簒奪魔剣/Sickness. Sword. Successors. 作:龍川芥/タツガワアクタ
都立
四角い
そんな、立ち入るのはわりかし度胸が要る建物を、俺は休日を使って訪れていた。
なけなしの勇気を振り絞って足を踏み入れる。
いかにも役所らしい二重の自動ドアの先には、市役所などに比べると小規模な待合スペースに、いくつかの課で分かれた受付。
室内に満ちた、か細い暖房の暖気。
清潔を超えて潔癖の空気は、どこか息苦しく、居心地が悪い。
「……ふぅ」
さて、こういう時は受付でいいんだよな……なんて、少しの間立ち尽くす。
まあそれしかないよな、と判断するまでおよそ五秒。
そうして、俺は事務員さんらしき人が待つ受付へと歩き出す……。
その瞬間。
「―――」
誰か、男の叫び声。
こちらに近付いて来る足音。
そして。
「ああ、ああああ!」
「!?」
どかん、と衝撃。
吹き飛ばされ激しく尻もちを搗く。
刑務所のから走ってきた男と衝突したのだ……と分かったときには、倒れた俺の横をどこかで見た二人組が通過した後だった。
「馬鹿野郎ユミハラ、てめえ油断しやがって!」
「僕のせいじゃねえっすよぅタナベさん! コラ、待て
どたどた、と走ってきた警官二人が、俺とぶつかった衝撃で待合スペースに倒れていた下手人を取り押さえる。
二人がかりで羽交い締めにされながら、どうやら警官らしからぬ簡素な服装の青年は、半狂乱になって喚いていた。
「やッ、ヤメロ、おれを檻から出さないでくれ……! 外に出たらまたアイツが来る、赤い目をした化け物がぁ……!」
……口ぶりからして、なにかの犯人か被害者か。
ちょっと正気じゃないというか、薬物中毒ってあんな感じになるんだろうか怖いなあ、というか。
ともかく、俺は強く打った尻を抑えながら立ち上がる。
「てて、なんだアイツ……」
でも、そうだ。
あの顔、最近どこかで見たような気が―――。
と、そんな騒動に走り寄ってくる三人目。
警官の援軍だろうか、と思い視線を向ければ、そこに居たのは……。
「―――!? お、お兄ちゃん!?」
「……シロネ?」
見慣れた制服に見慣れた顔。
今日も今日とて朝食の世話を焼いてくれた我が
なんとも予想外……という訳でもないんだな、これが。
「おまえ、どうして
「そ、そんなところっ。お兄ちゃんこそなんで!?」
「あー、えーと、ソレはですね……」
逆に凄い勢いで詰め寄られ、思わず口籠る。
まあシロネの驚きようも無理なからぬというか、どちらかというと俺がここに居る方が予想外だろうなあと言うか。
勿論こちらにも事情はあるし、いずれ彼女も知ることになるのだろうが、流石にこちらにも心の準備というものがあるワケで……。
そんなとき、都合よく俺たちの脇を通って連行される例の青年。
警官二人に抑え込まれた背中を指さし、俺はダメ元でシロネに訊いてみる。
「……なあシロネ。あの人がなんで暴れてるか、知ってる? 俺、どっかで見た気がするんだけど」
「え? う、うん。あの人、噂の辻斬り事件の被害者でさ。こないだの十一月末の。でもただの被害者じゃなくて、暴行の前科と、そのうえ犯行を仄めかす言動があってね。それで、傷も大したことなかったから容疑者として事情聴取してたんだけど……どうも、『自分は魔剣病だ』ってことと、『赤い目の犯人に襲われる』って内容の供述をずっと繰り返しててさ。
言ってることは支離滅裂ではあるんだけど、実際に事件を起こした形跡も魔剣病の症状も無いし、これ以上勾留できないなーって話をしたら……なんかああなっちゃったんだ。どうも事件のトラウマで、外に出るのが怖いみたい。
シモヤライカって言ったら、所轄じゃ有名な悪童だったんだけどね……ホント、何があったんだろう」
……ふむ。
シロネからそんな説明を聞いて……何となく、心の底から安堵の溜息を吐いた。
「……そっか、殺してなかったのか。
で、ところでシロネ。おまえ、なんでそんなに詳しいんだ? ちょっとした噂でも聞くつもりだったんだが、今の、殆ど警察の内部情報じゃないか」
「え!? それは、そのぅ……」
「まさかおまえ―――」
やらかした、と蒼褪めるシロネへ、俺は若干白い目で。
「―――また親父さんから聞いたのか? あの人もたいがい親バカだよな……そういうのって本当は言っちゃ駄目なんじゃなかったっけ?」
「……そう、そーゆーこと! ホントお父さんにも困っちゃうなぁー!」
たはは、と頭を掻くシロネ。
なんだか嘘くさい仕草だが、まあこいつにも後ろめたさみたいなのがあったのだろう。
というか親父さんはともかく、シロネも簡単に俺に教えちゃってるし……浜矢一族、揃って身内に甘すぎではなかろうか。
と、そんな時であった。
――――テテテテテテン。
俺のポケットの中でスマホが鳴った。
通話が掛かってきたらしい。
珍しいこともあるものだ、と取り出して見れば、画面に表示されていた名前は―――。
その名前を見た瞬間、俺は驚くより先に渋面を作った。
「! 誰から?」
「あー……知り合い。すまん、親父さんにもよろしく言っといてくれ」
言って、俺は踵を返し警察署の外へ。
