党においてクインの〝雨が降る〟と〝雨が止む〟の報告だけは、絶対に信用できるものであることだけは変わりなかった。

 

「やれやれ、やっとか」

 

「景気が悪いのは勘弁してほしいものですわね」

 

 立ち枯れた、タープの支柱になってくれていた木陰からハジメが顔を出す。梢を伝った雨だれが至近距離を垂れていったが〝運良く〟彼の頬に触れることはなかった。

 

 それに続き、鞄に括り付けていた日傘を――これも草臥れ、色褪せ、クタクタだ――さしたトワイラが出て行く。雨の残り香が不快であったのだろう。形の良い鼻をすんと鳴らし、それから雨上がり特有の臭気を嫌うようにハンカチで鼻を覆った。

 

「起きろよ、トリニティ。行くぞ」

 

『畏まりました。撤収準備にかかります』

 

 あーやれやれと言わんばかりに五人は急造の陣地を取り払い、それから慎重に雨と泥を避けて街に入る。

 

 そこには死が凝っていた。

 

 焼け焦げた死体が道々で燻り、雑食の動物と化学繊維が焼けた時特有の嫌な臭いが雨に混ざって得も言えぬ悪臭を放っている。慌てて市外に逃げ出そうとしてクラッシュした車の内部では、雨でも消えなかった油の燃えさしがチラついており、何とか這い出そうとしたミディアムレアの腕が痛々しい。

 

「こりゃ全滅か?」

 

 デルタが蹲るように死んでいた死体をつま先でひっくり返すと、その下から生焼けの子供が現れた。言うまでもなく、もう命はない。

 

 恐らく母親として最期の最期まで護ろうとしたのだろう。

 

 とはいえ、その愛も業火という無慈悲な現象の前には、大した意味のない抵抗であったようだが。

 

「いや、見ろ、宮殿が無事だ」

 

「宮殿? あれが? あんな貧相で品のない物が?」

 

 しかし、街の全容をキチンと見ていたハジメは生き残りがいるならば、あそこに集まっているだろうと崩れかかった宮殿を指さした。

 

 どこかイスラム圏を思わせるそれは、ハジメにとっては立派であったのだろうと思わせる佇まいをしていた。

 

 テラコッタと日干し煉瓦で幾何学模様を描くよう飾った壁に、ドーム状の屋根を中心と両翼に据えた構造は、彼が親しんだ物ではないが見たことのある形式をしている。

 

 それでいて知識と食い違いが幾つかあるのは、ここがシヴィラツィオの世界であっても、ハジメの世界とは違うからだろう。本来は使わないだろう色彩が遇われていることや、道の構造、何よりも倒れ伏した死体の服装や持ち物から推察ができる。

 

「雰囲気からして、俺が言うところの80年代ってところかな。結構なズレだな」

 

「それってどんなもんだ?」

 

「俺の親父が青春時代を過ごしていた頃って言えば分かるか?」

 

「なるほど、お前がまだ〝タマ〟の中も泳いでない頃か」

 

 デルタの品性の欠片もない喩えに軽くウンザリしつつも、そういうこったと肯定したハジメは瓦礫を避けつつ宮殿へと近づいた。

 

 そして、正門が倒壊し、何とか逃げ込もうとした民衆が〝炎以外の理由で死んだ〟と思しき山を見て表情を歪める。

 

「酷いな」

 

「コイツは外れか? 当たりか?」

 

「わたくしは外れだと思いますわね。まったく、高貴さの欠片もない」

 

 痛ましそうな顔をするハジメとは対照的に、死体の山をデルタは街角に放られた空き缶を見るような感情のない目で見下ろしている。一方で、この亡骸が何故生産されたかを為政者であった経験から察したのだろう。トワイラは心底見下した目で宮殿を眺め、これでは中身の質も知れた物ですわと吐き捨てた。

 

「民は力。為政者の礎石。災いあらば城門を開いてでも護るのが筋でしょう。それが税を受け取る物の責務ですわ」

 

「お前にそんなご立派なところがあったのか」

 

