俺は工藤新一 27歳……あの日から10年後……   作:梅酒24

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第一歩:最後の桜事件

私の名前は、吉田歩美。

あの頃――小学一年生の春。私は、はじめて恋をした。

相手は、江戸川コナン君。

小さくて、ちょっと生意気で、でも――

誰よりもかっこよかった。

 

今でも覚えている。

はじめて一緒に事件を解決した日のこと。

怖くて震えていた私の前に、コナン君はすっと立ってくれた。

「大丈夫だよ、歩美ちゃん」

たったそれだけの言葉だったのに、胸がきゅっとなって、

怖さよりも、安心の方が大きくなった。

あの時、初めて思ったんだ。

――この子、すごいって。

 

夜の廃ビルに閉じ込められた時もあった。

真っ暗で、静かで、

今にも何かが出てきそうで、泣きそうになっていた私の手を、

コナン君はぎゅっと握ってくれた。

「一緒に出よう。絶対に大丈夫だから」

その手は、小さいのに、不思議なくらい頼もしくて。

ドキドキしてるのが怖さなのか、それとも――

別の気持ちなのか、その時の私はまだ分からなかった。

でもきっと、あれが恋の始まりだったんだと思う。

 

遊園地に行った日も、探偵団のみんなで笑い合った日も、

全部、全部覚えてる。

コナン君は、いつも少し離れたところで、

私たちを見守っているみたいだった。

でも時々、ふっと優しい顔をするの。

その一瞬を見つけるたびに、胸がぎゅっと締めつけられて――

「どうしたの?」って聞かれて、

「なんでもない!」って慌てて笑うしかなかった。

 

だけど――

小学二年生の始業式の日。

コナン君は、来なかった。

最初は「風邪かな?」って思った。

次の日も、その次の日も、ずっと待ってた。

でも――来なかった。

さよならも言わずに、いなくなってしまった。

 

博士を問い詰めても、

「わしは知らんのじゃ」って、それだけ。

あの時の博士の顔、今でも忘れられない。

何かを隠しているようで、でも言えないみたいで。

それ以上、聞けなかった。

 

それから、十年。

私は高校生になった。

クラスの男の子と話しても、

誰かと一緒に帰っても、

どこか、物足りなかった。

何人かに告白もされた。

中には年上の人もいた。

優しくて、大人っぽくて、

周りの子たちは「いいな」って言ってくれたけど――

私には、どうしても思えなかった。

(……なんでだろう)

気づいてしまった。

その人たちが子供っぽいんじゃない。

ただ――

私の中で、コナン君があまりにも大きすぎた。

 

どんな人を見ても、比べてしまう。

あの時、手を引いてくれた強さ。

何も言わずに守ってくれた優しさ。

あの静かな自信。

全部、全部――コナン君だった。

 

夜、ひとりで空を見上げることがある。

あの頃みたいに、事件もなくて、

ただ静かな夜。

でもふと、思うの。

「ねえ、コナン君」

あの時の私は、ちゃんと好きって言えてたかな。

ちゃんと、伝わってたかな。

 

十年経っても、私はまだ――

あの小さな背中を追いかけている。

きっと、これからも。

ずっと。

 

それでもいいって、思ってる。

だってあれは、

私が初めて本気で好きになった人だから。

そして――

今でも、一番好きな人だから。

 

***

 

三月三十一日。

小学校一年生、最後の日。

桜は満開で、空を見上げると、淡い桃色がどこまでも広がっていた。

風が吹くたびに、花びらがゆっくりと舞い落ちる。

まるで――時間が止まっているみたいだった。

 

私は、吉田歩美。

この日が、特別な一日になるなんて、

あの時はまだ、ぼんやりとしか分かっていなかった。

 

河川敷の大きな桜の木の下。

ブルーシートが広げられ、花見の準備はすっかり整っていた。

「いや〜!桜の下で飲む酒は格別だなぁ!」

毛利小五郎のおじさんが、すでに上機嫌で笑っている。

「お父さん、まだお昼だよ?」

蘭お姉さんが呆れながらも、お弁当を並べている。

その近くでは、阿笠博士が焼きそばをひっくり返しそうになって、

灰原哀ちゃんが静かにため息をついていた。

 

そして。

少し離れたところで、

コナン君は、桜を見上げていた。

 

(……なんか、いつもと違う)

私は、その横顔を見て思った。

楽しそうでもなく、かといって悲しそうでもない。

ただ、どこか遠くを見ているような――

そんな顔だった。

 

