モンスターハンター ライズ ~明けの双星~ 作:佐藤 磊童
――王国の隣国。
その山間の廃墟。
周囲に焦げた臭いが、視界からでも感じられるような跡地。
その惨状を覆い隠すような曇り空。
五人の人影が、暗い雰囲気を漂わせながら、かつて出入口であっただろう場所から戻ってきた。
ヨツワミドウの素材を基調としたマスク状の防具により、その表情は伺い知れない。
無言で一列に並ぶ。
すると左右から簡易放水装置を持った作業員が、手際よくシャワーを浴びせた。
ウチケシの実を溶かした溶液を、タマミツネの毛で作られたブラシで全身に擦りこむように泡立てる。
作業員によるチェックを済ませた後、再び水を浴び、列から離れる事を許された。
だが、これで終わりではない。
目の前のテントで装備を脱ぎ捨てねばならない。
「……本当に厳重な管理なのですね」
マスク越しにくぐもった女の声が聞こえた。
女は小さく呟くと、テントに入り、装備を脱ぎ捨て、連なっている次の部屋に置いてある自身の服へと着替えた。
ようやくテントから出る。
やっと。
その言葉が相応しいのか、顔には僅かに疲弊の色が見られた。
「……ヒノエ姉さま」
ミノトがヒノエにタオルを差し出し、少し笑みを浮かべてそれを受け取った。
残りの人間たちも同様に疲れ果てた顔で、各々のテントから出てきて近くの椅子に座り込んだ。
「……皆様」
ヒノエ・ミノト含む、この場の全員が声の主に無言で視線を向ける。
「改めまして、このような場所へご足労いただき、本当にありがとうございます」
手を隠し、袖と袖を合わせて頭を下げる、独特な礼儀。
「顔を上げてください、ユイファさん」
ゆっくりと顔を上げる。
そこには青白い髪を結った丸眼鏡をした女の顔。
少しつり上がった目からは、緊張の表情が読み取れた。
「確かにここまで来るのは、本当に大変でした」
ミノトが顔に表情を乗せずに発言。
それを小声でヒノエが諫める。
「ですが、貴国の協力により、事態の解明が大分進んでいるのも事実です」
「……」
ユイファは申し訳なさそうに、口元を歪める。
「ですので、お礼を言うのはこちらの方です」
ヒノエが優しく締めくくり、椅子に座っている男たちも静かに同意した。
拠点都市エルガド。
そこから王都方面へ船を進めて、隣国の陸地へ。
そこから更に進んで、山間の研究施設”だった”場所の視察。
ヒノエとミノトは里の名代として、王国の特命騎士たちと、彼の地を訪れていた。
「……ここを襲撃したのは、やはりリオレウスに間違いないでしょうな」
銀髪の男がゆっくりと立ち上がりながら、先ほどまでいた地獄の跡地を見る。
「はい。森の奥にあった死体と、ヒノエ様たちがお持ちいただいたランスの登録番号が、遺留されていた装備の番号と合致しました」
ユイファが袖から紙を取り出す。
それを銀髪の男が受け取ろうとする。
「――ひっ!?」
ユイファが顔を赤らめながら背けた視線の先――。
「……リーガル隊長」
紙を受け取ろうとした瞬間、副隊長のシェリーが制止する。
「お前も心配性だな。彼女が俺たちに害そうとするなら、とっくにしている」
「……いえ」
――まず、服を着てください。
「おお?」
見るとインナーに、タオルを首に掛けただけの姿。
「はーっははは! これは失敬失敬!」
豪快に笑い、シェリーに促されながら退場する。
「うちの隊長が本当にバカで申し訳ございません……」
「い、いえ……」
テントの中でバカとはなんだ! という声が聞こえた。
「……ミノトはなぜ、私の目を塞いでいるの?」
「わたくしには、ヒノエ姉さまを守る義務がございますので」
色々な意味で。
意味深なミノトの言葉が、森の中へと消えていった。
■■
――夜。
森から冷え込んだ風が野営地に入り込み、焚き木が音を立てて揺れる。
周囲からは梟の鳴き声が聞こえていた。
「やはり、例のウイルスの研究は、ここで継続されていた事に間違いは無さそうだ」
こんがり肉を頬張りながらリーガルが結論を出した。
「……狂竜ウイルス。モンスターの兵器化、ですか?」
現場に立ち入らなかったミノトが、リーガルの言葉に付け足す。
「んー、それもあるんだろうけどな。だが、どうにもしっくりこない」
「と、申しますと?」
ミノトの問いに応えるべく、口の中に頬張った肉をゴクリと飲みこむ。
せき込むと、シェリーが溜息と共に水を手渡し、細かく補佐をする。
「ごほっ。いやいや、もしモンスターの兵器化を研究していたのであれば、次の三点が決定的に足りなかった」
「三点、ですか?」
リーガルは人差し指を立てる。
「一つ、敷地内に大型モンスターを捕縛する檻が無かった」
「……私もそれに同意しますわ」
ヒノエがリーガルの意見に賛同する。
リーガルが深く頷き、二本目の指を立てる。
「敷地の広さが圧倒的に足りない」
「確かに施設内は焼け跡となっておりましたが……」
確かに事前に、山頂から俯瞰した施設の光景は、想定より小さく感じた。
ミノトがヒノエをちらりと見る。
ヒノエは、食後のうさ団子を美味しそうに頬張っていた。
「そして、三つ」
言いながら、親指を立てる。
「死体の数が少なすぎる」
