近未来ぽい。
大学先輩×後輩。
戒厳令の夜、ベランダからやってきた先輩の話。



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今夜は戒厳令

 俺らの街では時々戒厳令が敷かれる。

 

 それがいつからだったのか、いつまで続くのか、そしてその確乎たる理由も分からないのだけれど、物心がついた時からそれは始まっていた。

 

 とはいえ、その戒厳令もそう長く続く訳ではない。

 時々昼夜通してということもあるけれど、大抵は夜から朝方まで。

 

 俺らのような未成年がウロウロする時間でもないから、そんなに困ることはないし、頻度だって月1回か2回程度のもの。

 その間はテレビを観るか、寝て過ごしてしまえば過ぎ去っていく。

 

 だから俺はその日も独りで過ごしていた。

 俺は未成年とはいってももう大学生で、今夜は両親も不在。

 

 残業が長引いた父は今夜は戻れず社員寮泊りになったし、母は独り暮らしの祖母の家に泊ることになっている。

 俺には兄弟もペットもいないから、本当にひとりぼっち。

 

 だけどそんなに寂しくはないし、レポートの仕上げをやってしまったら撮り溜めていたアニメを観ようと思っていた。

 

 その時までは――。

 

 

 

 ガタンと大きな物音が聞こえ、俺は机の前で飛び上がった。

 今夜は戒厳令が敷かれているから、車の音も無く、終電も早くに終わっていた。

 

 シンと静かな夜で、曇天らしく月も星もない夜だった。

 俺はシャープペンを手にしたままイスを降りて、恐る恐るといったテイで窓辺へと近づいた。

 

 その途中でもしかして泥棒だったりしたらどうしよう? なんてことも思ったけれど、戒厳令を破ったら強盗の罪どころじゃない罰を受けるらしいと聞いていたから、それも考えられない。

 

 それにここはマンションの三階。あり得ないほど高くはないけれど、おいそれとよじ登って来られるほどの高さでもない。

 

 そして俺は、カーテンの隙間からこっそりとベランダを覗いた。

 

 

 ――バンッ!

 

「うぎゃああああっっ!!」

 

 突然目の前に叩きつけられた手のひらに、俺は叫んでいた。

 

 そして反射的にカーテンを閉じて背を向け、その場にしゃがみ込む。

 

 しかし続けて、ドン! ドン! と窓を叩く音が聞こえ、そのあと少しの間静かになったかと思ったら、今度はコツコツと控えめなノックのような音が聞こえた。

 

 ノックといってもそれはガラスの掃き出し窓のこと。

 そして、多分男のひとのものだろう声が少しだけ聞こえた。

 

 俺はもう一度だけ勇気を出して、カーテンの隙間から外を覗くことにした。

 さっき手のひらが叩きつけられたのは立っていた俺の顔の位置、だけどノックが聞こえたのは座り込んでいる俺の頭の位置。

 

 そおっと見上げる角度で覗いたら、そこに困ったような彼の顔があった。

 

 

『ご・め・ん・コ・コ……あ……』

 

 一言一言区切るようにして見える口の動き、最後の方は良く読み取れなかったけれど、

 

『開けてくれない?』

 

 と言われたのだと思う。

 

 頷いた俺がサッシの鍵を開けたのは、彼が俺の良く知る人物だったからだ。

 

 

 

 吉井さん――大学で俺の2年先輩の彼。

 どうしてこんなところに居るんだろう?

 一体どこから来たのだろう?

 

 疑問ばかりだったけど、ともかくここを開けなくては尋ねることもできないとサッシを開く。

 

「よ――」

 

「シィ!」

 

 開いた俺の口を、戒めるよう伸びてきた彼の手のひらが塞ぐ。

 

 そしてカラカラとサッシを閉め終えてから、

 

「悪い、助かった」

 

 ホウッと息をついて力なく笑った彼に、首を傾げる。

 

「吉井さん、今夜は戒厳令ですよ? どうしたんですか?」

 

 こんな日に、こんな時間に彼がここに居ることが信じられなくて、俺は思わず自分のほっぺを抓ってしまいたくなる。

 

「むしろ戒厳令だから――ちょっと家でできることを模索してシケ込もうと思ったらさ、嫁さん帰って来るんだもん。バレたら放り出されるだろ?」

 

 すると吉井さんはそんなことを言って、俺の部屋の壁を指さした。

 そっちの壁は隣の住人の部屋と接している方向で、隣の部屋の住人はたしか3ヶ月くらい前に入居したばかりの新婚さんだったはずだ。

 

 

「えっ?」

 

 俺は目を丸くして、

 

「家でできること……って」

 

「家の中でしか出来ないこと」

 

「えっ?」

 

「今夜僕がここに来たこと、誰にも言うなよ?」

 

 ただ驚いている俺に、吉井さんはニヤリと笑った。

 

 

 隣の旦那さんと吉井さんがどんな関係なのか? なんてそれだけじゃ分からなかったけれど、俺はその時とんでもないことを考えてしまったんだ。

 

 とんでもない関係。

 吉井さんが、お隣の旦那さんと――とてもじゃないけど口に出せないような事をしているって関係。

 