「歩美ちゃん、こっちで鬼ごっこしようぜ!」

元太くんの声に呼ばれて、私はそっちへ駆けていく。

でも、少しだけ気になって、

何度も振り返ってしまった。

 

その時。

少し離れた場所に、見慣れない大人たちがいるのに気づいた。

桜の木の中心に近い、ちょうどいい場所。

 

そこにいたのは、四人の男女。

全員、二十代後半くらいで、

同じグループらしく楽しそうに話していた。

 

私は、なんとなくその人たちを見ていた。

 

● 春川 真央(はるかわ まお)

・女性/27歳/保育士

・柔らかい雰囲気で、笑顔が多い

・場を和ませるタイプ

● 夏目 恒一(なつめ こういち)

・男性/27歳/映像クリエイター

・派手な服装で、サングラスをかけている

・どこか軽い印象

● 秋月 理沙(あきづき りさ)

・女性/27歳/銀行員

・落ち着いた雰囲気で知的

・無駄なことは話さないタイプ

● 冬城 恒一(ふゆしろ こういち)

・男性/27歳/スポーツトレーナー

・がっしりした体格で無口

・周囲をよく観察している

 

四人は同級生らしく、

久しぶりの再会を楽しんでいるようだった。

 

「ここ、いい場所だよね〜!」

春川さんが嬉しそうに言う。

「朝イチで場所取った甲斐あったな」

夏目さんが笑いながら、ペットボトルを手にしていた。

 

(……朝イチ?)

私は、ふと引っかかった。

 

その時だった。

 

風が、少しだけ強く吹いた。

桜の花びらが、一斉に舞い上がる。

その中で――

 

「……え?」

 

一瞬だけ。

ほんの一瞬だけ。

 

夏目さんが、桜の枝の近くで、

ペットボトルの中身を何かにかけているのが見えた。

 

(……なにしてるの?)

 

でも、その時は深く考えなかった。

大人の人が、何かしてるだけ。

それくらいにしか思えなかった。

 

「歩美ちゃーん!」

 

元太くんの声に呼ばれて、私は走り出す。

 

その背中で。

桜の花びらが、また静かに舞い落ちていた。

 

そして――

 

「きゃあああああ!!」

 

悲鳴が、春の空気を切り裂いた。

 

振り向いた先。

さっきの四人の中心で――

一人の男が、崩れ落ちていた。

 

桜の花びらが、

まるで覆い隠すように、その周囲に降り積もっていく。

 

その光景を見た瞬間。

なぜか、胸が強くざわついた。

 

(……さっきの、あれって……)

 

まだ、この時の私は知らない。

この小さな違和感が――

すべてを解く鍵になることを。

 

***

 

桜が舞っている。

視界の端で、淡い花びらがゆっくりと落ちていく。

だが、俺――江戸川コナンの意識は、その美しさには向いていなかった。

目の前には、倒れた男。

そして――異様な静寂。

 

「……すぐに救急車を!」

蘭の声が響く。

だが。

「いや、もう……」

小五郎のおっちゃんが顔をしかめる。

その顔を見ただけで分かる。

――間に合わなかった。

 

俺はしゃがみ込み、男のそばに置かれた紙コップを手に取った。

鼻を近づける。

「……!」

かすかな、だが決定的な匂い。

「青酸……」

 

やがて警察が到着し、現場は一気に騒然となった。

被害者は――

夏目 恒一(なつめ こういち)、27歳。

映像クリエイター。

さっきまで、あの桜の下で笑っていた男だ。

 

コップの中身を検査すると、やはり――

青酸カリが検出された。

 

「毒物混入か……」

小五郎が腕を組む。

「でもよぉ、誰がどうやって入れたんだ?」

 

そこが問題だった。

 

俺は現場を見渡す。

被害者の位置。

その周囲に座っていた三人。

 

● 春川 真央(はるかわ まお)

● 秋月 理沙(あきづき りさ)

● 冬城 恒一(ふゆしろ こういち)

 

そして、目撃証言。

「コップは春川さんが渡して、氷は冬城さんが入れて……」

「酒は私が注いだわ」

秋月が静かに言った。

 

つまり――

三人全員が“関与している”。

 

(……全員に機会がある)

 

だが、もう一つ。

決定的におかしな点がある。

 

「江戸川君……」

灰原哀が小声で言う。

「ええ」

 

俺たちの視線は同じ場所を見ていた。

 

桜の花びら。

 

被害者の周囲だけ、明らかに多い。

不自然なほどに――集中している。

 

その近くには、小型の扇風機。

「これ、撮影用の機材で持ってきたんです」

春川が説明する。

 

(……なるほどな)

 

頭の中で、ピースが繋がり始める。

 

(花びらに毒を仕込んで、扇風機で特定の場所に集中させる……)

(そして飲食の際に、微量の毒が混入する)

 

直接ではない。

だから、誰が入れたかが曖昧になる。

 

(トリックは見えた……)

 

だが――

(誰がやった?)

