モンスターハンター ライズ ~明けの双星~ 作:佐藤 磊童
ユウを乗せたアカメが、ディアブロスを中心に円を描きながら、岩場を跳ぶように走り抜ける。
ディアブロスは槌のような尾を振り回しながら、アカメをできるだけ視界の収めようとするが、それ以上に機動力はこちらが上。
死角に入った一瞬を突いて、ユウが転がりながらアカメから降りて武器を手に取り、姿勢を低くする。
止まる物体よりも、動くものを目で追う習性を利用して、意識を吠えるアカメへと向けさせた。
ディアブロスの足が止まり、首の反対側へ回ったアカメを目で追っているのを確認。
翔蟲の糸で跳躍し、首の外殻へと斬り込む。
ギチリ。
固い甲殻と剣斧の刃が鈍い音を立てる。
傷は入る。
だが、一度では通らない。
中空でそれを感じた直後――、右から巨角が眼前へと迫る。
ユウは咄嗟に武器を手放し、腰に据え付けたあった閃光玉を起爆。
爆ぜる閃光により角の直撃は受けなかった。
しかし、荒れ狂う翼により地面へと叩きつけられる。
両手と足で着地。
武器を回収して、閃光により暴れ狂うディアブロスから一旦距離を取った。
少し離れた岩場で、勇気を振り絞ったアカメが勇ましく吠える。
ユウが短く息を吸い、深く吐く。
――どうすれば生き残れるか。
その算段が、ユウの中で組み上がっていく。
■■
「おらおらおら~にゃあ!!」
岩と砂の悪路を、ヌコヌコが荷車を引いて爆走。
ようやくキャンプ地のテントが見えてきた。
「到着! ルルカ、降りるのにゃ」
ヌコヌコに言われるまま、ルルカがちょこんと降りる。
それを確認したヌコヌコが荷車で乙の字になっているハンターを睨む。
「お前はいつまで乙っているのにゃ! さっさと降りるのにゃ!」
まるでゴミを捨てるように怪我したハンターを降ろす。
「三乙のお前はクエスト失敗だにゃ。さっさとテントで怪我の治療をするといいにゃ」
そう言って、足取りがおぼつかないハンターを誘導。
テントから出てきた顔は非常に清々しいものだった。
「ふぅ~。良い仕事をしたのにゃ」
そしてそのまま、自分の仕事も終了と言うかのように、帰る準備を始める。
ルルカは怒涛の展開に付いていけず、ただただ茫然としていた。
ふと、救援要請に来たにしては、荷物が大きい事に気付いた。
「ま、待って、ください」
吃音混じりでヌコヌコを静止する。
「ハンターユウは、ど、……どうなるんですか?」
「俺の仕事は、あのハンターを救助する事だにゃ。それが終わったら帰るだけにゃ」
遠くでディアブロスの咆哮が、乾いた風に乗り小さく聞こえた。
「……ハンターユウは、今も戦っているんですよ」
「あの場に居たあいつがいけない、とは言わにゃいが、……それがどうした?」
ヌコヌコから発せられる圧。
引退したとは言え、元マスターランクのハンターの相棒だ。
小さな身体から発せられる無言の圧に、一瞬気圧される。
以前の自分なら、ここで黙っていただろう。
ユウも、自分にとってはただの里の馴染み。
その程度の関係。
だが、今は違う。
ユウは自分を断罪しなかった。
――ハンターだから。
おそらくその一言で済ませる事も想像できた。
なら、自分は?