「わたくし、これでも飢饉の時は蔵を開いて、民と同じく麦粥を啜ってましてよ。高貴なる責務とは、そういうものですわ」

 

 やいのやいのと言い合いをする二人を止めようかと思ったハジメだが、それどころではないかと気付く。

 

 崩れ落ちた城門、防衛線の後方から兵士の群れが現れたからだ。

 

 数は五人。火災の鎮圧に当たった後で〝あの雨に降られる災難〟に合ったのだろう。煤まみれで火傷や水膨れが方々に浮かんだ姿は、見窄らしいを通り越して痛ましい。

 

 汚れきった、この地の風土に見合っていなさそうな斑の野戦服は、海外からの支援か何かで受け取った物であろう。持っている小銃の質は街並みに反してえらく近代的であるが、腰だめに構えて、備え付けの照準器を使おうともしない姿には、洗練された訓練の痕跡は見られない。

 

 第三世界にありがちな、ただ暴力を振るうことに躊躇いを持たなかったが故に、弾圧する側に回れた人間の気配がした。

 

「誰だ! 宮殿は封鎖……」

 

 さて、この世界、飽きられた、ないしは詰んだ世界が棄てられるにあたって、ゴミ箱の主は一つの慈悲を垂れた。

 

 ある程度であれば言語が通じるよう〝調整〟しているのだ。なればこそ、この言語基系が全く違うであろう五人が馬鹿話をしていられる。

 

 その法則は新参者達にも適用されているようで、警告の声を発しようとしたが、目の前に現れた一団の異様さに飲まれたのであろう。言葉を最後まで続けることはできなかった。

 

 何よりも目を惹くのは、等身大の動くビスクドールといった風情のトリニティ。彼女を連れていたならば、何かが違うことくらいは容易に分かって然るべきだ。それが、教育とは程遠い世界で育った人間であっても。

 

「あー……敵対の意志はない。代表者に合わせて貰えるか? 何が起こってるか知りたがってるだろうと思ってな」

 

 故にハジメは世界が違ってもある程度は共通して通じる、諸手を挙げるというポーズで平和にやろうと問い掛けた。

 

 兵士はしばらく見つめ合って、何事か話合った後、結局自分では決められないと判断したようだ。腰元の無線機を取り上げて指示を仰いだ後、それに従った。

 

 連れてこい、そう端的な命令に。

 

「武装は解除して貰うぞ」

 

「オレに触るな」

 

 しかし、案内しようとした兵士が不用意にデルタの銃を奪おうとした瞬間。彼女は鋭い目を更に鋭くして手を力強く払い退ける。そして、銃を引っ掴み、元々安全装置なんて上等な物が備わっていない愛銃を構える。

 

「貴様っ……!!」

 

「まぁ、その辺にしといてくれ」

 

 がちり、と撃鉄が上がる音。怒って銃を持ち上げようとした兵士の一人の側頭部にアーモリー・リボルバーが添えられていた。

 

 まるで手品のようなクイックドロウ。しかし、手指の延長になるまで扱い続けてきたハジメにとっては、この程度はポケットから手を引っこ抜くのと大差ないことだ。

 

 その上、兵士がベルトへ無遠慮に突っ込んでいた自動拳銃までスリ盗っているではないか。その銃口は、他の兵士に向けられており、器用に左手でも右利きの銃の安全装置を外してあった。

 

 チェンバーチェック(薬室点検)はしていないが、どうせこの手の兵士は無精して初弾を装填したまま持ち歩いていることが多い。事実として、確認していなくともハジメは、この拳銃が撃てる状態にあると悟っていた。

 

 カンが告げるのだ。上手くやれていると。

 

「ソイツは毛布がないと眠れない子供一緒で、銃を手放したら不安で死ぬ。神経症みたいなもんだ。見逃してやっちゃくれんかね?」

 

「ハジメ、テメェから撃つぞ」

 

「弾代がもったいないから止めときな。それとな兵士さん、俺は親切心でここまで来たんだ。礼儀を尽くすつもりがないってんなら帰ってもいいんだぜ。それで責任を取らされるのは誰かな?」