 

三人全員が関与している以上、

単純な役割分担では決め手にならない。

 

「ちょっといいか?」

小五郎が腕を組んだまま言う。

「事情を聞かせてもらうぞ」

 

一人ずつ、話を聞いていく。

 

■春川 真央

「そんな……私、ただコップを渡しただけです」

涙ぐみながら言う。

「久しぶりの再会で……こんなことになるなんて……」

 

■秋月 理沙

「毒なんて知りません」

冷静な口調。

「私はただ、頼まれてお酒を注いだだけです」

 

■冬城 恒一

「俺も同じだ」

低い声。

「氷を入れただけだ」

 

三人とも、表面的には矛盾がない。

 

だが。

 

「……最近、何かトラブルは?」

俺は何気なく聞いた。

 

一瞬、空気が変わる。

 

秋月が、ほんのわずかに目を伏せた。

 

「……昔の話なら」

 

静かに、言う。

 

「彼……夏目は、少し女性関係がだらしなかったの」

 

沈黙。

 

「……どういうことだ?」

小五郎が眉をひそめる。

 

「同時に複数の人と関係を持っていた……そういう話」

 

春川が、顔を強張らせる。

冬城は、無言のまま拳を握った。

 

(……恋愛トラブルか)

 

動機は、見えた。

だが――

(決定打がない)

 

トリックは分かる。

動機もある。

だが、犯人を“特定”できない。

 

その時。

 

「コナン君……」

 

振り向くと、吉田歩美が不安そうに立っていた。

 

(……そうか)

 

俺は、ゆっくりと歩美ちゃんの前にしゃがみ込む。

 

そして、その手を――そっと握った。

 

「歩美ちゃん」

 

「う、うん……」

 

「大事なこと、思い出してほしいんだ」

 

桜が、また舞う。

 

「この場所……」

「一番最初に来てたの、誰だった?」

 

歩美ちゃんの瞳が揺れる。

 

(……ここだ)

 

この事件の、最後の鍵。

 

「朝……見たこと、あるよね?」

 

静かに、優しく問いかける。

 

「誰が――場所取りしてた?」

 

風が吹く。

桜が舞う。

 

そして。

 

歩美ちゃんは、ゆっくりと口を開こうとしていた――

 

***

桜が、ゆっくりと舞っていた。

さっきまで楽しかったはずの花見の空気は、

どこか遠くへ行ってしまって――

胸の奥が、ぎゅっと苦しくなる。

 

私は、吉田歩美。

今、みんなの視線が、少しずつ私に集まっているのが分かる。

 

「歩美ちゃん」

優しく呼ぶ声。

振り向くと、そこには――

江戸川コナン君。

 

そっと、手を握られた。

 

「……大丈夫?」

 

その声は、いつもと同じなのに。

どこか特別で。

 

(あったかい……)

 

小さな手なのに、不思議と安心できる。

さっきまで怖かった気持ちが、少しずつほどけていく。

 

「歩美ちゃん、この場所……」

「うん……」

 

「誰が、一番最初に来てた?」

 

私は目を閉じる。

 

(思い出して……)

 

朝の空気。

まだ誰もいない、静かな桜の下。

 

(あの時……)

 

私は、ちょっとだけ早く来てた。

みんなのために。

一番に来たら、なんだかいいことがある気がして。

 

(そうだ……)

 

その時、すでに――

“誰かがいた”。

 

「……いたの」

私は、ぽつりと言った。

 

「歩美、見たの……」

 

コナン君の手が、少しだけ強くなる。

 

「誰?」

 

その瞬間。

 

ふっと、笑いそうになった。

 

「……?」

コナン君が不思議そうにする。

 

だって。

 

コナン君の眼鏡に――

桜の花びらが、ちょこんと乗っていたから。

 

「ふふ……コナン君、花びらついてる」

 

私は、そっと手を伸ばす。

 

その花びらを――つまんで。

 

(……さくら)

 

ひらりと、指の上で揺れる。

 

その瞬間。

 

「――あっ!」

 

全部、つながった。

 

(花びら……あの時も……)

 

桜の木の近くで。

ペットボトルを持って。

花に、何かをかけていた――

 

「……分かった!」

 

思わず声が出る。

 

私は、そのままコナン君に顔を近づけて――

 

