モンスターハンター ライズ ~明けの双星~ 作:佐藤 磊童
――砂原。
天から降りそそぐ灼熱が、生き物の生存を許さぬ不毛の大地。
かつては緑栄えたこの地も、凶星告げる赫耀が招いたとされる異常気象により、砂礫へと姿を変えたのだという。
「……絶対嘘だろ」
ユウがぼそりと呟く。
見る限り、砂。岩。枯れかけた木。
今の現状を見る限り、かつて緑栄えた時代など想像すらできなかった。
日射に晒された白い岩の高台で、周囲を警戒しながら顔に手で影を作りながら、陽炎で揺らめく遠い風景を見回す。
「はぁ、はぁ……」
「大丈夫ですかぁー? ルルカさん」
ユウの心配をよそにルルカはどんどん突き進む。
「は、早く、サブキャンプ地へ、む、向かいましょう……」
「……大丈夫とは言わないんだな」
ルルカが灼熱の中、必死に歩いている。
というのは、見せかけ。
実際は日傘を差しながら、アカメに跨っているだけ。
いかにも自分の足で歩いているかのような物言いに、ユウは少しだけ呆れた。
巻き上がる風による、壁のような砂塵が遠くに見えた。
ふと、今回のクエスト内容を記した依頼書を懐から取り出す。
クエストは護衛。
目的は。砂原のサブキャンプにいる、とある人物に会う為にギルド職員を護衛する事。
護衛対象は――ルルカだった。
「少し休みましょうか?」
ユウが高台から、軽やかに着地する。
重い装備を感じさせない身のこなしに、少し目を丸くする。
下位とはいえ、やはりハンターなんだなと、ルルカは汗を流しながらそう思った。
「ま、まだクーラードリンクは三本あり、ます。でも……ホットドリンク、は持参してないので」
そこまで言うなら、早く目的地を目指しかない。
砂原の気候は昼夜で、かなり温度差がある。
夜間は氷点下になる事もあり、手持ちの装備では、このまま行軍を決行した方がよさそうだった。
腰に手を当てて心配するユウの横を、ルルカが通り過ぎる。(アカメに跨った状態で)
ユウは鼻で軽く溜息をつき、翔蟲を飛ばし、警戒に戻ろうとした、その瞬間――。
「ハンターユウ……」
つぶやくようなルルカの声。
ユウは飛ばした翔蟲の糸を手離した。
浮いた身体が、着地の勢いで二、三歩前へ流れる。
「あ、……あの」
ルルカは、砂風で乱れた前髪を整えながら、目を泳がせて伝えたい事を整理する。
「やっぱり、……す、少し休みましょう」
ユウの視線に、ルルカは少し目を逸らし、俯いた。
■■
――今回の件は、ギルドには報告しない。
稲光が集会所を穿ち、遠くで落雷が轟く。
ザドの決断に、集会所の空気は騒然となった。
だが、誰からも反論は出なかった。
もしこれをハンターギルドに報告したら――。
この研究をしていたルルカは懲罰対象となる。
何より、ミイの確実な討伐に、里の外からハンターが派遣される。
「ルルカ」
ザドの言葉に、ルルカが悲痛な表情で振り向く。
「もう自らを罰しようとする事はやめろ」
「で、……ですが」
そこから先の言葉が出る事が無かった。
代わりに大粒の涙が頬を伝う。
事故だろうが、その原因を作ったのは自分だ。
人や竜人族の為になると思いながらも、嬉々として研究に明け暮れた。
里長の言葉を借りるなら、円環を侵した。
それが越えてはならぬ一線だと理解していても、溢れる興味が尽きる事は無かった。
「……ルルカさん」
ユウが胡坐から正座に姿勢を変えて、ルルカに向き直る。
「狂竜ウイルスがミイの身体に寄生して、段々とマガラ化していくというのは分かりました……」
ミイの容態が急に安定したのも。
完治しないと言われていた怪我がたった一か月で完治したのも。
全ては狂竜ウイルスによる、マガラ化によるものだった。
「……ハンターユウ」
どうか私を罰してください。
その刃で、私を殺してください。
あなたの双子のお姉さんを殺したのは、私も同然なんです。
喉まで出掛かった勇気を、吃音が邪魔をする。