 

 長い逡巡、そして葛藤。銃口の数では兵士達の方が勝っているが、ワンアクション起こす間に、自分を含めて仲間が最低でも三人死ぬ状態は受け容れられなかったのだろう。

 

 それよりも、彼等の上役が〝市外に無線が通じなくなった状態〟に焦れて、カンカンになっていることの方が重要だったのかもしれない。

 

「わ、分かった。ただ、くれぐれも言葉遣いには注意してくれ。大佐は今、凄まじく機嫌が悪い」

 

「お前さん達の頭は大佐殿か。オーケーオーケー、安心してくれ、俺達は弁えた紳士淑女だ。相応の礼で答えるくらいの節度は持ってる」

 

 どの口で、奪った拳銃を向けられていた兵士が毒吐いたが、ハジメは無視してハンマーに指を掛けると、雷管を刺激しないようゆっくりと下ろした。そしてホルスターに収めると、奪った銃も器用に手の中で半回転させ、持ち主へ銃把を向けて差しだした。

 

「返すぜ」

 

「……手品が何度も通じると思うなよ」

 

「大佐殿の前でやりゃしねぇよ。第一、こんな状態で見せてもウケが取れると思うほど、空気が読めない阿呆じゃない」

 

 さ、案内してくれ。そう頼むと兵士達は五人を囲むように陣取り、如何にも不承不承といった様子で宮殿へと引き入れた。

 

 その内部は酷く荒れていた。

 

 元々は壮麗に飾られていただろう内部の装飾はひび割れ、痛み、中には弾痕による損傷も見える。廊下の片隅に毛布を掛けて転がしてあるのは、陰影からして間違いなく街中で嫌というほど見た物と同じだろう。

 

「貴様らが外から来た変な連中か」

 

 そして、ハジメはそれが生産された理由を一目で悟った。

 

 浅黒い肌のでっぷりと肥えた男が大仰な執務机に座り、葉巻を吹かしている。傍らに置いてあるグラスに注がれた茶褐色の液体は、決して故郷では夏の風物詩であった麦茶などではなかろう。

 

 斜に被った帽子、不必要なまでに黒く染めて目を窺えなくするサングラス。兵士と違って砂塵の汚れが全くなく、ノリがパリッときいた軍服は権威の証だ。

 

 それに、元は何か大きな写真か肖像でもかけてあったであろう、机の後ろの空白。部屋の片隅に放り投げられている額縁が在り在りと物語っている。

 

 この男は、街の大半が焼けるような火事の中でクーデターをやらかしたのだ。

 

 全く以て、人間というヤツは変わらない。

 

 機を見るに敏といえば聞こえは良いが、食いつけそうな獲物には、何のためらいもなく口を開く手合いが多くて困る。

 

 少なくとも、時と場は弁えるに限るであろうに。

 

「お初にお目に掛かり光栄にございます、大佐殿。まずはご挨拶を」

 

「長ったらしい挨拶はいい! 何が起こった!!」

 

「いえいえ、この挨拶は状況の理解に大変重要ですよ」

 

「何だと?」

 

「ゴミ箱の底へようこそ。新しいご隣人」

 

 胸に手を添え、慇懃に腰を曲げて〈魅力〉たっぷりの礼をする東方系の顔をした来客に、大統領を暗殺して国家を乗っ取ったと思い込んでいた大佐は嫌な汗を掻いた。

 

 まぁ、小汚いが見るからに人間である二人はいいだろう。

 

 明らかに人間ではない動くビスクドール。

 

 自分より定規一本分は背が高い、笹穂型の耳をした妙な女。

 

 そして、異様に場慣れした東方人。

 

 これはただの天変地異や無線の断絶ではなく、何か大変なことが起こったと、この段に至って彼はようやっと理解した…………。




TRPG的に言うとイントロが終わってシナリオが動き始めた頃でしょうか。

番長ポイントもとい感想とか評価を頂けると嬉しく思います。
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