「夏目さん……!」

 

「やっぱり――あの人が場所取りしてた!」

 

距離が、近い。

 

そのまま――

 

ちゅっ

 

一瞬。

ほんの一瞬だけ。

 

コナン君のほっぺに、キスをした。

 

「えっ……!?」

 

コナン君が固まる。

 

私は、にこっと笑った。

 

「この事件……」

 

「歩美とコナン君、二人で解いた最初の事件だね!」

 

桜が舞う。

 

コナン君は、少しだけ驚いた顔のまま――

でも、すぐにいつもの表情に戻った。

 

その目が、鋭くなる。

 

「……なるほどな」

 

ゆっくりと立ち上がる。

 

「全部、繋がった」

 

その声には、もう迷いがなかった。

 

桜の花びらが、ひらりと落ちる。

 

そして――

江戸川コナンの推理が、いよいよ始まる。

***

桜は、変わらず舞っている。

だがその美しさとは裏腹に、

場の空気は、張りつめた糸のように緊張していた。

 

「……分かりました」

 

静かに口を開くのは――

江戸川コナン。

 

「毒の仕組みと……本当の犯人」

 

「本当の……?」

毛利小五郎が眉をひそめる。

 

コナンは、ゆっくりと桜の木を見上げた。

 

「この事件のポイントは三つ」

「“花びら”“風”そして“位置”です」

 

「毒は、桜の花に仕込まれていた」

「これは間違いない」

 

ざわ……と周囲が揺れる。

 

「でも――」

 

コナンの声が、わずかに鋭くなる。

 

「それを仕込んだ人物と、“毒を飲ませた人物”は別です」

 

「なにっ!?」

 

「花に毒を仕込むには、確かに場所取りが必要です」

 

視線が一斉に、夏目の話題へ向かう。

 

「でも、それだけでは殺せない」

 

「え……?」

 

「花びらが“いつ”“どこに落ちるか”は不確定だからです」

 

コナンは、小型扇風機を指差す。

 

「これが決定的な役割を持っている」

 

「風向きを操作し、花びらを“狙った位置”へ集める」

 

「つまり――」

 

コナンの目が、一人に向く。

 

「扇風機を操作できた人物が、真犯人です」

 

空気が凍る。

 

その先にいるのは――

 

「……秋月さん」

 

「……っ!」

 

秋月の顔が、強張る。

 

「な、なんで私が……!」

 

「あなたは被害者の正面に座っていた」

「そして、唯一……」

 

「扇風機のスイッチに手が届く位置にいた」

 

沈黙。

 

「さらに――」

 

コナンは続ける。

 

「あなたは、事件の直前……一度だけ“風を強くした”」

 

「そ、それは暑かったから……!」

 

「違う」

 

ぴしゃりと言い切る。

 

「その瞬間、花びらが一斉に舞い上がり――」

「被害者のコップに落ちた」

 

ざわあああ……

 

「でも……毒は夏目さんが……!」

 

春川が叫ぶ。

 

「確かに、毒を仕込んだのは夏目さんです」

 

コナンは頷く。

 

「でも、彼は“誰かを殺すため”じゃない」

 

「……え?」

 

「彼は、自分を罰するために仕込んだ」

 

「えっ……!?」

 

「でも、それを利用した人物がいる」

 

静かに、指を向ける。

 

「秋月さん、あなたです」

 

秋月の唇が震える。

 

「あなたは知っていたんだ」

「夏目さんが毒を仕込んでいたことを」

 

「……っ」

 

「だからこそ、“確実に飲ませる”ために風を操作した」

 

「そして――」

 

コナンの声が低くなる。

 

「自分は関与していないように見せかけた」

 

長い沈黙。

 

やがて。

 

秋月の肩が、崩れるように落ちた。

 

「……そうよ」

 

小さく、しかしはっきりと。

 

「全部……知ってた」

 

涙が、こぼれる。

 

「だってあの人……!」

 

声が震える。

 

「私だけじゃなくて……みんな裏切ってた!」

 

春川と冬城が、息を呑む。

 

「だから……終わらせたかったのよ……!」

 

「でも……」

 

顔を覆う。

 

「まさか、本当に死ぬなんて……」

 

その言葉に、誰も返せなかった。

 

桜が舞う。

 

静かに。

ただ、静かに。

 

コナンは目を伏せる。

 

(……人の心は、厄介だな)

 

その時。

 

「コナン君……」

 

振り向くと、

吉田歩美がいた。

 

少し不安そうな顔。

でも――

 

その目には、確かな光があった。

 

「一緒に解けて……よかったね」

 

コナンは、ほんの少しだけ笑った。

 

「ああ」

 

桜の花びらが、二人の間をすり抜ける。

 

それはまるで――

この日、この瞬間を記憶に刻むように。

 

春の終わりの、小さな事件。

 

だがそれは――

確かに、二人の“始まり”でもあった。

***

私は、ずっと分かっていた気がする。

今日が――

ただの「楽しかった一日」じゃないってこと。

 

桜が舞っている。

あの日みたいに。

でも、同じじゃない。

胸の奥が、きゅっと締め付けられる。

 

江戸川コナン君は、少しだけ優しかった。

優しすぎた。

それが、怖かった。

 

(……あれ?)