時刻は夕方。
冬の風の冷たさを改めて思い知らされながら速足で歩き、シロネが追って来ていないことを確認してから通話に出た。
「……オイ精霊。おまえ、いつ俺と『友達』になったんだ?」
硬い声で尋ねれば、帰ってくるのは『新しい友達:
『すみません。けれど電話よりは
「……それは、そうだが。おまえの口から電話料金とか言われるとスゲー変。ファンタジー存在の癖して、そういうとこ俗っぽいのな」
んで何の用だよ、と促せば、通話先の声はどこか面白そうにこう告げる。
『知ってますか? 噂の通り魔事件、報道規制が敷かれているので尾ひれがついてますが……実は被害者の殆どは軽傷で、死者が出たのは数えるほどしかないらしいですよ?』
「……何が言いたいんだ」
『
……いやまあ、今更そのくらいで驚くような俺でもないが。
どうやってか俺の動向を把握しているらしい精霊サマへ、俺は人間の価値観を総動員して反論する。
「……だが、事件は事件、傷害も立派な罪だろう」
『本当にそうでしょうか。これも警察内部の情報ですが。軽傷の被害者の多くは、「自分は魔剣発症者だった」と証言しています。つまり、貴方は昨日のように、彼等が人を襲う前にその魔剣だけを奪い、街の平和を維持していたのでは? それならば多少の傷は不可抗力というものです。刑法的にも、心神喪失や正当防衛などが成立する可能性は十分にあるかと』
「いや、それでも……」
罪は罪だ。
そう言い返そうとした俺の言葉を、通話越しの咳払いが止める。
『……言い方を変えましょう、カイリ。私は貴方こそが、私の魔剣を奪った
「……それは」
『明白な証拠はありませんが、その魔剣の形状・特性からして、これは間違いないでしょう。魔剣の損傷により、私は戦闘能力の大半を喪失しました……もし私が万全なら、昨日のような醜態は絶対に晒さなかったでしょうとも、ええ』
「……だったら、なんだよ」
『ですので、』「―――責任を取ってください」
かつん、と。
声がした方を反射で向けば、そこには通話先に居るはずの少女の姿が。
ルキフェリア=イマジナティオ。
時刻は夕暮れ。
透き通る冬。
昼と夜、誰と彼の狭間にて、
「―――この鶴木市の騒動が解決するまで。カイリには私の剣として、この街の平和を守って頂きます。拒否権は用意しておりませんので、悪しからず」
……なんてこった。
そう胸を張って言われたって、殺し文句としては三流もいいところというか。
ああ、何とも。
こんなのに頷かざるを得ないとか、俺の人生もわりかし悲惨だ。
……でもま、仕方ないか。
「……分かったよ。俺もこの事件に関しては知りたいことが山ほどあるしさ。
『どっからどこまでが俺の罪なのか』。ぶっちゃけ、それをハッキリさせないと、自首しようにもできないってここに来てから気付いたし。『俺がやった気がします』ってだけじゃあ、中二病で追い返されるだけだろうしな」
そう。
俺にだって、もう、戦いは避けられないものであるのだし。
「それに。昨日のマサキみたいな、ああいう奴はほっとけない。俺は浜矢の家で育ったんだ。この手で
そう言って、俺は笑顔で強がってみせた。
それは、十年前から見続けた悪夢のこと。
時に見知らぬ誰かを、時に近しい誰かを
それが幻覚であれ現実であれ……その感触は、俺には耐え難いモノだった。
だから浜矢の家を出て。
それでも悪夢は消えなくて。
結局のところ。
俺は、きっとこの苦しみには意味があるのだと、そう信じたかったのだろう。
昨夜のことを思い出し、右手を握る。
魔剣簒奪。
俺がこの『魔剣』を手にした意味がそれならば、まあ、思っていたより悪くない。
とはいえ、だ。
「……でも、来週までは勘弁してくれ」
「? 何故?」
そう首を傾げられ、俺はわりかし嫌な顔をしたと思う。
だって曲がりなりにも同じ学校に通ってるんだぞ?
普通、こんなの言わなくても分かるだろう。
「馬鹿、期末試験に決まってるだろ。いくら通り魔と斬り合って真っ赤な血を見る事になろうが、赤点だけは見たくないんだよ、俺は」
言えば……ルキフェリアはポカンとした顔をして。
「あんな殺し合いを演じた後にする心配が試験の点数とは……その、カイリってちょっとヘンですよね」
「はぁ? おまえにだけは言われたくないよルキフェリア」
本当に心外だ。
おまえ以上に変な奴は地球上に存在しないだろうに、一体どの口でそんなことを言ってきているのか。
というかそもそも、こんなのは当たり前の話。
「人間、いつ死ぬかなんて死ぬまで分からないんだろうけど。
分からないなりに、毎日、明日を目指して頑張っていくモンなんだよ」
そんな、改めて言うまでもない、至極当然のことを言ってやれば。
夕陽が眩しかったのか、黄金の精霊は幼子めいて目を細めた。
そうして俺たちは、夕陽が沈む方角へと横に並んで歩き出す。
目指すは近くて遠い夜の淵、妄執燃える狂気の宴。
この腕に宿った謎の魔剣にて、居並ぶ
首都高を暴走する
そして、
この世より幻想は姿を消せど、都市伝説は未だ潰えず。
街に蔓延ったそれら全てを奪い殺す、俺とルキフェリアの戦いが始まる。