 きっと今シーズン観ているアニメが、ちょっと腐女子ウケを狙ってるなんて言われるタイプのアレだからだ。

 いや、まさか、こんな身近にそんなBL案件がある筈がない。

 

 

「珍しく飲み込み早いな、志田ぁ」

 

 吉井さんはちょっと意外そうに俺の顔を見て言うと、

 

「だから誰にも言うなよ?」

 

 俺をもう一度口止めした。

 

 俺は何も言ってないのに、バレてしまった。

 俺が不適切なこと考えていたの。

 そしてそれを認められて、俺は力なく笑うしかない。

 

「でも、ま。未遂だから」

 

 言いながら頭の後ろを掻いた彼が、また俺の顔を覗き込む。

 

「朝までこの家出られないし、暇つぶし付き合ってよ」

 

 そしてその目が近づいた。

 

 目が近づく? そんなことがある訳がない。

 顔が近づいたんだ。

 そう、吉井さんの顔が。

 

 目だけでなく、鼻先も、頬も、唇も。

 

 そして近づき過ぎた吉井さんに、俺の唇がぶつかった。

 

 

 

 部屋を出られないから、誰も部屋にやって来ることが出来ないから。

 俺らの密室は朝まで確約されていた。

 

 外は誰も歩くことがない。

 時々パトロールの車だけが通り過ぎて行く。

 

 ゆっくりと。

 月明りも星明かりもない夜の闇。

 

 俺はずっと彼の腕の中から離してはもらえなかった。

 朝方、空が白んで来るまで。

 

 

 

「僕もう行くね、ありがと」

 

 俺のベッドから出た吉井さんは、シャワーも浴びずに服を着て、コートも着込んだ。

 まだ外は寒いからマフラーをして、手袋も。

 

「僕が来たこと、誰にも言うなよ?」

 

 真っ直ぐ通った鼻先に長い指を立てて言うと、まだ寝ぼけたまま呆然と頷いた俺にキスをした。

 

「ああ、そうだ。コレ預かっておいてよ」

 

 そして俺の手に握らせたもの、それは金のビーンズ型のピアスが片方だけ。

 

 俺は首を傾げることしか出来なかったけど、

 

「ね?」

 

 促され、頷いた。

 

 そして吉井さんは俺の家を出て行った。

 

 遅れて我に返り、ベランダの窓を開け離し、エントランスから出て行く後姿を見送った俺に、彼は振り向かなかった。

 

 タバコの匂いがして、振り向いたら隣のベランダから煙が漂ってきているのだろうのが仕切り越しに分かった。

 

 きっと隣の部屋の旦那さんだ。

 昨日の夜、吉井さんと未遂で終わった男の人。

 

 その人の顔も姿もここからは見えなかったけれど、俺は黙って引っ込んだ。

 

 

 

 吉井さんが行方知れずになったと聞いたのは、その3日後のこと。

 

 最初は誰も連絡がつかないからという戯言だったのに、1ヶ月が経過し、2ヶ月が経過し、そしてそれは本当になった。

 

 彼の住んでいた一人暮らしのアパートは、全く普段と変わらずに残されていたらしい。

 

 とうとう彼は卒業まで大学へ戻っては来なかった。

 

 

 

 だけど俺は知ってるんだ。

 彼はあのままどこにも帰ることなく、この街を出て行ったのだろうって。

 

 俺の身体にその痕跡だけを残して。

 

 最後に見た彼の表情は、とても穏やかな笑顔だった。

 

 

 

 

 そうして俺の手のひらに残されたビーンズ型の金の粒は、それから3年在り続けた。

 俺はそれを持て余しそうだったから、ピアスの穴をひとつだけ空けた。

 

 

 2年後、俺も就職して生まれ育った街を出た。

 街を出る頃には、戒厳令は週1、2回にまで増えていた。

 

 

 

 新しい街には戒厳令なんてないけれど、それでも誰もがお互いを見張ってる。

 

『吉井さんはあっち側の人間だったのだろう』

 

 ってみんなが言ってた。

 

 あっちってどっち? って、俺はもう聞かなくても知っている。

 

 この国には二通りの人間が居るから。

 俺はどっち側なのか、いまだに分からないけれど。

 

 彼はいま地下深くに潜っているのだろうか?

 

 

 

 そんなことを考えていたある夜、吉井さんは再び俺の前に現れた。

 煤けた色のコートを着て。

 あの時と同じマフラーだろうか?

 今までどこに行っていたんですか?

 

 なんだかすごく男っぽくタフそうになってはいたけれど、確かにそれは吉井さんだった。

 

「僕が預けたもの、まだ持ってる?」

 

 聞かれ、頷く前に両手を広げた。

 

 あんなものに何の価値もなかったってこと、俺にだって分かる。

 アレを俺が手放さなかったことだけが、大切なのだ。

 彼にとっても、俺にとっても。

 

 吉井さんは苦笑するように顔を歪めて、俺に歩み寄る。

 そしてギュッとハグをして、俺の耳元で囁いた。

 

「今度こそ攫っていってもイイ?」

 

 

 もうすぐこの街にも、戒厳令が敷かれるようになる。

 

 


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