 

ふと、気付く。

コナン君と、

灰原哀ちゃんが

少し離れたところで話している。

 

その横顔。

その距離感。

その空気。

 

(なんでだろう……)

 

胸が、ざわざわする。

 

「……コナン君」

 

気付いたら、声をかけていた。

 

「ちょっと、いい?」

 

コナン君は一瞬だけ驚いた顔をして――

すぐに、いつもの顔に戻った。

 

「うん」

 

私は、歩き出す。

桜の木の向こうへ。

みんなから、見えないところへ。

 

「お、おい歩美!どこ行くんだよ!」

小嶋元太君の声。

 

「追いかけるぞ!」

円谷光彦君も。

 

でも――

 

「やめなさい」

 

静かな声。

 

「今は、二人にしてあげましょう」

 

哀ちゃん。

 

(やっぱり……)

 

この子、全部分かってる。

 

私は、立ち止まる。

桜の花びらが、肩に落ちた。

 

「……ねえ、コナン君」

 

振り向く。

 

少しだけ、笑う。

 

「覚えてる?」

 

「え?」

 

「最初に会ったときのこと」

 

小さく笑う。

 

「すごくかっこよくて……びっくりしたの」

 

「事件の時も……」

「いつも助けてくれて……」

 

言葉が、止まらない。

 

「一緒に探偵団やって……」

「宝探ししたり……」

「みんなで遊んだり……」

 

胸が、苦しくなる。

 

「楽しかった」

 

涙が、少しだけにじむ。

 

「すっごく……楽しかったの」

 

コナン君は、黙って聞いている。

 

それが、余計に苦しい。

 

(やっぱり……)

 

(今日で……)

 

(終わりなんだ)

 

私は、一歩近づく。

 

「だからね――」

 

声が震える。

 

でも、止めない。

 

「好きです」

 

コナン君の目が、少しだけ見開かれる。

 

「付き合ってください」

 

桜が、舞う。

 

時間が、止まったみたいだった。

 

少しの沈黙。

 

そして――

 

「……ごめん」

 

優しい声。

 

でも、残酷な声。

 

「歩美ちゃんの気持ちは……すごく嬉しい」

 

「でも……」

 

少しだけ、遠くを見る。

 

「俺は……好きな人がいるんだ……」

 

その先を、私は聞かなくても分かっていた。

 

(蘭お姉さん……のことだよね)

 

それと――

 

涙が、あふれる。

 

「……そっか」

 

笑おうとする。

でも、無理だった。

 

「……ごめんね」

 

ぽろぽろ、涙がこぼれる。

 

「こんな顔……」

 

顔を背ける。

 

「見ないで……」

 

声が、震える。

 

「見られたくないの……」

 

「コナン君にだけは……」

 

静寂。

 

足音。

 

コナン君が、去っていく音。

 

(終わった……)

 

私は、その場に崩れた。

 

***

飲みの席

「……あら1人で帰ってきたのかしら?」

 

ふっと、ため息をついた。

 

「……無粋な質問のようね、行ってくるわ」

 

 

***

 

しばらくして。

 

「……吉田さん」

 

優しい声。

 

振り向かなくても分かる。

 

哀ちゃん。

 

私は、そのまま――

 

抱きついた。

 

「うっ……」

 

声が、漏れる。

 

止められない。

 

「やだよぉ……」

 

「やだ……」

 

子供みたいに、泣いた。

 

哀ちゃんは、何も言わずに。

ただ、背中をなでてくれた。

 

その優しさが、また涙を呼んだ。

 

少し離れたところで。

 

 

私は、まだ泣いていた。

 

哀ちゃんは、静かに私を抱きしめる。

 

(江戸川君……)

 

その瞳が、わずかに細くなる。

 

(これで終わった気でいるのかしら……)

 

桜は、まだ舞っていた。

 

まるで――

この想いを、どこかへ運ぶみたいに。

 

 

灰原哀は元の姿に……

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