「……リーガル隊長の言葉に補足します。施設跡で見つけた死体の数は、森での死体を含めておよそ七体。兵器化を研究しているにしては、いささか人員が不足しております」
重要な局面でしっかりと間に入る。
そんなシェリーの補佐としての能力にミノトは感嘆とした。
「故に、俺はこの施設はモンスターの兵器化の研究はしていないと断言する」
その言葉にユイファがほっとしたように、肩を撫で下ろす。
「あ、……ありがとうございます」
リーガルの言葉にどれ程の価値があったのか。
弱小な国が直前まで、強大な力を有する王国に戦争を仕掛けられていると疑われ、一触即発の状態だったのだ。
――それを。
身を切る事で、自らの潔白を証明してみせた。
俯くと、目に溜めていた涙が零れた。
「……ユイファさん」
シェリーがユイファにハンカチを差し出す。
涙ぐみながら、ありがとうございますと手に取り。
思いっきり鼻を噛んで、シェリーに返却した。
それを嫌な顔で受け取り、少し迷った挙句、ポケットにしまい込んだ。
「ですが、そうなるとこの施設の研究目的は……」
ミノトが焚き木を挟んでリーガルに向き直る。
「うむ。貴殿らが持参した資料にあったウイルスの研究施設だろう」
――狂竜ウイルス変異型。
マガラ種の生殖ウイルスの研究過程で生まれた変異株。
リーガルが思い出すように左指を頭に添えて、思案する。
「資料にあった通り、このウイルスの最大の特徴は、ウイルス同士の共感力により、個体の優劣を認識できる」
落ちていた枝で三角形を描き、中に線を引く事で階層を描く。
「施設の規模から察するに、最初はネズミを用いた研究だったのだろう」
だが、それが何らかの要因で逃げ出した。
誰も得をしていない状況を鑑みるに、管理ミスと見るのが妥当。
自分で描いた三角を見つめながら、次の言葉を慎重に選ぶ。
「感染したネズミを小動物。次にガブラス。そしてリオレウスが捕食した」
ガリガリと地面に、顔に似合わず可愛い絵を描き、ミノトは少しだけ関心した。
「そして、この変異株の最大の特徴である下位個体の隷属化……」
リオレウスのイラストを地面に描き終えたところで、バキリと折った。
「本来リオレウスは繁殖期を除き、単独で生活する。故に本能とウイルスが脳に発する信号に抗えず……」
「では、この施設を襲撃したリオレウスの目的は、下位感染体の解放と隷属化だった、というのですか?」
ミノトの問いにリーガルが頷く。
「リオレウスに、器用に助けるという行動が出来なかった結果、我ら人間から見たら襲撃と破壊に映った、という訳だ」
「それが……カムラに飛来したという訳ですね」
ミノトの言葉に、リーガルが頷く。
「うむ。飛んでいた先が、たまたまジンオウガの縄張りで、雷撃により墜落。……捕食されたという流れだろう」
狂竜ウイルスの研究は、今やどの国でも行っている。
リーガルは自身の推論から、負の連鎖による事故だと結論付けた。
ふとミノトの中に一つの疑念が生まれる。
今回、エルガドの特命騎士、その団長と副団長を伴って、わざわざ異国の山間の廃墟まで視察に来た理由。
それはこの国がモンスターの兵器化をしているのではという疑いがあったからだ。
エルガドを通して王国へ事情を伝え、外交をもって今に至る。
カムラ単独では拒否される事は必至。
その為王国の、それも特命騎士の権威を借りる事で何とか入国を許された。
ユイファは特使として、その身分も申し分ない人物だった。
ルルカの報告では、以前ドンドルマの狂竜ウイルスの研究施設に在籍していた頃。
彼女は狂竜ウイルスに二つの可能性を見出していたと言っていた。
一つはウイルスの毒性を弱め、それを人間の支配下におく兵器化。
そしてもう一つ。
炎を見つめるミノトの目が大きく開かれる。
仮にこの施設が、本来の人への感染を研究していたのであれば。
それがリーガルの言う通り、宿主を変える事で、
文字通り変異を重ね続けたのであれば。
――狂竜ウイルスは人には感染しない。
その前提が覆るのではないだろうか。
里の若いハンター、ミイの姿が脳裏に浮かぶ。
誰にも気づかれぬように、焦燥の中、闇夜を見上げる。
目の前はリーガルたちが、帰国についての計画を話している。
「……ヒノエ姉さま」
小さく話しかけられ、その雰囲気にヒノエが何かを察した。
二人の胸中を映すように、夜が闇を濃くしていくようだった。
■■
――翌日。
カムラの里。
正午を過ぎた頃、曇天の中、一組のハンターが帰還を果たした。
クエストは失敗。
だが、登録された四人の姿は、大けがをしながらもしっかりと、自らの足で歩いて里の門を潜り抜けた。
「み、皆さん! ご無事だったんですね!」
四人に気付いたルルカが走って駆け寄る。
吃音を混じらせながら、心底喜ぶルルカの顔。
だが、全員がルルカから顔を背けた。
一人が装備である大剣を地面に落とし、そのまま膝をついて泣き崩れる。
「無事なんかじゃ、……ねぇよ」
その言葉に。
ルルカの背筋は凍る。
「……俺たちは、ミイを。……守る事が、出来なかった」
大剣使いヴァンが地面を拳で叩きつける。
――そこへ。
「ミイが? ……どういう事ですか?」
通りかかったユウの問いかけが、黒く深い疑念を生む。
どこかで、雷鳴が落ちた音が響き渡った。