モンスターハンター ライズ  ~明けの双星~   作:佐藤 磊童

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其ノ五

 ――ミイの凶報より、少し前。

 

 その日は朝から薄暗く、分厚い雲がカムラを覆っていた。

 

 日の出と共に目を覚ましたユウが両腕を上げて欠伸をする。

 

「……闘技場の仮眠室の布団って、何か臭いんだよなぁ」

 

 しかめっ面で悪態をつく。

 だがそれ以上に、隣で寝ていたザドのいびきがうるさく、少しだけ重い瞼をこする。

 

 ――闘技場。

 カムラの里から最も遠くにある施設。

 

 興行的、あるいは腕試し等で捕縛したモンスターとハンターを競わせる施設。

 万が一、モンスターの暴走事故を懸念してか、その距離は対百竜夜行の砦よりも離れて設置されている。

 

 川で汲んでいた水で顔を洗い、装備を整える。

 

「アカメ。おいで」

 

 ヘソ天で寝ていたアカメは、ユウの言葉に耳を動かし、反転して起き上がる。

 身体を伸ばし、欠伸をする様子は、先ほどのユウと全く同じだった。

 

 まるで要塞のような重苦しい雰囲気の大門の前に立つ。

 かつてカムラの猛き炎と呼ばれたハンターも、ここで幾度も修練に明け暮れたのだと思うと、少しだけ胸が高鳴った。

 

 大門に手を掛けた瞬間。

 そんな子供じみた幻想が、氷のような殺気でかき消される。

 

 意を決し、大門を開くと。

 そこには里長 ザドの姿――。

 

 おはよう。

 

 そんな、言葉などは不要だと悟る。

 

 ザドを中心に、円を描くような気の巡りが感じられた。

 アカメは既に怯えている。

 

 ユウはこの気円に足を踏み入れた瞬間に、修練が開始されるのだと、全身で理解した。

 

 ザドは目を薄く開き、ユウを正面に見据えている。

 

「よく眠れたか?」

 

 モンスターのような気を放つザドから、人間のような言葉を投げかけられる。

 

「ザドのいびきがうるさくってね。……寝不足さ」

 

ユウの軽口に、ザドが口角を上げる。

 

ユウは様子を伺いながら、ザドの気円に踏み入らぬように、ゆっくりと間合いを詰める。

 

速さ。身体能力。技術。気構え。

 その全てが遥か格上の相手。

 

 放たれる気に混じって、針のような殺気をユウにぶつける。

 

 まずは初手。

 それをミスれば、あっという間に決着が付く。

 

 近くの修練場ではなく、わざわざ遠い闘技場まで来た理由を果たせぬまま、帰宅コースだ。

 

 ――いや、何より。

 

 目標としている人を前に、無様な姿は見せられない。

 

 湿り気を帯びた冷たい風が吹く。

 雷が、どこかで鳴り響いた。

 

 息を吸い込み、細く吐く。

 

 ザドの気配に全身に鳥肌が立ち、集中力が高まる。

 

 冷たい剣斧に手を掛ける。

 

 まだだ。まだ、早い。

 

 腰を落とし、姿勢を低くする。

 ザドの気円に髪が触れ、肌先がチリつく。

 

 もう少し。

 

 再び息を吸い、僅かな空気を肺に止める。

 

 朝を告げる鳥が、さえずった。

 

 ――今!

 

 ユウがスラッシュアックスの機工を解放。

 剣モードで、ザドの気円へと足を踏み込んだ。

 

 その瞬間、ザドの気配が大きくなり、実体以上の大きさでユウの前に迫った。

 

 ザドの太刀はいつの間にか抜かれており。

 真剣の切っ先が弧を描く。

 

 刹那、強烈な光がユウの足元で爆ぜた。

 

 閃光玉がザドの視界を阻む。

 

 だが――。

 

「――甘いわぁ!」

 

 巨木のような腕で閃光を防ぎ、圧倒的な圧力をもってユウへと一太刀を――。

 

 腕を振り下ろす最中、空いた顔面に再び光が差し込む。

 

 朝日。

 

 薄暗い雲間からの、僅かな一点がザドの視界を奪う。

 

 構わずにザドが太刀を振り抜く。

 

 ユウは、ザドの一閃を文字通り紙一重で避け、背後へ回る。

 

 ザドは左足を踏み込み、後ろで聞こえたユウの足音へ向けて、身体を捻じった一閃。

 

 ――やっぱりそう来たか!

 

 ユウは事前に引いていた翔蟲の糸を手繰り、倒れながら滑り込むように、ザドと位置を変える。

 

 剣斧を振りながら、剣モードから、斧モードへと切り替える。

 重心がずれる事で斬撃の速度が高まり、ザドの身体へ一太刀を。

 

 だが、ザドも翔蟲の糸を引いてユウの斬撃を躱す。

 

 ザドは右足を軸に、回し蹴りでユウの身体を吹き飛ばした。

 

 間合いが開いた。

 ユウはどう出る?

