モンスターハンター ライズ ~明けの双星~ 作:佐藤 磊童
――灼熱が闇夜を焼く。
目の前の炎、その熱が。
この阿鼻叫喚を夢ではない事を物語っていた。
「……お、おい。誰か……」
まるで屍のように歩く男の影を、
絶望を孕んだ影が大きく壁に映っていた。
……リック。
どこにいるんだ。
仲間の名を呼ぶが、誰一人として応答がない。
男の惨めさを嘲笑うように、黒煙がかすめる。
下半身に力が入らず、足が消えたように倒れ込む。
どうにか腕の力だけで這いつくばり、
壁に背を預けるように座り込む。
煤が肺の奥へと入り込み、もはや声すら上げる事ができない。
あれは、常軌を逸している。
そう気づいた時にはもう遅かった。
男の視界で大きな竜が翼を広げた。
炎に照らされ、翼の羽ばたきに赤黒い鱗が軋む。
たったそれだけで、火柱が建物を呑みこんだ。
男に気付いたのだろうか。
項垂れた首をこちらに向ける。
リオレウス。
通常の個体なら何度も狩猟してきた。
いや、駆除といっても差し支えない。
それほどに討伐し、
それほどに経験を積んできた。
ギルドから追放されたとは言え、
自分たちはマスターランク目前だった。
それが、なぜ。
あれは。
リオレウスだが、リオレウスではない。
火竜の口から何かが零れる。
人の腕、だった。
薬指に指輪が見える。
レダの腕か……。
咀嚼するように、顎の筋肉を動かしている。
一度立ち止まり、周囲を見渡す仕草をする。
遠くを振り返る動作をした時、
背中にランスが刺さっているのが見えた。
あれは、ガルモンドのランスだ。
うっすらと思い出す。
そうだ。
背中に飛び乗り、ランスを突き刺した後、
リオレウスはガルモンドを乗せたまま上昇。
遥か上空で人間を、放り出した。
再びリオレウスが自分を見る。
レダの腕の一部が、牙の隙間からずるりと抜け落ちた。
その巨体が歩みを進める。
こちらに向かってくる。
口から舌のように漏れ出る炎に、うすら寒さすら覚えた。
「……あ、あはは」
乾いた男の笑い声が、薪をくべるように炎の中に溶けていく。
理性も。
魂すらも。
哀れな笑い声と恐ろしい竜の影が重なる。
――これは、厄災へと至る病魔の夜。
炎が、月を染め上げた。
■■
薄い雲間に昼の月が円を描いている。
――寒冷群島。
この地を始めて見た旅人の言葉を借りると、
その土地からは熱の一切を感じられず。
だが、そこに生息する生命は抗うように強くたくましい。
凍れる大地を砕くが如く、大きな音が周囲に響き渡った。
まるで冬山の台地のような場所で、繰り広げられる
ティガレックスとゴジャハギの縄張り争い。
それを観戦するかのようなバギィたちの鳴き声。
「……見つけた」
ユウは、観客たちの中に目的の牙獣を発見し、慎重に後方へと周る。
ウルクスス。
白兎の名を持つ熊のような獣。
高台で繰り広げられている決闘の熱。
それは聴覚に優れるとされる牙獣すらも魅了し、
多少の物音は気にしていない様子だった。
ユウは黒毛のガルク、アカメに指で静かに、の合図を出す。
アカメはそれに従い、伏せの恰好でユウの後ろをついていく。
周囲の音に混ぜるように、スラッシュアックスを展開する。
地響きに合わせて、一歩。
また一歩と慎重に距離を詰める。
呼吸を整え、射程圏内へとたどり着いた。
その視線はウルクススの首の頸椎へと注がれる。
殺気を殺し、底冷えする空気に自身を重ねる。
僅かに口から出た息が、白く後方へと霧散した。
――今だ。
そう思い、剣斧を振りかざした。
「へっくし」
へ?
ユウの後方から聞こえたくしゃみ。
アカメが、「自分、やっちまったッス」という表情で
ユウを見ていた。
ユウは恐る恐るウルクススへと向きなおる。
そこには。
はっきりと合う目と目。
いや、会場全体の注目がユウへと集まっていた。
高台で戦っていた二匹も、ユウに視線を向けている、地獄のような光景。
冷たい風が、ユウの前を通り過ぎていった。
「の、のわわぁああ!!?」
まるで百竜夜行のようにこの場全ての生き物たちがユウへと襲い掛かる。
ユウはアカメの名を呼び、その背に跨ろうとする。
だが、アカメは我先にとユウを置いて全力疾走で会場を後にしていた。
すでに豆粒のような距離にいる黒毛のガルク。
「え、早っ!? お、おま……!」
ユウの傍にいる翔蟲が目の前を横切る。
振り返るとウルクススが硬質な腹を使い、
ソリのように氷の上を滑りこちらに迫っていた。
ユウは翔蟲の糸を引き、ウルクススの追撃を間一髪で避ける。
糸にぶら下がりながら下を見ると、
ティガレックスがバギィたちを撥ね飛ばしながら猛追してくる。
ゴジャハギも、氷で作った刃で舌なめずりをしていた。
「……ぼ、僕。ここで死ぬかも」
安全な高台でアカメが勇ましく吠えるのが小さく響いた。
白の入り江は凍れる寸前。
ユウの泣き言が、曇天の空へと消えていくようだった。
モンスターハンター ライズ
~明けの双星~
■チャプター① 決意