人より長く生きてきた中で、ここまで自分の臆病と体質を呪った事は、無い。
「ハ、ハンターミイの、異変には。……き、気付いていました」
運ばれた当初、右腕の全体にあった黒い斑点が消え、会話も順調。
その為、既に死んでいたという可能性を、除外してしまった。
その可能性を。
もっとしっかりと里長に伝えるべきだった。
「わ、私は。……研究者、失格です」
畳を爪で掻きむしるように、音を立てて握りしめる。
震える肩に、ユウが手を添える。
「まだ、そうと決まったわけではありません。仮にそうだとしても――」
「ですが!」
ユウの悲しそうな表情にはっとする。
腹の底から沸き出す後悔と慚愧。
ルルカはユウを正面から見る事が出来なかった。
■■
「――ハンターユウ」
日陰での小休憩。
ユウが温い水を飲んでいると、ルルカの思い含んだ声に振り向く。
その表情はいつかの時のように弱弱しくはなく、意を決した覚悟を孕んでいた。
「ハンターユウ。あ、あなたには、私を裁く権利があります」
そういって押し黙るルルカ。
人と話すのが苦手な彼女が、どれほどの覚悟で――。
ユウは空になった水筒を腰のポケットに差し込み、砂塵で濁った空を見つめた。
――裁く権利。
だが、ルルカはこんなにも自分を責めている。
罰し続けている。
仮に自分が裁いたとしても、それでも更なる贖罪を求めるだろう。
おそらく、自らの命が尽きるまで。
だがそれを言うなら、ミイを無理やりハンターにしてしまった自分も同じなのではないだろうか。
幼い頃、ミイには夢があった。
その夢が思い出せないけど、もしその夢に一緒に歩んでいれば。
「……ルルカさん。あの時言いかけた通り僕は、まだミイが完全に死んだとは思っていません」
ユウがルルカを見る。
その目には、嘘偽りは感じられなかった。
「それに……分かるんですよ。ミイは、まだ生きている」
「どうして、……ですか?」
そんな事はあり得ない。
ルルカが怪訝な顔でユウを見る。
「だって、双子なんだもん」
笑うユウの顔。
奥から、一陣の風がルルカの前髪を揺らした。
影で冷やされた風が、少しだけルルカの横を通り過ぎていった。
それが、ユウの優しさ。
だが。
――だとしても。
ルルカは、胸に手を当て、ユウを見る。
言葉を発しようとするが、息が詰まり何も言い出せない。
ふと、何かが迫る音。
それに反応したユウが剣斧に手を掛ける。
奥から砂ぼこりを巻き上げながら、何かが近づいてきた。
「どけどけにゃあー!!」
見ると荷車を引いたヌコヌコが、こちらに爆走。
荷車には乙ったハンターが身体を上下に揺らし、あちこちにぶつけている。
その後ろには、いきり立ったディアブロスが巨角を向けて、こちらに迫ってきている。
「にゃ! あの時の坊主か!」
「ぬぬ、ヌコヌコさん!?」
「丁度いいのにゃ! あいつをよろしく頼むのにゃ!」
たっち。
灼熱の砂漠の中、アイルーの手はひんやりと冷たい。
いや、そうじゃない。
「ではハンターユウ。後は頼みます」
「あ、ええ!? いつの間に……」
ルルカはすでに荷車に乗っており、ヌコヌコの乱暴な運転で、あっという間にこの場を去ってしまった。
さっきまでの雰囲気は何だったのだろうと、少し呆気にとられる。
だが状況が変わった以上、気持ちを切り替えねばと、呼吸を深くする。
後に残されたユウは相棒のアカメを探す。
だが、はるか遠くの安全な場所で、勇ましくワンワンと吠えていた。
「あ、あいつは……。って、おわぁ!?」
ユウは間一髪でディアブロスの体当たりを交わし、翔蟲で高台に避難。
「アカメ! さすがに助けて!」
アカメが爪をカチカチ鳴らしながら、ワンテンポ遅れて岩肌を蹴る。
ディアブロスの尻尾がユウの足場を崩し、崩落。
だが、同時にアカメに飛び乗り、距離を取った。
円を描くように、アカメがディアブロスとの間合いを計る。
水が僅か残る干からびた湖跡で、ディアブロスを迎え撃つのだった。