 

 ザドは口角を上げながら、ユウを迎え撃つ。

 

 ユウは怯む事なく、翔蟲を使いザドに突進。

 

 気合や良し。

 しかしそれ以上に――悪手。

 

 そう思い、口元を歪ませながら、ユウの斬撃を躱す。

 

 ここ。

 そして、ここ。

 

 ザドはユウの装備の上から太刀を浴びせ、距離を取った。

 

 ユウは倒れ込み、振り返って剣斧を取ろうとする。

 

「――今ので分かった。もう十分だ」

「まだだ! まだ僕はやれる!」

 

 頬に付いた泥すら気づかず、構えを取る。

 

 ザドはため込んだ気を吐き出すように深く息を吐き出し、太刀を鞘に納めた。

 

「いや、お前の成長は十分に理解できた。だが、それ以上に重大な欠点が分かったのだ」

「……欠点?」

「お前は長らく太刀で修練してきた。その癖がスラッシュアックスにも出ている」

 

 足さばき、体重移動。斬り込み方。間合いの読み方。

 太刀の動きで、剣斧を振っているだけ。

 全てが噛み合っていない。

 

「つまり、基礎が疎かになっている」

 

 図星を突かれてユウの肩から力が抜ける。

 

「……ユウ」

 

 ザドは膝をつき、ユウの肩に触れる。

 

「俺を目標としてくれるのは嬉しい。だが、俺は俺で。お前は、……お前なんだ」

 

 肩から伝わるザドの手の熱さに、ふと昔聞いた言葉がユウの脳裏をよぎった。

 

「……円環」

 

 ザドは少し驚いた顔をして、ニカっと笑う。

 

「そうだ! 円環だ。覚えていてくれたか! わははは!」

 

 何がそんなに嬉しいのか、ユウには分からなかったが。

 無意識で口から出た言葉が、焼き付くように頭から離れなかった。

 

「さぁ、課題が見えた。時間も限られているが、出来る限り付き合ってやろう」

 

 ザドは距離を取り、納刀のまま構えた。

 

 ユウは、既に乾いた泥を拭う。

 その目には、焔が宿っていた。

 

■■

 

 ――夕刻。

 大振りの雨が、集会所の屋根を叩くように響いている。

 

 ザドを上座に、ソウシ、セレナ。

 そしてルルカ、ユウが沈黙のまま座っていた。

 

「では、話を聞かせてくれ。……ソウシ」

 

 顔面の右に大きく包帯を巻かれたソウシが、手癖で眼鏡の位置を直そうとする。

 だが、眼鏡が無い事に気付き、少し眉間に皺を作る。

 

「……事の粗方はセレナから伝えた通りだ」

「うむ」

 

 ――あの時。

 マガイマドの猛攻を受け、戦線が壊滅。

 全員が死の覚悟をした。

 

 麻痺も罠も効かない。

 

「あれは、おそらく過去に何度も同じような攻撃を喰らい、耐性ができているんだろう」

「……その動きは明らかに、人間を殺し慣れているようでした」

 

 ソウシの言葉にセレナが自身の感想を付け足す。

 

ザドが腕を組んだまま、雨音が鳴り止まない天井を見上げる。

 

「お前たち上位ハンターでも駄目だったか……」

 

 おそらく、一年前に百竜夜行の最後でヌコヌコの主人を殺したマガイマドと同一個体。

 

「いや、おそらくじゃない。……アイツこそが」

 

 ソウシの包帯から血が滲み出す。

 傍目から見ても、ソウシの右の視力が戻らないのは明白だった。

 

「――あの」

 

 雨音響く白い静寂を、ユウの挙手が色を付ける。

 

「ミイは。……ミイはどうなったんですか?」

 

 ソウシとセレナが口元を歪めて俯く。

 

「僕が知っているのは、右腕の筋肉が削がれて、まともに武器が振れないという事、でしたが」

 

 静かな声が室内に響く。

 その声は必死に感情を押し殺しているのが伺い知れた。

 

 ソウシは、ユウを見た後すぐに視線を落とし、言葉を選ぶように目を閉じた。

 

「――立ち上がったんだ」

 

 え?

 

 その言葉は誰のものだったか。

 おそらくザド、ルルカも同じ事を思ったに違いない。

 

「胸を貫かれ、即死だった。……でも」

 

 立ち上がった。

 

 大粒の雨音が、集会場に響き渡る。

 下のテラスでは、水嵩を増した運河がごうごうと音を立てており。

 それだけが、時間の経過を示しているようだった。

 

 あっという間にマガイマドに接近し、双剣で斬り付けた。

 

 何度も。何度も。

 まるでスタミナなど存在しないかのように。

 

 最後の一刀と、マガイマドの右腕の一振りが交差。

 

 ミイの片方の剣は破壊されたが、それはマガイマドも同じだった。

 

「ミイは中空の、折れた妖怨刃を手に取り、再び攻撃を仕掛けた」

 

 異質にして異常。

 

 ソウシの目で語られた、ミイの変貌にザドたちは息を呑んだ。

 

「その後、マガイマドは距離を取り、しばらくミイと睨み合った」

「睨み合った後、マガイマドはミイさんに首を垂らしたんです」

「……頭を? マガイマドが?」

 

 ザドがセレナの言葉に疑問を投げた。

 

「それが、服従を示すものだと気付いたのは、しばらく経ってからでした」

 

 ザドが、言葉を失う。

 

「それで、……ミイはどうなったんですか?」

 

 ユウが畳を握りしめながらセレナに問う。

 

「ミイさんは、マガイマドに跨り、どこかへと去っていきました」

「それが、俺たちが見たミイの。……最後の光景だったよ」

 

 沈黙が、この場を支配した。

 この場全員が、語られた出来事を理解できず。

 だが、壊滅した上位パーティの姿が、それを物語っていた。

 

「――あ、あの」

 

 静寂を、ルルカが破った。

 

「さ、里長ザド。あの件を、皆さんに話しても良い、でしょうか?」

 

 ルルカの言葉に、ザドが腕を組んだまま思案する。

 やがて、静かに頷き、ルルカも意を決した目で全員を見る。

 

「お、おそらく、ハンターミイは……」

 

 既に死んでいます。

 それも。ずっとずっと前に。

 

 その言葉に、ユウの理解が追いつかなかった。

 雨の音だけが、無常に時間の経過を告げているようだった。

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