受付嬢として、ユウの為に一体何ができるのだろうか。
鼻で大きく息を吸い込み、胸で留める。
ルルカは鞄のすそを強く握り、一歩、足を踏み出した。
「ほ、本当は、行きたいんじゃ、……ないですか?」
ルルカの一言に、ヌコヌコの尻尾がぴくりと反応する。
「どこへにゃ?」
次第にヌコヌコの毛が逆立つ。
「……狩りに」
背中越しに感じられる圧が高まる。
「知った風な口を聞くなにゃ」
ヌコヌコがルルカをぎろりと睨む。
ルルカの表情は口をへの字にして、自分の圧に必死に耐えているようだった。
いつの間にか日が傾き、光の差し込み方が変わっていた。
ルルカの胸元には日が差し、自分は暗く冷たい影の中のまま。
ふと思った。
この娘が他人の為に、ここまで饒舌になるのは珍しい。
なぜだろう。
「か……、彼は」
ルルカの言葉を静かに待つ、自分がいた。
「彼は、あなたの助力がないと生き残れなかったと、……言ってました」
吃音で長く話すのが辛いであろう事は、痛いほど伝わる。
だが、それを押してでも。
自分に伝えないといけない事があるのだろう。
そう思い、正しくルルカに向き直る。
上手く言い表す事が出来ない言葉を補うように。
目には大粒の涙を貯めて、自分を見つめるルルカの表情があった。
「あなたもご存じの通り、ハンターユウは。……まだまだ弱い」
ヌコヌコは無言でルルカの次の言葉を待つ。
「わ、私のせいで、ハンターミイは……。でも、私はあなた達のように、狩りができない」
ヌコヌコの毛並みが静かに戻っていく。
「ハンターユウには。……彼には、まだ誰かの導きが必要なんです」
――でも、それは自分にはできない。
その言葉に。
己の無力を認める言葉に、どれだけの覚悟が必要だったのだろう。
溢れた涙が、ルルカの目から零れる。
「お願いです、ヌコヌコさん。彼の、助けになってあげてください!」
彼には。
あなたのような背中が必要なんです。
ルルカの真っすぐな瞳に、ヌコヌコの手に熱が灯る。
だが。
「どうして、俺にゃんだ? 俺の見立てでは、あいつは勝つ」
別に自分が助けなくとも。
英雄みたいに強くなくとも。
生き抜く事に特化した思考のやつは強い。
そして生きてさえいれば、必ず強くなる。
思うのは、死んだ相棒の事。
終わったと思った百竜夜行。
気が緩んだ、一瞬の出来事。
それは自分の油断が招いた事故だった。
――いや。
自分が。
相棒を、殺したのだ。
身体を包む日陰が、熱を奪っていくようだった。
「ハンターミイを失った彼に、一番寄り添えるのは、あなただけなんです。ヌコヌコさん」
そうかもしれない。
でも、そうじゃないかもしれない。
自分は、胸の奥に淀む後悔を抱えて生きると決めた。
罪を。そして罰を帳消しになどできない。
足元を見ると、陽が自分の足元を照らしていた。
大きく息を吐き出すと、肩から力が抜けた気がした。
振り返り、積み荷の中で、一際大きな荷物を見つめる。
そろそろ見直すべきなのだろうか。
罪の在り方を。
そして、罰の行く末を。
死を想うだけが、贖罪ではない。
次の世代を守る事が、今の自分に課せられた償いの仕方なのだろうか。
「……ヤンシ」
ヌコヌコの口から、かつての主の名が漏れた。
風が二人の間を通り抜ける。
何かが、自分の頭を撫でたようだった。
それが風ではないと信じたいと思う気持ちに応じるように、髭がぴんと張っていく。
握りしめる拳は、すでに熱く――。
鈍く、力強い金属音。
積み荷から布に包まれた“それ”を取り出す。
強い風が、布を振りほどこうとバタバタと音を立てる。
「ルルカ」
「はい……」
ヌコヌコがゆっくりと、ルルカの前に歩み寄る。
影から抜け、自らの覚悟で光差す場所へと立つ。
「里に戻ったら、登録しておけにゃ」
風が、巻かれた布の封印を解いた。
そこには、使い込まれたいぶし銀の剣。
「オトモ ヌコヌコ。――戦線復帰にゃ!」